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塵灰のリハイブ  作者: 道安 敦己
第一話『姿なき復讐者』
22/62

六日目①〈1-6-①〉

 翌日、完全回復したというウェールスの主張も踏まえ、私たちは森氏の家に向かうことに決めた。課長に連絡して待ち合わせの約束を取り付ける。そっと戻した受話器を黒電話が大袈裟な音を出して受け取った。


「手伝ってくれそうかい」


 橘さんの(うかが)う声。真意を尋ねるように視線を向ける。


「例の人身売買の件だよ。捜査で按察(あんさつ)は大忙しだと聞いたんだが」

「なんの話」


 カウンターテーブルのウェールスがぱっと顔を上げた。


「最近、不審な失踪が立て続けに起きていたんだが、それが組織的な人身売買に関連した人(さら)いだったんだ」


 彼女の隣に腰掛けながら、先日橘さんから聞いた話を繰り返す。按察の一部が買収されているようで難儀しているとのことだった。橘さんが続きを引き取る。


「どうにもやり口が巧妙らしい。偽の門下契約を結んでから売り飛ばしていた。書類の上では適正な人員の遣り取りだから、実態が分かるまでに時間がかかったそうだ」

「買収した按察官には契約書類の偽造と実態調査での不正な処理を求めたんでしょう」

「もんか」聞き慣れない言葉にウェールスが首を傾げる。

「門という家のような集団があるんだ。門下はその門に所属する者のことだ」


 血の繋がりと知の繋がり――家と門は今日の学府において対を成す重要な小集団だ。血縁が必ずしも盤石な結束を保証しない中で、精神性や社会的な利得に基づく門が確立されていった。


「つまり」ウェールスが情報を咀嚼(そしゃく)し、(そら)んじる。「誘拐して、勝手にうちの者ですってことにして、本当にそうか確かめさせもせずにその人を売り物にしてたってこと」

「そういうことだね」

「鬼畜の所業だよ」


 しかし、仔細を聞けば疑問も浮かぶ。そのようなことができるとなれば、少なくとも有力な経済人だろう。全貌が分かったところで犯人を引き()り出すことは不可能と見て良い。こういう場合、按察の態度は基本的に無気力、無関心、不作為だ。何かしたところで何にもならないのだから、やるだけ無駄となる。


 これには橘さんから明快な答えが示された。ため息を吐いて、


「中央の貴族と近しい経済人の子息が殺されて、突き上げられたんだろう」


 事件は複数の経済人が関与しているそうだ。手出しのできる者だけでも捕まえれば体裁も保てよう。実に按察らしい発想と言える。


「関与した経済人の洗い出しに躍起になっているわけですね」課長の協力を得られるか橘さんが心配してくれた理由も分かった。「ありがたいことに課長は万年暇ですから」


 と、電話が鳴った。


「分かりました。ただ、その前に寄りたいところがあるのですが。ええ。ではそのように」

「どうしたの」


 受話器を置くと、間髪入れずウェールスが訊いてくる。


「行く先が増えた。道すがら話そう」


 電話の主は逢坂氏だった。リハイブを出る前に取ることができたのは運が良かった。森氏の家に向かう道中、その内容をウェールスに伝える。


「殺害予告」慌てて声量を抑える。「誰に届いたの」

大家(おおか)氏だそうだ」答えて大家氏と自警団の関係性について説明する。

「栄さんとは違った意味で大切な人なんだね」

「犯人の狙いとしては一貫しているように見える」


 現在の犯人像は、逢坂氏によって自尊心を傷つけられ、彼を恨んでいる名義上の支援者というものだ。この人の復讐に白の媒介者がコアの提供を筆頭に協力している。しかし、この二者は完全な連携には至っていないようだ。それがかえって誰が何のためにそうしたのかを分かりにくくしている。森氏がそうであるように。


「白の媒介者に短期間で枝葉のコアを造る力は無いと思う」


 ウェールスが指摘する。私たちは津田さんに植え付けられたコアを破壊した。そこから数日で新たにコアを造ることはできない。以前から枝葉のコアを宿す者が他にいたとしても一人か二人、いなくてもおかしくはないと言う。


「たくさんあるならあんな事にはなってないよ」


 彼女にとって白の媒介者の「弱さ」は衝撃的だったようだ。


「だが、殺害予告は届いた。思いつくのは二つ。犯人もコアを宿している。ここからの犯行は本格的にこの人が担う。あるいは白の媒介者自身がここからは行うつもりか」


 前者であろう。白の媒介者は独自の目的を持っている。あくまでその実践として犯人に助力しているだけだ。隣を歩く彼女に目線を向けて答えを促す。


「うーん。その二つなら。犯人もコアを使ってる、かな」

「同感だ。津田さんなら栄氏の殺害は可能だ。白の媒介者が彼を使役して栄氏を殺させた。以降の犯人自らの犯行と手法が違えば、犯人像は混乱し、按察の捜査を撹乱(かくらん)できる。そこからの津田さんは追手にぶつける捨て駒だった。並の按察官では太刀打ちできない。だが、不測の事態が起きた」

「不測の事態」

「君だ、ウェールス。君が来た。それで白の媒介者まで出張ってきたわけだ」

「そっか。僕がいることで犯人の計算が狂うんだ」


 誇らしそうにそれでいて嫌味の無い笑顔で言う。


「少なくとも、狂いそうな予感は凄まじいだろうね」

「じゃあ、ここからの犯人はちょっと不規則な動きをするかもしれないね」

「ああ。計画の修正は必要なはずだ。全体を変更するつもりはないとしてもね」

「僕たちはそれを踏まえて犯人の先回りをしてコアを破壊すれば良いね」


 ところがそうはならない。理想は犯人の計画をかき乱して遅延させることだ。


「森氏の後に大家氏を訪ねる。犯人の次の出方も見えてくるはずだ」


 一通りの会話を終え、残りの道を黙々と歩き始める。と、ウェールスがピタリと立ち止まった。振り向くと青い顔で、


「さん付けが無くなったのは格下げですか」


 どうやら知らぬ間に敬称を省いて呼んだらしい。


「いや、すまない。そういうわけでは」


 そっぽを向いて、


「良いさ。確かに僕が悪かった」すたすたと歩き出す。振り向いて、「いつか様付けで呼んでもらうから」


 先を急ぐ彼女の背中を苦笑いで見つめながら、ふと、フーマニットの倫理観としてそれは正しいことだろうかと今度は私が青ざめた。

※これは架空の物語であり、実在の人物・団体・事件等とは一切関係ありません。

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