ある日、起きたら体が縮んでいた(後編)
朝日がまぶしかった。
ちらりと横を見やる。当然ながら、そこには誰もいない。
俺は無言のまま布団を頭から被った。とにかく光が届かない場所に逃げたかった。
(……羞恥で死にそうだ。なんなんだ、あの夢は。悪夢か。……いや待て、夢の中のエステルはとても可愛かった。それは間違いない)
どうやら、頭が相当混乱しているらしい。
ここは深呼吸だ。息を深く吐き出し、大きく吸い込む。それを三回、繰り返す。
落ち着いて、夢での出来事を反芻する。だが、俺はすぐに後悔した。
(これ、恥ずかしさで死ぬやつでは……? さっきから動悸がすごいことになっているんだが。あれは本当に夢だよな? 昨日の出来事とか言わないよな?)
だんだん自分の記憶に自信がなくなってくる。
そういえば、夢は自分の欲望が映し出されることもあるらしい。
(あんな風に可愛がられることが、俺の欲望……だと? そんなバカな)
にわかには信じられない。信じたくない。
それから数分後。布団の中に籠城していた俺は、起こしに来たキールに掛け布団を剥ぎ取られ、朝の支度をさせられた。周囲が優秀すぎるのも困ったものだ。
◆◇◆
約束の時間、ウォルトン伯爵家の邸宅で、俺は婚約者とのティータイムを楽しんでいた。無事に婚約者となって信用を得たためだろう。
今日は応接間ではなく、エステリーゼの私室に招かれた。
この部屋に通されるのは初めてではないが、毎回緊張してしまう。手元が狂ってお茶でもこぼしたら大変だ。粗相をしてしまわないよう、全神経を集中せねばならない。
「ところで、今日はずっとそわそわしているけれど。何かあったの?」
「……っ……!」
いつも通りを意識した俺の努力も虚しく、すぐに看過されてしまった。
婚約者の勘は侮れない。いや、この場合は女の第六感か。なんとおそろしい。
(くっ……。だが、ここで認めてしまえば、次はその内容を聞かれるに決まっている!)
もし夢の内容を知られてしまったら。
軽蔑されるか、変態だと罵られるか。どちらにせよ、悪い未来しか想像できない。
「…………。君には関係ないことだ」
「そう。でも、ひどく疲れた顔をしているわ。ちゃんとご飯は食べているの? あまり寝ていないのなら、仮眠してから帰ったほうが……」
エステリーゼが言い終わらないうちに、俺はくわっと目を見開いた。
「婚約者とはいえ、結婚前の男を軽々しく自室で寝かせるなど、どうかと思うぞ。君の評判にも傷がつく!」
「ええと。ジュードには、客室を用意させようと思ったのだけど」
「…………」
「わたくしがあなたの心配をするのは迷惑だったかしら?」
「そんなわけない!」
即答すると、エステリーゼが寂しげに目を伏せた。
「わたくしでは力になれないかもしれないけど……。誰かに話すことで、気持ちが軽くなることもあるのですって。ジュードが何に悩んでいるかはわからないわ。だけど、一人で抱え込む必要はないと思うの。わたくしもあなたの力になりたいのよ」
どうしよう。俺の妻、健気すぎる。世界一の可愛さである。
(んんん……いやいや待て、まだ結婚式はしていない。心の中ですでに妻と呼んでいても、対外的には婚約者だ。早まってはいけない。落ち着け、落ち着くんだ、俺……!)
ちなみに結婚式は盛大に執り行う予定だ。
なにせ、一生に一度の晴れの舞台。未来のヴァージル公爵夫人として、彼女の美しさを大々的にお披露目できるのだ。気合いだって入るだろう。
(俺たちは恋愛結婚だ。貴族にありがちの政略結婚ではない。一途にアピールを続けた結果、俺たちは想いを通わせたのだからな!)
