カボチャのタルトとカボチャのクッキー
今日のおやつはカボチャのタルト。
園芸部からもらった収穫したばかりの新鮮なカボチャをざっと水洗いして、丸ごとラップにくるむと、レンジに押し入れる。ふたを閉めてボタンを押して、ふうと一息。いつもの指定席に座っていた先輩の隣に腰掛けて、私は彼に報告する。
「先輩の恋人役、私の友達になったんですよ」
「……恋人役?」
首を傾げて尋ねる先輩の甘い笑顔にうっとりしそうになって、慌てて顔を逸らして私は言う。
「はい、昔、推理劇に出演してたじゃないですか。あれの結末、私の友達の小町ちゃんが、見事に当てたみたいです。先輩に近づきたくて、頑張ったんですよ」
私は推理小説が好きな方だが、それでもあの劇の結末はわからなかった。(あの頃は先輩の恋人役になんて興味がなかったし、考えようともしなかったのだけれど)
小町ちゃんは、どう見ても読書家には見えないし、そもそも「読者への挑戦」すら知らなかった推理小説初心者だ。その彼女が牧野先輩の作り出したエンディングを当ててしまうなんて、相当努力したのだろう。
純粋な気持ちで、えらいと、そう思う。
「先輩も練習、付き合ってくれるんですよね? 小町ちゃん、楽しみにしてましたよ」
公演は再来週だと聞いている。(ちなみに一般に情報が公開されるのは、来週だそうだ)本番までに数回、練習が予定されているようで、小町ちゃんはそれをとにかく楽しみにしていた。
「景品」というだけあって、シーンのほとんどが先輩と恋人らしいのいちゃいちゃだ。
そう、いちゃいちゃ、台本を読んでいるだけで恥ずかしくなるくらいのーー腰を抱かれて愛を囁かれたり、頬に口づけされたり、憧れている相手でなかればらそれっていいの? って思ってしまいそうになるくらいの、いちゃいちゃ。
「……あ、あれねえ。引き受けた時は暇だったし、別にいっかって思ってたんだけど、今となっては失敗したなあ。こっちには美波ちゃんがいるのに、演劇部なんか、行きたくない」
久世先輩はあからさまに面倒だ、という顔をして、憮然と言った。その、先輩の珍しい表情を見て、小町ちゃんには悪いけど、私の胸はじんわり温かくなる。
「先輩、頑張ってください。私、劇の続き、楽しみにしてるんです」
「そっか。美波ちゃんがそう言うなら、頑張らないわけにはいけないよねえ」
ぱっと晴れやかな顔になる先輩を見て、愛おしさが募る。
それが恋愛感情でないとしても、特別扱い、はやっぱり嬉しい。
「そうだ、良かったら、差し入れ作って持って行きましょうか?」
ちんとレンジが鳴って、ミトンをはめた。溢れる湯気をよけて、カボチャを取り出しながら、考える。
カボチャはまだまだたくさん残っている。小町ちゃんもカボチャは好きだし、練習中につまめるよう、一口サイズのクッキーにして届ければ、喜ぶかもしれない。練習中の先輩も見れるし……って、これは自分の都合だな。
「やった! それなら面倒な練習も、頑張れるよ」
きらきらと目を輝かせる先輩を見て、ほんわか嬉しい気持ちになりながら、私は小町ちゃんから聞いた予定を思い出す。
「えーっと、火曜日と金曜日の放課後でしたっけ?」
「いや、明後日から本番まで、毎日だよ」
「え!」
話が違う。
思わずカボチャを落としそうになって、慌てて体勢を立て直すと、作業台に置いてから、ゆっくり先輩の顔を見る。
「そんなに、ですか? 小町ちゃんの出るシーンって、そんなに多くないはずなんですけど」
小町ちゃんの出演はあくまで「景品」の一環だ。台本を読ませてもらったが、ーーちなみに内容はまさかのまさかの展開で、とっても面白かった。さすが牧野先輩!ーー登場シーンは非常に少なく、ストーリーにも一切関係しない。ミスしてもほとんど影響はないと言っても過言ではなく、小町ちゃんが素人だと言っても、二週間びっしり練習する必要なんて感じられない。
