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なぜか婚約者候補の令嬢に逃げられ続けていますが、このたび友人の座を獲得しました  作者: 仲室日月奈
番外編

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20/20

ある日、起きたら体が縮んでいた(後編)

 朝日がまぶしかった。

 ちらりと横を見やる。当然ながら、そこには誰もいない。

 俺は無言のまま布団を頭から被った。とにかく光が届かない場所に逃げたかった。


(……羞恥で死にそうだ。なんなんだ、あの夢は。悪夢か。……いや待て、夢の中のエステルはとても可愛かった。それは間違いない)


 どうやら、頭が相当混乱しているらしい。

 ここは深呼吸だ。息を深く吐き出し、大きく吸い込む。それを三回、繰り返す。

 落ち着いて、夢での出来事を反芻する。だが、俺はすぐに後悔した。


(これ、恥ずかしさで死ぬやつでは……? さっきから動悸がすごいことになっているんだが。あれは本当に夢だよな? 昨日の出来事とか言わないよな?)


 だんだん自分の記憶に自信がなくなってくる。

 そういえば、夢は自分の欲望が映し出されることもあるらしい。


(あんな風に可愛がられることが、俺の欲望……だと? そんなバカな)


 にわかには信じられない。信じたくない。

 それから数分後。布団の中に籠城していた俺は、起こしに来たキールに掛け布団を剥ぎ取られ、朝の支度をさせられた。周囲が優秀すぎるのも困ったものだ。


 ◆◇◆


 約束の時間、ウォルトン伯爵家の邸宅で、俺は婚約者とのティータイムを楽しんでいた。無事に婚約者となって信用を得たためだろう。

 今日は応接間ではなく、エステリーゼの私室に招かれた。

 この部屋に通されるのは初めてではないが、毎回緊張してしまう。手元が狂ってお茶でもこぼしたら大変だ。粗相をしてしまわないよう、全神経を集中せねばならない。


「ところで、今日はずっとそわそわしているけれど。何かあったの?」

「……っ……!」


 いつも通りを意識した俺の努力も虚しく、すぐに看過されてしまった。

 婚約者の勘は侮れない。いや、この場合は女の第六感か。なんとおそろしい。


(くっ……。だが、ここで認めてしまえば、次はその内容を聞かれるに決まっている!)


 もし夢の内容を知られてしまったら。

 軽蔑されるか、変態だと罵られるか。どちらにせよ、悪い未来しか想像できない。


「…………。君には関係ないことだ」

「そう。でも、ひどく疲れた顔をしているわ。ちゃんとご飯は食べているの? あまり寝ていないのなら、仮眠してから帰ったほうが……」


 エステリーゼが言い終わらないうちに、俺はくわっと目を見開いた。


「婚約者とはいえ、結婚前の男を軽々しく自室で寝かせるなど、どうかと思うぞ。君の評判にも傷がつく!」

「ええと。ジュードには、客室を用意させようと思ったのだけど」

「…………」

「わたくしがあなたの心配をするのは迷惑だったかしら?」

「そんなわけない!」


 即答すると、エステリーゼが寂しげに目を伏せた。


「わたくしでは力になれないかもしれないけど……。誰かに話すことで、気持ちが軽くなることもあるのですって。ジュードが何に悩んでいるかはわからないわ。だけど、一人で抱え込む必要はないと思うの。わたくしもあなたの力になりたいのよ」


 どうしよう。俺の妻、健気すぎる。世界一の可愛さである。


(んんん……いやいや待て、まだ結婚式はしていない。心の中ですでに妻と呼んでいても、対外的には婚約者だ。早まってはいけない。落ち着け、落ち着くんだ、俺……!)


 ちなみに結婚式は盛大に執り行う予定だ。

 なにせ、一生に一度の晴れの舞台。未来のヴァージル公爵夫人として、彼女の美しさを大々的にお披露目できるのだ。気合いだって入るだろう。


(俺たちは恋愛結婚だ。貴族にありがちの政略結婚ではない。一途にアピールを続けた結果、俺たちは想いを通わせたのだからな!)


