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名探偵は謎解きよりもスイーツをご所望です!  作者: 古浜夕
ラブ・パニック
41/52

占い

 やっぱり、他の人とは違うと思うんだけどなあ。

 ざくざくとビスケットを砕きながら、楽しそうに話す沙織と先輩を横目で眺めて、そう思った。


 あの後、竜ちゃんに理由を尋ねたけれど、「何となくだけど」と、言葉を濁されてしまった。まあ、竜ちゃんは感覚でものを考えるタイプだし、自分で自分の思考がわかっていないのだろう。(あ、これ、失礼かな?)

 だけど、私より久世先輩との付き合いが長い彼の言うことだ。どうしても、気になってしまう。


 じろじろと二人を眺めても、私には、先輩が沙織に特別優しくしているようにしか見えない。

 悶々としながら、だけど、美味しいケーキとジャムを作り終えた私は、それらをみんなで美味しく食べた後、毛利先輩に相談することにしたのだった。


   *


 部活終わり、毛利先輩に「相談したいことがある」と話すと、彼は私を、近くにあるカフェに連れてきてくれた。駅前にあって便利だけど、学生が一人もいないのは、単純に、価格が高いからだ。何せ、コーヒー一杯が、千円近くする。

 メニューを一瞥し、「高い」としみじみ思っていると、毛利先輩が、私の心を読んだかのように言う。


「大丈夫、俺が奢るから」

「い、いえ、大丈夫です」


 ぶんぶん首を振るが、淡々と、だけど、どこか温かい声で、


「こういうとき、後輩は素直に甘えるものだよ」


 と言われ、頷くしかなくなってしまう。


「ありがとう、ございます。じゃあ、これ」


 とりあえず、一番安いものを、と指さすと、毛利先輩は言う。


「駄目、これ炭酸水じゃん。美波さん、炭酸好きじゃないだろ? 俺、結構稼いでるんだから、遠慮しないでよ」

「あ、ありがとうございます。じゃあ、これ、レモンティーで」


 素直に頭を下げると、毛利先輩は満足げに頷いて、近くにいたウエイトレスのお姉さんにドリンクを注文した。その慣れた仕草をぼんやりと見つめながら、私は何の気なしに彼に尋ねる。


「稼いでるって、先輩、バイトでもしてるんですか?」

「うん、まあ、バイト、みたいなものかな」


 その割には、毎日部活に参加してるけど、何、してるんだろ?

 じっと見てしまい、目が合った瞬間、


「占いだよ」


 感情のない声で、先輩が言う。


「占い? 毛利先輩がですか?」

「うん、うち、一族全員、占い師なんだ。結構、由緒ある」


 予想外すぎる。

 呆然としていると、毛利先輩はさらに予想外なことを言い出した。


「手、出して。せっかくだから、占ってあげる。女子高生に一番人気、恋愛運でいい?」

「あ、はい」


 右手を差し出すと、そっと手のひらを掴まれる。

 これまた予想外、先輩の指は思ったよりごつごつしていて、男っぽかった。それに、すごく温かい。

 何だか焦ってしまって、手汗がひどくなったらどうしよう、なんて心配になって、心を落ち着けるために、今日習った数学の公式のことを考えていた。


「終わったよ」


 短いような長いような時間が経った後、ウエイトレスのお姉さんが、頼んだドリンクを持ってきて、そのタイミングで、ぱっと手を離された。

 お洒落なカップに入ったグリーンティーを飲み、寛いでいる毛利先輩に、


「どうでした?」


 恐る恐る尋ねると、彼はあっさりと言う。


「最悪だった」

「え」


 最悪とは?

 最悪とは!


「先月は悪かったね。今月も悪い。来月も、良くないな」


 なるほど、最悪だ。

 愕然としていると、先輩がふっと、かすかに微笑んだ。


「大丈夫、そのうち良くなるよ。こういう悪い時期は、種をまく時期だ。たっぷり雨が降れば、いつか芽吹いて、花が咲く。一生懸命育てれば、その分必ず、きれいな花がね」


 私の方にずいと押し出されたレモンティーをごくりと飲んでから、


「……ありがとう、ございます」


 言われてみれば、結城くんに失恋したのは、先月のことだった。今月も悪い、ということは、週末、明後日のデートも期待できまい。だけど、結城くんと、ちゃんと友達になれたように、蘇芳くんにもきちんと向き合えば、良い関係を築けるのかもしれない。


「でも、じゃあ、やっぱり、久世先輩とのお付き合いは、断って良かったですね」


 アハハと笑うと、毛利先輩はいつもの真顔に戻ってしまった。


「まあ、美波さんにとって、そうかもね」

「それです。私は、久世先輩にとっても、かもしれないって思うんです。沙織と、良い感じに見えたから。久世先輩は本気で沙織を好きになるかもしれない、そう思ったんですけど……竜ちゃんに否定されて」