まあ、うちの演劇部は洋裁部ほどではないとはいえ、かなり実力のある部活で、OBからは有名な演出家も出ているらしいけど……そこまでこだわるなら、そもそも小町ちゃんを出演させるなよ、という感じだ。
何というか、あの数回の台詞を、口にするのが小っ恥ずかしそうな台詞を、延々と練習し続けるなんて、私なら拷問に近い。あ、だけど、相手が先輩だし、小町ちゃんは嬉しいのかな? なんて悶々と考えていると……
「その子は必要な時だけくるんでしょ? 僕は出演シーン多いし、ほぼ全部参加しなきゃいけないからなあ。あー、もう、面倒くさっ」
先輩は言いながら、ひょいと肩を竦めた。
そこで私は、ようやく思い違いをしていることに気づく。
「もしかして、先輩達も、練習今からなんですか?」
「そうだよ。二週間しかないから、練習詰め詰めなんだ」
「どうしてそんな……」
ある意味ゲストである小町ちゃんは仕方ないが、先輩たちは前もって練習できていたはずなのに、なぜこんな無理矢理なスケジュールが組まれているのか、全くもって理解できない。視線で訴えると、先輩は苦笑する。
「何て言うか……今度の舞台はね、OBの演劇関係者が注目してくれてるんだよ。最高の盛り上がりを作りたいってことで、ああいう構成になってるし、僕も客寄せに投入されてる。だけど、事前に落ちがばれたら、盛り上がらないだろ? 演劇部は大所帯だし、事前に台本を配っておくと、漏洩する可能性があるから……ま、つまり秘密漏洩のためってこと」
「それ、小町ちゃんにも言っといた方がいいですよ。私、台本、見せてもらいましたもん」
確かに、見せて、と頼んだのは私だが、小町ちゃんはぜひぜひ、といった調子で、得意げに(おそらく、先輩とのいちゃいちゃっぷりを見てほしかったのだろう)台本を貸してくれた。
「ああ……それは、困ったね。僕も直接話すけど、君からも注意しておいて」
眉根を寄せて真剣に困ったという顔をする先輩に、少しだけ違和感を覚えながら、私は笑う。
「先輩から言われたら、私が言うまでもなく、ちゃんとすると思います。小町ちゃん、先輩のファンですから」
「そう? じゃあ、早速明日にでも、お願いしとこうかな。挨拶もかねて、ね。舞台が失敗したら困るし」
小さく息を吐いた先輩を見て、先ほど感じた違和感の正体がはっきりする。
「先輩って、昔から演劇好きなんですか? 演技もお上手でしたし」
先輩は、執着を抱かない。
三年より前から好きな物であれば別だけど、新しく強い感情を抱くことはない。それは人に関しても、物に関しても同じだ。(嬉しいことに、私はその唯一の、例外、なのだ!)
その先輩が舞台の出来をかなり気にしている。舞台に執着を、抱いている。
今までは、舞台に出演したのもいつもの気まぐれか興味本位、軽い気持ちなのだろうと思っていたが、この様子だとその認識は間違っていたようだ。
だって先輩は、面倒だと言いながらも練習に参加するつもりで、それはつまり、シリウスの活動を差し置いて、というより「私の作るできたてお菓子」を我慢して、舞台を優先させるということで……それは、今までの先輩のスタンスを見ていると、とてもじゃないが信じられないことなのだ。
「別に? まあ、嫌いってわけじゃないけど、好きでもない。演技はね、舞台にでるって決めたときに、結構必死で練習したんだよ」
アハハと笑う先輩を見つめながら、疑問はさらに深まっていく。
「……どうしてそこまで?」
尋ねると、先輩は一瞬、躊躇ったような表情を見せたが、すぐににっこりと笑った。
「牧野涼子のため。彼女、僕の元彼なんだ。中学時代の。あ、これ、秘密にしといてね」




