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塵灰のリハイブ  作者: 道安 敦己
第一話『姿なき復讐者』
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十一日目③〈1-11-③〉

 ウェールスのお手柄だった。地下シェルターへの入口は寝台の下にあった。梯子を降りた先に地下室があり、そこから始まる長い階段を降りる。重い扉を押し開けると奥行きの分からない空間に辿り着いた。懐中電灯を着けて上に向ける。天井が遠い。


「なんか妙に高いなあと思ったんだよね」


 ぶつけた後頭部をさすりながら破顔する。明るい声が暗闇の中に広がり返ってきた。


「大丈夫か」

「うん」

「それは良かった」


 懐中電灯と地図を頼りに進む。足音が刃物のように鋭く不快に響く。内部は圧巻の大きさで、地下要塞と呼ぶに相応しい代物だ。明石氏が街と言ったのも納得がいく。ウェールスが辺りを見渡しながら、


「大家さんの奥さんはここを通って明石さんのところに行くつもりなんだよね」

「そのはずだ。だが、どうやらもう一つあるらしい」

「ここから枝分かれするの」

「選択肢の話さ。犯人はコア経由で白の媒介者の偽想刻殻(ぎそうこっかく)を使えるはずだ。それなら何者かに扮装して地上を堂々と行ったって良い。その話をした時、彼女は露骨に動揺してもいた。君はそれどころじゃなかったかもしれないが」


 揶揄(からか)うとそっぽを向いて、


「僕は誠実に怯えていたからね」と言ってハッとする。「そう言えば、明石さんを守るのに協力するって」


 彼女はそのために手勢を出すと言っていた。


「今いる誰かを殺して成り変わる。それで明石氏に近づくか。あるいは。手勢は今も募集中だ。新入りにでもなる気か」


 犯人の企てを一つ一つ探るように独り言つ。ウェールスはみるみる狼狽えて、


「申し出を断るように団長さんに言おうよ。君ならうまく騙くらかして角が立たない感じで断るように仕向けられるかもしれない」


 早口で捲し立てる。不服の顔を彼女に向ける。


「君は私をなんだと思ってるんだ」前を見据えて、「問題はそこじゃない」

「じゃあ、どこなのさ」

「犯人は自警団の団員を殺すことだってできるだろう」


 そう答えると彼女は途端に色を失い、


「あの家にいた四人」茫然と呟く。

「勿論、四人を逃したところで同じことだ。手下しか居ない家から一人抜け出すことはかえって容易い」

「誰かを見繕って殺すってこと。自警団に拠点で引き籠もっておくように頼むとか」


 提案は実に自信が無さそうだ。


「私ならできそうかい」

「無理だと思う、君でも」

「私もそう思う。犯人の選択肢を狭めれば、より深刻な犠牲を強いられるだろう。私たちに犯人と駆け引きをする権利は無い」

「相手の出方を待つしか無いんだね」

「ああ。二つに一つ。いずれを選んだとしても迎え撃てるように用意するしかない。彼女にも制約はある。傍目には今も殺害予告が届きそうな立場だ。安否を確認されることもあるだろう。可能な限り自分の無実を主張しやすい状態で明石氏を殺したいという欲もある。だからこそ、あの四人が艱難辛苦(かんなんしんく)に耐えているんだからね」

