第2章 「都市伝説好きな少女が補足するテケテケ伝説」
沈み行く夕陽に照らされながら、鳳さんがジッと私の事を見つめている。
普段よりも陰影が強調された端正な細面の中で、切れ長の目が煌々とした光を発していた。
その妖しい眼光から、私は何故か視線を逸らす事が出来なかったの。
「ね…ねえ!どうしたの、池上さん!その子、知り合いなの?」
「えっ…ああ!大丈夫だよ、曽根ちゃん!」
こうして曽根ちゃんが肩を揺さぶってくれなかったら、いつまでも立ち尽くしていたかも知れないね。
さてと…
鳳さんの事を、どうやって曽根ちゃんに紹介しようかな?
この元同級生にはあまり良いイメージが無いんだけど、気を悪くされたら後味が悪いし…
「あの子は鳳飛鳥さんといって、私と同じ堺市立土居川小学校の五年生なの。」
そう言いながら私は、鳳さんの顔から手元へ視線を逸らした。
「暇さえあれば怖い話の本を読み漁っている、妖怪や怪談が大好きな子なんだ。小学校の図書室に置いてある妖怪事典や悪魔図鑑を、擦り切れる程に読み込んでいるんだよ。」
妖しい雰囲気を漂わせた学友が小脇に抱えているのは、持ち主に負けず劣らずの怪しい本ばかり。
小泉八雲の「怪談」はまだ良いけど、「最恐心霊写真」や「現代妖怪大全集」といった新書判は、出来れば視界に入れたくなかったよ。
「その努力の甲斐もあって、鳳さんは世界中の悪魔や妖怪の正式名称を暗記しているの。とにかく凄い子なんだよ。」
どうにか肯定的に評価させて頂いたけれど、鳳さんは何を考えているのかよく分からないから、どうも苦手なんだよなぁ…
「お褒めに預かり光栄だよ、池上さん。それに、青少年センターの図書室で予約本を受け取った帰りに面白い話を立ち聞き出来るなんて、今日の私ったらツイてるじゃない!」
あの薄気味悪い話を「面白い」と言って喜ぶなんて、鳳さんって感性がズレてるなぁ。
それにしても…
あの小脇に抱えた不気味な本は、堺市立図書館の蔵書だったんだね。
鳳さん以外だと、どんな人が読んでいるんだろう?
「御礼と言っては何だけど、君達二人にはテケテケの話の続きを詳しく教えてあげるね。」
「えっ、いいよ!そんな不気味な話の続きは…」
正直言って、鳳さんの申し出は有難迷惑だった。
曽根ちゃんの話にしたって、「聞かなきゃ良かった」って後悔しているのに…
「そっちの子が言ったように、テケテケは話を知った人間の所に現れるよ。だけど本当に厄介なのは、この先なんだ…」
しかし鳳さんは私の「いいよ!」を肯定の意味に解釈したのか、何とも楽しげな様子でテケテケの怪談を語り始めたんだ。
陸上部の短距離走選手だったテケテケは、失くした両足が心残りで現世を彷徨っているらしい。
それで、自分の話を知った人達の所へ現れては、「私の足はどこ?」と聞き回っているんだって。
ここで上手くあしらえないと、テケテケに殺されて足を奪われてしまうんだ…
「それが嫌なら、テケテケの話を他の誰かに伝えれば良いの。そうすれば、テケテケは次に話を聞かされた人の所へ向かってくれるんだ。」
薄気味悪い話なのに、それを語る鳳さんは至って楽しそうだった。
「だから、そっちの子は安心して良いよ。池上さんがテケテケを引き受けてくれたからね。」
「えっ…何それ、鳳さん…?」
それって要するに、私の家にテケテケがやって来るって事じゃない。
しかも、上手く対応出来なければ両足をもぎ取られて殺されちゃうんでしょ。
無理な相談だけど、今すぐにタイムトラベル能力を取得出来ないかな。
それで時間を巻き戻して、曽根ちゃんの話も鳳さんの話も聞かなかった事にしたいよ。
「ほ、本当…?良かったぁ…」
曽根ちゃんも曽根ちゃんだよ。
ホッと一息ついちゃって。
厄介事を私に押し付ける事が出来て、肩の荷が下りた気持ちは分かるけどさ。
「そうなって来ると、困るのは池上さんだよね。質問するけど、池上さんは助かりたいよね?」
「そんなの当たり前じゃない、鳳さん!」
苛立ち六割で恐怖が四割。
鳳さんへの返事に込めた感情は、大体こんな割合かな。
「それなら、そっちの子には席を外して貰えるかな?見た所、そろばん教室で池上さんと知り合った他校生だね?」
「えっ…?」
年若いオカルトマニアの少女に指差された曽根ちゃんは、目を丸くして息を飲むばかりだ。
「せっかくテケテケの恐怖から解放されたんだ。余計な事に首を突っ込んで、拾った命を粗末にするなんて良くないよ。悪い事は言わないから、早く御家に帰って親御さんを安心させてあげなよ。」
「わっ…分かりました!じゃあ、先に帰るからね、池上さん!」
鳳さんに小さく一礼すると、曽根ちゃんは一目散に去っていった。
まるで何かに弾かれたかのような、全力疾走の駆け足だったよ。