表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
名探偵は謎解きよりもスイーツをご所望です!  作者: 古浜夕
ラブ・パニック
35/52

デートのお誘い

「百瀬さん!」


 放課後、竜ちゃんと一緒に買い出しに向かおうと廊下を歩いている時に、後ろから呼び止められた。


「はい?」


 振り向くと、知らない男の子が立っている。

 倶楽部に入ってから、知らない女の子に呼び止められるのは増えたけど、男の子からは初めてだ。

 竜ちゃんが視線で「誰?」と聞いてきて、私はふるふると首を振って、「知らない人」とジェスチャーする。


「私に何か?」


 尋ねると、彼は困ったように眉尻を下げた。


「僕のこと、覚えてませんか?」

「えっ?」


 もう一度、まじまじと彼を見る。

 少し長めの黒髪と切れ長の瞳の、和風な顔立ちの男の子だ。顔立ちは大人っぽいけど、無邪気な笑顔は可愛らしい雰囲気で、そのギャップが何とも魅力的、だと思う。彼のような男の子を、忘れたりはしない。

 と、いうのは、何というか……率直に言うと、彼が、私のタイプを具現化したような男の子だからだ。私はこう、笑顔が可愛い男の子に弱い。結城くんもそうだし、初恋の人もそう。そんな、良い感じな男の子を忘れるわけーー


「あっ!」


 思わず大きな声を出して、それから、恐る恐る、尋ねる。


「もしかして、洋裁部の方ですか?」


 先日、ハンナちゃんと二人で文化部マーケットに参加した。

 放課後、大ホールを貸し切って行われた文化部マーケットは、部ごとにシートを敷いて、フリーマーケットのような形で制作物を販売する。販売員はもちろん、部員。可愛いメイドさんの制服で客引きしたり、小さなお菓子をつけてくれたり、部によってサービスが違うのも面白い。

 マーケットの開催は三日間、私たちが参加したのは、ハンナちゃんが園芸部のシフトから外れている(園芸部もお花などを販売しているのだ)二日目だ。陶芸部のお皿や、美術部のイラストをウインドーショッピングした後、私たちは洋裁部のお店で、可愛い巻きスカートを購入したのだ。


 洋裁部の売り場はとても広くて、様々な衣服が売られていた。多分、衣服を作った制作者が、自分の作った品を売っていたのだと思うのだけど、彼は、あの時、私たちを対応してくれた男の子ではないだろうか?

 いや、だけど……


「でも、随分、雰囲気違います、よね?」


 あの時の彼は、明るい茶髪だった。さらには態度もつんつんしていて、近づきがたい印象だった気がするのだけど。


「いや、あの時はちょっと、嫌なことが続いて、やせぐれてて……素っ気ない対応しちゃって、すみません」


 ぺこりと頭を下げられ、慌てて首を振る。


「いや、別に、大丈夫です」

「ありがとうございます。優しいんですね」


 顔を上げた彼は優しく微笑むと、一呼吸置いて、言った。


「僕、七組の蘇芳准って言います。あの、良かったら、今度の休みに、僕とデートしませんか?」


 恋の季節。

 まさかそれが、この私にまで影響してくるとは、思いもしなかった。


   *


「美波ちゃん、君って奴は、僕というものがありながら……どういうつもり?」


 久世先輩からにっこり笑顔で尋ねられたのは、アップルパイをオーブンに入れたすぐ後のことだった。


 蘇芳くんからデートに誘われた後、私はいつも通りに竜ちゃんと買い出しに行き、その後、部室を訪れ、お菓子を作った。しかし、どうにも作業に集中できず、ボールを落としたり、手を切りそうになったり、やけどしかけたりと、普段はしないような凡ミスを繰り返してしまったのだ。

 いつもと同じように調理中の私を眺めていた久世先輩は、訝しげな顔をしたものの、何も言わずに部屋から出て行き、そして、完成まで後は待つだけ、という今になって戻ってきて、今に至る。


「えーっと、何のことですか?」

「誤魔化しても無駄。竜に聞いたよ。デートに誘われたらしいじゃないか」


 先輩の顔は間違いなく笑顔だが、目だけは笑っていない。不機嫌なのが丸わかりだ。

 っていうか、別に私は先輩と付き合ってるわけでも何でもないし、先輩はたくさんの女の子とデートしてるわけだし、そもそも、先輩は「私」個人に好意を持っているわけではないし……と、そこまで考えて、私は口を開く。


