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名探偵は謎解きよりもスイーツをご所望です!  作者: 古浜夕
見かけだけなく、中身も可愛いのだ
16/52

おばあちゃんのこと

「久世先輩も、あの、リリ、タン? っていうの、本当に好きなのか?」


 素直に私の後に付き従いながら、和歌山くんは不思議そうにそう尋ねた。

 そのきょとんとした顔は愛らしいけど、ちょっと頭が悪すぎる。


「知らないけど、別に好きじゃないと思う」


 何だかどっと疲れてしまって、私は、はあ、と私は大きくため息を付いた。


「じゃあ、何で?」

「……虎の威を、借りたのよ」

「とらのい?」


 ああ、馬鹿すぎて、何だかいっそ、可愛いく思えてきたかも。


「つまり、先輩の好きなもんなら、文句言えないでしょ! っていうこと」

「…………」

「横尾くん、強いものには媚びを売るタイプなの。だけど彼、スクールカーストのかなり上の方にいるから、ほとんど誰に対しても強気でさ。でも、久世先輩なら、トップもトップだから」


 多分、久世先輩は事実、この学校のスクールカーストの頂点だ。

 先輩は悪評も多いけど、そのほとんどは、やっかみとか、憧れが転じた負の感情だったりする、というのは最近悟ったこと。


「正々堂々としてないって思ってるかもだけど、丸く収まってはいるから、問題ないでしょ? 田中くんも、もうきっと、何にも言われないよ」


 リリアたんの価値自体が、きっと今、急上昇しているだろう。

 明日にはピンクノートの生徒が倍増している可能性もある。


「…………う」

「え、何?」


 ぼそりと言われて、振り向くと、和歌山くんの頬が、赤く染まっていた。


「ありがとうって、言ったんだよっ!」


 潤んだ大きな瞳で、上目遣いに見つめられると、


「……可愛い」


 思わず本音が声に出た。


「は?」

「う、ううん。でも、何でいきなり?」


 彼はぷいと顔を逸らし、


「だ、だってさ、フォローしてくれたんだろ? あのままじゃ、俺、あいつとケンカになってたし、それでも、田中って奴の状況は変わらなかったろうし。……馬鹿だよな、俺。ろくに考えもせず、出しゃばっちゃって」


 まあ確かに、いくら和歌山くんが庇っても、田中くんへのあたりはキツイままだった可能性は高いけど……


「でも、立派だと思うよ。私はあんな風には庇えないもん」


 私も田中くんのことは可哀想だと思っていた。

 だけど、所詮、他人だ。

 我が身を考えたら、庇おうなんて気になれなかった。


「でも、庇ってくれたじゃん」

「それは、和歌山くんが庇ってるの、見たからだよ。えらいなあって尊敬したし、その通りだって思った。誰が何を信じるかなんて、人に迷惑かけない限り、本人の自由だもん。だから、私も何かしたくなったの」


 思わず苦笑する。

 がむしゃらにやってみた結果、田中くんもフォローできたってだけだ。


「……え、えらくなんか」


 恥ずかしそうにもじもじする和歌山くんが可愛くて、


「えらいよ」


 と笑うと、


「俺は、田中って奴に、自分を重ねちゃっただけだ」


 彼はぼそりとそう言った。


「田中くんに?」


 地味でちょっと太めで冴えない感じの田中くんに、この完璧美少女顔できらっきらしてる、和歌山くんが?


「……俺も昔、信じたいものを信じて、人に馬鹿にされてたからさ」


   *


「そういえば、無塩バター、あと少ししかなかったかも」


 そう言って、彼を買い出しに誘ったのは、もう少し二人で話してみたかったからだった。

 先程の一件で、和歌山くんは少しだけ、私に心を許してくれている。

 必要以上に深く入り込みたい、と望むわけではないけれど、純粋に仲良くなりたいと思った。彼のことをえらいと思ったのは、本当のことだから。


 スーパーまでの道のりを二人で並んで歩きながら、ぼそぼそと会話する。


「俺が小学生の時、ばあちゃんが、神様と会ったって言い始めたんだ」

「へ?」


 間抜けな声を出した私を見て、和歌山くんはふっと笑った。


「何かの新興宗教に入団したとかじゃない。ただ、どっかの公園で会って、仲良くなって、家でご飯をご馳走になったんだって。それから、別人みたいになっちゃったんだ」


 曖昧な言い方でぼかされているが、それはつまり、金を使い込んだとか、むやみやたらに信者を勧誘しようとしたとか、そういうことだろうか?

