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名探偵は謎解きよりもスイーツをご所望です!  作者: 古浜夕
ラブ・パニック
33/52

恋の季節

 おはよう、美波ちゃん。

 今朝は随分寒いけど、元気に登校してるかな?

 突然だけど、朗報だ。

 なんと、新鮮な紅玉がたくさん手に入ったんだ!

 ということで、今日のおやつは紅玉を使ったタルトタタンがいいなあ。

 リンゴの爽やかな酸味と、バターと砂糖が絡み合った濃厚な甘さが美味しくて、果実のシャキシャキ感と、タルトのサクサク感が楽しい、リンゴのお菓子の王様、タルトタタン。

 この素敵なお菓子、何となく美波ちゃんに似てるよね。

 ぱっと目を引くような華やかなお菓子じゃないけれど、よく見ると繊細で、上品な美しさがあって、一度目にとまれば、じっと見つめてしまう不思議な魅力がある。かぐわしい香りに誘われて口に運ぶと、思いがけない食感に嬉しくなって、さらには奥深い味わいに舌鼓を打ってしまう。 

 リンゴのお菓子は多々あれど、僕にとっては、タルトタタンほど魅惑的なお菓子はない。

 これは、僕が君に感じている印象、そのままだよ。

 つまり、何が言いたいかっていうと、僕は君の虜だってこと。 

 放課後、君に会えるのを楽しみにしているよ。

 

「長い」


 教室に入るなり、鞄の中で震えた携帯電話を取り出すと、久世先輩からメールが来ていた。

 どうせ、今日のお菓子のリクエストだろうなあ、と予測してはいたものの、「やっぱりね」とそれだけでは済まされない長文メールだった。


「五行目までで十分じゃん」


 スイーツのこととなると、先輩が熱く語り出すのはいつものことだしもう慣れたけど、後半はタルトタタン語りにかこつけた私への口説き文句だ。

 琥珀色の瞳を細め、薄い唇を綺麗に引き上げて作る、先輩のきらきらした笑顔を思い出して、はあ、とため息を一つ。

 王子様、という言葉が似合う、完璧な美形の彼から、「虜」だなんて言われたら、大半の女子は、頬を染めて、ぽーっとしてしまう、と思う。


 だけど、私は違う。

 倶楽部・シリウスに入部してから数週間が経った今、久世先輩から口説かれるのにもすっかり慣れた。

 先輩は女好きだけど、特別誰かに執着しない。私を口説くのも単なるお遊びで、いや、お遊び以上に悪い。だって彼には「あわよくばお菓子を今以上に作らせよう」という打算がある。


 わかってはいても、あの顔が迫ってきて、さらに甘い声で囁かれれば、思考が麻痺して顔が熱くなることもある。だけど、これはメールだ。冷静な頭で、文面を読めば、出るのはため息だけだ。


「タルトタタタンは、確かに美味しいお菓子だけどね」

 

 先生が作ってくれたタルトタタンは、先輩が言うとおり絶品で、うっとりするような繊細な味だった。

 同じように作れるといいけれど、とレシピを思い浮かべながら、返信ボタンを押して、「り」の文字をタップする。予測変換で出てきた「了解」を選んで、「です。」だけを付け足して、メールを送った。


 数秒後、大きなハートを抱きしめた熊のスタンプが送られきて、もう一度、はあ、とため息をついた瞬間、


「みーなーみっ、おはよ!」


 慌てて振り向くと、すぐ後ろに親友の沙織が立っていた。


「沙織か……おはよ」

「何よー、その言い方。私じゃ不服? 誰を期待してたわけ?」


 からかうように言われて、苦笑する。


「違うよ、沙織で良かったって思ったの」

 

 あの、ハートだらけのメールを、先輩のファンに見られては大変だ。

 「先輩への貴重な架け橋」として、女子の間で重宝されている私の立ち位置が危なくなる。

 それを察して、あの空気を普段は読まない先輩が、皆の前では口説かずにいてくれるという、微妙だが、正直ありがたい(しかし、欲を言うなら、二人きりの時も口説かないでほしい)気遣いをしてくれているのに、メールを読まれたらそれも全て無駄になってしまう。

