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名探偵は謎解きよりもスイーツをご所望です!  作者: 古浜夕
ラブ・パニック
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お宅訪問

 翌日、私は朝から久世先輩に電話をかけた。


『お、はよ』


 長々とコールが鳴った後、聞こえてきたのは鼻にかかった声。どうやらこの電話で起こしてしまったらしい。

 申し訳ない、と謝りそうになったのを、何とか堪える。

 朝と言ってももう十時、電話をして良い時間だし、謝ったら、話が逸れていきそうだし。何と言っても、私は今、怒っているのだし。


『おはようございます』


 淡々と、朝の挨拶を口にすると、返ってきたのはあくびをかみ殺すような音だった。その後、間延びした声で先輩は言う。


『どうしたの、美波ちゃん。休みの日に連絡……しかも、電話なんて、初めてじゃない? あ、もしかして、今日のこと? ちゃんと断ってるよね?』

『断りました。が、久世先輩、私、先輩にどうしても言いたいことがありまして』


 私のつっけんどんな態度に何かを察したのか、先輩は、先ほどまでとは違う、真剣な声で言う。


『気づいちゃったのか』

『……はい。それで、文句を言いたいんです』


 私が答えると、先輩は困ったように笑って、それから『いいよ』と、呟いた。


『いくらでも、文句を聞こう。電話じゃなくて、直接ね。とりあえず、住所送るから、うちにおいでよ』


 そういうことになったのだった。

                              *


「こ、ここ?」


 送られてきた住所をナビに入れると、はきはきとした音声ガイダンスダンスに従い、歩き続けた。そして十五分後、辿り着いたのは、駅前のタワーマンションだった。

 目立つから存在だけは知っていたけど、まさか中に入ることがあるなんて思っていなかった。ドキドキしながら中に入ると、ホテルのロビーのようなぴかぴかのタイルが目に眩しい。おずおずと奥に進み、聞いていた部屋番号(何と最上階だ!)をタップすると、すぐに、聞き慣れた声が聞こえる。


「あ、美波ちゃん?」

「はい、あの、宜しくお願いします」


 せっかく電話口では強気で押し通していたのに、ここで恐縮してしまったら意味がない。わかってはいたけれど、人様のおうちで居丈高を貫くような強メンタルにはなれそうもない。って、手土産に、駅前のケーキを買ってきてしまった時点で、がつんと言ってやる! 作戦は失敗なんだろうけど。

 カメラを見つめてぺこりと頭を下げると、「はーい」とご機嫌な声が聞こえて、すぐに扉が開いた。

 大きなエレベーターに乗って、広々とした共用部を通り抜け、角部屋の前に辿り着く。シンプルだがどことなくお洒落な「久世」と書かれたステンレスのネームプレートがかかったドアの前で、小さく深呼吸をした後、意を決して、チャイムを押す。 


 緊張しているのは、これからあの久世先輩に文句を言う、という一大イベントがあるから、というわけではなく、男の子の家を訪問するのが初めてだから、という理由も含まれている。ああ、情けない、やっぱり私は、弱メンタルだ。

 ややあって、扉が開いて、にっこりと、輝かしいばかりの笑みを浮かべた先輩が顔を覗かせた。


「入って、入って」


 背中を押されて、そのまま通されたリビングは、綺麗で広いが、やけに殺風景……というか、圧倒的に物が少ない部屋だった。というか、少なすぎるのでは?

