第6章 「妖怪よりも都市伝説よりも危うい存在」
あまりにも衝撃的な体験をした直後って、その反動も強烈なんだね。
妖怪達の去った子供部屋に一人取り残された私は、そのまま気絶するみたいにベッドへ倒れ込み、お母さんに起こされるまで昏々と眠り続けていたんだ。
「弥生、シャキッとしなさい!遅刻するわよ!」
お母さんの叱咤の声も、半ば寝ぼけた私の耳には、どこか遠く感じられた。
「急かさないでよ、お母さん…まだ時間はあるんだから…」
こうして朝の情報番組を見ながら食パンを齧っていると、夜中の一件が全て夢だったように思えてくるよ。
「もう!御友達が下で待ってるのに、この子ったら…」
下で待っている友達?
友達って誰だろう?
クラスで仲良しの子達は私の家と反対方面に住んでいるから、一緒に通学なんて出来ないんだけど…
「あっ、貴女は…」
ランドセルの肩帯を調整しながら階段を降りた私は、一連の出来事が現実だったって事を改めて実感したの。
「おはよう、池上さん!その様子だと、無事だったみたいだね!」
マンションの真下で待っていたのは、あのオカルトマニアの元同級生だったんだ。
近所の建売住宅に住んでいるという鳳さんは、安否確認の為に私のマンションへ寄ってくれたんだって。
意外に面倒見の良い所もあるみたいで、見直したよ。
「ふぅん…足売り婆さんはテケテケが相手でも、ちゃんと足を渡すんだね。私の予測した通りだったよ!」
とはいえ、昨夜の出来事を根掘り葉掘り聞かれるのには辟易したなぁ…
手帳に逐一メモまで取るなんて、まるで刑事さんみたいじゃない。
「だけど、足売り婆さんもテケテケも可哀想な人達だったよ…冷害や踏切事故がなければ、あの人達も妖怪にはならなかったのに…」
光の中に消えていった二人の事を思うと、胸が締め付けられちゃうよ。
人間らしさを取り戻して成仏してくれた事が、せめてもの救いだけど。
「成程…足売り婆さんの正体は、大正時代の冷害で破産した農家の成れの果てか…貴重な情報を提供してくれて感謝するよ、池上さん!」
しんみりムードの私とは対照的に、鳳さんは随分と興奮しているようだね。
「五体満足になったテケテケが成仏するのは予想の範疇だったけど、足売り婆さんまで改心するとは計算外だったなぁ…」
私に根掘り葉掘り質問したかと思えば、物凄い勢いで手帳を読み返し、目的のページを見つけたら、そこに細かい字でメモを書き足している。
チラッと手帳を盗み見したら、「心霊現象対策マニュアル・テケテケ及びカシマさん編」って書いてあったよ。
もしかしたら鳳さんって、テケテケと足売り婆さんを鉢合わせさせた時の反応を知りたかったの?
結果的には助かった私だけど、鳳さんにとっては実験材料って認識だったのかもね。
「だけど何より驚いたのは、素人の池上さんが妖怪二体を纏めて浄化させちゃった事だよね。こないだのメリーさんは倒せずに逃しちゃったし…やっぱり積極的に狩りにいかないと駄目かなぁ…」
「えっ…鳳さん?!」
まさかと思うけど鳳さんは、心霊現象に面白半分で喧嘩を売って、幽霊や妖怪を相手に勝ち星を挙げようと考えているの?
そして目的の為だったら、自分や他人がどうなろうと一切御構い無しって事?
怖いもの知らずとか罰当たりとか、そういうレベルじゃないよ。
あのテケテケや足売り婆さんの方が、まだ人間らしいじゃない。
今の私には、妖怪や幽霊よりも鳳さんの方が、得体が知れなくて空恐ろしく感じられたよ…