 

 沙織には、久世先輩への恋愛感情はないだろう。

 彼女は高嶺の花を手に入れようと躍起になるタイプではなく、手堅いところを狙っていくタイプだ。嫉妬される可能性はないから、大丈夫。


「美波、そんなに私のこと、好きなの?」


 ふざけたように言いながら、顔を近づけてくる沙織に、私もにこりと笑って、接近する。


「そうだよ、大好き」 


 コツン、と額をくっつけて、一拍置いた後、ぷっと同時に吹き出した。

 しばらく二人で笑い合っていると、


「美波、お客さんだよー」


 教室の後ろの方にいたクラスの友達から、突然名前を呼ばれて、振り返る。


「ああー」

 

 後方の扉のところに集まっているのは、数名の女子生徒。さして仲良くもない隣のクラスの女の子たちは、きっと私に「架け橋」になってほしいのだ。「行ってくるね」と呟くと、沙織は何も言わずに、力なく微笑んだ。





「えーっと、久世先輩、今週末はどこにも行かないそうです。その代わり、来週の土曜日はちょっと遠出して、隣町のホテルでやってるケーキビュッフェに出かけるって」


 お客様対応用の笑顔で私が言うと、周囲の女子たちが一斉に華やいだ声を出した。


「隣町のホテルで、ケーキビュッフェって、ニューハナサキじゃない? 素敵ホテルじゃん!」

「キャー! それって絶対、二人きりでよね。皆で一緒に、じゃないわよね」

「美味しいもの食べて、盛り上がっちゃって、そのままいくとこいっちゃって、ってパターンなの?」


 尋ねられても、困る。

 っていうか、そんな良いホテルって、高校生だけで泊まれるの? いやむしろ、ラブホじゃなくて、良いホテルだからこそ、ちゃんとお金払えば、見て見ぬ振りしてくれるのかな?

 私はとりあえず、笑顔を保ったまま、メモ帳を取り出した。


「ビュッフェ後の予定はわかりませんが、とりあえず、ホテルは、ニューハナサキだと思います。では、同行記希望の方、名前と連絡先を教えてください」


   * 


「何だか最近の先輩、モテっぷりが半端なくないですか? 何かしたんですか?」


 嫌味がましく言ってしまったのは、作業台に向かってあくせくタルトタタンを作っている私の横で、スチール椅子にゆったりと腰掛けて、悠々自適にこちらを眺めている先輩に腹が立ったからではない。

 今日一日、私の休み時間のほぼ全てが、先輩に関するあれこれに費やされたからだ。


 来週末のお出かけに随伴したい女の子たちへの対応だったり、先輩を慕う女子たちに彼の好みを尋ねられたり、はたまた彼へのプレゼントを受け取ったり。

 別に先輩が悪いわけではないのだけど、どんなにモテても、どうせ本命を作ることなんてないのだから、女の子たちを煽るようなことはしないでほしい。


「僕がモテるのは、いつものことだよ」


 きらきらと輝く笑顔は素敵だが、言っていることは全く素敵じゃない。

 無言で睨むと、先輩は余っていたリンゴを手に取って、しみじみと言う。


「紅玉の、季節だからね」

「紅玉の?」


 紅玉とは、アメリカ原産の、小ぶりで真っ赤な実の、見た目も可愛いリンゴである。酸味が強いのが特徴で、また、果肉がしっかりしていて煮崩れしにくいため、お菓子作りにも向いていて、タルトタタンにも最適だと言われることが多い。

 日本で取れるのは、九月下旬から十一月くらいまで、今が旬であるのは確かだけど、それと、先輩がモテるのとに、関係があるのだろうか?

 考えていると、先輩はおもむろに立ち上がり、私の背後まで歩み寄る。そのままぴったり寄り添われれば、どうしていいかわからなくなって、思わず手が止まる。


「ちょ、ちょっと」


 上ずった声を上げると、先輩は耳元で、囁くように言った。


「そう。恋の季節、だろう?」

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