代わり
「ねえ、美波ちゃん。こっちを向いて。ーーああ、本当に君は可愛いね。制服姿も、うちに来てくれた時のラフな格好も可愛かったけど、今日の君は格別。そのワンピース、気取らないかわいらしさがあって、君によく似合ってる」
好きな人からとろけるような笑顔を向けられて、甘い、甘い、台詞を囁かれて、それを嬉しく思わない女子などいない。
「あ、ありがとう……ございます。その、先輩も、格好いいです」
ぺこりと頭を下げて、隣に座る先輩を見る。
秋らしい深い色合いのニットとパンツ、それに襟付きのジャケットを合わせたシンプルな服装だけど、ノーブルな雰囲気の先輩にはよく似合っている。まあ、完璧な顔面とモデル体型の先輩なら、どんな服も着こなせるんだろうけど……
「ありがとう。僕たち、美男美女でお似合いだよね」
私は先輩に見合うほどの美貌はない。
思わず苦い表情になりながらも、「お似合い」という言葉を嬉しく思っていると、
「本当の兄妹と言っても、誰も疑わないよね。うん、可愛い可愛い、僕の妹!」
パチンとウインクする先輩を見て、思わず固まってしまった。
「美波ちゃん? どうかした?」
「……いえ、このサンドイッチ、美味しいです」
先輩に気づかれないように、はあ、とため息をついて、目の前のサンドイッチを一口、かじる。
有名ホテルの一品なだけあってとても豪華で、パンは滑らか、具はジューシーだ。
今日は週末、土曜日。
私たちは隣町のホテル、ニューハナサキまで、はるばる二人でやってきた。お目当ては、開催されているスイーツビュッフェ。といっても、スイーツだけじゃなく、サンドイッチやサラダなどの軽食も用意されてるのが、流石の気遣いだと思う。
ともかく、私たちは予約してくれた窓際の特等席に座って、優雅に食事を楽しんでいる。
「ねえ、先輩。その兄妹ごっこ、いつまでやるんですか?」
私が恐る恐る尋ねると、先輩はにっこりと、満面の笑みで微笑んだ。
「いつまでって、いつまでも、やるよ」
先週、先輩が私を「妹のようだ」と口にした日から、彼の私に対する態度は目に見えて変わった。
以前より距離が近くなり、やたらと褒めてくるようになった。以前の薄っぺらい口説き文句がなくなった代わりに、甘い甘い言葉を、しみじみと囁かれる。
だけど、変わったのは、私から見て、だけじゃない。
先輩は皆の前、シリウスメンバー以外の前でも、私に甘い態度で接するようになったのだ。
以前の一線引いた態度からの突然の変化に、先輩のファンは一時、騒然としていた。その時の私を見る目つきの鋭さは、そのまま私がいじめに合いそうなほどだったのだが……
「君の立場はきっちり守るから、大丈夫だよ」
結局は、先輩の言うとおり、私は未だに守られている。
というのも、先輩がきっちり、私を「妹ポジション」だと宣言したからだ。
先輩ファンへのリップサービスはそのまま、私は特別だけど妹ポジションで、恋愛にはならない。それを明白にした。
そして私は、先輩のファンたちにとっても、可愛がるべき対象となり、以前以上に快適な居場所を手に入れることになった。
「それは……ありがとうございます」
先輩は私を理解してくれている。何を求め、何を厭うかを知って、その上で好意を寄せてくれている。
非常にありがたい話だ。
「ううん、君は僕の、特別な、大事な子だから」
……あ、甘い。
「君にとっても、僕は特別?」
先輩の瞳を見つめたまま、私は頷く。
「特別、です」
好きです。
恋愛的な意味で、好きです。
そう言ってしまったら、先輩は何というだろう?
「ありがとう」
心から嬉しい、とばかりにぱっと微笑む先輩を見たら、そんなことは言えない。
ーーいや、違う。
私が、彼に好きと告げられないのは……
「僕の特別の中に、女の子はほとんどいない。だから、本当に……君は特別の特別で、大事な子なんだ」
そっと髪の毛を拾われて、慈しむように口づけされる。
先輩は私を誰かの「代わり」にしない。
恋愛の相手は山ほどいて、だけど、その相手は先輩にとって、どうでもいい。どうでもいいから、相手が自分を誰かの「代わり」にしても、気にならない。
先輩はそう思って、浮気者の女の子や、男好きな女の子と付き合ってきたのだと思う。
特別な相手が、自分を「代わり」にするのに耐えられない。 先輩はそう思うからこそ、一人の女の子を大事にしないのだ。
だとしたら、
もし、もし私がーー
先輩を、初恋のあの人の、愛おしくて愛おしくて堪らないあの人の「代わり」に好きになったのだと知ったら……
いや、まだわからない。
自分でも、わからないのだ。
私が先輩本人を、本当に、ただ一人の特別として好きなのか、
あの人を乗り越えるために、好きになっただけなのか。
「大好きだよ、美波ちゃん」
先輩のとろけるような笑顔が好きだ。
そう、元々私は、笑顔が可愛い人が好きだったから。
あの人が、そうだったから。
誰の代わりでもなく、先輩が好き。
そう断言できるようになるまでは、この気持ちは口に出来ない。
先輩のためなら、あの人を……
先生、ーー真琴さんを捨ててもいいと、思えるようになるまでは、決して口にしてはいけないのだ。




