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なぜか婚約者候補の令嬢に逃げられ続けていますが、このたび友人の座を獲得しました  作者: 仲室日月奈
番外編

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19/20

ある日、起きたら体が縮んでいた(中編)

 俺はエステリーゼが持つ手鏡のもとへ、いそいそと移動する。

 全身をくまなくチェックする。思ったとおりの見た目に涙が出てきそうだ。俺が一体、何をしたというんだ。

 膝を抱えて蹲っていると、エステリーゼが労るように背中を撫でてくれた。


「……エステル。今日ほど自分が情けなくなった日はない。俺が不甲斐ないばかりに、君には苦労ばかりかけてしまって……」

「元気を出して、ジュード。毎日が幸せな日ばかりとは限らないわ。たまには不運が重なる日だってあるし。明日はとんでもなくいい日かもしれないわよ」

「慰めてくれるのは嬉しいが、今日や明日でどうにかなる話とはとても思えない。先ほどから考えているが、良案が何も思い浮かばないんだ」


 自分に降りかかった出来事は、あまりにも非現実的だ。なぜこんなことになったのか、まったく理解できない。だが、どんなに目を逸らしたくても、これが現実だ。

 少しだけ冷静になると、このまま元通りにならないのではないか、という恐怖が心を蝕んでいく。


(もし、そうなったら彼女はどうなる? こんな小さな体では社交界に顔出しはできない。決済の書類を読むぐらいはできるだろうが、一人では実務はこなせない。……それに、このことが父上に知られたら?)


 最悪の展開が容易に想像できてしまい、俺は青ざめた。

 息子には甘い父上でも、筆頭公爵家の当主である。時として非情な判断を迫られることだってある。領地を治める領主として決断を下すはずだ。


(息子の心配はしてくれるだろう。だが次期公爵としての適性を尋ねられれば、首を振らざるを得ない。今の俺では跡継ぎを作ることすら難しいし、エステリーゼ本人の意思はどうあれ、ウォルトン伯がどう思うかもわからない。……い、嫌だ。エステルとの離縁だけは、何があろうとしたくない!)


 彼女の夫は俺だけでいい。他の誰かに明け渡すつもりは毛頭ない。

 しかしながら、貴族の婚姻は自分一人の気持ちだけではどうにもできない。婚姻は家同士の契約だ。次期公爵になれない俺では、彼女の夫にはふさわしくない。契約が果たせなくなれば、どうなるか。

 公爵家のお荷物に成り下がった自分の意見など、そもそも通るはずがないのだ。領地経営はおままごとではない。領民の生活と命がかかっているのだから。


「きっと元に戻る方法があるはずよ。諦めずに一緒に探しましょう」

「エステル……」

「つらいときこそ、笑顔を忘れたらだめよ。あなたにはわたくしがいるわ。どんなときだって、ジュードを見捨てたりなんてしないから。ね?」


 どっぷり絶望の影に沈んだ心に、一筋の光が差し込む。

 励ますように伸ばされた彼女の手が、俺の両腕を優しく包んだ。おそらく手をつかむつもりが、小さすぎて腕ごとつかむ形になったのだろう。

 けれど、彼女の優しさに心がぽかぽかと温かくなる。


「それにしても、どうして体が縮んじゃったのかしら。何か心当たりはないの?」

「……心当たりなんて……。いや、まさか……」


 俺が口ごもると、エステリーゼが目で続きを促した。


「確信はないが……。昨日は午後、書斎にこもっていた。それで、懐かしい絵本を見つけたから読んでいた」

「絵本? それなら今から行ってみましょう」


 エステリーゼは羽織るものを持ってくると、ベッドの上で呆気にとられていた俺を両手ですくい上げた。


「うわぁぁぁ! ちょっと待て、俺はぬいぐるみじゃないぞ!」

「もう、何を言っているの。その体で歩けるわけないじゃない。ドアの取っ手も届かないでしょ。いいから、つかまっていなさいな。絶対、落としたりしないから」

「…………」


 屈辱だ。成人男性が、手のひらの上に乗せられて運ばれるなんて。

 しかし、自力で他の部屋に移動できないのは純然たる事実。ここは心を無にするしかあるまい。

 エステリーゼは細心の注意を払って、仏頂面の俺を書斎まで運んでくれた。

 絵本が収められた箇所は、子どもの背でも届く高さに集められている。


「どの絵本? 結構、種類があるけど」

「確か、妖精が表紙の……。あの緑の絵本だ」

「わかったわ。少しここで待っていて」


 エステリーゼは絵本を取って戻り、一人がけのソファに腰を下ろした。ついでに運ばれた俺を、自らの膝の上に乗せて。


(……はっ、破廉恥だ! 君には恥じらいというものがないのか!?)


 バタバタと暴れた弾みで、指先が柔らかな太ももに触れてしまう。

 俺は両手両足をピーンと伸ばしたまま、固まった。薄着で極寒の外に放り出され、氷漬けにされたかのように。


(くっ……!)


