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塵灰のリハイブ  作者: 道安 敦己
第二話『砂時計の殺人』
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一日目⑥〈2-1-⑥〉

 コアは宿主を繋ぎ通信網――巨大な一つの生成装置、あるいは共同体のような代物を形成する。そこには序列があり、それに応じてその通信網に対する権能と役割が与えられる。


 最下位の落葉のコア(ドレッグズ・コア)は宿主を瀝青化し、上納することが役割だ。宿主に排撃者(エリミネーター)のような強大な覚醒能力を与えはしない。代わりに強烈な快を与える。大抵、往年の禁止薬物と似た動機で使用されるのだ。宿主は瀝青化が進むにつれ、異常な行動を取るようになるが、いずれも人目を避ける傾向がある。


 故に捜索は人気(ひとけ)の無い場所を回るだけでも一定の意義がある。戦闘を考慮しても、こんな夜中に外を出歩く志の高い市民を避ける上でも都合の良いことだった。静まり返った旧住宅地を奥へ奥へと進む。


 この間、私たちは明石氏から受け取った話題に終始していた。


「吉田さんが説得するとかは、無理だよね」ウェールスが項垂れた。「良いよ、答えなくて。そのくらい僕でも分かるよ」

「むしろ、こうなることは予想できたはずだと考えるなら、吉田氏は真に非市民を思って行動したわけではないかもしれない。もしそうなら、ますます不適格な人選だ」


 と答えた私に、恨めしそうな目で応えるウェールス。


「あっ」と言って、私の顔を窺う時間があった。「市長さんは止められないの」


 彼女の気遣いには微笑んで返し、


「現市長の北條氏は優れた貴族だが、権力基盤が弱い。なにせ混乱する都市に赴任した新参者だ。都市の運営を考えれば、教養派貴族と通ずる有力市民に強く出ることは不可能だろう」

「むう」


 細い道は何度目かの突き当たりに出た。切り立つ斜面に背後を取られ、電灯がぽつんと立っている。周りに巡らされた鉄線(ワイヤー)に感電注意と書かれた看板が添えられてあった。触れないよう気をつけながら、


「もういい時間だ。今日はこのくらいにしよう」


 懐中時計の蓋を閉め、私はいま一度、周囲を見渡した。山沿いの比較的幅広の道で、そろそろ始まる勾配のきつい坂はB級街へと続く。ウェールスがぽつりと呟いた。


「誰か止められる人、居ないのかな」


 その時だった。


「銃声」


 ウェールスが声を上げた。弾かれたように音のした方――坂を見上げる。勢いよく人影が飛び出してきた。私たちの姿を認めて一瞬立ち止まる。が、次の時には転びそうになりながら駆け降りていた。自力では止まりきれず、半ば私めがけて飛び込んで来た。両肩を掴んで止める。違和感を覚えた。


 丈の長い外套で全身を包んだ若い女性だ。薄っすらと血の瀝青を纏い、右手には拳銃を握っている。今しがた発砲したそれは、美術品気取りの意匠の凝った代物だ。彼女は私に縋りつき、肩で息をしながら、


「助けて」首を乱暴に横に振り、「違う。あなたたちも逃げなさい」


 と、頭上の電灯が小さく爆ぜるような音を立てて消えた。女性が悲鳴を漏らす。坂の方から彼女のものと同じ血の瀝青を感じ取った。彼女の瀝青はこの追手から浴びた結果だろう。震える彼女を後ろに促す。


「炯」


 ウェールスの声音は落ち着いていた。坂の中ほど朧気に男が姿を現す。唐突かつ不明瞭な出現は弾性効果によるものだ。


 本来、この世界に存在し得ないものである血の瀝青には、自然法則の弾性効果と呼ばれる、これを消し去ろうとする力が働く。この作用は瀝青の規模に応じて指数関数的に増大する。視認性の低下は莫大な瀝青がある際に発生する現象の一つだ。


 こちらに近づくにつれ、男の姿がはっきりしていく。身体の所々に赤い亀裂が入り、球のように肥大化した肩の筋肉から瀝青の結晶が生えている。落葉のコアの終末感染者だ。私は眉を顰めた。


「強いな。私が今まで倒してきたものとはまるで別物だ」

「この前の戦いが反映されてるんだ」


 コアは、通信網を介した情報共有に支えられた、極めて高い学習能力を持つ。枝葉のコア(サクリファイス・コア)を破壊した影響が落葉のコアまで及んでいた。それでも彼女の敵ではないらしい、一歩前に出た。手のひらを拳で突いて、


「ままならなさにむしゃくしゃしてたんだ。僕と出会った運の悪さを悔いてもらうよ」


 戦闘は彼女の自信が過剰でなかったことを証明してはいた。ウェールスは男の繰り出す攻撃をかわし、的確に反撃を打ち込んでいく。避けきれないものもいくつかあったが、一度を除いて巧妙に受け流し、真正面から貰った一つも堅く防いだ。一方で、


降星(こうせい)織機(しょっき)


