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名探偵は謎解きよりもスイーツをご所望です!  作者: 古浜夕
ラブ・パニック
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友達思い


 ーー嫌だったんだ! 一瞬でも、君を、他の誰かの身代わりとして使われるのが!

 

 切羽詰まったような、久世先輩らしくない物言いに、呆然とする。

 先輩は、私を心配してくれている。

 それはわかる。だけど何か、何か、それ以上の感情を……


 もしかして、自分に重ねてる? 先輩も、誰かの「身代わり」にされた経験がある?


 混乱する頭で恐る恐る、先輩の名前を呼ぶ。


「……先輩?」


 窺うように先輩を見ると、彼ははっとしたように目を見張った。その後、小さく息を吐く。


「君はいい子だ。そのままの君を好きになってくれる相手を選んだ方がいい」


 にこりと笑った先輩は、もういつもの余裕を取り戻している。


「君には、幸せになってほしいんだ」


 念を押すように言って、それから照れたように笑った。


「沙織ちゃんの件は、僕も考え直す」



 週が明けて月曜日、教室での和やかなランチタイムに、沙織が唐突にこう言った。


「そういえば、久世先輩から振られちゃった」


 今日は晴れてるね、なんて言われたのかと錯覚するくらい、明るくて呑気な声だった。


「え?」


 言いながら、ぱっと顔を上げると、沙織はにこにこと、ご機嫌におにぎりを頬張っている。


「昨日、メール来てさ。好いてくれるのは嬉しいけど、これ以上の関係にはなれないってきっぱり言われた。部室にももう来ないでほしいって。これからも『可愛い後輩』の友達である君とは、適切な関係のまま、親しくしたいってさ」


 久世先輩、確かに考え直すってはっきり言ってたけど、こんなにすぐに行動に移すなんて……

 というか、沙織の失恋の原因って、明らかに私だし、正直に話して謝るべき……


「あ、あの、私、ごめーー」


 もごもごと動いている沙織の口元を凝視しながら、私がしどろもどろに口にすると、彼女は私の言葉を遮るように、「謝らないで」と、鋭い声で言う。それから窺うように、私をじっと見る。


「私の方こそ、謝らなきゃ、だから」


 ぽつりと付け加えられた一言に唖然とする。


「へ?」

「私さ、実は、久世先輩のこと、そこまで好きじゃなかったんだ」

「えっ!」


 その事実への驚愕が心を占めたは一瞬、その後、じわじわと心に広がったのはーー


「あああ!」


 気づいた新たな事実への驚愕。

 私は思わず立ち上がると、目の前の沙織を見る。


「……もしかして、私のため?」


 尋ねると、沙織は申し訳なさそうに、小さく頷いた。


   *


 ややあって、私がすとんと座ると、沙織はゆっくりと話し始める。


「私、美波が先輩を好きだと、そう思っちゃったから」


 沙織は苦々しい顔をして、「ごめん」と小さく呟いた。


「……いいよ、っていうか、好きかもって、最近自分でも、気づいちゃった」


 尻すぼみに言って、じっと沙織を見つめる。

 沙織は、私が先輩に好意を持っていると考え、私と先輩を引き離すために、蘇芳くんを利用した。

 先日、私はそれを、沙織が自分の先輩との恋を成就させるためだと推測した。

 だけど、違うのだ。

 沙織の本当の目的は……


「沙織は、私が先輩に弄ばれてるって思って、心配してくれたんだね?」


 尋ねると、沙織は苦笑して、小さく頷いた。


「勝手なことして、ごめん。逆に困らせちゃったよね」


 申し訳なさそうに謝罪する沙織を見て、心を満たしたのは暖かな気持ち。

 確かに、多大な迷惑を被ったが、沙織に対して、いらだちや憤慨は湧いてこない。

 やっぱり沙織は、本当に友達思いな女の子だったのだ。


「困ったのは困ったけど……だけど、ありがとう」


 この一件の真実は、この「友達思いの」沙織の視点から、状況を見れば、すぐにわかる。


 久世先輩は、見目麗しくモテるとはいえ、女の子に対して誠実であるとは言いがたい人だ。

 沙織は男性に厳しく、だから彼女が先輩を好きになったとと聞いた時も、散々不思議に思った。彼女は、当然、親友の私が好きになる相手としても、相応しくないと感じるはずで……

 だけど、いくら私が好きでも、相手があの先輩だ。女の子なんて選び放題だし、何より私を女の子扱いしていないのを知っていただろうから、叶うはずない恋だとほっとしていただろう。


 しかし、沙織は、先輩が私に送ったメールを見た。

 人前では女の子扱いしていないくせに、裏ではハートだらけのメールで口説いてくる。

 先輩の意外な裏側を知る私は、それを、私の立場を慮った気遣いだと感じたが、先輩の上っ面……女癖の悪さだけを知っていて、尚且つ友達思いの沙織が何を思ったかは想像に難くない。

