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二人のリア  作者: 藤野
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6.

 エミーリアは焦っていた。

 学校の入学式がもう目の前だというのに、制服の採寸や学用品の購入などについて一切の報せがないのだ。

 コリンが執事長に尋ねてくれたが、「エミーリアお嬢様のご入学については何も伺っておりません」と即答されたらしい。


 学校に行けばコーディリアやヒロインと話す機会があるのではないかと期待していた分、入学できないかもしれないという不安は大きな焦りを生んだ。


「エミーリアお嬢様。旦那様がお呼びです」

「……え?」

「すぐに執務室に来るようにと」

「お父様が……!」


 その日、数か月ぶりに父に会った。

 記憶にある父と寸分違わぬ様子だが、ずいぶん懐かしかった。


「お久しゅうございます、お父様。あの、お願いがあるのですが……」

「……なんだ」

「お姉様にお会いしたいのです。その、ちゃんと謝れていないので」

「それは無理だ」

「お姉様はまだお怒りなんですか」

「コーディリアではない。アイリス殿下、エドモンド、ジェラルド卿、ロザラインがおまえを二度とコーディリアに会わせるべきではないと言っている。私も同意見だ」

「そんな。贖罪の機会もいただけないのですか?!」

「謝罪にかこつけて何をしでかすか分からんからな」

「何もしません! ケガをさせたのだってわざとじゃないのに」

「意図せず従僕の額に数針縫う大ケガを負わせた挙句、義姉とメイドを階段から落として殺しかけたと」

「お父様、信じてください。花瓶を投げたのはやりすぎだったと思っていますが、私が二人を突き落とした事実はありません!」

「おまえの事実がどうあれ三人を傷付けたことに変わりはあるまい。その話はもういい。今日はおまえの嫁ぎ先が決まったと告げるために呼んだ」

「嫁ぎ先……?」


 エミーリアは鸚鵡返しに呟いた。

 “婚約者”ではなく“嫁ぎ先”が決まったということは、エミーリアの結婚はもう確定されているということだ。

 心臓が早鐘を打った。

 公爵家の生まれならば政略結婚は当然のことと覚悟してきた。だが、娘の結婚に父は無頓着だ。誰でも良いならば好いた相手(ジェラルド)と結婚したいと父にもジェラルド本人にも、これまで何度も伝えて来た。

 もしかしたら、問題児であるエミーリアをさっさと家から追い出したい父がアンガス侯爵(ジェラルドの父)に話をつけてくれたのかもしれない。

 淡い期待にエミーリアの心は踊った。


「相手は南部の辺境伯領に隣接する蛮族の頭だ」

「……――は?」

「若くて丈夫ならどんな女でも構わないらしい。来月にも辺境伯家から使者がやって来て養子縁組を交わす。おまえはそのまま辺境伯領へ向かい、嫁入りの準備をすることになる」


 父の言葉が頭の中で渦を巻く。

 期待していたジェラルドの名前は頭文字さえ聞けなかった。

 辺境伯領の外、つまり国に属さない、けれど無視もできない異民族の頭に、辺境伯の養女として嫁がされる。どのような取り決めがなされたかは知らないが、「娘をやるから大人しくしていろ」という辺境伯の異民族への意図は透けて見えた。

 まるで生贄のような降嫁だ。絶望のあまり目の前が暗くなる。


「……――学校へは」

「行ったところで意味はない。蛮族共とは言葉も文化もまったく異なる。おまえはそちらの勉強をしなさい」

「……お父様は、私がどうなっても構わないの」

「私はおまえの父ではなくなるからな」


 元から家族を大事にする人ではなかった。宰相という激務がそうさせるのだろうと思っていたが、きっとこの父はそもそもエミーリアのことが好きではないのだ。死んだ母はエミーリアを産んだことで身体を壊した。それを恨みに思っているのかもしれない。


 様々な希望が打ち砕かれたエミーリアの脳裏に、ヒロインの言葉が蘇る。


 ――貴女を救えるのはリア様だけよ。


 コーディリアがいったいどのようにエミーリアを救えるのか。

 分からないが、エミーリアにとっては義姉が最後の希望だった。


 辺境伯領へ連れて行かれる前に、どうにかしてコーディリアに会わねばならない。

 エミーリアは意を決して、コリンを呼んだ。

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