表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
名探偵は謎解きよりもスイーツをご所望です!  作者: 古浜夕
見かけだけなく、中身も可愛いのだ
23/52

レッツ、クッキング!

「つまりね、アカネさんは、赤い色、そして多分、緑も見えないんだ」

「赤が、見えない?」


 すぐには言葉が理解できず、尋ねると、先輩は「そうだよ」と、小さく頷く。

 それはつまり、色覚異常ということだろうか?

 遺伝子の都合で、生まれつき、色の判断がつきにくい人がいる。

 詳しいわけではないが、赤や緑が特にわかりづらいと聞いたことがある気がする。

 確か、男性がほとんどで、女性には珍しいはずだけど……

 ちらりと先輩を見ると、彼は眉毛をひょいと持ち上げ、言った。


「思い当たる節があるだろう?」


 少しだけ考えて、はっとする。


「もしかして……電源ランプ、わかってなかった?」


 ゲームが壊れたかもしれないと疑った時、私たちは電源ランプを確認した。エラーを示す赤色を、アカネさんはわかっていないようだった。


「そうだね、他にもある」

「ぷよぷよ、ですか?」

「そう。彼女には難易度が高いゲームだね」


 テトリスは形を組み合わせるゲームだが、ぷよぷよは色を組み合わせるゲームだ。

 ぷよぷよはもはや国民的ゲームと言っても過言ではない、有名パズルゲームで、それなのに久世先輩がこのゲームを用意しなかったのは、彼がアカネさんの色覚異常について知っていたからなのだろう。

 ぷよぷよには赤と緑、両方のキャラがいる。二つの色が同じに見えるなら、判別するには……ぷよぷよの目つき、なのだろうか? それは……難しい、難しすぎる!


「アカネさんが和歌山くんに負けるなんて、変だと思ってたんです」


 私がぼそりと呟くと、先輩もうんうん、と同意する。


「そうさ、それくらいのハンデがない限り、竜が勝つなんて到底無理な話だ」

「ちょ、ちょっと! どういうことですか」


 突っ込んだ和歌山くんの肩に、ぽん、と毛利先輩の手が乗せられたところで、話を戻すことにする。


「じゃあ、あの、ホームに入るきっかけになったっていう、信号見間違えたのも、もしかして、そのせいですか?」


 言ってから、私は慌てて言いなおす。


「ああ、でも、生まれつきのはずだし、そのくらい、わかってますよね」


 ということは、やはり、不注意に過ぎないってことかな?

 そんなことを考えながら、ふと久世先輩の顔を見ると、彼は珍しくも困ったような表情をしていた。


「そうだよ、と言った方がいいんだとは思うんだけどね」


 何だか煮え切らない口調にイラっとして、「はっきり言ってください」と、先を促す。

 この場で事態を理解していないのは私一人なのだ。

 正直、早く、教えてほしい。


「症状は色覚異常と同じ。赤と緑が分かりにくい。ただ、遺伝子上の理由じゃない。彼女はね、赤色を『奪われた』んだ」

「…………どういうこと、ですか?」


 久世先輩は小さく息を吐いた後、和歌山くんを見る。彼がこくりと頷いたのを確認してから、急に真面目な顔になり、再び私に向き直る。


「アカネさんが男を『神様』と呼んだのには、理由がある。彼には不思議な力があったんだ。人からあるものを奪い、代わりに、望むものを与えられる力」


 おとぎ話のような話だ。

 だけど、冗談ですよね、なんて言えない、妙な気迫が感じられた。

 久世先輩は小さく息を吐くと、改まった声で言う。


「男はおそらく、アカネさんから赤と緑を奪った。彼女は自分の名前にあるように『赤』が好きだった。よりによって、彼はその色を奪った。――そして多分……彼女が望んだもの、死んでしまった夫との時間を、与えたんじゃないかって、思う」


 アカネさんの元気がなくなったのは、和歌山くんのおじいさん、つまり、彼女の夫が死んでしまったからだということは、以前、和歌山くんに聞いていた。


「じいちゃん、交通事故で死んだんだ。直前に、くだらないことでケンカしてたって聞いた。即死だったから、そのまま、逝っちゃったんだ。……ばあちゃん、きっと、じいちゃんと仲直りしたかったんだよ。神様のおかげでそれができた。それからも……うん、多分、ばあちゃんは今も時々、じいちゃんに会ってるんだと思う」


 和歌山くんは静かな口調で言ってから、小さく付け加える。


「それで良かったって、思うよ。色が見えなくなったとしても、それで」


 神様、を憎んではいない、彼の瞳はそう語っている。

 その穏やかな瞳を見て、ふと思う。

 アカネさんはどうして、彼に色が見えないことを話さなかったのだろう?

 それを和歌山くんが知っていたら、私たちが「ボルシチ」にたどり着くのはもっと早かったと思うのに。


「そっか、竜がそう思ってくれるなら、アカネさんも救われるね」


 私の疑問は、先輩のほっとしたような呟きに、かき消された。

 思い出したのだ。


――僕にも関わりが深い奴なんだ。三年前の、あの件、のね。彼に関わった仲間として、アカネさんの気持ちがわかるから、言わなかった。


 先輩の言葉から考えると、先輩もまた、『神様』に会い、何かを奪われ、そして、代わりに何かを与えられたということを。

 そしてその神様は、私の勘違いでなければ、きっと――


「美波ちゃん」


 先輩から声を掛けられ、はっとする。

 聞きたいことがたくさんあった。

 ありすぎて、何から聞いたらいいか、わからない。

 黙ったまま、先輩を見ると、彼は当然のように言った。


「さあ、ボルシチ、作ろうか」


   *


「…………え?」


 思わず、間の抜けた声が出た。

 ぽかんとしている私をおかしそうに見ると、先輩はおどけた表情で言う。


「アカネさんに食べさせたいんでしょ? あ、君が作らないなら、僕が作るけど」

「いやいやいや! 百瀬、作ってくれるよな!」


 焦った様子の和歌山くんにぐいと肩を掴まれて、私はとりあえずと頷く。


「あ、うん。私が……作る、けど」


 聞きたいことが。

 と、言葉を続ける暇もなく、和歌山くんからキッチンに引っ張られる。


「じゃあ、頑張って」


 先輩は、笑顔でひらひらと手を振っていた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