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名探偵は謎解きよりもスイーツをご所望です!  作者: 古浜夕
ラブ・パニック
40/52

その一、そのニ、その三

 次の日も、次の日も、沙織は倶楽部の部室にやってきた。(空手部が練習している第二体育館が修繕工事を行っていて、タイミング良くお休みになっているのだそうだ)

 結城くんを連れてきたときはあれこれ文句を言った竜ちゃんも、沙織が女の子だからか、はたまた私との関係が変わったからか、今は何も言わない。


 この数日間、沙織は当初の目的通り、着々と、先輩との距離を縮めていた。先輩に直接聞いたわけではないけれど、そう広くないキッチンスペースに、長い時間、三人でいるのだ。嫌でもわかる。

 初めは先輩の話すスイーツうんちくを、沙織がひたすら笑顔で聞いているだけだったのが、今では共通の話題で盛り上がるようになった。その共通の話題、それは、サッカーだ。

 久世先輩が以前、サッカー部に所属していたということは、前に結城くんから聞いていて知っていた。そして、沙織が聞きだした情報によると、先輩は今、プレイはしないものの、観戦は未だに大好きらしく。リーグ戦なんかもまめにチェックしているそうだ。沙織はスポーツ全般大好きで、もちろんサッカーにも詳しいから、それで盛り上がっているのだ。


 軽い気持ちで手を出さないか、という心配は、今のところ全くの杞憂で、先輩は楽しそうにサッカーのことを話すばかりで、口説き文句の一つも口にしない。沙織に対しても、もちろん、私に対しても、だ。

 今までことあるごとに口説いてきたり、激しいスキンシップをしていた先輩とは、もはや別人のようだ。

 部員以外のいる前では口説かない、という、先輩なりの気遣いによるものなのだろうか?

 それとも、もしかすると、沙織のことを気に入っていて、誤解されたくないから、とか……


「ねえ、美波。どうしたの?」


 尋ねられて、はっとする。


「え、どうも……どうもして、ないよ」

「いやいや、膝の上、見てみ。たくさんご飯粒落ちてるから」

「あ、ああ……」


 そういえば、昼ご飯中だった。


「ごめん、今日の部活、何作ろっかなあって考えてたんだ。今日は特に、先輩のリクエストなかったから」


 にこりと微笑むと、沙織も「そうなんだ」と笑う。


「私も役に立てるような、単純作業がめんどくさいっていうもの、希望します」

「そうだねえ。昨日みたいに、クリームぶちまけられたら困るしね」

「ごめん、本当に、ごめんって!」

「いいよ、いいよ。最初はみんなやることだから」


 沙織と軽いノリで笑い合うのは、本当に楽しい。

 中身のない何気ない会話なのに、こんなにも幸せな気持ちになれるのは、彼女が親友だからだ。


 高校に入学して、初めてできた友達。

 すぐに良い子だとわかって、気が合うことも知って、親友になった。

 楽しい時は隣で一緒に笑ってくれるし、悲しい時はそっと傍にいてくれる。落ち込んでたら、励ましてくれるし、行く先がわからなくなったら、一緒に悩んでくれる。

 そういえば、結城くんに振られた後、彼の無邪気すぎてデリカシーのない態度に本気で怒ってくれたこともあったなあ。

 沙織の鬼のような形相を思い出して、結城くんには悪いけど、暖かな気持ちになる。

 私にとっての最善を、私以上に真剣に考えてくれる他人が、彼女以外にいるだろうか?


「それでも、ごめんね。役に立てればと思ったんだけどなあ。私、自分の不器用さを侮ってた」


 はあ、と小さく息を吐いて、苦笑する沙織に、私はにこりと笑いかける。


「役に立ってるよ。沙織と一緒にお菓子作れて、楽しいもん」


 楽しいのは本当だ。

 だけど、心の片隅で、ほんの少しだけ、嫌だな、と思ったことがあったのも、事実だった。

 その、胸が潰されそうな心苦しさを、かき消すために、私は告げる。


「いいこと考えた!今日さ、沙織と先輩、二人きりの時間を作ってあげる。だから、頑張ってね」

 

