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名探偵は謎解きよりもスイーツをご所望です!  作者: 古浜夕
ラブ・パニック
42/52

友の信頼

 翌日、私は朝から教室前の廊下、しかも自分の教室ではなく、初めて訪れる七組(ちなみに私は四組だ)をうろうろと徘徊していた。目的は一つ、蘇芳くんと話すためだ。


 昨日、毛利先輩から久世先輩の恋愛事情を聞いた。親友の毛利先輩だからこそ知っている、もしかしたら、本人すら気づいていないかもしれない久世先輩の内面の話。その上で、先輩と付き合ってほしいと頼まれた。そして私は、その言葉に頷いたのだ。

 もちろん、今すぐ付き合うとか、絶対に恋人になるとか、言ったわけではない。先輩が本当に私を好きになってくれて、私も彼を好きになることができたら、という条件付きで、その条件が満たされる確率は限りなく低い。


 でも、それでも私は、頷いてしまったのだ。

 あくまで自己分析だけど、私は恋愛に対して、いい加減な方ではない。

 友情としての好意と、恋慕の気持ちの線引きはしっかりあるし、恋愛感情のない相手となあなあで付き合えないくらいには、潔癖だ。


 その私が、いくら毛利先輩の頼みだったとはいえ、先輩と付き合う可能性を「ある」と答えた。それは、自分でもびっくりするほどの出来事だ。

 私は久世先輩に惹かれているのだろうか?


 初恋の時も、結城くんの時も、「恋」に落ちた瞬間をしっかりと覚えている。どこが好きなのか、迷わず口にすることができていたし、自分が恋をしているという自覚があった。 だけど、久世先輩に関しては、どこが好きなのかもわからないし、恋に落ちた覚えもない。

 全くもって、わけがわからなかった。

 とにかく、こんな気持ちで蘇芳くんとデートなんてできない。混乱していてそれどころではないのだ。


「申し訳ないけど、今回は断ろう」


 ぽつりと呟いて、大きくため息を吐く。

 デートの予定は明日、これはもう、言い逃れができない。ドタキャンだ。連絡先は交換していたけど、直接謝罪するのが筋だと思って、今朝からこうして彼を待っているわけなのだが……

 はあ、ともう一度、ため息をついた瞬間、


「蘇芳、くん?」


 廊下の向こうから、一人の男の子が歩いてくるのが見えた。艶々の黒髪と端正な顔立ちは紛れもなく蘇芳くんなのだけれど、ポケットに手を突っ込んで、けだるげな雰囲気でのろのろと歩を進めている彼の雰囲気は、いつもの彼とはまるで違う。

 人違いかな?

 眉を潜めたその時、彼の瞳が私を見すえ、ぱっと表情が華やいだ。


「百瀬さん!」


 にっこり笑ってこちらに近づいてくる彼は、いつも通りの蘇芳くんだった。


「おはよう。朝から会えて、嬉しいな」


 と、嬉しそうにはにかまれたら、抱いていた違和感はたちまち消えたが、その代わり、


「もしかして、僕に用事?」


 心がぎゅうっと痛くなった。

 ……ああ、やっぱり、こんなに素敵な彼とのデートをドタキャンとか、申し訳なさすぎる。重ね重ね言うが、蘇芳くんは私のタイプのドンピシャなのだ。


「う、うん。あのね、明日のことなんだけど」


 そこで一旦、言葉を切ったのが、悪かったんだと思う。


「ああ、そういえば、さ」


 ふいに、蘇芳くんが大きな声を出した。


「百瀬さん、諸田の親友なんだろ?」

「……え?」


 ぽかんと口を開けて、間抜けな声で呟いた後、私は慌てて尋ねる。


「沙織を知ってるの?」

「うん、諸田とは中学同じだったし、それに俺、中学の時は空手部だったから。割と仲良かったよ」


 実は、沙織にはまだ、蘇芳くんとのデートのことを話していない。いつもなら一番に相談するのだけど、今回は、久世先輩の件があったから、恋バナをするような気持ちになれなかったのだ。

 それにしても、世間は狭い。


「空手部、だったんだね」

「そう。あ、今は怪我してやめちゃってる。それで、空手の代わりにできることを探して、洋裁部入ったってわけ」


 空手から洋裁とは、また対極の部活に入ったものだ。

 という私の考えを見透かしたように、蘇芳くんは笑う。


「僕の父がさ、デザイナーなんだよ。お前は服飾のセンスがないって言われて、それで、見返そうと思って入ってみた」

「そうなんだ。でも、蘇芳くん、今はもう洋裁部のエースだし、目的しっかり果たしてるね」


 お父さんもさぞかし喜んでいるだろう、と思って、にこりと笑うと、彼は「まあね」と曖昧に微笑んだ。


「それはともかく、今朝、偶然、諸田と会ってさ、たまたま百瀬さんの名前を出したら、親友だっていう話になって……何か、運命感じるよね」


 前に久世先輩が、彼が私に気があると指摘していたけど、あれ以来、私はそのことを考えてはいなかった。心のどこかで、そんなまさか、と思っていたのかもしれない。だけど、彼の今の言動を見るに、もしかすると……もしかする、のかもしれない。