 テーブルとソファーが部屋の中央に置かれているだけで、他には何もない。装飾品はもちろん、テレビも、時計すらないし、何ならラグも敷かれていない。住んでる人の個性が全く感じられない、ホテルの一室のような部屋。

 まあ、テーブルの上に置かれた、パックのイチゴ牛乳が、唯一、先輩らしいといえば、そうかもしれない。


「ほら、ソファー座って」


 促されるまま、ソファーに腰かけると、先輩はにっこり笑って、私をじっと見た。


「……何ですか?」


 これから文句を聞かされる人物とは思えないような浮かれた様子に首を傾げると、先輩は嬉しそうに言う。


「いや、うちに美波ちゃんがいるなんて、それだけで嬉しいじゃないか」


 彼は甘い声で言いながら、さりげなく隣に座ると、私の肩にそっと手を乗せる。


「ここなら誰の目もない。誰に気を配ることもない。学校じゃあできないこと、何でもできるね」


 するすると、先輩の綺麗な手が私の顔に伸びてくる。

 同時に、私の顔はかっと熱くなり、鼓動も大きくなっていく。

 ああ、だけど、駄目なのだ。

 だって彼は、私が他の男の子とデートしても、何とも思わないのだから。それが蘇芳くんでないなら、それだけでほっとして、別の相手をあてがってくるような人なのだから。

 そう……先輩は私を恋愛的には好きじゃなくて、でも、でもっ!


「先輩」


 思わず大きな声が出た。


「うん?」


 動じた様子もなく、笑顔を貫く先輩に、持ってきたケーキの箱を押しつける。


「買ってきたので、食べましょう」


 負けないぞ、という意思を込めて、にっこりと笑ってみると、先輩は諦めたように腰を上げた。


「ありがとう。じゃあ、用意してくるよ」


   *


「飲み物、イチゴミルクとココア、どっちがいい?」


 そう言って先輩が掲げたのは、パックのドリンク。冷蔵庫から出してきたばかりなのだろう。どちらも表面に汗を掻いていて、中身はひんやり冷たいのだろうと想像がつく。

 季節は少し肌寒さを感じる秋、とはいえ、部屋の中は暖房が効いていて、薄着でも大丈夫なくらいだから、冷たいドリンクで問題はない。問題があるのは、そう、味だ。


「先輩、いただく身分で申し訳ないんですが、甘くないのって、ないんでしょうか?」             


  私が買ってきたのは、先輩用のケーキ三個と、自分用の小さなプリン。本当は、私の分はいらなかったのだけど、それじゃあ先輩が気を遣うかもしれないから、一応、小さなものを買った。ちなみに先輩用の三つのケーキは、カボチャのタルト、モンブラン、米粉のロールケーキだ。

 どれもこれもが甘いのに、そこにさらに甘ったるい飲み物をチョイスする意味がわからない。


「悪いけど、ないよ。パックのロイヤルミルクティーとグァバジュースはあるけど、どっちも甘い。入れるの面倒だから、茶葉ないし」


 甘党すぎるでしょ。

 あと、面倒くさがりすぎ。

 倶楽部では、優雅に淹れ立ての紅茶(特甘)を飲んでいるのに、自宅では入れる気にはならないのか。


「……じゃあ、お冷やください」        

「ミネラルウォーター、ないよ」

「水道水でいいですから!」


 先輩は不服そうな顔をしながらも、自分の前にココアのパックを置いて、もう一度、キッチンに向かった。

 ややあって、先輩が持ってきてくれた、コップ一杯の水をごくりと飲んで、


「ああ、美味しい」


 水道水、最高!

 私は心からそう思った。


   *


「じゃあ、文句、言ってもいいですか?」


 ケーキを食べ終えて、改まった声で私が言うと、先輩は「どうぞ」と笑う。何かを悟り、同時に諦めたような、寂しげな笑顔だった。

 その笑顔をじっと見つめながら、私はゆっくりと言う。


「先輩は、私に隠し事をしましたね?」

「そうだね」


 彼は相変わらずの表情で、小さく頷いた。


「そして、それは……」


 思わず、声が掠れた。

 我ながら、大それたことを言おうとしていると、わかっているのだ。

 でも、どうしても、どうしても……そうとしか、考えられなかった。


「私を、守るため、ですね」


 ごくりと唾を飲む。

 数秒、沈黙が落ちる。

 その、短いはずの、だけど永遠に思える時間の後、先輩は、嘆くように呟いた。


「ばれちゃうなんて、かっこわるいにもほどがあるね」


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