リリアたん
「今日のおやつは、要望通り、アイス三種盛です」
今日、先輩にリクエストされたのは、アイスクリーム。
ここ数日、少し肌寒くなってきたからと、部室にはホットカーペットとこたつが導入された。全く持って快適なこの部屋で、暖かさを満喫しながら、冷たいスイーツが食べたいという、贅沢な要望にお応えしたのだ。
味は、ラムレーズンと、他は何でもいいということだったから、定番のバニラと、毛利先輩が好きかなーと思って、抹茶にした。ちなみに、毛利先輩のだけ、あんこと白玉を添えて、黒蜜きな粉をかけ、和スイーツな感じにしてある。
「うーん、最高! 夏の暑いときに食べるアイスもいいけど、寒いときに、あったかいおこたの中で食べるアイスが至高だよねえ。ラムの効き具合と、甘ぁいレーズンがマッチして、すごくおいしいよ」
「良かったです。あの……毛利先輩、お口に合いますか?」
「うん、美味しい。俺のだけ、別口で作るの、大変だったでしょ? 美波さん、ありがとうね」
「い、いえっ!」
「大丈夫、僕もそっち、食べるから。美波ちゃん、その和風のも、僕にもお願いね」
「……はい」
こんな風な会話も、もう大分慣れてきた。
久世先輩の大食いっぷりにも、もう驚くこともない。
「竜、どう? 美味しい? 美味しいものもらった時は、どう言うかわかるよね?」
先輩から笑顔を向けられた和歌山くんが、どんな態度を取るかも、もちろんわかっている、
「……うまい、です」
ぼそりと言ってから、くるりと私の方を向いて、悔しそうな顔で、だけど丁寧に、深々と頭を下げるのだ。
「美味しいスイーツ作ってくれて、ありがとうございました! 疑って、すみません!」
*
しかし、謝られた翌日、和歌山くんが凝りもせず、疑いの目を向けてくるのも、またいつものこと。
律儀に教室まで迎えに来てくれた和歌山くんに、
「ごめん、和歌山くん、今日は買い出し、行かなくてもいいの。今日作る紅茶のシフォンケーキ、今あるもので足りるから」
そう声を掛けた時だった。
「お前、いい加減、キモイんだよっ!」
罵声と共に、ガタン、と大きな音がする。
恐る恐る、後ろを見ると、クラスメイトの横尾くんが、同じくクラスメイトの田中くんの椅子を蹴り飛ばしていた。
「目に入るたび、イライラする。それ、やめてくんない?」
横尾くんが吐き捨てるように言って、視線を向けたのは、田中くんが腕に抱いているショッキングピンクの鞄だ。彼の机に乗っているノートも、同じく、目がチカチカするようなピンク色。
田中くんは地味目の男子だが、身の回りの物をピンク色で揃えていて、それが横尾くんの勘に触っている、のだと思う。
ちなみに横尾くんはお調子者というか何というか……強者に媚びて、弱者に強い、私は結構嫌な奴だと思うのだけど、バスケ部エースという実力と、顔が良いのもあって、かなりの人気者で、クラスでは中心的存在だ。
「あいつ、あの色が好きなのか? で、あいつは嫌いなのか?」
怪訝そうに眉を顰めて、和歌山くんが聞いてくる。
「色がどうのこうのっていうか……それよりも」
私が言いかけたタイミングで、
「だって、リリアたんとお揃いにしてると、リリアたんがパワーをくれる。やる気がでるんだっ!」
田中くんが、教室中に響き渡るような大声で叫んだ。
「だから、それがキモイの! お前がピンク使ってるだけでキモイのに、その理由が幼児アニメだっていうのがおぞましすぎるんだよっ!」
「………………」
頭の上にクエスチョンマークを浮かべた和歌山くんに、耳元でこそこそと説明する。
「田中くん、今、小学生女児の間で流行ってる、マジカルリリアっていう魔法少女アニメが好きらしいの。で、主人公の女の子、リリアちゃんが、ピンク大好きってキャラらしくてさ、彼、リリアちゃんを崇拝して、同じようにピンクのもの持ち歩いてるの。田中くん、それ始めてから、めちゃくちゃ成績伸びてるっぽくて、ますますピンクグッズ増やしてるんだけど、横尾くんはそれがキモイってお怒りなの」
前々から、グチグチ言っていたのは聞いていたが、乱暴しているのは初めて見た。
「理解はできないが、別に、横尾って奴に迷惑かけてるわけじゃないじゃんか」
和歌山くんの言う通り、田中くんの持ち物は確かに目立つが、誰にも迷惑はかけていない。リリアちゃんの件も、友達にたまたま聞かれたから、正直に答えただけで、別に他人に押し付けていたわけでもない。
「うん。……多分、横尾くん、虫の居所が悪いんだよ」
噂によると、最近バスケ部の試合は連敗続きらしい。
そのイライラを、理不尽にも田中くんにぶつけているのだろう。
「ふうん」
和歌山くんは不機嫌そうに言ってから、スタスタと歩き始める。
横尾くんを止めるつもりだろうか?
