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名探偵は謎解きよりもスイーツをご所望です!  作者: 古浜夕
見かけだけなく、中身も可愛いのだ
26/52

先輩と真琴さん

「こんにちは―」


 扉をそうっと開けると、和歌山くん……ではなく、竜ちゃんが、笑顔で私の元に駆け寄ってきた。


「み、美波」


 ぎこちなく私の名前を読んでから、小さく息を吐いた後、少しだけ固い顔で、だけど明るく言う。


「買い出し、今日は行かなくていいって言ってたけど、本当に大丈夫?」


 今日、久世先輩からリクエストされたのは、昔ながらの蒸して作る、卵プリンだ。あるものでできるから買い出しは不要だと、昼休み、竜ちゃんにはメールで知らせておいた。


「うん。大丈夫。今日って、使うもの少ないから」

「そっか、まあまた、必要な物あったら言ってくれ。すぐに買ってくるよ」

「ありがとう、竜ちゃん」


 名前を呼んだ瞬間、竜ちゃんの頬はかっと赤くなり、それを誤魔化すように、ぷいとそっぽを向かれた。何だかくすぐったい気持ちになって、緩んでしまった頬を抑えた瞬間、


「竜ちゃん、ねえ」


 ぼそりと声がした。


「ああ……久世先輩、こんにちは。今日はプリンですよね」


 突っ込みを軽やかに無視して、私が微笑むと、彼もまた、にっこりと笑顔を作る。


「そうそう。口の中でとろける今どきの滑らかプリンもいいけど、僕は、ちょっと固めの、食べ応えのある方が好みなんだよねえ」


 にこにこと笑う彼に、尋ねたいことがある。

 だけどそれを聞くのは、ご要望通り、プリンを献上してからとしよう。

 しっかりご機嫌を取って、素直に質問に答えてもらうためには、美味しいプリンを作らなければならない。


「よし」


 腕まくりをして、呟くと、先輩が私を見て、くすりと笑った。


  *


「さっすがあ、美波ちゃん。今日も美味しいよ~」


 満面の笑みでプリンを頬張る先輩を見つめながら、私は意を決して口にする。


「先輩……先輩は、真琴さんのことを、知ってるんですよね?」


 質問ではなく、確認だった。

 先輩が「神様」について私に話してから、何度も何度も考えた。そして、確信した。アカネさんの言う「神様」の正体、久世先輩もあったことがあると言うその男が――私の良く知る先生、真琴さん、だと言うことを。


「真琴さん、か。随分、親しげだねえ」


 私のあまりの気迫に強張った顔をしている竜ちゃんとは異なり、久世先輩はいつもと同じような、余裕たっぷりの完璧な笑顔を湛えている。

 それに少しだけ焦りを感じて、私は早口で言う。


「先輩、しらばっくれないでくださいよ。私と真琴さんの関係、知ってるんでしょう?」


 アカネさんの一件で、わかったことは色々ある。が、今、一番はっきりさせたいのは、これだ。先輩が私に「執着」している理由。


 竜ちゃんによると、三年前、先輩が中二(つまり、私が中一だ)の時、彼は何らかの事件により、人に執着するのを辞めにした。彼が強く思う人物は、それ以前から付き合いがあるメンバーだけ。竜ちゃんに毛利先輩、結城くんとアカネさん。

 それ以降出会った人物は、ハンナさんみたいに美人でも、有名洋菓子店のゆかりの子でも、彼にとっては、特別にはなりえない。


それは私も例外ではないはずで……それなのに、彼は私を自分のホームとも言える場所、倶楽部・シリウスに誘った。さらには、彼は私を大事にしている。私の立場を慮り、時には口説き、自分を私の特別にしようと画策する。


 理由は、お菓子が作れるから。

 間違いはないと思うが、これだけだと弱い。

 先輩にお菓子を提供できる人なら、他にもいくらでもいるのだ。

 私だけ、その理由として考えられるのは、ただ一つ。

 私が作るお菓子が、真琴さんの味だから、だ。


 先輩は、真琴さんのお菓子を食べたいがために、私を囲っている。

 真琴さんには、十歳の時から十二歳の時までお世話になった。(つまり、私が真琴さんといたのは、「事件」で久世先輩が彼に会う前までということになる) 

 彼に不思議な力があることは、何となくわかっていた。

 私もまた、彼に救われた一人だから。


 ――これでまたあの人に会える。この味を忘れかけて、会えないかもしれないと……。


 あの時、アカネさんはそう呟いた。

 ということは、彼女が「神様」に叶えてもらった望み、夫との再会は永遠に続くものではなく、「神様」との食事の味を覚えている間、という期限付きなのだろう。


 事情は知らないが、先輩がアカネさんと同じように、真琴さんに何か、願いを叶えてもらっていて、その時、食事、いや、彼の場合、お菓子を一緒に食べたなら、叶えてもらった願いが消えないように、その味を忘れるわけにはいかないのではないだろうか?