 呆然としている私をじっと見て、蘇芳くんは笑う。


「デートの件話したら、諸田も喜んでたよ」

「えっ! 沙織が?」

「そう。仲良し同士が仲良くなるのは嬉しいって。だから、諸田のためにもしっかり交流深めような!」


 こ、これは……何というか、ドタキャンするなんて、言い出せる雰囲気じゃ、ないかも。

 そして、ぴしりと固まった私に、蘇芳くんはとどめの一言を口にする。


「実は、もう店は予約してるんだよ。人気店なんだけど、百瀬さんがデート引き受けてくれた日に電話してみたら、偶然、キャンセル空きで、席が取れたんだ。楽しみにしててね」


 ああ、もうこれは、断れない。

 満面の笑顔でそうそう言った蘇芳くんに、私はどうにか引きつった笑みを返したのだった。


   *

 

 その後、どんよりとした気分で自分の教室に入って席に着くと、沙織が弾むような足取りで私の元に駆けつけた。


「ねえ、美波。蘇芳とデートに行くんでしょ?」


 満面の笑みで尋ねられ、気圧されながらも、小さく頷く。


「うん、でもまさか、沙織の友達だなんて、思ってなかったよ」


 ハハハ、と乾いた声で笑うと、沙織から、


「早く教えてよーっ」


 と、肩をぶんぶん揺さぶられた。

 その、楽しげな沙織の様子を眺めながら、蘇芳くんのこと、すごく良い子だと思ってるんだなあ、とすこし驚く。

 沙織は男の子に対して辛口なところがある。結城くんの時も、何度も「あの子に美波はもったいない」と言われたし、女友達の間で●●くんかっこいいー! なんて話になっている時も、大抵は「そうかなあ」と乗り切れない様子である。

 その厳しいジャッジをくぐり抜け、「あの子はいいよね」と言われた男子は、本当に、外見も中身も文句なしの素敵な男の子ばかりだ。


 私は蘇芳くんのことを未だよく知らないし、以前、久世先輩から、「おかしい」と脅されたこともあるけど、沙織が反対しないくらいの子なら、安心して良いのだろう。少なくとも、騙されて、とんでもない目に遭わされるなんてことはない。


「ごめん、ごめん。最近色々あったし、それに、聞いたかもしれないけど、デートっていっても、お礼にって食事をご馳走してもらうだけなんだよ」

「そんなことないよ。向こうはもうすっかりべた惚れみたいだし、美波も前向きに検討してやってよ。蘇芳、結構、美波のタイプでしょ? 美波と蘇芳、お似合いだと思うよ」

「え、ええ?」


 ……何だか、押し、強くない?

 沙織は明るく前向きで、世話焼きな、所謂姉御肌な一面を持つ女の子なのだが、相手の気持ちをくみ取る思慮深さも持ち合わせている。私が結城くんを好きな時も、彼のことを認めている風ではなかったものの、結局、応援してくれていたのは、私の気持ちを大事にしてくれていたからだ。

 それなのに、まだ出会ったばかりの蘇芳くんを、こうまでくっつけようとしてくるなんて、どうしちゃったのだろう?


「蘇芳、良い彼氏になると思う。見た目は良いから割とモテるんだけど、全然ちゃらちゃらしてないの。自分が好きになった子しか受け入れなくて、どんなに可愛い子から告られても、きっぱり振っちゃうんだよ。真っ直ぐで、一途なの。それに、すごく努力家なんだ。空手部の時も・・・・・・」


 熱い口調で喋り続ける沙織の話をぼんやりと聞きながら、私が思ったのは、「久世先輩とは正反対だな」ということだった。


   *


 そうこうしているうちに、時は過ぎ、放課後。

 楽しい楽しい部活動、お料理タイムである。

 もちろん今日も沙織は私と一緒に部室に付いてきて、リンゴの皮を辿々しい手つきで向きながら、嬉しそうに久世先輩と喋っている。先輩も先輩で、今日作っているリンゴのコンポートについてのうんちくをしたり顔で滔々と語っている。温かく和やかな放課後のひとときだ。

 しかし途中、先輩が沙織に「カフェブランジェのハニーラテを買ってきてくれない?」と頼み、沙織が嬉々として部屋を出た瞬間、場の空気がひやりと冷たくなる。


「あのさ。明日、本当に出かけるの?」


 先ほどまでウフフキャッキャッと喋っていたのと同一人物が出したものとは思えないほど、暗い声だ。

 怖い、と思いながらも、少しだけ、ほんの少しだけ、嬉しい、とも思った。

 先輩は、私が蘇芳くんとデートするのが、嫌なのだ。

 彼が私のことをどう思っているかは知らないが、それだけは事実だということを、この声が物語っている。


「……は、はい」


 小声で返事をすると、先輩は大きく息を吐いて、


「蘇芳准に惚れてる?」

「ち、違います!」


 大きな声で言うと、先輩はほっとしたように頬を緩めて、私はそれを見て、顔がどっと熱くなる。


「じゃあ、キャンセルして。代わりに僕とデートしよう」


 にっこりと微笑まれたら、もう駄目だ。

 心臓が高鳴って、全身の血液がどくどくと流れ出す。

 え? 私、もしかして、本当に先輩が好きなの?

 そうなの? 本当に? 何で?

 混乱し、わけがわからなくなりながらも、慌てて首を振る。


「あの、好きではなくとも、約束を破るわけには、いかないので。もう予約とかもしてくれてるみたいだし……」


 先輩はじっと私の顔を見つめると、変わらず甘い口調で言う。


「僕とデートが嫌なら、竜か毛利はどうだ?」

「は?」

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