死に戻り王女は、森で暮らす。
「――巻き戻った?」
その日、目を覚ました私は全身を映す大きな鏡の前で驚愕した。
――そこに映るのは記憶よりもずっと小さな昔の私。
ううん、それどころか私は目覚める前に死んだはずだったのだ。
それこそ幸せになれるはずだと信じ切っていた私は、結局のところその部分が甘さとなって貶められたのだ。
十八歳で命を落とした私。
日付と年を確認すると、丁度、十年前。
父親が手を付けた侍女の娘として生まれた下賤な王女。父親にも、母親にも似ていない隔世遺伝。
私の髪の色は、こげ茶色。その目も他の家族と違う、目立たない黒。他の王族は全員赤い瞳を持つのに、私にはその王族の証の瞳の色がなかった。
母親は私を産むときに亡くなった。父親は母をそれなりに愛していたのか、母親が亡くなって産まれた私に関心を持たなかった。
王女という身分にも関わらず私は迫害されて生きてきた。私を敬う使用人たちも周りにおらず、最低限の暮らしを強いられている。
他の家族は仲良く食事を共にしたりしているらしい……というのに私はずっと放っておかれていた。
ストレス発散のはけ口にされ、傷も多かった。
だって私は王である父親にも、他の家族にも忘れ去られた王女。
そうやってひっそりとただただ生きることに必死だった。
前の私は、家族と仲良くなりたいと思っていた。
血の繋がった家族と、仲良くなれるはずだと思っていた。
――だから十六歳の誕生日、私がこの国の守護獣の守り人に選ばれた時、夢のようだと思った。
この王国には守護獣と呼ばれる獣が居る。その獣は、王族の中から守り人と呼ばれる契約を結ぶ相手を選ぶ。血と血の契約は重く、守護獣に選ばれる王族は、この国の中でも特別な存在だった。
この国では王族は赤い瞳を持つと言われているのは、その守護獣の瞳がルビーのように綺麗な赤色だから。
私はその色を持たない王族として生まれたからこそ、守護獣の守り人になんて選ばれるはずがないと家族は思っていたのだと思う。
だから私がそれに選ばれたことを周りはそれはもう驚いていたし、守護獣に選ばれるはずだと思い込んでいた腹違いの兄妹たちはそれはもう私を疎んだ。
全員というわけではない。本当は私と仲良くしたかったけれど、機会がなかったといって仲良くしてくれる兄妹もいた。それに父親も……私が守護獣に選ばれてからというものの、私のことを見てくれるようになった。
守護獣であるスヴィーダと出会い、魔法を使う術も習って……、充実した日々を送れるようになった。
私が守護獣に選ばれたことに対して文句を言っていた者たちだって二年で私のことを認めてくれるようになったと嬉しかった。
その頃の私は、私の頑張りが認められたと愚かにも信じていた。頑張れば頑張るほどに結果が出るとそんな風に思っていたのだ。
――だけどそれは間違いで、私は毒を盛られて死んだ。
認めてくれたと思っていた兄妹の中で、私をやはり排除したいと考えている人がいたのだ。人を信じることは美徳であると言うけれども、結局のところそうやって信じ切ってしまうことはこういうことにもなるのだと実感した。
巻き戻ったわけだけど、どうしようか。
私は未来を知っている状況だから、前回よりももっとうまく立ち回れるかもしれない。私のことを毒殺してきた人たちに対して、復讐をすることだって出来るかもしれない。
――でも私は思った。
わざわざそういう茨の道を歩む必要はないと。
私は家族に期待して、周りから認められたいと思って――、だから私は一生懸命だった。
だけどそういうものに期待するだけ無駄なのかもしれないと思った。それにそうやって生きるのは疲れてしまうから。
「よし、逃げよう」
幸いにも、私は死に戻りする前に手に入れた力は今も使える。
守護獣の守り人になる私がいなくなればこの国は大変なことにはなるだろう。でもそんなことは知らない。
――私は私の幸せのために、心豊かに過ごす未来のためにそう決断した。
*
「んー、美味しい」
私は今、森の中に居る。
八歳の時に逆行した私は、すぐさま抜け出す準備をして城を抜け出した。
守護獣の守り人として生きてきた私にとっては、抜け出すことぐらい簡単だった。それに城の者たちは私のことなんて関心がない。
ほとんど放っておかれている状態だったから。
それでいて私が街ではなく、森に向かってたのは――、子供が一人で街で暮らすのは大変だから。
それに人に関わることは面倒だと思ったから。うん、お城の中で迫害されて、ギスギスした雰囲気の中生きていて、人づきあいって面倒だなと思った。
だから私はしばらくの間、森の中でのびのびと過ごすことにした。
『リルナイス、それは美味しいか?』
「ええ。とっても」
私の目の前には、小さな白色の毛の獣がいる。
これは守護獣であるスヴィーダの分体である。本来のスヴィーダはとても大きいもの。スヴィーダには先に私が逃げ出すことは伝えた。
