第六の日
「 見よ 」
(は…?なんだよこれは!)
辺りの景色が瞬時に変わった。
振り上げた拳はそのままに、いつのまにか中空の、いつか浮かんでいた雲と大地の狭間に居た。
事態を理解できないことと、気温の変化のために、あまりの激情により生まれた熱が急速に冷え始めた。
そして少女の耳がそれを捉えた。
風の音に紛れて、遠くから微かに、でも確かに聞こえるそれは
それは紛れもなく赤子の、人間の赤子の泣き声であった。
少女は鳴き声の方へと、先ほどまでとは打って変わって、力なく、静かに飛んでいった。
(なんでだよ。なんなんだよ…!!)
疑問は絶えなかった。
何故自分は今神への復讐を果たさずに、泣いている声に引き寄せられているのか。
何故あのクソッタレは姿を見せたのか。
何故、何を見ろと言うのか。
何故、何故、何故ーー
考えても答えは出ない。
それでも堂々巡りの思考の中で、憎い相手の言いなりになどなりたくないと思いながらも、泣き声の主を見ようと思ってしまっていた。
山を越え、小川を越え、湖の縁を抜けて、森の奥の、動物達の踏み慣らした小径の先…
開けた草原の中心に、一本の大きな木があった。
その根本。
木陰から漏れ出る柔らかな光の中、青草が幾重にも折重ねられるようにされた上に、間違いなく人間の赤子が2人。
文字通り顔を真っ赤にさせて、力強く泣いていた。
(なん…なんでだ…?)
自分でも気付かないうちに、少女の目から何故か止め処なく、静かに涙が溢れた。
『見よ、全地に生える、種を持つ草と種を持つ実をつける木を、すべてあなたたちに与えよう』
辺りの木々がたちまち色とりどりの豊かな実をつけ始めた。
麦は黄金に身を染めて、稲は恭しくその頭を垂れた。
『それがあなたたちの食べ物となる。 地の獣、空の鳥、地を這うものなど、すべて命あるものにはあらゆる青草を食べさせよう』
天高くから声が降った。きっと先ほどの場所に居るのだろう。
それでも…少女は今この場を離れようと思えなかった。
「そしてーーー愚かで醜くも美しく、愛おしい我が子よ。」
先程よりも更に濃密な気配。全てを賭けても届き得ないと悟らされるほどの力の波動。髪の毛一つも動かせないような感覚。
なのに何故か底なしの愛が伝わるような、そんな存在感。
「我が子よ、あなたには「 」を与えよう」
少女のすぐ近く、真後ろの耳元から、声が聞こえた。
その声を最後に、もう二度と神の声は聞こえなくなった。
少女はただ、声に振り返ることもできず、赤子たちを見つめて涙を流し続けた。
神の意図も、この世界の未来も、何故自分は泣いているのかもーーー何もかも彼女にはまだ理解できなかったが、その場で感じた何かが、
確かに彼女の心を深く揺さぶっていた。