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名探偵は謎解きよりもスイーツをご所望です!  作者: 古浜夕
ラブ・パニック
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協力

「先輩、沙織のこと覚えてたよ。来週末のお菓子会にも、参加させてくれるって」


 翌日の昼休み、私が言うと、沙織はすごく、本当にすごく、喜んでくれた。


「美波、ありがと! 私、絶対に先輩を振り向かせる。だから、これからも、協力してね」


 ぎゅうと抱きつかれてそう言われたら、頷かざるを得ない。気づかれないように小さくため息をついた瞬間、沙織が言う。


「早速なんだけど、今日の放課後、シリウスの部室にお邪魔してもいい?」


   *

   

「お邪魔します。今日は、美波のお手伝いに来ました」


 にっこりと笑って朗らかに挨拶すると、沙織は、昼休みに買ってきた、地元名産のおまんじゅうを久世先輩に手渡した。


「ああ、いらっしゃい。沙織ちゃん」


 にこにこと輝かしい笑顔を振りまいている久世先輩の横で、竜ちゃんは怪訝そうに、そして毛利先輩らいつも通りの真顔で、こちらを見つめている。


「えーっとですね、今日作ろうと思ってる、『クロカンブッシュ』、すごーく手間がかかるんです。それで、助っ人を呼びました」


 言い訳がましく口にしたところで、久世先輩をじっと見つめる沙織を見れば、彼女がここに来た「本当の理由」は一目瞭然だろう。

 これはつまり、沙織が言う「協力」なのだ。


 来週末に先輩が開く、お菓子会。

 隣町まで遠出するのだし、場所はホテルだし、という特別感はあるけれど、先輩に尋ねた結果、結局、いつも通り大勢でわいわいやる、というプランらしい。まあ、だからこそ、沙織を簡単にメンバーに加えてくれたのだ。

 それは沙織にも伝えてあった。あったのだけど、沙織はどうしても、そのお出かけに二人で行きたいらしい。というか、来週末までに二人でホテルデートできるくらい、先輩とラブラブになりたいらしいのだ。


 正直、無理だと思う。

 沙織のことは、見た目も性格も可愛いと思うし、私が男だったら、ダントツで付き合いたい女の子だけど、何せ相手が悪すぎる。

 絶世の美女、ハンナちゃんでも、恋に落ちなかった(まあ、口説いてはいたけど)先輩が、そんな短期間で沙織に夢中になるとは思えなかった。


 そもそも、誰にも本気で恋するような人じゃないからこそ、毛利先輩は私にあんなこと頼んできたわけで…… 先日の毛利先輩とのやりとりを思い出し、ちらりと彼の方を見ると、彼もまた、私をじっと見つめていた。

 相変わらずの無表情だけど、もの申したげに見えるのは、多分、気のせいではない、と思う。


 ーー美波さん、頼むから、久世と付き合ってよ。


 あの時の毛利先輩は真剣だった。

 そして私は、その真剣な頼みを、ーー断ったのだ。

 私は恋してもない相手と付き合えません。

 私は彼に、そう言った。


 久世先輩のことは、好きか嫌いかで言えば、好きだ。

 初めの印象(渡り廊下でぶつかって、君なんてどうでもいい発言された時のことだ)は最悪極まりなく、その時から比べれば、大躍進だと思う。

 奇想天外で、自由奔放で、突拍子もないけれど、彼は良くも悪くも魅力的なのだ。それは、王子様的な外見だけじゃなくて、中身も含めて。


 頭が良いから、話していて楽しいし、人を気分良くする術にも長けている。心地良いと思える雰囲気を作るのが上手い。

 知らず知らずのうちに引き込まれ、いつの間にか「ファン」になっている女の子たちの気持ちも、最近、少しだけわかる。

 そして、彼女たちより、先輩の近くにいるからこそ、わかる魅力もある。

 親しい相手に対しては誠実で、確かな友情があるのを知っている。私は「親しい相手」には含まれていないかもしれないけど、その他大勢よりは、彼に優しくしてもらえていて、それは彼を好きだと思う理由として、十分すぎる。