 ーー先輩が、私を弄ぼうとしていると思ったのだ。


 今はまだかろうじて被害に合っていないが、恋心があるならすぐに騙される。そしてそれが、傍から見て明確に騙されている状態でも、私は先輩を見限らない。

 沙織はそう判断したに違いない。


 おそらくそれは、結城くんの件があったからだろう。あの時だって、私はどれだけ彼女に反対されても結城くんを思い続けたし、最後まで、彼を庇った。沙織はそれを知っていたから、久世先輩の件に関しても、自分が何を言っても無駄だと思ったに違いない。


 そこで、私が先輩を諦めるよう、自分が先輩に恋したと嘘をついた。私は親友の好きな男の子を奪うような女じゃないと、知っていたからだ。

 彼女らしくない露骨なアピールも、そういう理由なら納得がいく。沙織の目的は、自分の熱い想いを、先輩ではなく、私にアピールすることだったのだから。


「ううん、本当にごめん」 


 しょんぼりとする沙織をからかうように、私は笑う。


「沙織、先輩に付き合おうって言われたら、どうする気だったの?」


 沙織は知らないだろうけど、実際、そういう話になりかけてたのだ。


「そんなことあり得ないって思ったけど、まあ、美波のためなら、遊ばれてもいいって思ってた。だって、美波が先輩好きになったの、私のせいもあるかなって思ってたから」

「え? 沙織は別に何も……」

「だって、私が唆さなきゃ、美波は倶楽部に入らなかったでしょ?」


 ーー先輩、こうまで言ってるんだから、部活、入ったらどう?


 確かに倶楽部に入部する決め手となったのは、沙織の言葉だった。なかなかイエスと言わない私を倶楽部に入れるために、先輩が周りから固めにかかったのだ。

 改めて思い出すと、男に厳しい沙織でさえも、自らの美貌でぽーっとさせてしまう先輩って、すごすぎない?


「って、そんなことで罪悪感持ってたの?」

「……うん。美波、結城の時も辛い思いしたのに、私のせいでまた悲しい思いすることになったらって考えたら……どうしても、本格的に恋に落ちちゃう前に、何とかしたいって思ったの」


 沙織は自分を犠牲にしてでも、私を悲しみから回避したいと思ってくれたのだ。

 思わずじんときてしまって、沙織の名前を呼ぶ。


「……沙織。大丈夫だよ」


 にっこり笑って、私は続ける。


「先輩って用意周到だから、沙織が協力しなくても、別の手段を考えてたと思う。それに」


 一旦言葉を切ってから、小さく言う。


「先輩、実は結構、良い人だから」


 しばらく沈黙が落ちた後、沙織がふふ、と笑う。


「うん、私もそう思った。それに、思った以上に美波を大事にしてるみたい」

「え?」


 私が間抜けな声を出すと、沙織はいたずらっぽく笑う。


「やけに愛想良かったのは、美波の友達だったからでしょ?」


 沙織、気づいてたんだ。


「私と喋ってる間も、ちらちら美波のこと見てるしさ。それに、美波がいなくて、私と先輩二人きりの時なんて、ずーっと美波のこと話してたんだよ」

「それ、本当?」

「うん、先輩、美波の話だとすっごく食いつきいいの。普段、どういう感じで過ごしてるだとか、好きな物とか嫌いな物とか、話してあげたら、めちゃくちゃ喜んでたよ」

「…………そう」


 嬉しい。嬉しい! 

 だけど、同時に恥ずかしくて、視線を逸らして、話題を少しずらす。


「でも、蘇芳くんまで巻き込むのは、流石にひどいからね」


 たしなめるように口にすると、沙織は困ったように笑った。


「それも、気づいてたんだ」

「うん」

「ごめん、だけど、蘇芳は……本当に良い子だよ。付き合ったら、上手くいくって本気で思ったの。蘇芳も本気で美波が好きそうだったし」


 沙織の気持ちはわかっているし、嬉しくもある。

 だけど彼は、私を誰かの代わりに好きだと思おうとしているだけなのだ。

 それを伝えられないもどかしさを感じていると……


「蘇芳ね、中学の時、すっごく大事にしてた彼女がいたの。だけど、その子と別れちゃって……高校入ってからはチャラチャラして、色んな子と付き合ったりしてた」


 え、知ってたの?

 驚いて沙織を見ると、彼女は真剣な顔で続ける。


「他の子みたいにチャラついた気持ちで美波に声かけてるんなら、絶対にダメだっていったんだけど……美波は違うって、ようやく本気になれそうだって言ってたの。嘘は、ついてないと思う。それで、中学の時の彼女みたいに、美波と向き合うなら、協力してあげたいって思った」



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