第三の年 神歴第一の年
少女の「知識」が、呼びかけもしないのに急に少女に伝え始めた。
「接触を確認。これより管理者の権限の譲渡を開始。」
「譲渡?なんだって?」
そう言った刹那、彼女の脳内に膨大な記憶が流れ込んで、視界は暗転し、彼女は一瞬にして遥か昔の世界へと導かれていたーーー
闇の中、光るナニカが目覚める。
彼は孤独であった。
彼は世界に望まれて、そこにあった。
『光あれーーー』
その時、暗澹たる闇を裂くように、一筋の光が差し込んだ。
思わず目を細めずにはいられないほどの眩さが、すべてを照らし出す。
彼方まで続く深い闇と、その闇を貫くかのように降り注ぐ光の対比が、世界に新たな秩序を刻み込む。
こうして、光が現れた。
光と闇は世界を満たした。
少女は思った。
これは私も知っている、世界の始まりの…しかし、この記憶に私は居ない。
どういうことだ…。
そんな疑問を置き去りに、記憶は進んでいく。
「知識」は押し黙ったままなにも答えない。
そのナニカはおそらく、自身が出会ったあの神であろうと思えた。
少女がこの世界に連れてこられた時と、全く同じように、神はその力によって広大な世界を創り出していった。
無限の空、広がる大地、流れる水。
次第にその世界は形を成し、神はその頂に立っていた。
だが、神は孤独だった。
自らが作り上げた美しい世界に自らの思いを映し出す存在がいなかったのだ。
そこで、神は人々を創った。
自らを模って、粘土から男を、そしてその男の伴侶として女を生み出した。
神は二人を愛し、近くに住まわせた。
だが、彼らは禁忌を犯す。楽園の禁断の実を食べたことで、神は彼らを追放することを決意した。
しかし、二人を追放してからも、神は天から、下界の様子をよく見渡していた。
やはり自ずから生み出した人間が、上手く生活出来ているのか、世界にどう影響するのか、気掛かりな様子で、よくその姿を目で追いかけている様子が見えた。
『産めよ、増えよ、地に満ちて地を従わせよ。海の魚、空の鳥、地の上を這う生き物をすべて支配せよ。』
そう告げた、神の言葉通り、人々は子を成し、増えて、そのうちに村を作り、町にして、やがては国を興した。
しかし、人間たちが繁栄する中で、神への信仰は次第に薄れていった。
初めは神を敬い、祈りを捧げ、感謝を忘れなかった彼らも、時が経つにつれて神の存在を遠いものとして扱うようになった。
自らの力で大地を耕し、海を渡り、戦い、勝ち取ったと信じ込んだ彼らは、神への畏敬を失っていった。
神はその変化を見守っていた。
しかし、その心には次第に苦悩と焦燥が広がっていた。
かつて神を求めた人々が、今は彼の存在に目を向けなくなっていた。
彼らの祈りが少なくなるにつれ、神の力もまた、静かに、だが確実に弱まっていった。
神は天からその様子を眺めながら、自らの身体が次第に薄れていくのを感じた。
もはや、全知全能と呼ばれる存在ではなくなっていたのだ。
『私がこの世界を創ったというのに…』
神の心には、かつてないほどの虚無感が押し寄せた。
かつて全てを照らしていた光が、今やどこか鈍くなり始めていた。
人間たちは神を忘れ、戦いに明け暮れ、欲望に溺れ、自らの世界を築き上げていた。
神が彼らを導き、守り、愛していた日々は、遠い過去のものになっていた。
神の目に、彼らの愚かさが映った。
彼らは与えられた自由を乱用し、次々と争いを起こしていた。
戦火に包まれた国々、貧困に喘ぐ者たち、富を求めて己を滅ぼす者たち――彼らは自らの行いを反省することもなく、ただ無知のままに進んでいた。
『私を模ったはずが…あんなに醜く成り果てて…彼らは、私を必要としないのか…』
その瞬間、神の心にかすかな疲労が滲んだ。
光がさらに弱まり、彼の存在は、かつてのような輝きを放たなくなっていた。
信仰が薄れたことで、神の力は徐々に消え失せつつあったのだ。
それでも、神は最後の力を振り絞り、心の中で問い続けた。
『この世界は、私なしで進むべきなのか…?』
少女は、神の記憶に宿る深い嘆きを感じた。
それは、力を失っていく存在の悲哀であり、無力さの叫びだった。