 もしも、先輩が私を特別に思ってくれる日がくると、そう思えたなら、私が彼に恋する可能性はある。

 それくらい、魅力的な人だから。


 しかしそれは、あくまで、そういう日がくると、期待できたらの話だ。

 私は、心の全てを捧げられる人を、好きになりたい。

 そういう人を求めたいし、同じくらい、求めてほしい。

 互いの全てを見せ合って、弱さまでもを大事に思える人、それが私の理想だ。

 そう、たとえば結城くん。

 彼は包み隠さず自分を見せて、正直な心を話してくれる人だった。

 だけど、先輩がそんな風に、私と向き合ってくれることはない。


 毛利先輩は、久世先輩のことを、「一人に絞れば、その子を大切にできる人」だと言った。そして、「一人に絞るためには何かしらの理由が必要で、それには私が適当だ」とも。

 つまり、毛利先輩は、私を利用して、久世先輩の恋愛関係を全うに戻したいのだ。

 そしてそれは、ある意味、「賭け」なのだろうと思う。 彼は、久世先輩が私に恋するかどうか、という賭けに、「勝てる」と思っているのだ。

 しかし私は、「負ける」と思う。


 久世先輩は私に恋しない。

 短い付き合いの中でも、人への執着をしない、という確固たる意思を感じている。

 毛利先輩がどうして私をそこまでかってくれているのかはわからないけど、久世先輩が私を特別視してくれているのは、あくまで「先生の代わり」だからなのだ。誰よりもそれがわかっているのは、私自身で、だから、先輩の信念を曲げるほど、私への思いがつのることなどないと、言い切れてしまう。

 向き合ってくれると思えない人に、恋はできない。

 だから、久世先輩には、恋はしない。

 毛利先輩も納得してくれたと思ったのだけど、


「毛利先輩、あの、怒ってます?」


 やっぱり、毛利先輩の瞳に避難の色が滲んでいるように思えて、そっと彼の傍に近寄った。


「怒ってないけど、落胆してる」


 ぼそりと言われて、何だか申し訳なくなる。

 私は毛利先輩が好きだし、力にはなりたいけど、こればかりは……


「でも、多分、私よりは沙織の方が、力になれると思いますよ。彼女、すごく可愛いんです」


 先輩が、本気ではなく、暇つぶしで手を出したら、グーで殴ってやろう、と思いながら、私は続ける。


「あ、それに私、もし沙織と久世先輩が付き合って、先輩が浮気しそうになったら、ちゃんと言いますよ。『浮気したら、もうお菓子作りません』って」


 もし自分が先輩と付き合っても、そんなことを言うかわからないが、沙織が相手なら話が別だ。

 親友の幸せのためなら、私にできることは何でもすると思う。


「沙織、すごく真面目な子なんです。浮気とか絶対許せないと思うし、彼女を傷つけるようなこと、私、許せませんから」


 きっぱりと言い切ると、毛利先輩は私をじっと見て、小さくため息をついた。


「久世は絶対、彼女とは付き合わないよ」


 そんなにきっぱり断言されると、何だか沙織が魅力的でないと言われてるみたいで、ちょっと腹が立ってくる。


「…………沙織は可愛いですよ」


 ぼそりと呟くと、毛利先輩は私の顔色を読んだようで、


「あ、ごめん」


 と、慌てて謝った。


「違うんだ。けなしてるんじゃなくて、むしろ褒めてる。久世が付き合う子って、短期間でいなくなるのがわかってて、後腐れない子が、そうじゃなかったら、基本、不真面目で浮気性で、淫乱な感じの子だから。あ、もちろん、付き合ってって勧めたけど、美波さんをそう思ってるわけじゃないよ」

「…………それでも、よく私に先輩をすすめましたね」


 ため息をつくと、毛利先輩は少し、悩んだような素振りを見せた後、小さく呟いた。


「一応、申し訳ないとは思ってた」


 

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