「大丈夫です。彼、お菓子を欲しがってるわけじゃないですから」


 先輩が私を気にするのは、私が作るお菓子に執着しているからだ。お菓子を奪われる心配がないとわかれば、安心するだろう。


「君、僕を何だと思ってるのさ」


 先輩は呆れたような声で言うと、前髪をくしゃりと書き上げて、私をじっと見つめる。


「よく知りもしない男から誘われて、デートに了承するなんて、何があるかわからないよ。危ないじゃないか」


 心配してくれているのだ、とわかって、少しだけ胸が温かくなる。だけど、


「確かによく知らないけど、同級生ですから」


 素性を知らない誰かならともかく、同じ学校の生徒だ。危ないも何もないと思うのだが。


「そんなことは関係ない。だって君は」


 先輩はまくし立てるように言ってから、小さく息を吐き、ためらいがちに続ける。


「真琴が戻ってくる、場所だ」

「え?」


 予期せぬ言葉に動揺している私を説得するように、久世先輩はゆっくりと言う。


「真琴はああ見えて、色んなところに影響力のある男だよ。アカネさんみたいに感謝している人もいれば、反対に、憎んでいる奴もいる。縋るように彼を求める者もいれば、力を利用したくて、近づきたい者もいる。君はふらふらしていて居所が掴めない彼の、貴重な手がかりだ。狙われる可能性は十分あるよ」

「…………」


 先生がある意味「特別」な人だということは、わかっていた。だけど、そんな大げさな、という気持ちは拭えない。現に、今までだって危険な目に遭うことはなかったし、そもそも真琴さんを知る人物に会ったのは、久世先輩とアカネさんが初めてだ。

 そんな私の考えを読んだのか、先輩は、はあ、と大きなため息をつく。


「真琴はおそらく、君の存在を、というか、彼にとって君が大事な存在であることを、誰にも知られていないと思う。彼の近くに君がいることを知っても、それはただの、ちょっと気まぐれに世話をしただけの女の子、そう思うだけ。僕だってそうだった」


 っていうか、先輩って、真琴さんと私の関係を、どこまで知ってるの?


 ーー彼は、戻るよ。


 先輩がそう言ってくれた時、本当に嬉しかった。

 だけど彼がそうできたのは、断言できるほどの情報を持っていたということだ。

 先輩は、真琴さんの何を知っているのだろう。

 そして、私のことも。

 彼は一体どこまで……


「今の君が作ったお菓子を食べれば、君が真琴の特別だったってことは明白だよ」


 思考を遮ったのは、久世先輩の凜とした声だ。

 いつもの、脳をとろけさせるような甘い響きではなく、警鐘を鳴らし、感覚を研ぎ澄ませるような、固い声。


「お菓子?」


 尋ねると、先輩は深く、頷く。


「そう、お菓子。わかるだろう? 君の作るお菓子は、真琴のものにそっくりだ」


 その鋭いまなざしを見て、先輩は、私が気づいていることなど、とうの昔にわかっていたのだと、知る。


「先輩が……そう、気づいたようにですか?」


 躊躇いながらも尋ねると、先輩は苦笑いで頷く。


「そうだよ」


 一拍おいてから、


「君、調理部に所属していた頃、たまにお菓子を配っていただろう?」


 調理部では、時折、他の部に依頼されて、お菓子を作っていた。たとえば、ボランティア部に頼まれて、訪問先の児童施設に配るためのクッキーを焼いたり、とか。

 それを話した覚えはないけど、先輩なら調べていても不思議ではない(何せ初めに倶楽部に勧誘された時点で、色々調べられていたのだから)。


「それを食べた誰かが、私と真琴さんの関係に勘づいて、私を狙う、と?」

「理解が早くて助かるよ」


 先輩はふっと笑ってから、真面目な顔で言う。


「よく知りもしないってことは、君の良いところも知らないってことだよ。それなのに、突然デートに誘うとか、わけがわかんない。怪しすぎる」


 いや。

 いやいや。

 それ、よく知りもしない女の子(しかも複数同時に!)と、ほぼ、毎週末デートしてる、先輩が言う?


「ということで、デートはキャンセル。いいね?」

「ちょっと、ちょっと待ってください」


 私が叫ぶように言うと、先輩は「何?」と不機嫌そうに聞き返す。


「大丈夫です、彼にはちゃんと、理由があるんですから」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