……そもそも私が死に戻りなんてことになったのはスヴィーダの力によるものらしい。
私が毒殺されたことに憤怒したスヴィーダはその力を使って、巻き戻したらしい。そうやって巻き戻せるなんてスヴィーダは凄い。
力を使いすぎてしまったというのもあり、スヴィーダの力は結構弱まっているらしい。
……あの国にとってはそれは喜ばしくないことだろうけれど、そのあたりは私もスヴィーダももう知らないと思っているのだ。
『良かった。そういえば、あいつがこちらに来ると言っていた』
「あいつって、メダルトロのこと?」
『そうだ』
メダルトロは私の友人である魔法使いだ。
私が守護獣の守り人の立場になってから知り合った。貴族の庶子で、私と同じような立場で気があった。
……私にとって友人と呼べる存在は思えば一人だけだった。
そのメダルトロは、私が死んだときにその魔力をスヴィーダにささげたらしい。
そうしてメダルトロが魔力をささげてくれたからこそ、逆行は成功したともいえるんだとか。
だからメダルトロにもスヴィーダとのつながりが出来ているらしい。
「記憶が残っているのよね?」
『ああ。それをあいつが望んだから』
「……メダルトロも私と同じで周りへの期待をやめたのかしら?」
『いいや、違うな。あいつはお前に会いたいだけだ』
「そうなの? まぁ、私も彼には会いたいから嬉しい」
『……お前とは意味合いが違うと思うぞ』
なんだか不思議なことを言われたけれど、メダルトロも来てくれるならば嬉しい限りだ。
メダルトロも魔法が得意だから、この場所まで会いに来るのは問題がないだろう。
森の中で小さな家を建てて、魔物を狩ったり、果物を採取したりしながら過ごした。
そして過ごしていると、メダルトロがやってきた。
「リルナイス!!」
やってきたメダルトロは、いきなり私のことを抱きしめてきたので私は驚いた。
「ちゃんと生きてる……。元気そうでよかった……」
震える声でメダルトロはそんなことを言う。
その声を聞いて、ああ、そうかと思った。
メダルトロは友人である私が死んだ記憶を持っている。
――だからこそショックを受けてしまって、私が生きていることにほっとしたのだと思う。
私も抱きしめ返したので、しばらくメダルトロは私をぎゅっと抱きしめていた。
「リルナイス、俺もここで暮らすね」
「いいの? メダルトロも嫌なことを散々子供のころからされてきたでしょう? そのあたりの復讐とかはいらない?」
「構う時間がもったいない。それにリルナイスと一緒に居る方が楽しい」
「ふふっ、ありがとう。なら、一緒に暮らしましょう」
私は嬉しくなって笑った。
だって大事な友人が私と一緒に過ごしたいと言ってくれるなんて嬉しいから。
「リルナイス、ずっと森で暮らすつもり?」
「ええ。少なくともしばらくは。子供が街で暮らすと面倒じゃない。色々寄ってきそうだし。それに私のことを探して来たら困るもの。大人と言える年齢だったら国境を越えたり自由に出来るけれど……子供のままだと探されたら大変だわ」
「それはそうだね。復讐はする? リルナイスに酷いことをした人たちを破滅させることも出来るけど」
なんだかメダルトロが物騒なことを言っていた。
まぁ、私もメダルトロもやろうとすれば復讐ぐらい出来ると思う。それだけの力はある。
「んー、でももったいなくない?」
「もったいない?」
「ええ。だって折角やり直しているのだから、過去の大変だった日々とは全部おさらばでいいと思うの。戻ってきて逃げることを決めたんだから、放っておいて好き勝手生きる方が楽しいかなって。機会があったら復讐するぐらいでいいかなって」
「……それでいいの?」
「ええ。だから、一緒に楽しく過ごしましょう。復讐に手を染めるのは嫌だわ。それよりも幸せになった方がいいわ。どちらにせよ、守護獣の守り人である私が国に居ないから、あの国は大変なことになるから。それがある意味復讐になるもの」
私がそう言ったら、メダルトロも笑ってくれた。
――そうして私とメダルトロは森の中で暮らすことになった。
この先、何があるかは分からないけれど死に戻りをした二度目の人生はのびのびと暮らしていくつもりである。
死に戻りした後さっさとすべてを捨ててのびのびと過ごしていてもいいかなと書いた話です。
少し中途半端かもしれませんが、ちょっと書いてみたかったので書きました。
リルナイス
王女。死に戻り後、森の中で暮らすことにする。
魔法の腕が凄い。守護獣の守り人。一度目で毒殺されたため、今回はのびのびと生きたい。
メダルトロ
魔法使い。貴族の庶子。記憶あり。
リルナイスのことを特別に思っている。
スヴィーダ
守護獣。リルナイスとメダルトロを特別に思っている。
国の守護獣であり、リルナイスが居ないと国は大変かもしれないが二人に幸せになって欲しいので二人の生活を応援中