神歴二十七の年 信仰
陽光に、風に、そろそろ夏の陽気が混じる頃、シャムスは鬼族の里で田植えをしていた。
「ねえねえ、花を咲かせるやつやってよ!」
「この草が本当に食べられる様になるの?」
「お芋よりうまいんか?」
鬼族の子供達が手足を泥だらけにしながら、水田の水面の輝きにも負けない様な屈託のない笑顔を浮かべてまとわりつく。
「こーれ!使徒様を困らせるんじゃねえ」
鬼族の母達が、腰の籠に稲の苗を僅かばかり残して、各々子どもに声をかける。
「良いんですよ。少し休憩にしましょうか。」
と、にこやかに返すシャムス。
「おーい!面白いもの持ってきたよー!」
と、ちょうどそこに今日の冒険から帰ったルーア達がやってきた。
村の番人をしていた赤鬼、青鬼も連れ回されて少しぐったりとしながら、シャムスたちの近くにどかっと腰を下ろした。
「すまんなぁ!いやぁ、小娘の体力は化け物じゃ!もうわしは動かんぞ!」赤鬼がシャムスから受け取った水を煽りながら明るく愚痴る。
「赤!化け物は良くないですよ!主は隣人を愛しなさいと説かれています。使徒様ですから尚の事敬意が必要です!」青鬼はそう嗜めながら、しかし確かに見上げたものです。と、同意した。
鬼族の里に方から半月ほど。
残してきた教会と家は、聖気のおかげで朽ちることなく清浄さを保ち、逃げ延びていた鬼族がその力を感じて集まり、教会を聖地として崇めながら築いたのがこの里であった。
時折現れる昏きものとも争ったが、聖気の守りのお陰もあって、なんとかそれらを打ち倒しこの土地を守ってきたのだと言う。
その神殿と家を建てた者たちだとわかってからの歓迎は、まさに手のひらを返すようであった。
長の屋敷から出ると、いつの間にか鬼族の子供達や村人が皆を待ち構え、歓待の席を用意していた。
変わり様にぽかんとしていると、
「おまんら!ここにおわすは神様の使徒じゃき!わしらがあるんはこの御仁たちのお陰じゃ!無礼の無い様に!」と、いつのまにか背後に居た長が、里中に響く様な声で言い放った。
集まったもの達はすぐさま一同平伏して更に恭しい姿勢となったために、流石に皆で普通にするよう、丁重すぎる扱いを断った。
聖気の力を披露することになったり、神殿での祈りの捧げ方を説明したり、ヤロクが非常食と勘違いされるなど色々とあったが、最終的に大規模などんちゃん騒ぎの宴が夜通し開かれ、その日からこの里を拠点としている。
宴の際に持ってきていた酒を振る舞ったところ、「これをわしらも作る!シャムス殿、手を貸しとーせ!」
と、この地での酒造りを頼まれてしまった。
「良いんじゃない?やってあげなよ!」と、ルーアの鶴の一声で今日の情景があるのだった。
鬼族の長はルーア達の話を聞き、神の偉大さと慈悲深さを知った。
その日以来頭を丸めて神殿に通い、今まで守って貰った恩への感謝を祈りと共に捧げ続けた。
長は祈りの中で、守り抜いてきた里の苦難の日々を思い返していた。
昏きものとの激しい戦いや、仲間を失った痛み…それでも守り抜いたことへの誇りが彼の胸を満たす。
そして、「己の力を、里の者たちのために使おう」と強く念じ続けていた。
その日も神殿で祈りを捧げていると、窓から静かな風がふと長の周りを包み込むように吹き、草木がざわめきながら聖気の光が淡く漂った。
(なんじゃあ…?)
長が立ち上がり、何気なく大刀を握りしめると、刀身に聖気がまるで生命を宿すように集まり、輝き始めた。
試しに刀を振ると、周囲の空気が裂け、風が波のように流れる。思わず「おお…!」と息を呑む長に、神殿の静寂が祝福するかのように響いた。
長は海辺に行き、試しに新たな聖気の力を振るう。
得物である大きな刀に聖気を纏わせて、剛腕の元に海を割るほどの勢いで扱うことが出来る様になった。
その姿を目の当たりにした村人たちが感嘆の声を上げた。「長さまがここまでの力を…!」と、誰もがその威容に見惚れ、敬意と安心の表情を浮かべている。
長は皆を見渡し、口元に微笑を浮かべると、「おんしら、共にこの地を守ろう」と静かに告げた。
その言葉に応えるように、村人たちも彼に深く頭を下げた。まるで、長が得た力が村全体に満ちていくかのような、不思議な一体感が生まれた。
そうして皆更に熱心に神殿に通う様になり、ルーア達一行は神の使いとして皆に尊敬されつつ受け入れられていくのであった。