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名探偵は謎解きよりもスイーツをご所望です!  作者: 古浜夕
ラブ・パニック
49/52

代わり

「ねえ、美波ちゃん。こっちを向いて。ーーああ、本当に君は可愛いね。制服姿も、うちに来てくれた時のラフな格好も可愛かったけど、今日の君は格別。そのワンピース、気取らないかわいらしさがあって、君によく似合ってる」


 好きな人からとろけるような笑顔を向けられて、甘い、甘い、台詞を囁かれて、それを嬉しく思わない女子などいない。


「あ、ありがとう……ございます。その、先輩も、格好いいです」


 ぺこりと頭を下げて、隣に座る先輩を見る。

 秋らしい深い色合いのニットとパンツ、それに襟付きのジャケットを合わせたシンプルな服装だけど、ノーブルな雰囲気の先輩にはよく似合っている。まあ、完璧な顔面とモデル体型の先輩なら、どんな服も着こなせるんだろうけど……

 

「ありがとう。僕たち、美男美女でお似合いだよね」

 

 私は先輩に見合うほどの美貌はない。

 思わず苦い表情になりながらも、「お似合い」という言葉を嬉しく思っていると、


「本当の兄妹と言っても、誰も疑わないよね。うん、可愛い可愛い、僕の妹!」


 パチンとウインクする先輩を見て、思わず固まってしまった。


「美波ちゃん? どうかした?」

「……いえ、このサンドイッチ、美味しいです」


 先輩に気づかれないように、はあ、とため息をついて、目の前のサンドイッチを一口、かじる。

 有名ホテルの一品なだけあってとても豪華で、パンは滑らか、具はジューシーだ。


 今日は週末、土曜日。

 私たちは隣町のホテル、ニューハナサキまで、はるばる二人でやってきた。お目当ては、開催されているスイーツビュッフェ。といっても、スイーツだけじゃなく、サンドイッチやサラダなどの軽食も用意されてるのが、流石の気遣いだと思う。

 ともかく、私たちは予約してくれた窓際の特等席に座って、優雅に食事を楽しんでいる。


「ねえ、先輩。その兄妹ごっこ、いつまでやるんですか?」

 

 私が恐る恐る尋ねると、先輩はにっこりと、満面の笑みで微笑んだ。


「いつまでって、いつまでも、やるよ」


 先週、先輩が私を「妹のようだ」と口にした日から、彼の私に対する態度は目に見えて変わった。

 以前より距離が近くなり、やたらと褒めてくるようになった。以前の薄っぺらい口説き文句がなくなった代わりに、甘い甘い言葉を、しみじみと囁かれる。

 だけど、変わったのは、私から見て、だけじゃない。

 先輩は皆の前、シリウスメンバー以外の前でも、私に甘い態度で接するようになったのだ。

 以前の一線引いた態度からの突然の変化に、先輩のファンは一時、騒然としていた。その時の私を見る目つきの鋭さは、そのまま私がいじめに合いそうなほどだったのだが…… 

  

「君の立場はきっちり守るから、大丈夫だよ」


 結局は、先輩の言うとおり、私は未だに守られている。

 というのも、先輩がきっちり、私を「妹ポジション」だと宣言したからだ。

 先輩ファンへのリップサービスはそのまま、私は特別だけど妹ポジションで、恋愛にはならない。それを明白にした。

 そして私は、先輩のファンたちにとっても、可愛がるべき対象となり、以前以上に快適な居場所を手に入れることになった。


「それは……ありがとうございます」


 先輩は私を理解してくれている。何を求め、何を厭うかを知って、その上で好意を寄せてくれている。

 非常にありがたい話だ。


「ううん、君は僕の、特別な、大事な子だから」


 ……あ、甘い。


「君にとっても、僕は特別?」


 先輩の瞳を見つめたまま、私は頷く。


「特別、です」


 好きです。

 恋愛的な意味で、好きです。

 そう言ってしまったら、先輩は何というだろう?


「ありがとう」


 心から嬉しい、とばかりにぱっと微笑む先輩を見たら、そんなことは言えない。


 ーーいや、違う。

 私が、彼に好きと告げられないのは……


「僕の特別の中に、女の子はほとんどいない。だから、本当に……君は特別の特別で、大事な子なんだ」


 そっと髪の毛を拾われて、慈しむように口づけされる。

 先輩は私を誰かの「代わり」にしない。


 恋愛の相手は山ほどいて、だけど、その相手は先輩にとって、どうでもいい。どうでもいいから、相手が自分を誰かの「代わり」にしても、気にならない。

 先輩はそう思って、浮気者の女の子や、男好きな女の子と付き合ってきたのだと思う。

 特別な相手が、自分を「代わり」にするのに耐えられない。 先輩はそう思うからこそ、一人の女の子を大事にしないのだ。


 だとしたら、

 もし、もし私がーー


 先輩を、初恋のあの人の、愛おしくて愛おしくて堪らないあの人の「代わり」に好きになったのだと知ったら……


 いや、まだわからない。

 自分でも、わからないのだ。


 私が先輩本人を、本当に、ただ一人の特別として好きなのか、

 あの人を乗り越えるために、好きになっただけなのか。


「大好きだよ、美波ちゃん」


 先輩のとろけるような笑顔が好きだ。

 そう、元々私は、笑顔が可愛い人が好きだったから。 

 あの人が、そうだったから。


 誰の代わりでもなく、先輩が好き。

 そう断言できるようになるまでは、この気持ちは口に出来ない。


 先輩のためなら、あの人を……

 

 先生、ーー真琴さんを捨ててもいいと、思えるようになるまでは、決して口にしてはいけないのだ。


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