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塵灰のリハイブ  作者: 道安 敦己
第一話『姿なき復讐者』
28/62

九日目③〈1-9-③〉

 日記を借り受け、明石氏の家を辞した私たちは、その足でW.S.(ワァルドステイト)の支所に向かった。


「びっくりだよね」


 そう言ったウェールスは不自然に明るい。浮かべる笑顔に悲痛が滲む。与えられた役割を全うするために半ば刷り込まれ半ば獲得していった処世なのだ。彼女は決して単純ではなかった。


「まだ分からないさ」


 何の役にも立たない気休めを吐く。


「ええ。事実です。藤の粛清は学府の要請を受けて我々が行いました」


 ジャヌアリィは藤の粛清がフーマニットによって行われたとあっさり認めた。


「僕は知らなかったよ」ウェールスが抗議する。

「言ってなかったからね」


 彼女には酷だが、これまでを思うと分からないではない。彼女の人間的な美点は、副代表としてはあまりに欠点になる。彼女に知らされていないのは、こういった政治的な情報だけではないように思われた。


「まず、ご説明しなければならないのは。私たちW.S.は時代に応じて戦略を大きく変化させてきました。当時は前代表アイゼアの掲げた方針に則り、頽廃勢力の掃討作戦が多く行われていました。世界全体でこのような非人道的行為が私たちに求められていた、そういう時代だったのです」

「求められたって断ることはできたでしょ」


 ウェールスが食ってかかる。ジャヌアリィは物分かりの悪い教え子を諭すように、


「それは私たちが独立した価値尺度で人類の判断を評価するということだ。彼らに対して対等もしくは上位の立場の者として、ある行動を積極的に支持し、あるいは否定し、主体的に関与する。危険な行為だろう」視線を私に戻して、「求められれば応えるよりない。それが道具というものです」


 言い返す言葉が見当たらずに俯くウェールス。代わって話を進める。


「時代の要請と言うのは具体的には」

「コアの氾濫が大きな原因でした」


 同盟の統制が弛緩しコアが市井に解放されると、主要な使用者が同盟の兵士から頽廃勢力に移り、たちまち深刻な普及状況になってしまった。頽廃勢力の掃討とコアの根絶は表裏一体だったとジャヌアリィは説明した。


「コアは学府にも流入した」

「残念ながら。当時はまだ学府と今のような関係すら築けていません。私たちは遠巻きに見守ることしかできませんでした。要請は偶然の出来事です」

「結果、藤の粛清と続く藤の支配の間に学府から一旦はコアを排除できた、と」

「そう考えています。現在学府で確認されているのは新たに持ち込まれたもの。過去のそれらとの間に連続性はありません」


 藤の粛清は渡りに船だったわけだ。隣にいるウェールスの手前言いはしないが。


「ご批判は真摯にお受けしますよ」


 ジャヌアリィは微笑んだ。私はため息を一度吐いて、


「藤の粛清に投入されたフーマニットが殺人事件を起こしている可能性は」

「あり得ません。と言ってもあなたの耳には事実ではなく、ただの公式見解に聞こえるでしょうが」そう言って綴じられた紙の資料をテーブルに置いた。「お見せできる情報の中で有益であろうものを用意しました。こういう形で誠意をお見せしようと思います。いかがでしょう」


 資料を手に取り、検める。藤の粛清に投入されたのは、アイゼア・コンセプトと呼ばれる戦闘に特化した仕様のフーマニットだった。自己改変機能が与えられており、兵器としての汎用性だけでなく高度な変装機能まで有していた。体表や毛髪を瞬時に変化させ、体そのものが別人の見た目になるとのこと。


 アイゼア機は戦場での識別のため緑色の頭髪が標準採用されていた。クローバーの名の由来は——今となっては緑芽(りょくが)章の由来も——これだろう。ジャヌアリィの深緑の髪も彼の体がアイゼア機の改修機だからだそうだ。この情報はいま全く必要がないと思うが。


「こちらと併せて質問しても」

「構いませんよ」

「単刀直入に。無いとする根拠は」

「結論を言えば、学府に今もそのフーマニットが存在している可能性が無いからです。第一に、投入されたフーマニットは全て回収もしくは破壊処理が完了しています」


 資料によれば、当時の記録システムには不備があったとのこと。


「記録から漏れたフーマニットが学府に滞在していた可能性があると読める」

「第二に、それらは遅くとも作戦終了時点で通信が途絶しています。フーマニットは人類と異なり、摂食による自律的な恒常性を持ちません。私たちが存在し続けるためには通信機能によって瀝青(れきせい)が供給されなければならないのです。その通信が途絶しているのですから、人の言い方で言えば飢死にします」


 しかし、瀝青(れきせい)の供給が無くても数十年単位で行動可能と書かれている。数十年という表記の理由は条件の微細な違いで瀝青(れきせい)の消費実態が大きく変わるからだ。運用期間を超えて実績を確認することが出来ないという現実的な事情もある。数十年保つとの主張は事実に基づくのではなく、あくまで計算上の推測に過ぎない。