 真面目な顔を作って、事のあらましを説明すると、毛利先輩は小さく頷き、ぽつりと言った。


「さすが、竜はよくわかってる」

「ってことは、毛利先輩も、久世先輩は、沙織を好きにならないと思うんですか?」


 肩を落として尋ねると、先輩は「そうだね」と、頷いた。


「久世は確かに、沙織さんに対して、他の女の子にはない感情を抱いているとは思う。だけどそれは、恋にはならない」

「それは、どうしてですか?」

「どうして久世は、たくさんの女に手を出すと思う?」


 質問に質問で返されて、混乱しながらも、少し考えて、小さく口にする。


「女好きだから」

「まあ、嫌いじゃないだろうね。だけど、一番は違う。寂しいからだよ」


 あの飄々とした先輩が?


「前にも言っただろう。久世はすごく、寂しがり屋だ」


 確かに、アカネさんの一件で、竜ちゃんと二人、久世先輩たちには内緒で行動していたとき、そう言われたことがある。

 頷くと、毛利先輩は続ける。


「久世は、人と強く繋がりたいって思ってる。だけど、執着したくはない。そこで奴が縋ったのが、恋愛もどき」

「恋愛もどき?」


 言葉尻を復唱すると、先輩は一つ、頷いた。


「うん、恋愛感情ってさ、人が人に抱く感情の中でも、強いものだろう? それを互いに抱く関係って、すごく強い結びつきだ。にも関わらず、偽造しやすい。雰囲気だけでも楽しみたいって相手は多いし、体を重ねれば、一時だけど、自分で自分を騙せてしまえる。久世にとって、ちょうど良かったんだろう」

「…………」


 黙ったままの私を見つめ、先輩はさらに続ける。


「女の子と思い合う振りをすることで、満たされない欲求を満たした気になってるんだ。だから、多少なりとも好意を見せられたら、無意識に褒めるし、口説いてしまう。久世にとってのそれは、生きていくための処世術のようなものだからね」


 な、なるほど。

 久世先輩がむやみやたらに女の子を口説くのは、そういう理由があったのか。いくら甘い言葉をかけても、一途っぽい女の子と付き合うことはしないのは、彼の良心なのだろうか?(相手が一途なのに、自分が一途になれないと、あの先輩でも申し訳なく思うのかもしれない)


「久世は沙織さんを口説かない。それは、意識して、そうしているということだ。意識してそうしなけらばならない理由は、一つだろ?」


 じっと見つめられ、私は「え?」と間抜けな声を出す。


「……一つ?」


 彼の視線は「わかるだろ?」と言っているが、


「すみません、わかりません」


 うなだれた私を見て、毛利先輩は困ったように眉根を下げた。


「君だよ、美波さん。久世はね、沙織さんが君の親友だから、丁重に扱ってるんだ。彼女を軽い気持ちで口説いても、すげない対応をして嫌われても、君はよく思わないだろう?」


 一瞬、言葉の意味が理解できなかった。

 その後、じんわりと心が温かくなっていく。


「高校入ってからから、久世がお友達コースで女子と接するのなんて、初めて見たよ。全力でいい顔して、必死な感じがちょっと笑える。まあ、つまり、そのくらい、美波さんに嫌われたくないんだ」


 そう考えると、全てにつじつまが合う、気がする。

 と、安易に納得してしまうのは、その考えが、私にとって嬉しいものだからからかもしれない。そうであればいいと、内心で願っているものだから、かも。


 久世先輩は、「私のお菓子が好きだ」と、はっきり言ったのに。

 それなのに、私自身を好ましいと思ってくれているのかも、と考えてしまう、私は、脳内お花畑の馬鹿女なのかも。

 でも、それでもいいや、とぼんやり思う。

 だって、すごく、すごく、嬉しいから。


「久世は今までずっと、一人と深く思い合えない分、数で誤魔化してた。それでも満たされないことには気づかないふりだ。満たされないことを認めたら、さらに寂しくなっちゃうからね。ーーだけど俺は、ちゃんと満たしてやりたい。その唯一の可能性が、君だ」


 毛利先輩は一旦私から目を逸らし、小さく息を吐いてから、再び、私を見つめた。真剣で誠実な、嘘のない眼差しだった。


「だから、もう一度、言う。いつか、そう、いつか、君の恋愛運が上がった時でいい。久世と付き合ってやってくれないか」


 数秒の沈黙の後、


「先輩が私を好きになってくれて、私も先輩を好きになれたら、そうします」


 苦笑いで言って、頷いた。

 否定的な言葉を言うことなんて、できなかった。


「ありがとう」


 そして、その時私は、毛利先輩がにっこりと、柔らかく笑うのを、初めて見たのだった。

 

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