 どうコメントしたら良いか、難しい話である。

 真顔で沈黙していた私を覗き込むように見ると、和歌山くんはそのままの声で続ける。


「別に、お前が思ってるようなことじゃない。早起きして散歩したり、家の前の通りをきれいに掃除するようになったり、栄養バランスきっちりしたご飯作るようになったりしただけ」

「それって……いいこと、じゃない?」


 確かに、想像とはまるきり逆だ。


「うん、ばあちゃん、それまで、鬱っぽくなって、ずっと家に引き籠ってたんだ。じいちゃんが死んじゃって、塞いでたの。だけど、『神様』に会ってから、明るくなった。良いことしかないよ。だけど……」


 一旦言葉を切ってから、和歌山くんは言う。


「周りはいきなりシャキシャキしだした、変なばあさんだって言うようになった。多分『明るくなったね』って言われた時、正直に、『神様のおかげ』って言ってたせいだと思うけど」 

「…………」

「変な教えも確かにあったよ。何かさ、『人型の食べ物には心が宿ってるから、食べちゃダメだ』とか言ってたし。だけど、それを人に押し付けたりはしてないよ。俺は……ちょっと、食べられなくなったけど、俺だけだと思うし。そもそもそんなに、困んないし」


 ジンジャーマンクッキーを作った時、久世先輩が言ってたのは、このことだろうか?


「人型の食べ物ってあんまりないもんね」

「うん。クリスマスの時のクッキーと、ケーキの上にのってる人形くらい」

「ジンジャーマンクッキーと、マジパンの人形ね」


 まあ、確かにそれならどちらも、食べる機会は多くない。


「うん。とにかく、ばあちゃんは、人に迷惑をかけるようなことはしてない。通りを掃除するのとか、むしろ良いことだろ?」

「うん」

「だけど、変人扱いだ。懐いている孫の俺も、おかしな奴って言われた。俺はばあちゃんがただ、好きなだけなのに」


 しんみりと、和歌山くんは言う。

 田中くんの話と、似ているようで、重みが全然違う。

 この話を田中くんが聞いたら、恐縮するのではないだろうか?


 スーパーに到着。バターを一つ掴んで、レジで支払いを済ませる。

 買い物完了、後は部室に帰るだけだ。

 帰り道をしばらく無言で歩いた後、私はぼそりと言う。


「和歌山くんがそう言ってくれて、おばあちゃんは、すごく嬉しいと思うよ」


 和歌山くんは嬉しそうに頷いた。


「忙しかった両親の代わりに、ばあちゃんが、俺を育ててくれたんだ」

「そっか。いいなあ。今も仲良しなの?」


 そう尋ねた瞬間、彼の笑顔が固まって、しまった、と思った。

 おばあちゃん、というなら、もう高齢のはず。「今」を聞くのは、軽率だった、かもしれない。


「ご、ごめん、ね」

「違う、違う!」


 謝った私に彼は慌ててそう言うと、


「ばあちゃん、今も元気だよ。老人ホームにいるけど、相変わらずシャキシャキしてる。ただ、この前言われたこと、思い出しちゃって」


 気まずそうに頬をぽりぽり掻く和歌山くんを見ながら、


「この前、言われたこと?」


 彼の言葉を繰り返す。


「ああ」


  和歌山くんは小さく頷いてから、はっとしたように私を見る。


「百瀬って、お菓子作るの、うまいよな!」

「ええ? あ、ありがとう」

「料理も、作れる?」

「う、うん。一応ね」

「お菓子くらい、得意?」

「えーっと、お菓子よりは、料理の方が得意だよ」

 

 上達するまで半年かかったお菓子よりは、はるかに。

 と、笑うと、和歌山くんはガッツポーズした。



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