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四文屋姉妹  作者: 五十鈴 りく


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〈二十七〉

 夏のうちは食べ物が腐りやすいこともあり、あまり凝った品は作らず、豆腐田楽と花咲饅頭、醤油団子の三品に絞っていた。


 袖との一件があってから、見物人たちが面白がって富屋を贔屓にしてくれるようになっていた。面白いことに、袖の団子もよく売れているという。その後、絹と会うことはなかったし、絹のやり方は許せないと思うが、今はそれほど怒ってもいない。

 何故なら――。


「お袖さん、今日はうちの方が先に売り切れたわね。じゃあね、お先にね」

「あんた、毎日わざわざ張り合いに来るのやめな。鬱陶しい」

「やだ、お袖さんったら。来なかったら物足りないくせに」


 あはは、とじゅんは笑っておく。毎日、帰り際に屋台を引いて袖の顔を見に行くのが癖になってしまった。せっかく来て、袖が先にいなくなっていたら、負けたと一人で悔しがっている。変な話だが、それが楽しい。


 袖は、口は悪いし、笑顔はないし、じゅんの周りにはいなかった性質の女なのだが、だからこそ袖に認められたいのである。

 そんな袖に気を遣ったわけではないのだが、りんは団子はそろそろやめると言い出した。


「そうなの? お客様ががっかりするわよ」


 団子を気に入ってくれている客もいる。何故急にりんが団子をやめると言い出したのか、じゅんは夕餉の膳を突く手を止めて向かいのりんを見た。

 りんは苦笑するばかりである。


「また季節の合間にはするかもしれないけど、今は新しい品も作ってみたいの。花咲饅頭と豆腐田楽は二本軸としてなくせないとすると、削れるのはお団子でしょう? お袖さんのお団子も美味しいもの。少し足を延ばせば買えるところにあるお団子より、違うものを試してみましょうよ」


 一度離れかけた客足も戻りつつある今、品ぞろえを変えることが吉と出るのか凶と出るのか、そのところはわからない。けれど、りんがやりたいと思えたことならやった方がいい。じゅんはりんのことを信じている。


「今度は何にするの?」


 団子が食べおさめになるのは寂しいけれど、代わりに新しい品が出る。それはそれで楽しみなことだ。


「今度、試しに作っておくから、また味見してね。それから、お団子をやめる日はきちんと決めて、来てくだすっているお客様にはちゃんと前もってお知らせしましょう」

「うん、お客様一人ずつにお知らせするわ」

「ええ、お願いね」


 飽きられない工夫をしつつ、客を楽しませる。その時、姉妹もまた楽しんでいるのだ。今度の品も気に入ってもらえるだろうか。



 売れ行きが以前と同じほどには戻ったことで、じゅんもすっかり立ち直っていた。貯えをすり減らしながら毎日胃の腑を縮めるような苦しさはもうない。


 だから、徳次に弱音を吐いたこともしばらくは都合よく忘れていた。毎日のように顔を合わせる徳次は忘れたふりをしてくれていただけかもしれない。


 この日はいつものように空になった屋台を引きながら長屋に帰るところだった。ただ、今朝、りんが買い出しに行くと言っていたので、じゅんが帰り道に寄れる買い出しはついでにして帰ると言っておいた。


 りんに頼まれたのは白胡麻だった。豆腐や小豆、うどん粉など、よく使うものは長屋まで届けてもらっている。白胡麻は少量でいいらしい。


 この白胡麻はどう使われるのだろう。そんなことを考えつつ、じゅんが屋台を引いて歩いていると、道の前方を行く背中が見えた。

 じゅんは、あっ、と大きな声を出した。出したついでだから、さらに大きな声を出す。


「徳次さぁんっ」


 がらがらと屋台を引く音に道行く人々が振り返るけれど、そんなことにはじゅんもすっかり慣れっこで恥ずかしくもない。まだまだ日の長い時季だから、振り返った徳次の顔がよく見えた。


「ああ、今帰りか」

「うん。徳次さんも帰るところ?」

「そうだ」


 それなら、行き着く先は同じだ。じゅんは徳次の後ろを歩きながら、これはいい機会なのかと思いきって言った。


「あのね、あたしが前に言ったことなんだけど」


 すると、徳次は無言で歩いた。聞こえなかったふりができるほど、じゅんの声は小さくない。


「うちの姉さんのことよ」


 徳次は歩調をやや緩めて振り返った。今度は何を言い出すのかと構えているのがわかった。だから、じゅんはにこりと笑って言った。


「前は変なこと言ってごめんなさい。徳次さんが言うように、姉さん抜きにして話すことじゃなかったわね。あの時のあたし、どうかしてたの」


 今はりんもやる気を出して楽しんでいる。徳次とどうこうなるのは早い気がした。勝手かもしれないが、もう少し後でいい。じゅんにとっても今が楽しいのだ。

 それを言うと、徳次はクッと笑った。


「お前さんはおとっつぁん似だな」

「へ?」

「いや、富吉さんにも同じことを言われた」

「えぇっ」


 あんなにへらへらしていた父が、りんの恋心に気づいていたと。徳次とりんをくっつけようとしていたのか、それとも、単に徳次が気に入っていたからりんをやってもいいと思っただけなのか。


 唖然としたじゅんだったが、徳次はじゅんから顔が見えないように前を向いてさっさと行ってしまった。


「あ、ちょっとっ。徳次さん、なんて答えたのよっ」


 慌てて追いかけるじゅんが引く屋台ががらごろと音を立て、徳次が微かに笑って答えた声がまるで聞こえなかった。


 気になって仕方がないものの、これを知ってしまったら、りんに対して疚しい気持ちになってしまうのもわかった。だから、じゅんはもう一度聞き返すのを躊躇ったのだ。


 また、時が来ればおのずと答えは示されるのだから。

 今はまだ、この答えを知る時ではない。

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