   *


「美波、クリームチーズって、これでいいか? それともこれ? メーカーたくさんあって、わかんないんだけど」

「え? ああ、どれでもいいけど、私はこれが好きかなあ」


 スーパーにて、数日ぶりの買い出しである。

 今日のお菓子はレアチーズケーキ、それだけでも、さっぱりした甘さが美味しいケーキだけど、今日作るのは、上に特性のリンゴジャムをのせたスペシャルバージョンだ。


 ということで、竜ちゃんと私が買い出しに出かけている間、美波にリンゴの皮むきを頼んで置いた。

 久世先輩は、手先が器用でない美波一人にそれをさせるような人じゃないから、きっと彼女を手伝ってくれるだろう。そして、毛利先輩はそれを進んで手伝うような人ではない。

 これが、沙織と先輩を二人っきりにするための秘策だった。

 残るミッションは一つ、買い物を少しでも、長引かせること。


「んー、あー、でもちょっと待って。やっぱり、こっちの方がいいかも」


 手に取ったクリームチーズを棚に戻し、隣のものを手に取った瞬間、


「あのさ、美波、さすがに俺でも、わかるぞ」


 と、むくれた竜ちゃんから声をかけられた。

 先ほどから数回、同じようなことを繰り返していたから、鈍い竜ちゃんでも察するものがあったのだろう。


「沙織を、先輩と二人にしてあげたくて。でも、ごめん。竜ちゃん、こういうの好きじゃないよね」


 先輩命、の竜ちゃんは、彼を狙う女の子の手伝い(先輩が望んでいるのなら別だろうけど)をするのは、気にくわないだろう。

 素直に謝ると、竜ちゃんは困ったような顔で、頬を掻いた。


「いや……別に、諸田、害はなさそうだし、良い子だと思うし、いいけどさ。いいけど、だからこそ、先輩が本気で付き合うとは思えない。先輩が付き合うのって、本命が別にいて、とか、後腐れなく軽く付き合えそうな子とかだし。あ、これは、先輩の気遣いだぞ! 自分が執着できないから、向こうも適当でいいって思ってんの! 付き合う前に、説明もしてるんだから、文句言ってくる奴らは、自業自得だ!」


 初めはぼそぼそと、最後の方は、ふん、と鼻息を荒くして、断言する竜ちゃん。(ちなみに諸田は沙織の名字だ)

 だけど、私は食い下がる。


「それは知ってる。毛利先輩に聞いたよ。でも、先輩、沙織に対して、他の子とは違う感じだと思わない?」


 先輩の女の子に対する態度は、三種類に分けられる(と、私は思っている)。

 まず、その一。

 自分に、純粋な好意を抱いている子。

 先輩の一挙一動にキャーキャー騒ぎ、デートへの参加を希望し、できたら恋人になりたいと思ってる子。こういう子に対して、先輩はとにかく優しい。フェミニストぶりを発揮して、女の子を褒め称え、甘い言葉をかけまくる。だけど、手は出さない。

 その二、自分に対して興味がない女の子。

 これは、先ほどとは全く違って、すごく素っ気ない。どうでも良さが滲み出ている、そんな態度。具体的に言うなら、初めて出会ったときの私に対する態度だ。女の子とは思えない扱いを、平気でする。

 そして最後、その三。これはレアケース、付き合ってもいいと思う相手、または付き合っている相手だ。

 怒濤の勢いで口説きまくり、さらにすぐに手を出してくる。これは、ハンナちゃんと私、後は、一人だけ、偶然、廊下で見かけたことがある(校内でも遊んでいるので有名な女の子だった)が、女性の方もその気だったのか、これでもかというほど密着していた。


 しかし、沙織はこれらのどれにも、当てはまらない。

 沙織は分類的には「その一」なのだが、先輩は彼女を褒めはするものの、甘い言葉はかけていない、ように思う。褒め言葉も、そう、いつもの、いかにも女の子のために用意してます、みたいな薄っぺらいものじゃなくて、もっと敬意を込めたものに思える。

 期待を込めた眼差しで、じーっと竜ちゃんを見ると、


「それは、確かに、そうかも」


 彼は小さく頷いて、唸るようにそう言った。


「でしょう? それって、本気で好きになる、一歩手前なのかもって思うんだ。それなら、竜ちゃんも、応援してもいいかなって思うでしょ」


 ぐっと顔を近づけると、竜ちゃんは耳まで真っ赤にして「離れろ!」と、叫んだ。

 相変わらず、可愛いなあ、と和んでいるうちに、彼はゆっくりと首を振る。


「悪いけど、先輩があの子を好きになるとか、ないと思う」

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