 エステリーゼの花嫁姿は当日までお預けだが、ドレスの進捗状況は逐一聞いている。きっと惚れ直すに違いないという予感がある。

 そんな愛しい彼女を悲しませてしまった。俺の器が小さいばかりに。

 なんて悪行だろうか。


「え、エステル……! 違うんだ、君を信じていないとか頼りにならないとか、そんなことは一切思っていない。ただ、俺のプライドの問題で……!」


 必死に言い募ると、エステリーゼは檸檬色の瞳を瞬いた。

 二人の間に沈黙が落ちる。

 彼女は紅茶で喉を潤したあと、艶やかな笑みを浮かべた。途端に俺の心が跳ねる。


「ねぇ、ジュード。結婚式を挙げたら、わたくしたちは夫婦になるのよね?」

「? 当然だろう」

「まさかとは思うけど、ギスギスした冷めた夫婦をお望みじゃないわよね」

「は、はあ!? なっ、なななな、何を言っているんだ! 俺たちはうわべだけじゃない。愛し愛される、まっとうな夫婦になるわけで……」

「それを聞けて安心したわ。じゃあ、これは未来の妻からの忠告なんだけど」


 エステリーゼはそこで言葉を一旦区切り、にこりと微笑んだ。

 表面上は穏やかな笑みなのに、その瞳は全然笑っていない。嫌な予感がした。


(──間違いない。これは返答を間違ったら即アウトなやつだ)


 ゴクリと喉が鳴る。背筋がピンと伸びた。


「結婚式を間近に控えた婚約者に対して、あまり隠し事はしないほうがいいんじゃないかしら。心証が悪くなるわ」


 ごもっともな意見に、俺はうなだれた。


「…………俺だって、君に隠し事はしたくない」

「だったら、包み隠さずに全部話して。きっと楽になれるわよ」

「そんな……そんなことをしたら、俺は……」

「もっと信用してよ。わたくしはジュードの妻になると決めたのだもの。どんなことだって受け止めてみせるわ」


 エステリーゼの慈悲深き声が、じわじわと理性を揺さぶる。

 抗いたいのに抗えない。まるで遅効性の甘い毒に冒されたような感覚だ。

 結局、俺は洗いざらい吐いた。


「あっははは! なにそれ! 見てみたかったわ」


 エステリーゼは、涙を浮かべながら盛大に笑い転げている。日頃から淑女らしい態度を貫く彼女にしては珍しい反応だ。こんなに笑う姿、初めて見たぞ。


(……そんな君も可愛らしいと思うのは、惚れた弱みというやつなんだろうな)


 いつもの慎ましやかな笑みも好きだが、エステリーゼが屈託なく笑う姿はなんとまぶしいことか。燦々と輝く夏空でひときわ目立つ向日葵のようだ。

 あれほど警戒心の強かった彼女が、こうして素顔をさらしている。きっと身内にしか見せない姿だろう。言い換えれば、それだけ心を許してくれているということだ。

 その事実に胸が高鳴る。喜びが胸を満たしていく。


(ありのままの君は、こんなにも明るいのだな。結婚してからも、この笑顔をずっと守らなければ……)


 だが、その感動を台無しにする笑い声はまだ続いていた。

 俺はむっと唇を尖らせた。


「そ、そんなに笑うことないだろう!」

「……ひぃー……、おっかしい。あなたってば、なんて夢を見ているのよ。ああもうだめ、想像したらお腹が痛くなっちゃう。これ以上、笑わせないでよ」


 エステリーゼは小さく身を震わせながら悶えていた。

 好きな子に笑われて嬉しい男などいない。自分でもなんであんな夢を見たのか、理解できないというのに。

 そろそろ恥ずかしさに耐えるのも限界だ。

 顔が赤くなったのを自覚しながら、俺は我慢できずに立ち上がった。

 断じて泣いてなどいない。目に埃が入っただけだ。


「きっ……君は! 受け止めてみせるとか言っておきながら、ずっと笑い転げるなんて不誠実だと思わないのか!?」

「ご、ごめんなさい。だっ、だって……む、無理……笑いが止まらないんだもの」


 ほら見ろ、だから言いたくなかったのに!

【ゆる募】

番外編SSのネタをゆるっと募集中です。

ジュード視点/エステリーゼ視点/他キャラなど、何かリクエストがありましたら、下記マシュマロからお気軽にどうぞ。参考にさせていただきます。

※一言感想も、とても励みになります……!

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あとがき
(2023/3/6の活動報告)

◆各電子書籍ストアで単話版も配信中◆
(漫画はエステリーゼ視点です)


◆一言感想でも泣いて喜びます◆
“マシュマロで感想を送る”
連載中


(イラスト:雨月ユキ様)
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