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名探偵は謎解きよりもスイーツをご所望です!  作者: 古浜夕
見かけだけなく、中身も可愛いのだ
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アカネさん

「ふーん、そう。裁縫なら毛利も得意だけど、ねえ」


 何だか含みのあるあ先輩の笑顔は少し気になるけど、内容のインパクトが全てをかき消した。


「毛利先輩、縫物するんですか!」

「ん? ああ……割と好きだよ。そこのクッションカバーとか、俺が作った」


 モスグリーンのソファーによく合う、深いブラウンのクッションカバーは繊細な刺繍と、四隅についたタッセルがオシャレなセンスある一品で、これが手作りだなんて思いもしなかった。


「す、素敵! ぜひ私にも、教えてくださ……」


 と、まで言ってから、コホンと、咳をする。


「今度、今度、教えてください。課題の件はもう、和歌山くんのおばあちゃんに頼んでるので」

「ふうん、そっかあ」

「いいよ。型紙コピーしとく」


 にこにこと笑う久世先輩と、淡々と言う毛利先輩。


「先輩、ありがとうございます!」


 ということで、事前準備はしっかり整ったのであった。


   *


 週末、和歌山くんが連れてきてくれた老人ホームは、学校からそう遠くない、綺麗なマンション風の建物だった。


「まあ、まあ、いらっしゃい! 女の子が遊びに来てくれるなんて、初めてよ! 可愛いわあ、可愛いわあ」


 施設の人に挨拶して、「和歌山アカネ」と書かれた部屋を訪れると、若い頃はさぞかし美人だったろう、と思わせる、目鼻立ちのはっきりしたおばあさんがいた。ぱっと花咲くような笑顔にほっとして、私も思わず笑顔になる。


「あの、こんにちは。突然、お邪魔して、すみません。和歌山さんって、お呼びしてもいいですか?」

「もちろん、いえ、アカネでいいわ。それにしても、礼儀正しいのねえ。可愛いし、礼儀正しいし、素敵じゃない」


 彼女はそっと私の手を取ると、にっこりして言う。


「ねえ、あなた、本当は竜ちゃんの彼女なんじゃない? そうだったら、嬉しいわあ」

「…………いえ、」

「違う! こいつは友達!」


 私の声を遮るように叫んだのは、和歌山くんだ。

 そんなに否定しなくても、と苦笑いしていると、彼は躊躇いがちに、付け加える。


「久世先輩たちも知ってる奴だし、その……信用のおける、友達だよ」

「…………!」


 何だか感動してしまって、じーっと彼を見つめていると、


「な、なんだよ」


 つん、とそっぽを向かれてしまう。

 が、彼の耳たぶは、真っ赤である。

 やっぱり、可愛い。

 最初の頃の反感はどこへやら、最近は何をされても可愛く見えてしまう。

 彼女がいたら、こういう感じなのかもしれない。


「で、すごく料理が上手なの。だからこいつに、例のビーフシチュー食べた時のこと、喋ってくれよ」

 諭すように言う和歌山くんに、おばあさんはにこやかにこう言った。

「料理上手な恋人って、素敵よ。竜ちゃん、頑張ってね」


   *


「あの時の私、気持ちが沈んでたし、体の具合も悪かったでしょう? 『神様』はね、そんな私を心配して、家に招いて、お昼をご馳走してくれたのよ。すごく美味しくて、元気がでたの」


 おばあさんは当時を懐かしむように目を細めて、ゆっくりとそう語り始めた。

 神様、という単語は気になるが、今の問題はそれではない。

 私は小さく頷いて、彼女に質問する。


「その、失礼だったらすみません。どんな風に、具合がわるかったんですか?」


 そう聞いたのは、もしかすると、具合のせいで、ただのビーフシチューが「すっぱく」感じられたのかもしれない、と考えたからだ。病気によっては、舌に影響が出て、味覚障害を引き起こすものもある。


