神歴第二十七の年 闇夜の灯
「おい、そろそろ降りる気にならねぇか?」ギデオンが、背中の上で楽しげにしているハンナを恨めしそうに言う。
「何言ってるのよ!私のこと守るんでしょ?あとで足洗う為の水くらい出してあげるから頑張りなさいよー。」ハンナはニヤリとしながらギデオンの頭を肘でグリグリとして、降りるつもりがさらさらないことを伝えた。
「それに…役得でしょ?私に堂々と触れられてさ!」
「なっ!!」確かに少し、本当に少し意識していた事を言われて、顔を真っ赤にしながら焦るギデオン。
「ちょっ、そんな動いたら!!」
ばしゃっと音を立ててハンナの片足が泥塗れになる。
「こら!どうしてくれるのよー!アンタも喰らいなさい!」と、ギデオンに泥を掛けながら口調とは裏腹に楽しげなハンナ。
「おい!やめろ…ぶへっ!」泥が顔にぶつかり、真っ黒になりながらもギデオンは笑っているハンナから目が離せなかった。
辺りが陰気な泥の沼地でも、枯れた木々に囲まれても居なければ、恋人同士のじゃれあいが眩しく見えたかもしれないが、生憎の景色に雰囲気など出ない。
「でもさぁ、酷く気持ち悪い所だよねぇ。」しばらくしてまた歩き出したギデオンの背中で、自分とギデオンの泥を指輪の力で生んだ水を使って洗い流すハンナ。
「気持ち悪いかはわからねぇが…確かに長く居たいとは思えんな。」ぱしゃぱしゃと頭から水を掛けられながら応えるギデオン。
二人が今居るのは、アイザック達の防壁の町から進んだ先。神の座す大陸の西北。
草原の先、森を抜けて、山を二つ越えた先。
もう随分と長く続く泥に塗れた湿地の様な所であった。
「わっかんないかな?なんかこう…ぞわっとするのよね。進むたびにちょっとだけ気持ち悪い何かを感じると言うか…」少し考え込みながらハンナが更に自身の感じる違和感について語る。
「そうか…少し気を引き締めておこう。」言葉少なに返し、少し警戒を強めながら歩くギデオン。
かなり大きな倒木を越えた先、妙に木々が等間隔に立ち枯れている区画に入った所で、ギデオンは止まった。
「ねぇ、どうしたの?」
「ハンナ。」
「な、何よ?」急に呼ばれてどきっとする。
「お前が言ってた気持ち悪さってのは、案外合ってるかもしれねぇよ。」と、ハンナを下ろして剣を握りしめ、立ち並ぶ木々を指して言うギデオン。
彼の指が差す方、人工物を思わせる朽ちた木の枠組みに、明らかに血の跡が付いていた。
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