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名探偵は謎解きよりもスイーツをご所望です!  作者: 古浜夕
こうして私は先輩と出会ったのです
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サラリーマン風の茶番はやめておこう

「じゃあ、新入部員、百瀬美波ちゃんの、歓迎会を始めまーす。乾杯っ」


 久世先輩が炭酸ジュースの入った紙コップを掲げると、和歌山くんが元気に、そして毛利先輩が淡々と、「乾杯」と口にする。


「か、かんぱい」


 慌てて小さく言った後、ジュースをごくごくと飲み干すと、久世先輩がぱちぱちと楽しそうに手を叩いた。


「おお、いい飲みっぷりっ! 今日は好きなだけ、飲みな!」

「ほら、久世先輩がこう言ってるんだから」


 ぶつぶつ言いながら、私の紙コップにジュースを注ぎ入れる和歌山くんと、


「そのサラリーマンの忘年会みたいな感じ、やめない?」


 淡々と言って、小さくため息をつく毛利先輩。


「ノリ悪いな~」


 久世先輩は笑って言いながら、テーブルの上に置いてあるチョコレートをパクパクと食べている。さっきあんなに食べたのに、まだ食べるの? 久世先輩の身体ってカロリー吸収しないの? てか、テーブルの上にある大量のお菓子、デパートとかで売ってる高級なのばっかりだし、私にお菓子作らせる意味あるの?

 数々の疑問が頭の中を駆け巡って、私はそっとこめかみを抑えていると、


「――ってことで、本題です」


 久世先輩がにこりと笑って、改まった口調でそう言った。


「本題って何ですか?」


 不思議そうに首を傾げた和歌山くんとは対照的に、毛利先輩は相変わらずの無表情。久世先輩はそんな二人を順に見て、楽しげに告げる。


「歓迎の意を表して、可愛い新入部員の望みを叶えてあげようと思って。その、作戦会議」


 まさか、先輩。

 私の失恋のこと、二人に話す気なんじゃあ……

 恐る恐る先輩を見た瞬間、その不安は見事に的中した。


「美波ちゃんが昨日、失恋した、結城翔太。彼の恋を壊してやろうと思う」

「ちょっ!」


 がたんと立ち上がった私を和歌山くんが哀れむような瞳で見る。


「お前、振られたんだな」

「そうだけど、そうですけどっ」


 久世先輩を睨むように見るが、彼は気にした様子もなく、にっこりと笑う。


「じゃあ美波ちゃん、突然だけど、彼について、知ってることを話してくれないか?」

「は?」


 僕が何とかするとか言ってたくせに(いや、してくれなくてもいいけど)、いきなり私に話を振るなんて……と、思っていたことがばれたのか、久世先輩は唇をちょんと尖らせる。腹立たしいことに、可愛い。


「僕、ハンナと彼の馴れ初めはよく知らないし、君に聞くのが手っ取り早いでしょ。それに君はすでに『僕たち』の中に入ってるんだから、情報提供くらいしなさいよ。君から見た結城翔太の性質も含めて、簡潔に、楽しくね」


 楽しくって、何?

 疑問に思ったが、ポンと頭に手を乗せられて、私は仕方なく話し始める。


「結城くんは、私と同じ、一年四組の男の子で、陸上部に入ってます。成績はあんまりよくないけど、運動神経は抜群です。明るいし、優しいし、傍にいると安らげる、素敵な人です! 少し鈍いところはあるけど、一途だし、やっとのことで手に入れた女の子なんだから、大事にして、幸せにすると思いますよ」


 だから、何をやっても無駄だ。

 そう告げたつもりだった。

 私のため、なんてただの口実で、久世先輩が面白半分で、結城くんの恋にちょっかいをかけようとしているのはわかっている。目論見が失敗して、毎日菓子を作れ、なんて理不尽な要求を取り下げてほしい。


「やっとのことで手に入れたって、どういうこと?」

「えっと……彼はハンナさんに一目ぼれしたんだそうです。どんなに頑張ってアプローチしてもつんつんしてて、だけどめげずに頑張ったそうで……」


 言いながら、結城くんの幸せそうな顔を思い出し、顔が強張ってしまった。


「まあ、ハンナの異名は『氷の美女』だからね。僕が口説いてもすげなく断るくらいだから、結城翔太がちょっと頑張ったくらいじゃ落ちないだろうなあ」


 ……ん?

