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名探偵は謎解きよりもスイーツをご所望です!  作者: 古浜夕
とくべつなひと
30/52

言いがかり

「……みんな、悪いな。後は俺抜きで頑張って……」


 何だか私の方が胃が痛くなりそう。

 何のダメージも受けていなさそうな先輩の横でただただ無言で縮こまっていると……


「あり得ない! 私……久世くんのこと、見損なったよ! 最低!」


 水谷さんがじろりとこちらを睨んで、怒鳴るように言った。

 その発言を皮切りに、他の面々も口々に不平を唱える。


「本当だな。変わり者だとは思ってたけど、こんな嫌な奴だとは思わなかった」

「黒瀬を見習えよな……」


 事件の当事者は黒瀬先輩と外部の男のはずなのに、これでは久世先輩が一番の悪者だ。

 どうしていいかわからず、恐る恐る視線を向けると、久世先輩はやはりいつも通り笑っていて……


 そう、笑っている。

 どうでもいい、とその表情が語っている。


 何の陰りもない笑顔、全く動じていない立ち姿。

 今の先輩を見ていると、……正直、毎日くだらないことを喋って笑い合っている、身近な先輩とは思えないほどの、隔たりを感じてしまうけど。


 だけど、だけど……!


「待ってください!」


 思わず、叫んでいた。


 久世先輩の単なる付き添い、モブ中のモブであった私の大声に、場が一瞬、静まり返る。

 こんな風に目立つなんて最悪だ。


 悪役になるとわかっているのに、先輩たちに堂々と歯向かうなんて、馬鹿の極みとしか言いようがない。


 だけど、止められなかった。

 だって……


「どうして久世先輩が責められなきゃいけないんですか?」


 どうして? 

 そんなのわかってる。


 善良な黒瀬先輩を罰しようとしたから。私だって同情したし、胸がきりきりした。

 だけどそれって、久世先輩が責められることなの?


 訴えるように周囲を眺めると、呆れたような視線と苛立ったような視線が半分ずつ、そして一つだけ、これ以上ないほどの驚愕の視線……って、何でそんなに驚いてるんです? 久世先輩。


「黒瀬くんを連れてこうとするからでしょ、決まってるでしょ? 美波ちゃん?」


 吐き捨てるように言ったのは、水谷さん。


 美波ちゃん、と名前を呼ばれたのは……口を出すなと、出したら容赦しないと、脅されているのだ。

 だけど私はひるまない。


「先輩は黒瀬先輩を特別に虐めてるわけじゃありません。学際を平穏に終わらせるために、生徒会からお役目を預かってるんですよ。だから、あくまで平等に、生徒を裁いてるだけです。一人だけえこひいきする方が問題だと思いますけど」


 どうだ、これ、正論でしょ。

 とドヤ顔をするけれど、水谷さんは一歩も引く様子がない。


「えこひいきしろなんて言ってない。そもそも、黒瀬くんは悪くないの。悪者にしたてようとしてるのが、間違ってるって言ってんの。わかる?」

「だから……悪い、悪くないの線引きは感情じゃなくて、ルールブックで……」

「そもそも、状況を見てないあんたたちから、悪い、悪くないの判断されたくないし。何にもわかってないくせにさ」

「じゃあ、教えてください! ……気になってたんですけど、どうして水谷さんは、他校の生徒に絡まれたんです? 本当に初対面だったんですか?」


 尋ねると、場が一瞬静まった。

 水谷さんの表情は変わらないが、彼女と黒瀬先輩以外のほぼ全員の顔色が変わったのがわかる。


「知らないわよ。いきなり絡んできたの。私に気でもあったんじゃない? 松林学園、男子校の生徒だったし、女に飢えてんのよ、きっと」


 そう言って、髪の毛をかき上げる水谷さんは確かに美人だ。

 そしてその美貌をフル活用して男遊びをしていることを……私は知っている。


 そもそもどうして先輩である水谷さんと私が知り合いかと言えば、それは久世先輩への窓口である私に彼女が接近してきたからだ。


 そう、彼女は黒瀬先輩と付き合いつつも、久世先輩とデートを打診していたのである。そしてその際、「この日はナンパされた他校の子とデートなんだよね。あ、次の日はコンパで意気投合した大学生とデート。ここはパパ活してるおじさんとご飯の日。だからこの日しか無理―」なんてぺちゃくちゃお喋りしていた。

