表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
塵灰のリハイブ  作者: 道安 敦己
第二話『砂時計の殺人』
62/62

二日目①〈2-2-①〉

〈2190年11月15日〉


 枝葉のコア(サクリファイス・コア)の破壊は、何も相手にだけ変化をもたらすわけでは無いらしい。この半月ほど、変化の有無や、有るならばその大きさを把握するために、数回の検査を受けることとなった。最後の一回と結果を聞くために、私たちはワァルドステイトの支所を訪れていた。


 美馬氏率いる能弁家たちの活動はここにも影響を及ぼしていた。


 大きな窓から昼間の日の光が差し込む、清潔とも無機質とも言える広々としたロビーは、来所者の少ない普段の開放的な印象を失い、非市民でごった返している。ある者は見るからに疲弊し、また別の者は気が荒ぶっている。


 音のよく響く高い天井はこの時ばかりは仇だった。私たちがここに来て三十分ほどが経ったが、この間に酷い怒号の応酬が二度ほどあった。ウェールスが少し落ち着かなさそうにしている理由だ。ジャヌアリィに先客がいるとのことで、待ちぼうけを食っていた。


「ジャン、忘れてなきゃ良いけど」隣からぼそっと呟く声が聞こえた。滲む恨めしさが可笑しい。


 非市民たちは何か具体的な目的を持ってと言うよりは、何かあるかもしれない、してくれるかもしれないという漠然とした期待から、ここに来ているように思われた。彼らの半数は受付の応対で何らかの反応を示して踵を返し、残りの半数は奥に通されてしばらく後に出てくる。恐らくビットの接種を受けたのだろう。彼らの縋るような思いとは裏腹に、W.S.にできることはほとんど無い。


「隣、良いかい」と、白髪の混じる痩身の男が声をかけてきた。借りたらしい鉄製の折りたたみの椅子を私たちに見せて笑う。「勝手知ったる」


 私の横を勧めると、それを広げて座る。


「お互い大変だな。でも、あんたらはまだマシだぜ。帰りゃ良いんだからさ」


 疲弊の深く刻まれた顔でくしゃっと笑みを作る。彼は私たちを異人の不法滞在者と誤解――完全な誤解とは言えないが――しているらしかった。私は否定も肯定もせず、


「来るたびに人が増えている気がします」

「そりゃあ、新しく来るやつから何度も来るようになるんだ。増える一方さ。結構待ってる感じかい」

「まだ三十分です」

「もう三十分だよ」


 私の回答を前のめりにウェールスが訂正する。男が笑い声を上げ、


「感覚の違いだな」ロビーにひしめく人を眺めて、「あいつらも似たようなもんだな。腹を立ててるやつも、死にそうな顔をしているやつも、お題はおんなじだ」

「市民の間で流行っている話ですね」

「ああ」背もたれに体を預け、「ここに来てどうなるもんでもないだろうが」

「貴方はどうしてここに」

「俺。俺は人を迎えに来たんだ。ちょっと体の良くないやつがいてさ、ちょくちょくここの世話になってるんだ。帰りに倒れられたら勿体無い。体は使い物にならないが」男は自分のこめかみを指差し、「ここがなかなか使えんだよ」


 また大きな怒鳴り声が響いた。男が喧嘩を始め、フーマニットが止めに入る。驚いた子供の泣き声に誰かが舌打ちする。ウェールスが辛そうに小さく唸った。


「おろおろしなさんな」男が誰にでもなしに呟いた。

「随分と落ち着いていますね」

「どうでも良いってだけさ。それに楽しみが一つあるしな」

「楽しみ。と言うと」


 男は私を見て、


「全部は、言えねえよ」ニッと悪い笑みを浮かべた。


 昇降機(エレベーター)から人が出てきた。青ざめた顔をした、やつれた印象の青年だ。隣の男が手を挙げて呼ぶ。気づいた彼と目が合い、互いに会釈を交わした。男が立ち上がる。


「じゃ、お二人さん。出て行くんなら早めにしろよ。それと彼女のこと気をつけてやれよ」ウェールスに視線を向けて、「あんたは出来が良いからな」


 その目の奥に、若かりし日の生き様を物語る残忍な光を湛えていた。

※これは架空の物語であり、実在の人物・団体・事件等とは一切関係ありません。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