ぷよぷよ
やがて、アカネさんたちが戻ってくると、私たちは、彼女の淹れてくれた紅茶と(一人は緑茶だけど)、チョコチップのスコーンを食べながら、お喋りを楽しんだ。そしてその後、前回と同じでゲームをすることになったのだけど……
「今日は、コードと一緒に、私のおすすめのゲームを持ってきたんです」
じゃーん、と自分で効果音を付けて、取り出したのは、「ぷよぷよ」である。私は一時期これにドハマりしていて、自分で言うのも何だが、かなりの腕前なのだ。
誰もが知っているこの有名なゲームだが、アカネさんが持っているソフトの中に、このゲームは見当たらなかった。(彼女が持っていたのは、一番得意だというテトリス、後は文字を合わせて言葉を作るようなゲームや、キャラクターを合わせて消していくゲームなどだ)パズルゲーム好きだというのに、ぷよぷよをやらないのはもったいない、ということで、私は今日、彼女にプレゼントしようと持ってきたのだ。
「ぷよ、ぷよ? 可愛らしいキャラクターねえ」
アカネさんはパッケージを見て、にっこりと微笑むと、嬉しそうに言う。
「ああ、確かに、ばあちゃん、やったことないなあ。俺が持ってくれば良かった」
申し訳なさそうに頭を掻く和歌山くんに、久世先輩が尋ねる。
「あれから、ラインナップって増えてないの?」
「そうなんです」
小さく頷いてから、私の視線に気づいたのだろう。
和歌山くんは決まりが悪そうに説明する。
「ゲームは元々、ばあちゃんの暇つぶしにって、久世先輩が持ってきてくれたんだ。ばあちゃん元々、クロスワードとかパズルが好きだったから、ソフトも一緒に選んできてくれて……それにばあちゃんがハマったってわけ。流石、先輩だよな」
久世先輩の、アカネさんを見る目は優しい。
それも、中二の時より前に、出会っているからなのだろうか?
「てか、俺、気が利かなさ過ぎたよな。ごめんな、ばあちゃん」
ぺこりと頭を下げる和歌山くんに、アカネさんは優しく言う。
「いえいえ、たくさん遊び相手になってくれたじゃない。それに私は、色々な物に手を出すより、一つのことを突き詰めるタイプよ」
アカネさんはにっこり笑うと、私に視線を向けた。
「今日からこの……ぷよぷよを突き詰めるわ。ありがとう、美波ちゃん」
「毛利! お前、読んでたのか?」
「久世の思考回路は熟知してるからね……って、それでも、うまいね」
「思考回路わかってるのは、こっちも同じだからね。ほら、次、行くよ」
「そっか、そうだよな」
「…………はは、毛利、最後に何か言いたいことはあるか?」
「負けた」
「そうだね。って、ちょっとは悔しがれよ」
私と和歌山くん、そしてアカネさんが見届けたのは、久世先輩と毛利先輩の白熱した攻防戦だった。連鎖、連鎖、連鎖のラッシュ。一時間にも及ぶ長期戦の末、結局、勝ったのは、久世先輩だ。
「忍ちゃんも、良治ちゃんも、すごいわねえ。私には、何が何だかわからないわ。もう歳だから、仕方ないのかしら」
「ばあちゃん、大丈夫。歳のせいじゃないから。俺にもわからないし」
「…………二人とも、何者なの?」
正直、ぷよぷよに関しては、この中の誰よりもうまい自信があった。
いつも余裕綽々の久世先輩を、今日ばかりはぎゃふんと言わせられるのだと、内心でほくそ笑んでいた。それなのに、第一回、倶楽部・シリウス+アカネさんの、大ぷよぷよ大会で、私は二位の毛利先輩に圧倒的な差を付けられて、三位、である。当然、一位の久世先輩には、到底及ばない。
そして、意外だったのは、四位の和歌山くん……少し、いや、かなりお馬鹿さんで、戦略も何もなく、ぷよぷよを消していくだけの彼に、アカネさんが負けてしまったことだ。ルールを説明し、数回の練習の末、彼女はトーナメント戦に参戦したのだけど、彼女は開戦と同時にあっという間に負けてしまった。彼女の、テトリスの対戦で見せつけられたあの頭脳を考えれば、いくら初心者とはいえ、和歌山くんには勝っても良さそうだと思ったが、やはり、自分でも言っていたように、あれこれ違うゲームをするのは苦手なのだろうか?