 全力で抗議したいのに声にならない。

 非常に不本意だが、震える唇からこぼれたのは「あぅ……うぁ……」という呻き声。情けなさすぎる。泣きたい。

 情緒が忙しい俺の様子には気づかず、エステリーゼはぱらぱらと絵本を流し読みしている。ページがめくられるたび、巻き起こった風が俺の顔を直撃する。


「つまり、この絵本を読んだ夜に体が縮んだ、と……。おとぎ話みたいな話ね」

「…………」

「…………。ジュード、泣くほど悲しいの?」

「嬉しがる男なんていない」

「それもそうよね」


 目尻に溜まった涙を、彼女の人差し指がそっと撫でるように拭う。その動きに身を委ねていると、柔らかな声が耳元で囁く。


「これって、呪われた王子はどうやって解呪したの? シリーズものみたいだけど」

「……それは……」

「愛する人の口づけとか、そういうの?」

「少し違う」

「じゃあ、なに? とりあえず試してみないと。その体で執務は無理でしょう」


 逡巡する俺に、エステリーゼが労るような視線を向けてくる。


(くっ……、ここは腹を括るしかないか)


 ぎゅっと目をつぶる。背に腹はかえられない。この体では、彼女を抱きしめることもできないのだ。やれることは全部やってみるべきだ。

 俺はじっとエステリーゼを見上げた。


「好きな子にひたすら愛を伝えるんだ。言葉で」

「……愛」

「愛の言葉を捧げ、相手がそれを受け入れると、呪いが解ける。少なくとも、この絵本ではそうだった」

「ふうん。だったら、そんなに難しい話じゃないわね」

「……は?」

「あなたはわたくしが好き。わたくしもあなたが好き。愛の言葉を伝えて、何の問題があるというの?」


 好きという単語に動揺した俺は、全身が沸き立つような衝動に駆られた。


(す、すすすす、好き、だと……? いや、夫婦なのだし、今さら驚くほうがおかしい。そんなことはわかってる。でも、エステルから好きだと言われた! これで喜ぶなというほうが無理だ)


 しかし、軽々しく口に出してもよい言葉かと問われると、返答に迷う。

 現に、前振りなく言われたせいで、俺の心臓はこのまま壊れるのではないかというぐらい騒いでいる。え、どっちだ……?


(いやいや、何を悩んでいる。いいに決まっている! 夫婦ならば、なんら支障がない。むしろ、夫婦なのに愛を伝えないほうが余計な亀裂を生む。伝わっているはずだと決め付けるのではなく、気持ちは言葉にして相手に伝えなければ)


 そうだ。思い出せ、俺たちは夫婦なんだ。

 夫婦。なんと素敵な響きだろう。恋人ではなく夫婦。何度反芻しても素晴らしい。


「ねえ、ジュード。わたくし、あなたから愛の言葉を捧げられたいわ」

「……ッ……!」


 とどめの一撃に俺は蹲った。

 ぶわりと毛が逆立つ。体中が熱い。なんだこれ。破壊力がすごい。


 妻から、愛の言葉を求められてしまった。


 こんな風にストレートに言われたことなど初めてだ。心臓の音がうるさい。鼓動の音は激しくなる一方で、このまま死ぬのではないかと頭の片隅で危惧する。


(……俺は……俺はもうだめだ。息が詰まって、言葉が何も出てこない)


 とっさに両手で顔を覆う。こんな情けない姿、見られたくない。

 友人のルカがいれば「いやさぁ、いい年した男が乙女みたいな反応はやめようぜ?」と忠告しただろうが、やつはこの場にはいない。それだけが救いだった。


「ちょっと、ジュード? もしかして、体調が悪いの?」

「だ、大丈夫だ」

「本当に?」


 懐疑的な声がしたが、俺はゆるく首を振った。

 いつまで情けない姿をさらす気だ。愛しい妻を心配させるなんて、夫としてあるまじき行為だ。


「エステル。俺の愛を言葉にして君に捧げようと思う。……聞いてくれるか?」

「ええ、もちろん」


 穏やかな檸檬色の瞳は小さくなった自分の姿を映し出している。

 不思議なものだな。こんな突拍子もない事態が起きても、君は柔軟に受け入れてくれ、俺の存在を否定しない。狼狽するこちらよりも、よほど肝が据わっている。

 すぅっと息を吸い込み、口を開いた。


「君なくして、俺はもう生きていけない。エステルは俺にとって、なくてはならない存在なんだ。君が笑ったとき、世界が色づいた。誰かをこんなにも愛おしく思う日が来るなんて、昔は想像していなかった。……俺の心を揺さぶるのは君だけだ。もし生まれ変わっても、俺は君を選ぶ。約束しよう。今世でも来世でも、君だけを愛し抜くと」


 毎日エステリーゼに愛を伝えているが、今日は特に緊張した。

 俺の愛は重すぎないだろうか。毎回少し照れてしまう夫に呆れていないだろうか。もう聞き飽きたのではないだろうか。多少の不安はよぎるが、彼女の心を繋ぎ止めることができるならば、俺は何だってしよう。

 精一杯の愛の言葉を君に。ひとつひとつ、想いを込めて。


「──エステル、君を心から愛している。どうかこれからも、ずっとそばにいてくれ」


 最後まで視線を逸らさず、静かに見つめる。

 しばらくして、花がほころぶように、ふわりとエステリーゼが笑った。


「ふふ、よくできました。わたくしも──」


 彼女の声がふっと遠くなる。まるで引いていくさざ波のように。

 続きが聞きたいのに、視界がすべて暗闇に飲み込まれる。

 闇に閉ざされた世界で、必死に腕を伸ばす。だが何もつかめない。初めから、そこには何もなかったかのように。


(どこだ、エステリーゼ……ッ!!)


 力一杯叫んだ瞬間、俺は目が覚めた。

実はこの話、湯本先生にいただいたイラストから着想を得まして。とっても可愛いイラストはあとがきに掲載していますので、よければご覧くださいませ(リンクは下にあります)。

後編もお楽しみに。

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あとがき
(2023/3/6の活動報告)

◆各電子書籍ストアで単話版も配信中◆
(漫画はエステリーゼ視点です)


◆一言感想でも泣いて喜びます◆
“マシュマロで感想を送る”
連載中


(イラスト:雨月ユキ様)
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