二日目①〈2-2-①〉
〈2190年11月15日〉
枝葉のコアの破壊は、何も相手にだけ変化をもたらすわけでは無いらしい。この半月ほど、変化の有無や、有るならばその大きさを把握するために、数回の検査を受けることとなった。最後の一回と結果を聞くために、私たちはワァルドステイトの支所を訪れていた。
美馬氏率いる能弁家たちの活動はここにも影響を及ぼしていた。
大きな窓から昼間の日の光が差し込む、清潔とも無機質とも言える広々としたロビーは、来所者の少ない普段の開放的な印象を失い、非市民でごった返している。ある者は見るからに疲弊し、また別の者は気が荒ぶっている。
音のよく響く高い天井はこの時ばかりは仇だった。私たちがここに来て三十分ほどが経ったが、この間に酷い怒号の応酬が二度ほどあった。ウェールスが少し落ち着かなさそうにしている理由だ。ジャヌアリィに先客がいるとのことで、待ちぼうけを食っていた。
「ジャン、忘れてなきゃ良いけど」隣からぼそっと呟く声が聞こえた。滲む恨めしさが可笑しい。
非市民たちは何か具体的な目的を持ってと言うよりは、何かあるかもしれない、してくれるかもしれないという漠然とした期待から、ここに来ているように思われた。彼らの半数は受付の応対で何らかの反応を示して踵を返し、残りの半数は奥に通されてしばらく後に出てくる。恐らくビットの接種を受けたのだろう。彼らの縋るような思いとは裏腹に、W.S.にできることはほとんど無い。
「隣、良いかい」と、白髪の混じる痩身の男が声をかけてきた。借りたらしい鉄製の折りたたみの椅子を私たちに見せて笑う。「勝手知ったる」
私の横を勧めると、それを広げて座る。
「お互い大変だな。でも、あんたらはまだマシだぜ。帰りゃ良いんだからさ」
疲弊の深く刻まれた顔でくしゃっと笑みを作る。彼は私たちを異人の不法滞在者と誤解――完全な誤解とは言えないが――しているらしかった。私は否定も肯定もせず、
「来るたびに人が増えている気がします」
「そりゃあ、新しく来るやつから何度も来るようになるんだ。増える一方さ。結構待ってる感じかい」
「まだ三十分です」
「もう三十分だよ」
私の回答を前のめりにウェールスが訂正する。男が笑い声を上げ、
「感覚の違いだな」ロビーにひしめく人を眺めて、「あいつらも似たようなもんだな。腹を立ててるやつも、死にそうな顔をしているやつも、お題はおんなじだ」
「市民の間で流行っている話ですね」
「ああ」背もたれに体を預け、「ここに来てどうなるもんでもないだろうが」
「貴方はどうしてここに」
「俺。俺は人を迎えに来たんだ。ちょっと体の良くないやつがいてさ、ちょくちょくここの世話になってるんだ。帰りに倒れられたら勿体無い。体は使い物にならないが」男は自分のこめかみを指差し、「ここがなかなか使えんだよ」
また大きな怒鳴り声が響いた。男が喧嘩を始め、フーマニットが止めに入る。驚いた子供の泣き声に誰かが舌打ちする。ウェールスが辛そうに小さく唸った。
「おろおろしなさんな」男が誰にでもなしに呟いた。
「随分と落ち着いていますね」
「どうでも良いってだけさ。それに楽しみが一つあるしな」
「楽しみ。と言うと」
男は私を見て、
「全部は、言えねえよ」ニッと悪い笑みを浮かべた。
昇降機から人が出てきた。青ざめた顔をした、やつれた印象の青年だ。隣の男が手を挙げて呼ぶ。気づいた彼と目が合い、互いに会釈を交わした。男が立ち上がる。
「じゃ、お二人さん。出て行くんなら早めにしろよ。それと彼女のこと気をつけてやれよ」ウェールスに視線を向けて、「あんたは出来が良いからな」
その目の奥に、若かりし日の生き様を物語る残忍な光を湛えていた。
※これは架空の物語であり、実在の人物・団体・事件等とは一切関係ありません。