 私は銀の杭に引かせた糸で立体的な蜘蛛の巣を組み、男を拘束する。だが、それは男が上げた雄叫びでたちまち消散した。咄嗟に距離を取る。男の声量が一気に落ちた。血の瀝青をふんだんに使った、荒っぽい防御技だ。


「はっ」


 ウェールスが男の振るった右手をするりと避けて、脇腹に蹴りを入れる。見た目の軽やかさに反して力は強く、大の男が十歩分は後方に飛ばされる。着地し、忌々しげに彼女を睨む。くぐもった呻き声を出し、膝を屈め、跳んだところに、


降星(こうせい)爆破(ばくは)


 私が銀の杭を打ち込む。意図的に不安定に構築したそれらは飛ぶ最中に砕けながら燃えていき、命中と同時に爆発する。矢継ぎ早に三本の杭を喰らい、男が墜落した。これを好機と捉えたウェールスが一気に距離を詰める。男の懐に滑り込んだ。


一なる(ト・)――」彼女の右腕が赤く輝く。一なるもの(ト・ヘン)――触れたものを血の瀝青に分解、消滅させる、彼女の対コア用の必殺技だ。勝負を決めにかかる。が、「うわっ」


 男はそれを避け、先ほど自分がやられたように彼女に蹴りを放った。彼女はすぐさま技を引っ込め、両腕で受け止める。数歩後退(あとじさ)った。ほとんど一方的に殴られている彼だが、この技だけは別人のように避ける。落葉のコアはこの状況での私たちの決定打が彼女の持つそれだけだと知っているらしい。こちらの戦い方とは無関係に、彼の警戒は常にウェールスに、その一撃に向けられていた。


 追撃はすんなりかわし、彼女が後ろに跳んだ。私の横に着地する。首筋から頬にかけて薄っすらと赤いひびが入っていた。彼女が血の瀝青で造られていることの証だ。彼女の設計図が傷ついたことを意味している。私が触れると、ひびがそっと癒えた。


「ありがとう」

「できることくらいするさ」


 男がゆらりと上体を起こした。瀝青化が加速度的に進行し、胴体は赤々としている。


「どうも落葉のコアは君に勝てるとは思っていないらしい。どう死ぬかの動きだ」

「うん」ウェールスも首肯する。「こうしている間にも宿主を瀝青にして上納してる。早く止めたいのに」

「彼が君に夢中な限り厳しそうだ。考えがある」


 焦燥感を募らすところに言ってみたが、彼女はさっと冷静になり、私に横目で、


「君が危ない目に遭うのは賛成しないよ」

「大丈夫だ。信じてくれとは言わないが、それ以外に手は無い」

「信じたからね。どうすれば良い」

「手加減してやってくれ。負けるかもしれないというふうに」


 私の頼みに彼女は怪訝な顔で、

 

「手を抜くの」だが、すぐに覚悟を決めた。「分かった」

「よし、行くぞ」


 私の言うが早いか、ウェールスが男に駆け寄る。優れた役者で、さも疲労か何かで動きが鈍くなったかのように徐々に攻め手を緩めていく。遂に攻守が入れ代わり、追い詰められ始める。男が次第に勝ちを意識した動きに変わる。そこに、


「降星爆破」


 今までの牽制や援護とは違う。手数と威力を上げて、私は彼に攻撃を加えた。当然、彼は私などには目もくれない。ただ、それが当たるたびに、ウェールスは窮地を脱し、呼吸を整える。その茶番が五度目に入り、また男が拳を振り上げ、


「降星――」


 彼は彼女の前から一気に私の頭上へ跳んだ。目が怒りに燃えている。


「そうするだろうさ」


 振り落とされた渾身の一打を後ろに跳んでかわし、その顔面に衝動弾を叩き込む。着地と同時に、


「発」


 男の周囲に残る瀝青を利用し、烈しい閃光を二度、三度、彼の眼前に起こした。切り裂くように走ったその光で彼の身体が硬直する。先の拘束でしたように、雄叫びを上げて消し飛ばす。それを潰すための衝動弾だ。彼の顔は赤く爛れ、声は無い。回復するより早く、


一なるもの(ト・ヘン)」背後からウェールスの一撃が捉えた。


 男は落葉のコアもろとも消滅した。ウェールスが勢いそのまま私に駆け寄る。やはり生じていた赤い亀裂を回復させ、私はその場に座り込んだ。


「大丈夫」

「ああ」彼女を見上げ、「上手くいった」

「うん」そっと安堵したように微笑む。はっとして、周囲を見渡す。「あの人は」


 私は彼女が去ったであろう方向を見ながら、


「逃げられただろう」

「だと良いんだけど」心配そうに呟く。反対側、男がいた辺りを見て、「倒せたけど、助けられなかったね」


 彼女に倣い、そちらに目を向ける。


「ああ」


 短く同意する、その実、全く別の感想を抱いた。追い詰められた者が自滅するのは、得てして、中途半端に希望が見えてしまった時だ、と。

※これは架空の物語であり、実在の人物・団体・事件等とは一切関係ありません。

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