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名探偵は謎解きよりもスイーツをご所望です!  作者: 古浜夕
見かけだけなく、中身も可愛いのだ
25/52

沈黙

「じゃあ、美波ちゃん、また遊びにきてね」


 帰り際、そう言って笑ったアカネさんに、私は意を決して声をかける。


「あのっ! 最後に、聞きたいことがあるんです」


 こんな、扉の前で別れの挨拶してるときじゃなくて、もっと前に尋ねれば良かった。それはわかっているのだけど……どうも、最後の最後まで踏ん切りがつかなかったのだ。


「なあに?」


 明るく尋ねるアカネさんをじっと見つめて、「よし」と心の中で気合を入れた。


「『神様』って、どんな人でしたか?」


 予想外の質問だったのだろう。

 アカネさんはしばらく目を丸くして固まった後、しみじみと言う。


「とても……そう、とてもきれいな、男性だったわ」


 そこで一旦言葉を切ってから、申し訳なさそうに続ける。


「ごめんなさい……何だか記憶が曖昧で、よく思い出せないの」

「そう、ですか」


 相手は「不思議な力」を持ち、「神様」と呼ばれるくらいの人だ。

 簡単に情報が入ると思ってはいけないのかもしれない。

 落胆しつつも、気を取り直して、私は尋ねる。


「覚えていることって、あります? 何でもいいので、教えてもらえると嬉しいんですけど」


 アカネさんは少しだけ考えた後、


「私が彼に会ったのは二回だけ。ボル、シチ? とデザートをいただいたのは、二回目よ。一回目に会った時に、誘われたの。それで、一回目は、石井戸公園だった」

「石井戸公園、ですか」


 私もよく知る、近所の大きな公園だ。

 思わず、ごくりと、唾を飲む。


「そう。そこでね……ぼんやり池を眺めてたら……彼が声を掛けてくれたのよ。どうしてかは今でもわからない。間違いなく初対面だったのに、私は彼に、心の落ち込みを……そして、『願い』を話した。そうしたら、彼は……」


 消え入りそうな声で言ってから、アカネさんは、辛そうな顔で、こめかみを抑える。


「ばあちゃん、大丈夫!」

「大丈夫ですか?」


 私と和歌山くんが慌てて駆け寄ると、アカネさんはふんわりと微笑んだ。


「大丈夫よ、でも、ごめんなさい。やっぱり、よく思い出せないわ」

「いいんです、いいんです」


 ぶんぶんと首を振る私を見て、彼女は一瞬、真顔になった後、ぽつりと言う。


「……生姜味のクッキー」

「へ?」

「クリスマスによく食べる、人の形をしたクッキー、あるでしょ? あれを、もらったわ」


 ジンジャーマンクッキーだ。

 一番最初に、久世先輩がリクエストしたお菓子。

 先生がよく、作ってくれたもの。


「…………ありがとう、ございます」


 丁寧にお礼を言ってから、私と和歌山くんは部屋を出た。

 私たちが見えなくなるまでずっと、アカネさんは、笑顔で手を振ってくれていた。


   *


 帰り道、夕焼けで赤く染まったアスファルトを、和歌山くんと二人、並んで歩きながら、私はずっと「神様」のことを考えていた。答えが出るわけでもないのに、冷え冷えとした心で、悶々と悩み続けていたのだが、和歌山くんに突然「百瀬」と名前を呼ばれて、急に現実に引き戻される。


「わっ!」


 思わず声を上げると、和歌山くんは私を窺うように見て、恐る恐る「あの、いいか?」と聞いてくる。長いまつ毛の影が、オレンジ色に染まった頬に落ちて、その横顔はいつも以上にきれいだった。


「うん、いいよ」


 可愛いなあ、といつもながらのほのぼのとした気持ちになっていると、


「百瀬、改めて言いたいんだけど、本当にありがとう。ばあちゃんが元気になったのは、百瀬のおかげだよ。感謝してる」


 突然、真面目な顔で言われて、深々と頭を下げられた。


「そ、そんな……ボルシチってわかったのは、久世先輩のおかげでしょ?」


 照れくさくて、もごもごと言うと、彼は先ほどと同じ、真面目な顔のまま、ゆっくり首を振った。


「実際にばあちゃんから話聞いてくれたのは、百瀬だろ? ヒントくれた先輩にも感謝してるけど、百瀬にはそれ以上に感謝してるんだ。聞き上手な百瀬じゃなかったら、ばあちゃんもあそこまで色々思い出さなかったかもしれないし。それに……先輩が『神様』のこと、話してくれたのも、多分、百瀬のおかげだから」