和歌山くんの行動は正しい、と思いながらも、背中を押す気にはなれない。
横尾くんはバスケ部エースなだけあって、腕っぷしが強いし、華奢な和歌山くんは力では敵わないだろう。口で言ったとしても、横尾くんと和歌山くんの人気はおそらく同等で、だから、横尾くんが和歌山くんに従うとは思えない。
「待って」
しかし、引き留める私の声も聞かずに、和歌山くんは田中くんの前に立ちふさがった。
「……和歌山? 何?」
驚いたように言いながらも、強気な態度を崩さない横尾くん。
和歌山くんとは決して仲が良いわけではないが、理不尽に立ち向かい、弱き人を庇える心持は素晴らしいと思う。殴り飛ばされるのは見たくないし、私にできるのは、彼が穏便にことを運ぶのを願うくらい……
「お前、他人のこと、いちいち気にするほど、暇人なの?」
言い方、言い方!
「こいつが何を好きで、何を信じていようと、お前には関係ないだろ? 何か迷惑かけてるなら問題だけど、何にもないらしいじゃん。口出す権利ないだろ?」
「…………っ」
ぷちん、と横尾くんの何かが切れる音が聞こえた気がした。
「この、お前っ――」
「わあーーーっ!」
何この大声、と思ったのが、自分の声だと気付くまで、数秒かかった。
「…………」
「…………」
不機嫌そうな横尾くんと、呆気に取られたような和歌山くんの他、全てのクラスメイトが、私を見ている。たらり、と冷や汗が垂れた。
「……あ、あの」
掠れた声で言いながら、ぎこちない笑顔を顔中に張り付ける。
こうなったら、もう、やけだ。
和歌山くんの隣まで、速足で歩み寄ると、パンと、彼の肩を叩く。
「もーっ! ダメだよ、わかちゃん!」
「……は? わかちゃん?」
「うん、わかちゃん! 久世先輩信者のあなたからしたら、先輩が好きなリリアたんがキモイって言われるの、許せないんだろうけど、横尾くんは、先輩のこと言ってるわけじゃないんだから、ねっ!」
「……は?」
もう一度、呟いた和歌山くんはわけがわからない、とばかりにぽかんとしていたが、向かい合った横尾くんは、焦ったように私を見た。
「え、久世、先輩が?」
「そうそう。幼児向けだけど、よく見てみると、意外と深くて感動するんだって。『君も見て見なよ』って、毎日言われてるんだ」
「そう、なのか」
「さすがリリアたん!」
空気を読まずに叫んだ田中くんを、思わず睨みつけてしまう。
「私も見てみようかな」
「リリアたんトークで、お近づきになれるってことだよね」
「ピンクコーデ、やってみるか」
私は和歌山くんの手を引っ張ると、ざわつき始めた教室を、そそくさと抜け出したのであった。