 どうしてか久世先輩はデートに乗り気で、私は趣味悪い! と思いつつ、愛想笑いで対応していた。


 それは別にいい、いいのだけれど……そんな水谷さんに一途な彼女面をされると、当然、腹が立つ。この場に居合わせた初めから、モヤモヤしていたのだ。


 私でも知ってるくらいだ。彼女の男好きはおそらくクラスメイトも知っているだろう。黒瀬先輩が想っているからこそ保留になっていたのだろうけれど、私はあえて突っ込みたい。


「すれ違っただけだから、よく見てはいませんけど……さっきのあの人、私服だったじゃないですか? どうして松林学園の生徒さんだってわかるんです?」

「――っ、わかるわよ。鞄に松林のバッジついてたもん。あそこ、指定鞄ないから、バッジつけてんの」

「そんなに詳しいってことは、松林の男子生徒と密接な関係になったこと、あるんじゃないですか? もしかして、あの男とも最近まで付き合ってて、こっぴどく振ったとか? だとしたら、彼が嫌がらせするのも当然だと思います」

「……は?」


 半ば八つ当たりのように口にしたのは、久世先輩に気のある素振りを見せていたくせに、手のひらを返したように責め立てる彼女にイライラしていたからかもしれない。

 馬鹿げているけど、私はどうしても彼女を言い負かしたかったのだ。


「彼は水谷さんに振られた理由を聞きたくて、わざわざ他校の学園祭までやってきた。だけどあなたは知らんぷり。話しかけたくて居座ったし、相手をしてもらおうとたくさん注文した。ミスした時はこれ幸いと長々と話しかけた。だけどあなたは他の男に泣きついた。聞き耳立てて話を聞くと、どうやら付き合っているってことがわかった。最近まで俺と付き合ってたのに、それってどういうこと? 俺とそいつは重複してたってわけ? イラついた彼は、黒瀬先輩に暴言を吐いた。だからこそ、『しょうもねえ女といちゃついてんじゃねえよ!』これは黒瀬先輩へっていうより、水谷さんへの暴言で、自分との関係を言わなかったのは、彼のプライドがあったからで……」


 そこまで言ったところで、水谷さんに胸倉をつかまれた。


「何言いがかりつけてんのよ!」


 至近距離で見る水谷さんの瞳には確かな怒りが滲んでいて、私が言ったことは、単なる妄想に過ぎなかったのだと理解する。


「…………言い過ぎました。すみません」


 感情のままに侮辱してしまったことを後悔しつつ、それでも少しだけほっとする。


 彼女の中では今、私が一番の悪者だ。

 クラスの面々は私の言葉で、水谷さんへの疑いが芽生えている。

 水谷さんには申し訳ないけれど、久世先輩一人が悪役だった先ほどまでよりは大分マシな状況だと思えてしまう。


「……久世も面倒な後輩を抱えて大変だね」


 恋人を侮辱されて怒りが湧いたのだろうか?

 黒瀬先輩は自分を罰されようとした時より、冷ややかな声で私に言う。


 水谷さんの男遊びを知らないはずないのに、この人は本気で彼女が好きなんだ、嫌味な口調で言われているのに、何だか感動してしまった。

 だけど、久世先輩はそんなことはどうでもいいらしく、黒瀬先輩の言葉に素直に反応する。


「美波ちゃんはすんごおくいい子だけど? 面倒なのは君の恋人の方じゃない?」


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