神歴第三の年 降臨の記念日
冬の気配がゆっくりと忍び寄る季節、冷たい朝夕の空気が頬を撫でていく。
外では風が紅葉をさらい、落ち葉が舞い上がる。
窓の外に広がるその光景を、彼女はちらりと見たが、今はそれに心を奪われる余裕などなかった。
「さあ、急がないと!」
彼女は声を上げ、イーサンとエーレの手を借りながら、神の降臨を記念する大切な日の準備に追われていた。
年の暮れに行われるこの祭典は、神への感謝と敬意を表し、後世にその偉大さを伝えるための重要な行事だった。
供物の準備、式典の進行、皆で囲む食卓の料理――やることは山積みだが、レーリアの顔には使命感がみなぎっている。
「これは私の役割!神様を讃え、皆にその偉大さを伝えるために!」
鬼気迫る勢いで次々と仕事を片付けていくレーリアの姿に、イーサンとエーレも感心しながら、彼女に続いた。
一方、ローシュは教会で、成長しつつある四人の子どもたちと一緒に、飾り付けをしながら穏やかな時間を過ごしていた。
子どもたちはそれぞれ異なる色の髪を持ち、ゆっくりとした成長ではあるものの、その個性が少しずつ芽生えていた。
黄色の髪を持つルーフは、信仰心が強く、神への感謝を常に忘れない。
桜色の髪のミヤは、誰にでも優しく接し、周囲を和ませる。
柳色の髪を持つルーアは、風のように自由でどこへでも飛び出していく。
そして、黒い髪のオーズは、力強さで皆を守る存在だった。
彼らの個性が育ち、未来に向かって成長していく様子を見ながら、ローシュは穏やかな笑みを浮かべ、レーリアの奮闘ぶりを心配しつつも、その時間を楽しんでいた。
やがて、ケセフが白鯨の娘と共に山羊の肉を供物として持ってきた頃には、ほとんどの準備が整っていた。
イーサンとエーレはぐったりとしていたが、達成感に満ちた顔をしていた。
役割を見出してからのレーリアは、以前の内向的な姿が全くと言っていいほど無くなり、快活な、という言葉が似合う女性へと変化していた。
「では、私は神様をお迎えする祈りを捧げてきますね!」
レーリアは疲れも見せずに駆け出していく。その後ろ姿に、イーサンが笑みを浮かべながらつぶやいた。
「やれやれ、昔の誰かさんを見てるみたいだね。」
それを聞いたローシュが笑顔で返した。
「あら、誰のことかしら?」
そうして、皆が笑いに包まれた。
レーリアは神の降臨を記念するこの日を前に、自分が伝道師としての役割を果たすことを強く自覚してい
た。
伝道師として神に面会し、その時から聖なる場所で祈りを捧げることで神と繋がれるようになっていた。
教会を建てたのはその為だ。
神との繋がりを感じる聖なる場所で祈りを捧げることが、彼女にとっては使命となっていたのだ。
教会の奥には大きな飾りの部屋がある。
その飾りの裏側の小部屋。
そこには、神殿から授かった聖なる木の枝が床を掘って直接植えられており、その前にレーリアは跪いた。
「神様、準備はすべて整いました。どうか、お越しくださいませ。」
祈りの言葉が静かに響くと、木から聖なる気が溢れ、柔らかな光が輝き出す。
そして、その光が強さを増すと共に、神が姿を現した。
『全く、我は行かずとも良いと言ったのに。』
少女の声が響く。
神として現れた彼女は微笑を浮かべながら言い終わらないうちに、レーリアが勢いよく答えた。
「いいえ!あなた様の偉大さを讃えるためには、どうしてもご参加頂かなくてはなりません!」
その必死さに、神は苦笑を浮かべた。
神の言葉を遮るのはどうか…と思ったが、
指摘すれば彼女に延々と懺悔されるだろうと思い直し、何も言わないことにした。
こうして、祭典は無事に始まり、神を中心に集まった人々は、笑顔と感謝に包まれた時間を過ごした。
神が降臨してから三年目の年の暮れ、その日はいつまでも記憶に残る穏やかで幸福な日となった。
世界は喜びに溢れていた。