「え?」

「先輩、ばあちゃんの気持ちを汲んで、『神様』のこと、今まで俺に話してなかったわけだろ? それを今になって話してくれたのは、多分……俺が、百瀬と」


 彼は一旦、言葉を切ってから、覚悟したように、一気に言う。


「俺が百瀬と仲良くなって、色々気づいたことがある。それで、先輩、俺を認めてくれた気がするんだ」

「へ?」


 予想だにしない展開に、思わず変な声が出た。


「俺さ、昔はいつも、守られてばっかりだった。すごく貧弱で、泣き虫で、弱虫だった。だから、守ってくれる強いものが好きだったんだ。守ってくれるばあちゃんとか、堂々としてる先輩とか。……今でも強いものが好きで、弱いものは苦手。自分と重ねちゃって、見てられない。いや、弱いもの虐め嫌だし、やめさせるけどさ……弱い奴と仲良くなるなんて、できないと思ってた」


 尻すぼみに言ってから、和歌山くんは弱弱しく笑う。


「百瀬にきつく当たってたのも、まあ、一番は、先輩への悪影響あるんじゃないかって思ってたからなんだけど……何だかお前、先輩には反抗的なわりに、周囲の目、やたらと気にするし、弱っちい奴だって気がしてたっていうのも、あるんだよな。情けないけど」


 私は基本的には低姿勢だ。

 もちろん限界を超えた時には言い返すし、やり返すけど、人に嫌われたくないし、平穏な日々を愛しているから、限界までは必死に我慢する。プライドなんて、くそくらえ、喜んでへこへこしましょうってタイプだ。和歌山くんはきっと、そんな私の態度にイライラしていたのだろう。


「前に、先輩に百瀬と仲良くしろって言われて……その時、百瀬は弱いから嫌いだって、無理だって、言ったことがある」


 そ、それはまた……見事な嫌われっぷりだったんだね。

 ちょっとだけ、ショックかも。


「でも、百瀬は、全然弱くなかった。俺を助けてくれた。田中ってやつも、助けてくれた。それで俺、反省して、気づいたんだ。俺が『弱い』って思ってるものって、ただの俺の決めつけだったんだって。ーーだって百瀬は、人に気を遣いまくって、へこへこしてて、いかにも弱っちいのに、俺より強かったから。気づいたら、居ても立ってもいられなくなって、とりあえず、田中と話してみた」

「…………田中くんと?」


 彼のことは、私もよくは知らない。

 ただのクラスメイトで、挨拶以外の会話はしたことがない。

 知っているのは、リリアたんファンだということだけだ。


「今までの俺なら、虐められてんのに反論もできないの弱弱しいって、嫌ってた男。だけど、話してみたら、弱くないところもあった」


 和歌山くんは、にこりと笑う。


「あいつのリリアたんにかける情熱の強さは、俺もを圧倒するほどだった。どんな変な目で見られても、いやがらせされても、リリアたんへの愛を貫くって、力強く語ってた。本人から聞いたんだけど、持ち物ピンクに統一すんの、親からも良く思われてなくて、それを了承させるために猛勉強して、偏差値十以上も上げたらしい」

「それは、すごいね」


 確かに強い。

 精神力が。


「先輩にそれを話したんだ。先輩が俺に、『神様』のこと話してくれたのは、みっともなくて、弱いばあちゃんでも俺が受け入れられるって、確信したからなんだと思う」


 和歌山くんは、ちらり、と私を見て、言う。


「だから、やっぱり、百瀬のおかげだよ」


 彼の顔は真っ赤に染まっていて、それは、夕焼けのせい、なんて言葉では誤魔化されないくらいの赤で、言うなら、ボルシチのような、深紅だ。


「俺、だから……百瀬にすごく、感謝してる。お前が俺を、変えてくれたんだ」


 肩をぎゅっと掴み、潤んだ瞳で私を見つめる和歌山くんは、相変わらず可愛くて、それでいて、カッコよかった。

 華奢で、美少女顔で、ツンデレな彼のことを、カッコいいと思ったのは初めてだった。そして、そう思った瞬間、私の顔も、一気に熱くなる。


「……あ、あり、え、ええと」


 ありがとう、そう一言、言えばいいだけなのに、上ずった声で言葉にならないうめき声を発していると、


「お前、顔真っ赤!」


 自分のことを棚に上げて、和歌山くんが言った。

 私は思わず突っ込む。


「竜ちゃんもでしょ!」


 あ。

 あ。

 あああっ!


「…………」

「…………」


 しばらくの沈黙の後、


「あー、あの、えっと、ごめん。そう、ご、ごめんね。アカネさんと話しすぎて、口調がうつっちゃったみた」

「いいよ」

「へ?」


 和歌山くんの顔の赤さは、もう限界点を突破している。

 死ぬんじゃないかってくらい、真っ赤だ。顔も、耳も、首まで赤い。


「別にいい。友達だし、ばあちゃんのこと名前で呼んでるのに、同級生名前とか、変だし。だから、その……竜、ちゃん、で」


 消え入りそうな声で言ってから、和歌山くん……いや、竜ちゃんは、突然、全てを振り切ったように、大声で宣言した。


「俺も、美波って呼ぶからな!」

「……うん」


 その後、私たちの間には再び、沈黙が落ちた。

 だけどそれは、やけにくすぐったくて、なのにとても幸せで、互いのことを思っていると分かる、温かい沈黙だった。


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