青い夜
落ち着いた照明が店内を照らす。彼女はカウンター席のスツールに腰掛け、彼を待っていた。お互い仕事が忙しく、会えるのは久しぶりだ。まるで初デートのような気分で着飾った自分を、彼はどう思うだろうか。深海のような美しいカクテルを飲み干し、彼女は心を躍らせる。店内に響くピアノの音色が心地よい。
……生演奏だなんて。とことん粋なお店だ。チラッと目を向ければ、スーツを着こなすスラリとした背中が音を奏でているのが見えた。
(彼もピアノ弾いたらあんな感じなのかしら)
愛しい彼を思い浮かべながら、演奏する背中を見つめる。流れるメロディ、響く音色。うっとりと聞き惚れていると、曲が止まった。どうやら一曲終えたらしい。他の客と共に拍手を送る。と、ピアノの彼がこちらへとツカツカと寄ってくるではないか。
(いけない、見つめすぎちゃったかも……)
慌ててカウンターの方へ向き直るが、聞こえてくる足音は自分の真横でピタリと止まった。嘘でしょ……恐る恐る顔を上げる。
「え…?」
そこには待ち人である彼が立っていた。
「お待たせ致しました」
愛しい彼はニッコリと微笑む。誰もが惚れ込むような極上の微笑み。周りから羨望の眼差しが向けられているのがわかる。
「え、今ピアノを演奏していたのって!?」
「ええ、飛び入りで弾かせていただきました。せっかく久しぶりに会うのだし、いつにも増して綺麗なあなたに一曲プレゼントをと思いまして」
相変わらず、なんてスマートなのだろう。
「ふふっ、驚いていただけましたか」
「……はい、とても」
彼女の答えに満足気に頷くと、彼は隣のスツールに腰掛けバーテンダーへと声をかけた。
「ブルーマンデーを」
「かしこまりました」
「ブルーマンデーなんて、せっかく会えたのに気が早いですね」
「せっかく会えたからこそ、月曜日が憂鬱なんですよ」
彼はいたずらっ子のような笑みを浮かべ、彼女の耳元に唇を寄せる。
「だから、今からの時間はすべて僕にください。ね…?」
真っ赤になる彼女を愛おしそうに見つめ、彼は置かれたカクテルグラスに手を伸ばした。夜は長い。