エステリーゼの花嫁姿は当日までお預けだが、ドレスの進捗状況は逐一聞いている。きっと惚れ直すに違いないという予感がある。
そんな愛しい彼女を悲しませてしまった。俺の器が小さいばかりに。
なんて悪行だろうか。
「え、エステル……! 違うんだ、君を信じていないとか頼りにならないとか、そんなことは一切思っていない。ただ、俺のプライドの問題で……!」
必死に言い募ると、エステリーゼは檸檬色の瞳を瞬いた。
二人の間に沈黙が落ちる。
彼女は紅茶で喉を潤したあと、艶やかな笑みを浮かべた。途端に俺の心が跳ねる。
「ねぇ、ジュード。結婚式を挙げたら、わたくしたちは夫婦になるのよね?」
「? 当然だろう」
「まさかとは思うけど、ギスギスした冷めた夫婦をお望みじゃないわよね」
「は、はあ!? なっ、なななな、何を言っているんだ! 俺たちはうわべだけじゃない。愛し愛される、まっとうな夫婦になるわけで……」
「それを聞けて安心したわ。じゃあ、これは未来の妻からの忠告なんだけど」
エステリーゼはそこで言葉を一旦区切り、にこりと微笑んだ。
表面上は穏やかな笑みなのに、その瞳は全然笑っていない。嫌な予感がした。
(──間違いない。これは返答を間違ったら即アウトなやつだ)
ゴクリと喉が鳴る。背筋がピンと伸びた。
「結婚式を間近に控えた婚約者に対して、あまり隠し事はしないほうがいいんじゃないかしら。心証が悪くなるわ」
ごもっともな意見に、俺はうなだれた。
「…………俺だって、君に隠し事はしたくない」
「だったら、包み隠さずに全部話して。きっと楽になれるわよ」
「そんな……そんなことをしたら、俺は……」
「もっと信用してよ。わたくしはジュードの妻になると決めたのだもの。どんなことだって受け止めてみせるわ」
エステリーゼの慈悲深き声が、じわじわと理性を揺さぶる。
抗いたいのに抗えない。まるで遅効性の甘い毒に冒されたような感覚だ。
結局、俺は洗いざらい吐いた。
「あっははは! なにそれ! 見てみたかったわ」
エステリーゼは、涙を浮かべながら盛大に笑い転げている。日頃から淑女らしい態度を貫く彼女にしては珍しい反応だ。こんなに笑う姿、初めて見たぞ。
(……そんな君も可愛らしいと思うのは、惚れた弱みというやつなんだろうな)
いつもの慎ましやかな笑みも好きだが、エステリーゼが屈託なく笑う姿はなんとまぶしいことか。燦々と輝く夏空でひときわ目立つ向日葵のようだ。
あれほど警戒心の強かった彼女が、こうして素顔をさらしている。きっと身内にしか見せない姿だろう。言い換えれば、それだけ心を許してくれているということだ。
その事実に胸が高鳴る。喜びが胸を満たしていく。
(ありのままの君は、こんなにも明るいのだな。結婚してからも、この笑顔をずっと守らなければ……)
だが、その感動を台無しにする笑い声はまだ続いていた。
俺はむっと唇を尖らせた。
「そ、そんなに笑うことないだろう!」
「……ひぃー……、おっかしい。あなたってば、なんて夢を見ているのよ。ああもうだめ、想像したらお腹が痛くなっちゃう。これ以上、笑わせないでよ」
エステリーゼは小さく身を震わせながら悶えていた。
好きな子に笑われて嬉しい男などいない。自分でもなんであんな夢を見たのか、理解できないというのに。
そろそろ恥ずかしさに耐えるのも限界だ。
顔が赤くなったのを自覚しながら、俺は我慢できずに立ち上がった。
断じて泣いてなどいない。目に埃が入っただけだ。
「きっ……君は! 受け止めてみせるとか言っておきながら、ずっと笑い転げるなんて不誠実だと思わないのか!?」
「ご、ごめんなさい。だっ、だって……む、無理……笑いが止まらないんだもの」
ほら見ろ、だから言いたくなかったのに!
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