「別に大げさなものじゃないわ。病は気からって言うでしょ? 気持ちの落ち込みが、体に出てただけなの」


 苦笑しながらおばあちゃんがそう言うと、和歌山くんが無邪気に口を挟む。


「トイレ関連で、すっごく悩んでたよな。便秘とか、あと、小の方も、全部出しても違和感あるって言ってたっけ?」


 デリカシーなさすぎ……っていうか、やっぱり馬鹿だよね、和歌山くん。


「竜」


 案の定、おばあさんからにっこり笑顔で「やめろ」と制されて、和歌山くんはコクコクと無言で頷いた。


「汚い話して、ごめんなさいね。竜の言う通り、便秘と、あと、膀胱炎に悩まされていたの」

「そうですか、ありがとうございます」


 とりあえず、味覚に影響するような病ではないということか。


「では、料理ですが……具材は、何が入っていました?」

「まず、牛肉ね。それから玉ねぎ、あとはニンジンにジャガイモ、トマトとキャベツも入っていたかかしら? あとはそうね……わからないわ。ごめんなさい」


 キャベツは珍しいが、それ以外は別に、よくあるビーフシチューの具である。

 トマトがすっぱいのかな? ハッシュドビーフみたいな感じ、とか?


「酸っぱくて、さっぱりして、美味しかったのよねえ」


 おばあちゃんはふんわり微笑んでから、思い出したように言う。


「デザートには、何かの果実の砂糖漬けだったわ。これも酸っぱくて、甘くて、美味しかった。このくらいの大きさのものよ」


 親指と中指で作られた「C」の字から考えるに、食べやすい小さなサイズのデザートだったのだろう。砂糖漬けにされる果物は、砂糖をつける面積を大きくするため、小さく切られることが多いし、使う果物も、そもそも柑橘系などの酸っぱいものが多い。

 よくあるデザートだし、手掛かりにはならなさそうだ。


「そう、ですか」


 呟いた私を、和歌山くんが覗き込む。


「何か、わかりそうか?」

「……ご、ごめん。よくわからない」


 私が謝ると、和歌山くんは苦笑して「仕方ないよ」と笑う。

 そんな私たちを見て、おばあさんが言った。


「そうよ、ちゃんと覚えてない私が悪いんだから、気にしないで。ねえ、それより、せっかく来たんだし、今から私と、ゲームしない?」


   *


「百瀬、横だって。ほらもう、早くっ!」

「えー、あ、あ、あ、やばいっ! 詰んだ~」

「ふふっ、これで私の七連勝ね」


 得意げに微笑むおばあちゃんは、コントローラを手に持って、テレビ画面を凝視している。

 ゲーム、と言われた時、老人の言う「ゲーム」だからと、カードゲームやボードゲームを想像していたのだが、彼女が持ってきたのは、私たちも想像するゲーム、テレビゲームだった。 

アカネさんはテレビゲームが大好き(機種は大分古くて、私が幼い頃遊んでいたものだけれど、むしろ懐かしくていい感じだ)、得意なのはパズルゲーム、中でもテトリスは誰にも負けたことがないのだという。


「本当に、強いですね」

「ばあちゃん、どうしてそんなに強いんだよ」

「秘密、よ」


 若さゆえ、動体視力とか判断力は勝っているはずなのに……戦略の差だろうか? まさに、亀の甲より年の功と言ったところだ。

 結局、和歌山くんと私、八戦ずつやって、八戦ずつ負けた。

 つまり、おばあちゃんが十六勝したというわけだけど、そのタイミングで、画面が突然暗転した。


「えっ!」

「あらまあ」


 アカネさんは慌てた様子で、コントローラーを弄ったり、カセットを出し入れしたり、試行錯誤を繰り返した後、


「どうしたものかしら」


 と困り顔で呟いた。


「これ、電源のコードがいかれてるんじゃないか? ライトの色、変じゃん」


 和歌山くんの言う通り、確かに、電源が付いていることを示す小さなライトが、正常な時の緑色ではなく、異常を表す赤いものになっている。


「そう、なの? もう、ゲームできなくなっちゃったのかしら?」


 理解ができないようで、首を傾げるおばあちゃんに、和歌山くんは苦々しい顔で呟いた。


「うーん。買い替えるしかないと思うけど……古いものだし、売ってるかなあ?」

「大丈夫ですよ」


 私は優しくそう言うと、アカネさんに向かって、にっこりと笑いかける。


「私が持ってきます。昔、遊んでたのが家にあるから」

「……そんな……申し訳ないわ」

「そうだよ。百瀬がゲームできなくなるじゃんか」

「いいよ。元々遊んでなかったし」


 この機種で遊ぶのは、十年ぶりくらいだ。

 押し入れで眠っているゲーム機も、使ってあげた方が喜ぶに違いない。


「来週でいいですか? 持ってきます」


 私が言うと、アカネさんは「ありがとう」と、嬉しそうに笑った。


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