 人の記憶は永遠ではなく、それは、先輩みたいな完璧超人でも同じのはずで、彼がもう一度お菓子を食べたいと思ってもおかしくはない。


 そんな時、彼は私のケーキを食べたのだ。

 真琴さんのレシピの通りに作った、真琴さん味のケーキを。

 先輩は驚いただろう。そして、どうしても、手なずけたいと思ったに違いない。そう考えると、ああまでして、私を探し、倶楽部に入れたのにも、納得がいく。


 そして、あの、ジンジャーマンクッキー。

 あれは……先生の十八番だった。


 久世先輩はだからこそ、あれをリクエストし、その味を確認した。そして、確信した結果――私は見事に、彼が執着する、対象となったわけだ。


「別に、何を隠すつもりもない。僕は真琴を知ってるよ。三年前、とてもお世話になった」


 さらりと言われて、思わず黙り込む。

 お世話になった、ということは……つまり先輩も、真琴さんとの取引を後悔していないということだろう。

 アカネさんは、自分にとって大事な「赤色」を失ったとしても、それが気休めだとわかっていても、夫と再開できるのを喜んでいた。


 竜ちゃんの言葉を信じるなら、先輩が失ったのは……「執着」。


 大事なものだと思う。

 それ以上に大切なものなんて、思いつかないくらい。

 先輩はそれを捨ててまで、何を望み、手に入れたというのだろうか?


「僕はね」


 私の思考を読んだのか、先輩はにっこりと微笑んだ。


「弱い男だった。だけど彼のおかげで、強くなれたんだ。だから、その件に関しては……彼に非常に感謝している」


 噛みしめるように言われた言葉が、頭の中に反響する。


 ーー強く、なれた。


 先輩は誰に執着できなくても、強い男になりたかったの?

 本当に、それでいいの?

 強くなくても、誰かを思っていたい。

 私はそう思うのだけど……


 少しの間、沈黙が落ちて、それから先輩はふっと、小さく笑った。


「それで、美波ちゃんは何が聞きたいの?」


 久世先輩の、完璧な笑顔を見ながら、おずおずと口を開く。


「真琴さんと親しいなら、教えてください。彼は今どこにいるんですか? そして……いつ、ここに戻ってくるんですか?」


 彼はここに戻ってくると、私に約束した。

 だけど、それがいつなのか、私にはわからない。

 早く、会いたい。一刻も早く、だ。

 正直、待ちきれないのだ。

 私にとって、真琴さんは特別な人だから。

 ぎゅっと唇を噛みしめた瞬間、先輩が苦笑する。


「残念ながら、知らない」


 確かに、彼がすぐにここに現れるなら、私のスイーツより、彼のお菓子を食べたいだろう。

 先輩が私を求めるのは、あくまで、彼の代わりとして、なのだから。


「……そうですか」


 私は大きくため息を付いてから、ぼそぼそと続ける。


「真琴さん、ここに戻ってくるって言ったんです。約束、してくれたんです。だけど、いつ帰るかは教えてくれなかった。別れてから、一度も連絡はありませんし、もしかしたら、約束、忘れてるのかも。もう二度と、会えないのかも……」


 自嘲気味に笑うと、先輩は私をじっと見つめて、静かに言った。


「彼は、戻るよ」


 小さいけど、確信に満ちた声だった。

 正確に難はあれど、先輩はすごい人だ。

 彼が言うなら、真琴さんは帰ってくる。

 私はもう一度、彼に会える。


「ありがとう、ございます」


 私が笑うと、珍しくもぎこちない笑顔を浮かべ、それから小さく息を吐いた。

 三年前、先輩に何があったのか、私は知らない。どういう経緯で真琴さんと出会い、彼とどんな話をしたのかも、知らない。

 だけど先輩は、真琴さんに会えると、断言してくれた。

 それだけで、私は先輩のことを信じられると、そう思えた。

 ――思って、しまったのだ。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 和歌山君フィーチャーの本章、次第に変化していく和歌山君の美波ちゃんへの接し方がすごく読みごたえがありました! お祖母様と和歌山君の関係もとっても素敵で、そこにかかわる美波ちゃん、久世先輩、…
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