瀝青(れきせい)の消費を極端に抑えていたとしても、いま稼働している可能性は無い、と」

「絶対にありません。断っておきますが、私たちの演算は推測ではなく事実です」


 自分を維持できなくなったフーマニットは自動的に消滅する。生成装置は人の能動的思考能力に依存する装置であるため、フーマニットには使えない。


「念の為に訊きたい。フーマニットがコアを使用することは」

「私たちは瀝青(れきせい)の塊のようなものですよ。勿論、不可能です」


 可笑しそうに笑う。彼の主張は単純明快で、存在しないから犯人ではないのだ。今も稼働し続けているならば、犯人である可能性を否定できないということでもある。が、現時点では犯人はクローバーでなく、コアを宿した人間との当初の見立てが妥当なように思われた。


 資料を読み進めていると、右肩に何かが触れた。見遣るとウェールスが寝息を立てていた。そう言えば随分静かだった。顔を上げるとジャヌアリィが苦笑いを浮かべている。


「申し訳ありません。まだ未熟なフーマニットでして」

「疲れたんだろう。心身ともに」

「そう言って頂けると助かります。ですが、あまり感情移入されませんように。じきにロストする身ですから」

「まだ分からないさ。情報剤ができれば安全に武装を使えるんだろう」

「情報剤は鋭意開発中です。ただ、コアの稼働時間と瀝青(れきせい)の消費実態から演算した結果、間に合わない可能性が高いと指摘されています」

「間に合わない」


 私はその言葉を独り言のように復唱した。コアは宿主を瀝青(れきせい)化して力を与える。畢竟(ひっきょう)、宿主は瀝青(れきせい)の消費如何によらず、時が経つごとに失われる。これらの喪失が閾値(いきち)を超えるとエリミネータ化が起こる。


 エリミネータは枝葉のコアの言わば最後の姿だ。宿主の欲求が満たされても、満たされる前に力尽きても出来する。宿主を急激に瀝青(れきせい)化し、この人が完全に消費されて死ぬまでの間、絶大な力を発揮する。一つの都市を易々と破壊できるほどの力だ。


 犯人との正面衝突を避けながら行動を妨害する私の対応策は、宿主の瀝青(れきせい)の消費を抑えつつ目的を達成させないというエリミネータ化の両方の過程を遠ざける苦肉の策だ。


「開道さん。さすがに元貴族です。内心の動揺をおくびにも出しません」

「まさか。私は分かりやすく焦っているだろう」

「ルーチェを失うからですか」

「それを何としても避けたいからさ」


 そう答えると彼は意地の悪い笑みを作った。


「ルーチェが失われれば、藤の粛清と同じ事態が起こるのではないかと考えている」


 どうですかと言わんばかりの沈黙。返す言葉は無い、図星だった。眉を顰める。


「そのようなことは起こりません。藤の粛清は要請を受けて行われました。何かの報復ではありません。そもそも私たちには人類に復讐する権利は無いのです」


 報復かどうかは問題でない。ウェールスの喪失は学府の落ち度だ。これを以って圧力をかけ、学府に要請を出させれば、


「学府が事態の深刻さを認識し、態度を改めるようなことがあれば話は変わりますが、それは私たちにはどうすることもできない神の差配と言えましょう」

「要請があれば行うと言うわけだ」


 睨みつけ、質す。半ば恨み言のような声色だった。対する相手は余裕そのものだ。


「私たちはいついかなる時も最善を尽くすだけです」


 と、ウェールスが寝苦しそうに小さく唸った。


「すまない」


 彼女に小さく謝る。ジャヌアリィが見るに堪えない冷酷な眼差しを彼女に向けていた。私に視線を戻し、


「開道さん。ルーチェを是非うまく使って(殺して)ください」


 彼は、邪悪さすら感じる笑みでそう言った。




◇注釈(用語説明)

アイゼア・コンセプト……一世代前のフーマニット。前モデルの欠点であった人格プログラムの調整を筆頭に高威力の武装の内蔵、多様な戦闘任務を全うできる各種能力の付与を図った戦闘特化型。内蔵された擬似的なビットが炉のように機能することで構成する部品を瀝青(れきせい)に戻し、異なる性能を持たせて再生産する自己改変機能を有する。一方で兵器としての性能を追求したため、肌の質感など「人間らしさ」には不満点が残った。現在、既に退役している。


エリミネータ(枝葉のコア)……兵士の位格を持つ枝葉のコアの最終形態であり、宿主の欲求が満たされても満たされる前に力尽きても出来(しゅったい)する。前者の場合、広範囲に感染性の落葉のコアを散布して消滅する。後者の場合、周囲の瀝青を取り込みつつ暴走する。

※これは架空の物語であり、実在の人物・団体・事件等とは一切関係ありません。

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