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茜色の放課後

作者: かりねこ

野球を通じて高校生二人の青春の1ページを描いた小説です。もちろん野球を知らない方でもお読みいただけます。この小説は、日本文学館主催の小説大賞で審査員特別賞をいただきました。お楽しみいただければ幸いです。

   茜色の放課後


 チャイムが鳴り、ぼやけていた意識が現実へと引っ張り出された。その音は放課後の時間が来たことを告げる。いや、正確にはもっと前から放課後の時間だったのだけれど、僕たち受験生には補習というオマケがついていたために一時間遅れの放課後となったわけだ。わざわざ補習が終わる時間にもチャイムを鳴らすなんて律儀な学校だと思う。

 そういえば、昔は何で授業の無いはずの放課後にチャイムが鳴るのか不思議に思っていたっけ……。

 ――そう、昔は何で放課後にチャイムが鳴るのか知らなかったんだ。

「おーい、陸。帰ろうぜ」

 廊下の方からユウが呼んでいる。隣のクラスの補習も終わったらしい。

「ああ。すぐ行く」

 僕は返事をして、机の上の教科書やノートをまとめた。それらをスクールバッグに突っ込んで席を立つ。荷物はそれだけだった。

 開け放たれた窓から心地よい風が吹き込んできた。少しだけ、夏の匂いがした――。



「しっかし、ウチの学校もよくやるよなぁ。全員強制の補習なんて」

「まあそう言うなよ。俺たちみたいに勉強してなかった奴にとってはありがたいことだと思うぞ」

「……まあな」

 僕たちは今、裏門へと続く外廊下を歩いていた。コンクリートで固めただけの道に、一応の屋根がくっついているという簡素な造りだった。ずいぶん昔からあるらしく、脇に取り付けられた雨だれは錆びてしまっている。ちなみに、この外廊下は部室棟に行くための通路でもあった。何度も通ったことのある道なのに、昔と今ではどこか違う感じがする。

 どこかで蝉が鳴いている。今では蝉の声も少なくなってしまった。以前は騒がしいとさえ思っていたのに、どこか物足りなさを感じる。

 とは言ってもまだ九月が始まったばかりだ。夏の色はところどころに残っていて、すぐに消える様子は無い。暑さももう少しだけ居座るつもりらしい。

 ――と、ユウが不意に立ち止まってぶつかりそうになった。ユウが目を向ける先を見ると、野球部の連中が大きな声を張り上げて練習していた。

「この暑いのによくやるねぇ。立ってるだけでも暑いってのに。なあ陸?」

「ああ。ほんと、よくやるよな」

 僕たちは揃ってグラウンドの方に目をやった。たぶん、その時の僕たちは同じ顔をしていたと思う。

 風が僕たちの間を吹き抜けた。夏と夕暮れが入り混じった風だった。

 ユウが何かに気付いたように、外廊下を離れて部室棟の隅の方に向かって歩き出す。向かう先には野球のボールが落ちていた。ユウはそのボールを拾い上げると、何かを考えるようにボールを見つめていた。少し時間がたってから顔を上げて、言った。

「陸、少しキャッチボールしないか?」

「え? でも、グローブなんて持ってないぞ」

 そう。僕たちは今、グローブを持っていない。

 それでも、ユウは言った。

「いいよ。素手でやろう――」



 人気の無い校舎裏に乾いた音が響いていた。

「やっぱり、ちょっと痛いな」

「そりゃあ硬式だしな」

 そう言ってボールを投げ返す。パシンッ――といい音がした。

「そういえば、この前返ってきた模試、どうだった?」

 パシン――。

「んー、あんまり。第一志望はCだったし。ユウは?」

 パシン――。

「俺は全然。正直、けっこう焦るよ」

 パシン――。

「そっか」

 パシン――。

 そんなキャッチボールがしばらく続いて、ユウが言った。

「なあ、陸」

「ん?」

 ユウはその時、少し悲しそうな顔をしていた。野球部の練習を見ている時と同じ顔だった。

「なんかさ、こういうの、放課後って感じがしないか?」

「……ああ」

「放課後って、こんな感じだったんだな」

「……」

「今まで知らなかったよ」

 ユウが笑った。けれど、その様子はどこか悲しそうに見えた。

 ユウがグラウンドの方を向く。

「忘れたくても忘れられないんだな」

 今、僕はどんな顔をしているんだろう? ユウのように、笑えているんだろうか。

「ユウ」

 僕は言った。言わなければいけないと思った。

「僕は、幸せだったと思うよ。色んなことがあったけど、幸せだったと思う」

 ユウが僕の方に向き直る。

「忘れられないってことは、それだけ大切なことだったんじゃないか?」

「陸……」

「それに、僕は野球をやってくる中で、色んな奴と出会えて良かったと思ってる」

「……」

「お前ともな」

 そう言って僕は、にっと笑った。今度はわかった。僕は今、笑えている。

「……そう、だな」

 ユウが少し目を細めた。

「幸せ、だったのかもな。いや、幸せだったんだな」

 ユウも笑った。今度は、笑顔だった。

「さあ、そろそろ終わりにしよう」

「ああ」

 二人で距離を縮めていく。その距離が二メートルぐらいになったところで同時に礼をした。

『ありがとうございました!』

 顔を上げて、二人で笑った。


「さーて、帰りに何かメシでも食いに行くか」

 ユウが伸びをして言った。

「そりゃいいな。何にする?」

 その提案に僕も乗る。

 少し悩んでからユウが声を上げた。

「ラーメン!」

「マジ? 絶対に暑いだろ」

 それでも、ユウは譲ってくれる気配がなかった。

「いいんだよ! 放課後って言ったらやっぱラーメンだろ!」

 確かに、言われてみれば放課後はラーメンかもしれない。そんな気がしてきた。

「わかった。ラーメンにしよう」

「よし、決定! 行くぞ!」

「おう」

 ユウの後を追って、僕も歩き出す。そして、ユウが振り返らずに言った。

「陸、ありがとな」

 顔は見えなかったけど、たぶん笑っていると思った。だから僕も笑顔で返事をした。


 二人で放課後の道を歩く。グラウンドの方からは後輩たちの声が聞こえてくる。

 遠くでヒグラシが鳴いている。その声は夏の終わりが近づいていることを知らせていた。

 もうすぐ秋が来る。そうして、追い出された夏は遠くへ行ってしまうのだろう。この暑さも、蝉の鳴き声も。

 僕は忘れたくないと思った。この夏のことを。そして、ユウとキャッチボールをした放課後のことを。たぶん、それはユウも同じだったと思う。

 二人で影の長くなった道を歩く。

 夕日が僕たちの放課後を茜色に染めていた――。

まず始めに、この小説をお読みいただいたことに最大級の感謝を致します。私自身、野球をやっていたこともあり、特別思い入れが強い作品です。将来本を出したいと考えていますので、何かアドバイス、感想等、残していただければ、これほど嬉しいことはありません。もしよろしければお願いします。

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[一言] ノスタルジーを感じさせる作品でした。 私は特に野球をやっていたわけではないのに(サッカー部員です 笑) こうゆう感覚、分かるな〜なんて思わされた、そうゆう意味では良作だったと思います。 見…
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