 ハハハ、と軽やかに笑う久世先輩をじっと見て、尋ねる。


「口説いたんですか?」

「うん」


 つまり久世先輩は彼女のことが好き、ということで、


「そして、振られたと?」


 結城くんについて失礼なことを言ったのは、悔しかったからなのだろうか?

 可哀想ではあるけど、何て言うか…


「うん。そう。というか、顔がにやけてるよ。どしたの?」


 覗きこまれて、はっとする。


「いや、いい気味だなんて、思ってませんよ!」


 慌てて口にすると、いきなり前に出てきた和歌山くんが私に詰め寄った。


「先輩はな、ただ片手間に口説いただけなんだからな! 本気で先輩が迫れば、あの女だってすぐにほだされたはずだ!」

「片手間って」


 呟きながら、久世先輩を見ると、彼は相変わらず爽やかに微笑んでいる。


「いや、本気だったよ。ハンナ、すごい美人だし、母親はパティシエでシュートレンの女神って言われてるらしいし、一年で母国に帰るから、後腐れないし、ほぼ全てにおいて、都合がいい」

「それのどこが本気なんですか!」


 この完璧な顔面に絆されずに、結城くんを選んだハンナさん、あなたはこの上なく正しい。間違いない。


「敗因は、容姿だけを褒めすぎたことかな。まあ、中身は全く知らなかったから仕方ないけどね」

「仕方ないですね」


 のほほんとしている久世先輩とイエスマンな和歌山くんに軽蔑の視線を送っていると、私の気持ちを代弁するかのように、毛利先輩が言う。


「そのせいで、彼女は日本の男に不信感を持ったんだろ? 皆、自分のこと、顔しか見てないって思い込んでる。久世、反省しなよ」

「了解」


 久世先輩は、絶対反省していない、とわかる薄っぺらい笑顔で頷くと、私に尋ねる。


「それで、その日本男に不信感持ってるハンナを、結城翔太はどうやって落としたの?」

「さ、さあ……真摯な想いが通じたんじゃないですか? たくさん話しかけたり、色々手伝ったって言ってましたから。とにかく、頑張り続けていたら、ハンナさんが、自分で育てたお花をくれたらしいです。結城くんは今年もその花を咲かせてみせるって嬉しそうに……」


 ああもう、久世先輩のクズっぷりを見た後だから、彼の尊さが際立って、愛おしさも募りそうになる。彼にはもう、恋人がいるというのに。


「ねえ、その花って、今、あそこにある?」


 窓の外に目をやり、指を差す久世先輩。

 窓際まで歩いて、彼の示す方を見ると、運動部の部室棟が見えた。

 確か一階の、一番右側が陸上部の部室だ。


「そうです。部室に大切に保管してるって言ってました」


 言いながら、部室の様子を窺う。カーテンは開かれていて、中の様子は丸見えだけど、そこには花はない。まあ、春の花って言ってたし、今咲いているはずもないよね。

 古びたロッカーと数個のスチール椅子。開きっぱなしの漫画雑誌(見られたら没収されるのに!)と、スナック菓子の袋、どうしてかはわからないが、可愛らしいぬいぐるみ、それから、窓際に吊るされた玉ねぎ、だよね、あれ?


 まあ、部室にはよくわからない物が溜め込まれるものだ。

 数日前まで入り浸っていた調理部の部室にも、ちょんまげの付いたかつらが置いてあった。

 だけど、じゃあどうして先輩は、花があそこにあるって言ったんだろう?


「ふうん」


 先輩はにこにこ笑顔で頷いた後、つかつかと部屋の隅まで歩いていき、戸棚をガサゴソ漁ったかと思うと、一冊の本を取り出した。ぴらぴら捲って、あるページに付箋を貼ってから、私に手渡す。


「……ドイツのあれこれ豆知識?」

「うん、ハンナはドイツ人だからね。結城翔太に渡すといい」


 それはつまり、文化をしっかり理解して、うまくやれということ?

 二人を応援すると、自分の負けだと、そういうことだろうか?

 意図がわからず久世先輩をじっと見つめると、彼はにこりと笑って頷いた。


「君が思ってる通りだよ。じゃあ、よろしく」













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