ある日、起きたら体が縮んでいた(前編)
拙作をお読みいただき、ありがとうございます。
コミカライズからジュード視点の番外編まで読みに来てくださった方へのお礼を兼ねた短編です。ネタが振ってきたので書きました。
ぱちりと瞼が開く。見慣れた天井。暖かな布団。
寝返りを打つと、ゆるやかに波打つ深緑の髪が視界に入り、硬直した。
(……エステリーゼ!? なぜ俺の寝室に!?)
あわあわと目を泳がすが、長年過ごした自室で間違いない。
とっさに口を手で覆う。そうでもしなければ、衝動のままに叫んでいた。
いやだってそうだろう。起きたら、好きな相手が横で寝ているんだぞ。狼狽しないほうがどうかしている。ちなみに俺はまだパニック中だ。
できるだけ息を潜め、エステリーゼの様子をつぶさに観察する。すうすうとよく眠っている。一定の間隔で、彼女の体が少しだけ上下する。
(夢、じゃない。本物だ……)
ほどかれた髪。閉じられた瞼。ネグリジェから覗く白い肌。
エステリーゼ・ウォルトン。俺の最愛の人だ。
その彼女が手の届く範囲にいる。あれほど恋い焦がれた相手が、すぐそばに。
(──ああ、そうか。俺たちはもう夫婦になったのだったな)
夫婦ならば、寝室が同じでも問題はない。
しかしながら、愛らしい瞳はまだ閉じられたままだ。その事実が、どうしようもなく胸を締めつける。
早く目覚めてほしい。笑いかけてほしい。その瞳に俺の姿を映してほしい。
無性にそんな衝動に駆られた。
「んぅ……ジュード? どこ……?」
願いが通じたのか、エステリーゼが目をこすりながら起き上がる。
掛け布団を何気なくめくられ、檸檬色の瞳が丸くなった。俺が目覚めてすぐに固まったように、彼女の時間が止まった。
「……あなた、ジュード……?」
「君の横に俺以外の誰がいるというんだ」
「ううん……。その切り返しはジュード本人ね。でも……どうして小さくなっているのかしら」
「は? 小さく??」
意味がわからない。
若返りの薬を飲んだわけでもないのに、いきなり体が小さくなるわけがない。
眉を寄せて訝しむ俺の両脇に、彼女が手を差し入れ、ひょいと持ち上げた。まるで、ぬいぐるみを抱き上げるように。
「なっ……!?」
浮遊感のあと、俺の体はエステリーゼの手のひらにすっぽり収まった。
そこで、ようやく視界がいつもと異なることに気づく。
まず目線が違った。エステリーゼは不思議そうな顔で俺を見下ろしている。今の俺では、見上げなければ目が合わない。どういうことだ。
俺はきょろきょろと周囲を見渡す。見える範囲がかなり狭くなっていた。寝る前は部屋の隅々まで見えていたはずなのに、布団が視界を遮っているせいで、ほとんど見えない。
(〜〜ああああああ、あり得ない! なんだこれは。一体、何がどうなっている!?)
次に、あわてて自分の体を見下ろす。
手足は自由に動くが、とにかくサイズがすべて小さい。幼少期の姿よりも一回り小さいのだ。明らかにおかしい。
たどり着いた結論は、あまりにも突飛なものだった。だが、それしか考えられない。
「……体が! 体が、縮んでいる、だと……ッ」
俺は戦慄いた。ぷるぷると体が小刻みに震え出す。
幼児化したというよりも、小人サイズになったというほうが正しい。けれども、すぐに現実を受け入れられるはずもない。
ショックで声を失っていると、彼女の細い指が俺の頬を優しくつついた。
「ふふふ。やだ、なにこれ可愛い〜。本当にジュードなの?」
「よ、よせ! 顔が近い!」
「あら。愛しい妻を目の前にして、その言い草はどうなの? さすがに傷ついたわ……」
先ほどまでの楽しげな様子から一転し、エステリーゼが顔を曇らせた。
やばい。どうしよう。俺の軽率な発言のせいで、落ち込ませてしまった。これは由々しき事態だ。謝罪は早めに限る。
「す、すまない。少し恥ずかしかっただけだ。君を傷つけるつもりはなくて」
素直に謝ると、エステリーゼはくすくすと笑う。
冗談だったらしい。心臓に悪い。まったく、君は悪女の素質があるのではないか?
「いいわよ。許してあげる」
「……エステル。すまないが、手鏡を貸してほしい」
「はいはい。ちょっと待ってて」
彼女はベッドからするりと抜け出し、化粧台から持ってきてくれた。
エステリーゼ愛用の銀の手鏡だ。磨き込まれた鏡面は曇りひとつない。裏側には見事な花の意匠が施されている。角度を変えるたび、はめ込まれた小粒のクリスタルが淡く輝く。婚約後に俺がエステリーゼに贈った品だ。
鏡の部分は彼女の手よりも小さいが、今の俺には十分な大きさだ。
差し出された取っ手を両手で受け取ろうとするが、予想外の重量に体勢を崩し、あっけなく俺は下敷きになってしまった。悲鳴すら上げられなかった。
「ジュ、ジュード!? しっかりして!」
焦った声とともに、俺は抱き起こされた。
「…………死ぬかと思った」
「ちょっともう、手鏡に押しつぶされて夫が死ぬとか洒落にならないから。まだ若いのに、わたくしを未亡人にさせないでよ」
「それに関しては申し訳なかった。俺もこんなことになるとは予想していなかったんだ。以後、気を付ける……」
「そうしてちょうだい」
二人同時にため息をついた。
日々の鍛錬は欠かしていなかったのに、この体は脆弱すぎる。
(先ほどは本当に危なかった。小人でいるのも楽じゃないな……)
まさか、身近にこんな危険が潜んでいるとは。小人の苦労を身をもって実感していると、呆れたような声がかかった。
「これはわたくしが持つから、あなたはじっとしていて」
底冷えする瞳を向けられ、俺は無言で頷く。妻の言葉に逆らえるはずがなかった。
「浮気者の婚約者には報復を」という新連載を始めました。ざまぁに燃えている悪女が主人公ですが、恋愛パートは終盤です。全8話の予定。ハッピーエンドです。
もしお時間がありましたら、こちらも楽しんでもらえますと幸いです。