「じゃあ、勝者の久世先輩、何か、俺たちにやってほしいことはありますか?」
和歌山くんが勿体ぶった口調で言うと、毛利先輩は少しだけ考えるような素振りを見せた後、じっと私を、そしてそれから、和歌山くんを見て、言った。
「うーん、じゃあそれは、また明日、部活の時間にでも」
久世先輩は笑っていた。その笑顔はただただ綺麗で、爽やかなのに、何だか背筋がぞっとしてしまった。
*
「竜、それから、美波ちゃん、君たちが僕に隠れてこそこそ探ってたことを、白状してもらおうか?」
次の日の放課後、私が杏仁豆腐を作って、席に運んだタイミングで、久世先輩はにっこり笑ってそう言った。
「探ってたって……別に、悪いことしてたわけじゃありませんよ」
私が言うと、和歌山くんがコクコク、と大きく頷く。
「そうです! 悪だくみじゃないです。ばあちゃんのことなんですから!」
あ、言っちゃった。
「ばあちゃんのこと? じゃあ、何を調べてたの?」
その失言に先輩が突っ込まないわけなく、和歌山くんはたじろぎながら、助けを求めるように私を見た。
「アカネさんが昔食べた『ビーフシチュー』を再現したかったんです」
さらりと言ってしまったのは、隠すことに、もはや意味がなかったからだ。
和歌山くんがこれを隠したがっていたのは、久世先輩が、アカネさんに手作り料理を食べさせようとする可能性が高かったからだ。だけど結局、アカネさんの食べたビーフシチューのレシピはわからなかったわけだし、そもそもわかったとしても、私が言えば、彼も自ら作ろうとは思うまい。
私の堂々とした態度を見て、それを察したのだろう、和歌山くんは「そっか」と言いたげに、こくりと頷いた。
「そうです! ばあちゃんが昔、『神様』と会った時、ご馳走してもらったっていう料理です。何だか甘くて酸っぱくて、普通のビーフシチューとは違ったらしくて……随分懐かしがって、食べたがってるから」
和歌山くんが前のめりで言うのを聞いてから、久世先輩は優雅な仕草で、顎に手をやった。
「ふーん、それで、そのレシピを調べてた、と」
「はい、そうです」
「どうして、僕に聞かなかったの?」
「…………えーっと」
「私の方が料理上手だからですよ」
助け船を出すと、和歌山くんの顔がぱっと明るくなった。
「そ、そうです。先輩の料理も、複雑で奥深い味がしますけど、百瀬の作る料理には、ほらっ! さすがにかなわないですし」
「まあ、確かに、そうだよね」
先輩はそう言って、ガラス製の特大ボールに入った(いちいちお代わりを作るのが面倒だから、彼だけ別容器だ) 杏仁豆腐をスプーンで一口掬って、口に入れた。
味わうように瞳を閉じ、ゆっくり嚥下した後、唇を舌でぺろりとなめとって、小さく笑う。
「こんなに美味しく作れるのは、美波ちゃんだけだ」
納得してくれたのはありがたいけど……何だか照れる。
「そう、それで、百瀬だけでも大丈夫かなって、思ったんです。先輩の手を煩わせるまでもないかって……」
和歌山くんの言葉に「そっか」と頷くと、先輩は笑顔で言う。
「それで? 二人で色々調べたんだろ? アカネさん、何だって?」
「あ、ああ……えーっと、入ってる具材は普通のビーフシチューでした。味はやっぱり、甘くて酸っぱいって言ってて、後は、一緒に食べたデザートも美味しかったって。だったよな?」
視線を向けられて、私は「うん」と頷くと、
「それからーー」
アカネさんが教えてくれたことを、なるべく詳しく先輩に話すことにした。
彼なら、アカネさんのいうビーフシチューのレシピがわかるのではないかと、少しだけ、期待していた。
悔しいが、先輩の知識は、私のそれを遥かに上回る。
料理は下手らしいけど、彼がレシピを突き止めたら、その通りに私が作れば問題ないだろう。
先輩はうん、うん、とうまい具合に相槌を打って私の話を聞いた後、にっこり笑顔で、私を見た。
「美波ちゃん、わからないの?」
「わかり、ません」
正直に答えると、先輩はどこか含みのある顔で言う。
「これだけの情報があれば、君ならわかるはずたけど」
「…………」
黙り込んだ私をおかしそうに見つめると、先輩は顎に手をやり、にこっと笑った。
「そっか、じゃあ、ヒントをあげよう」