「予告した当日に来るはずってことだね」

「そうでないと困るというのも大いにあるがね」

「どこでどう戦ったら良いんだろう。明石さんの家まで来られたら」

「当然、周囲は大損害だ。明石氏の安全も約束できない」

「でも地下と地上のどっちから来るか分からないならゴールで待つしかないよ」

「二手に別れよう」

「えっ」


 驚く彼女に当日の計画を説明する。それは次のようなものだ。


①私は明石氏の家から地下シェルター街に降りて待ち伏せる。

②ウェールスは大家美央氏の家の前を見張る。


 殺害予告時刻を迎え、


〈犯人が地上を通ってきた場合〉

③ウェールスが攻撃を仕掛け、空地(予め決めておく)に誘導。足止め。

④私は明石氏の家を出て空地に向かい、合流する。

⑤私が後方支援、ウェールスが前面に出て大家美央氏と戦闘。コアを破壊する。


〈犯人が地下を通ってきた場合〉

③地下シェルター内で私が迎撃、時間を稼ぐ。

④ウェールスは大家美央氏の家から地下シェルターに降り、明石氏の家を目指す。

⑤犯人をウェールスと挟撃する形で本格的な戦闘に移り、コアを破壊する。


「犯人が地上を来た場合は攻撃、地下を来た場合は迎撃だ。君と私の実力を考えれば、秀でている君に前者を任せた方が良いだろう」

「二つを比べればそうでも。君は耐えられると思ってるの」


 唖然とした顔で尋ねるウェールスに、肩を竦め、余裕ぶってみせる。


「勿論。そうでなければ提案しないさ」


 彼女は立ち止まり、真っ直ぐに私を見つめて訴える。


「君は自分を過大評価してる。津田さんの時とは勝手が全然違うんだ。犯人はコアを使ってもう二人殺してる。時間だって経ってる。瀝青(れきせい)化が進んでるし、変換効率だって上がってる。殺されてしまうよ」

「心配してくれるのかい」

「当たり前でしょ」

「ありがとう。だったら急いでくれ。君が一秒でも早く来てくれれば、私の生存率は上がる。それとも、他に良い案があるかい」


 答の分かり切った問いを投げると、力なく項垂(うなだ)れる。


「無い。思いつかない。ごめん」

「何も謝ることは無いさ。それに地下を通ってくると決まっているわけじゃない。地上を来たら君が戦うんだ。君のコアへの絶対的な優位性は既に失われている。森氏の毒で万全でもない。君だって必ず勝てるわけじゃないだろう」

「それは反省してる」

「お互い最善を尽くそう」微笑みかける。


 しばしの沈黙、顔を上げ、「分かった」また歩き出す。


「よし。と言うわけだから、この道を覚えておいてくれ」

「へっ」

「今、私たちは明石氏の家に向かっているんだ。君が当日に通る道じゃないか」

「あっ、そうか。ここまで何も考えずに君についてきちゃった」

「そんな君のために目印を用意しておいた」懐中電灯を壁に向ける。赤い顔料で線がつけられている。「犯人がね」

「ほんとだ。当日はこれを辿れば良いんだね」

「ああ」


 しばらく目印を頼りに道を進んだところで、


「犯人が明石さんを襲いに来るのは明後日の夜だよね。そこまでにやることを整理しようよ。さっきの話だと地上で戦う場合の場所を確認する必要があるよね。他には」

「その確認は明後日の日中になる。明日は君の送別会、それと行ってもらいたい所がある」

「え、どこ。そこも事件に関わってるの」

「いや。せっかく学府に来たんだ。観光さ」

「観光、何言ってるのさ。その次の日は決戦だよ」

「だからだよ。ウェールス。君が命を懸けて守るものが何なのか、知っておいて欲しい。私のなけなしの誠意だ」

(けい)。そっか、分かったよ」

「送別会は橘さんに丸投げだからね。私から何ができるだろうと考えた結果だ。課長に蔵書館区に連れて行ってもらえるよう頼んでおいた。私がいると入れないから別行動だ」

「それって結局、君は何にもしてないんじゃ」

「まさか。私も送別会の準備を少し手伝って、そこからは英気を養う」

「要するにほぼオフじゃないか」

「そうは言うが、私ではあまり君に生産的な体験を提供できないからね」


 そう答えた私をじっと見つめるウェールス。表情が分かるようにわざわざ自分の顔を懐中電灯で照らして見せる。と、何か思いついたという顔をして、


「あ、そうだ。西の荒地に行ってみたい。そこなら君でも行けるでしょ」疑いの眼差しで、「面倒くさいんじゃないなら連れて行ってくれるよね」

「勿論。明後日でも良ければ、作戦開始の前にでも行ってみよう」

「分かった。良いよ」

「これで予定は決まりだな」


 それからまたしばらく進み、細い道に入る。緩やかな坂を上り、扉を失った進入口を通る。階段を経て辿り着いた一室、その壁に梯子があった。


「この上が明石氏の屋敷に繋がっているはずだ」梯子の先を懐中電灯で照らしながら、「お先にどうぞ」


 促されるままウェールスが登っていく。鉄の扉を思い切り良く押し開けると、明石氏の自室に繋がっていた。


「ああ。開道とあの異人の娘とも話をしなければならんな」


 ちょうど逢坂氏と電話していた時だった。勢いよく扉が開いて、ひょっこりとウェールスが顔を出す。椅子に座り受話器を取っている明石氏と目が合った。


「いや、良い。いま来た。目の前にな」

※これは架空の物語であり、実在の人物・団体・事件等とは一切関係ありません。

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