第1章 「都市伝説に怯える少女と、都市伝説を愛する少女」
挿絵の画像を作成する際には、「Ainova AI」を使用させて頂きました。
その不気味な話を聞いたのは、そろばん塾の帰り道だったんだ。
「どうしたの、曽根ちゃん?顔色が悪いよ。何度も計算を間違えちゃうなんて、曽根ちゃんらしくないじゃない。」
私は夕闇の迫る住宅街を歩きながら、そろばん塾で出来た友達に問い掛けたの。
普段は何桁もの暗算も楽々こなせる曽根ちゃんなのに、今日の成績は余りにも御粗末だったからね。
何らかの心配事を抱えているとしか思えないよ。
「私で良かったら聞かせてよ、曽根ちゃん。何か力になれるかも知れないし。」
「ありがとう、池上さん。実は私、知り合いから怖い話を聞いちゃったの…」
浮かない顔をしながら、曽根ちゃんはポツリポツリと話し始めたんだ。
まだ踏切に非常停止ボタンが導入されていなかった頃の話だけれど、帰りを急いでいた女子高生の御姉さんが、下がりかけた遮断機を潜ってしまったんだ。
その御姉さんは陸上部の短距離選手だったから、「ダッシュで駆け抜けたら大丈夫!」と思ったらしいの。
しかしながら、過信は禁物。
その日に限って御姉さんは、爪先で滑って踏切内に倒れ込んでしまったの。
何とか身を起こした御姉さんが見た物は、自分目掛けて猛スピードで突っ込んで来る特急電車の車体だったんだ。
咄嗟の事で減速出来なかった特急電車に跳ね飛ばされた御姉さんは、殆ど即死の状態だったの。
テレビのワイドショーや新聞の三面記事に倣うなら、「全身を強打して死亡」って表現が適切かな。
駅員さんやお巡りさん達が轢断された死体を回収したんだけど、どうしても両足だけが見つからなかったんだって…
何とも薄気味悪い話だよね。
だけど曽根ちゃんの話の恐ろしさは、ここからが本番なんだ。
「それでね、池上さん…この話を知った人の所に、死んだ御姉さんの幽霊が化けて出てくるんだって。セーラー服を着ているけど、両足が無くて空中に浮かんでいるの。私の所にも、来ちゃうのかなぁ…」
「よ…止してよ、曽根ちゃん…」
正直言って、何気ない親切心で相談に乗ってしまった先程の自分が恨めしい。
だって、曽根ちゃんの話を聞いた私も、事故死した御姉さんの話を知った事になる訳じゃない。
私の所にも、両足の無い幽霊が来るのだろうか?
曽根ちゃんから伝染した恐怖と不安が、私の心に暗い影を落とし始めた、まさにその時だったの。
「幽霊なんて呼んじゃ駄目だよ!その人には、テケテケという立派な名前があるんだから。」
咎めるようでいて妙に楽しそうな声が、不意打ちみたいに聞こえてきたのは。
「きゃっ!」
「だっ、誰よ!変な事を言ってくるのは!?」
四ツ角の手前で腰を抜かして座り込んでしまった曽根ちゃんを庇いながら、私は声の主をキッと睨み付けたの。
血のように赤い夕焼け空を背にして、ポニーテールを靡かせた細身の人影が静かに佇立している。
西陽で逆光になってしまっているため、顔や表情を窺い知る事は出来ない。
だけど赤いランドセルを背負ったシルエットを見れば、その人影の正体が私達と同じ女子小学生である事は明白だった。
「だ…誰なの、貴女は?」
誰何を問う私の声色は、ほんの少しだけ柔らかくなっていたの。
相手が自分達と同じ女子小学生だと分かって、多少なりとも警戒心が緩んじゃったんだね。
「ゴメンゴメン、驚かせちゃったかな?あんまり面白い話をしていたもんだから、つい首を突っ込んじゃってさ。確か貴女…土居川小五年ニ組の池上さんだったよね。」
「なっ…!知ってるの、私の事を?」
ほんの少しだけ緩んだ緊張の糸が、再びピンと張り詰めていく。
四ツ角で鉢合わせした人影に個人情報を言い当てられるなんて、薄気味悪い事この上ないからね。
「そりゃそうだよ、池上さん。何せ私達、クラスは違えども同じ土居川小学校の五年生なんだよ。」
「えっ?」
親しげな口調には、何処か聞き覚えがある。
私は後退りを止め、逆光で黒い影の下りた相手の顔を見定めようと目を凝らしたんだ。
「ほら…私だよ、池上さん!四年生の時は同じ四組で、出席番号も前後だったじゃない。」
向こうが更に一歩踏み出してくれた御陰で、今まで逆光になっていた人影の顔がようやく判別出来るようになったよ。
切れ長の目が自己主張している白い細面は比較的整っていたけれども、口元に浮かぶ不敵な微笑には、思考の読めない不気味さが感じられる。
同じクラスだった頃は、この怪しい不気味さが苦手で敬遠しがちだったんだよね…
「貴女、確か…鳳さん…」
「思い出してくれたみたいだね。ありがとう、池上さん。」
私の思いを知ってか知らずか。
クラス替えで別々になった元同級生は、白い歯をチラリと見せて笑ったんだ。