美少女、ではない、和歌山くん
「ねえねえ、美波。これ、久世先輩に渡しといて!」
「美波、これも、私からって伝えてね」
「久世先輩のために、わざわざ並んで買ってきたのよ」
倶楽部・シリウスに入部してから一週間、終礼が終わった瞬間、周囲に集まってきたクラスの女子たちに愛想笑いで対応するのが、毎日のルーティーンになってしまった。
「はい、はい、了解。きちんと責任もって、お預かりしまーす」
てきぱきと「貢物」を受け取るのも、もう慣れたものだ。
「そういえば、先輩、週末のお昼、駅前に新しくできたカフェに一緒に行ってくれる子、募集してるって言ってたよ」
「キャー! 私、立候補するっ」
「私も、私も、行きたい!」
「だめ、先輩のお供をするのは私よ!」
目の色が変わった女子たちの希薄に圧倒されながらも、私は「じゃあ、順番に、名前と連絡先、言ってください」と、彼女たちの情報を淡々とメモしていく。
倶楽部に入ると決めたのは、周りからの勧められたからだけど、実は内心、不安だった。あの時はその場の勢いで、皆は「入った方がいい」と言ったけど、実際に入部したら、羨ましいと、嫉妬されるのではないかと危惧したのだ。
どんな経緯あれ、彼の部活に誘われ、所属すること、それは彼の特別になるということに他ならないから。
だけど、心配は杞憂に過ぎなかった。
先輩に憧れる女子たちは、私を全く羨ましいとは思っていない。
二人きりの時は戯れに口説いてくる先輩だけど、皆の前では、単なる後輩女子として、一歩引いた態度を貫いている。
これで私が彼に恋する女の子だったら、二人だけの時は口説くのに、他の女にもいい顔して! なんて文句を言うかもしれないが、私はそんなことは思わない、どころか、先輩をかなり、見直していた。
私を通せば、先輩とコンタクトが取れる。つまり、私は先輩への架け橋として、彼に憧れる女子にとって、ありがたい存在になったというわけで、私は、私が理想とする、女子の中での揺るがないポジションを手に入れたのだ。
これは、先輩なりの「友情」なのかもしれない。
だから、そんなことを思う。
女の子への扱いはひどいものだけど、先輩が意外にも友情には熱い男だということは、先日の結城君の一件でわかっている。私は彼の恋愛相手にはなりたくないが、お友達にならなりたいと、あの時思ったのだ。
一週間、リクエストに応えて、お菓子を作り続けた私に、彼も少しは感謝してくれているようだし、友情も芽生え始めているのかも……と、実は、期待している。
私は周囲を気にする性格で、それを彼も知っている(入部の際には利用したくらいだ。知らないとは言わせない)。自分の存在の価値も十分わかっているだろうから、女子の中での私の立場を悪くしないために、きちんと考慮してくれているのだろう。
できれば、二人きりの時も口説くようなことは言わないでほしいのが本音だが(冗談だとわかっていても、心臓に悪い!)、女子にいい顔するのは、彼のくせみたいなものなので、仕方がないのかもしれない。
従順にお菓子を作っていれば、彼は私を悪いようにはしない。
それがわかった今、先輩は私にとって、そこまで面倒な存在ではなくなった。
部室は快適だし、毛利先輩はむしろ大好きだ。
だけど、問題がないかと言われれば、一つだけ、ある。
「皆のことは、先輩に伝えとくね。連絡は直接行くと思うから」
にこりと笑顔で言ってから、教室を出て、いそいそと部室に向かっていると、
「おい」
立ちはだかるように向かいに仁王立ちした一人の美少女……ではなく、
「和歌山くん、どうしたの?」
女の子と見間違うくらい、美人な男の子。
「買い出しに付き合えって言われてる」
ぼそりと言うと、彼は睨みつけるように私を見る。
窓から入る西日にあたってきらきらと輝く大きな瞳、赤茶けた髪の毛は毛先がくるりとカールしていて、実に愛らしい。
可愛い女の子に睨まれて喜ぶ男子の気持ちが少しわかるかも……って、女の子じゃなかった。なんて思っていると、
「おい」
「あ、うん。ありがとう」
にへらと笑っても、彼は少しも表情を緩めない。
「別に……俺は、お前が変なものを入れないか、見張りに行くんだからな」
そう、問題とは、和歌山くんが私を嫌っていることだ。
*
「それは何だ?」
「生クリームだよ」
「それは?」
「ラム酒。料理用だから、未成年でも買えるよ」
「それは?」
「レーズン! 見てわかるでしょ!」
部活の前に、近所のスーパーに買い出しに行くのが、ここ数日の私の日課なのだが(前の日に先輩からリクエストを受けて、その日、足りないものを買いに行くのだ)、それに毎回、和歌山くんがついてくる。
人の好き嫌いは自由だし、彼が私をただ嫌っている分には問題ないが、いちいち突っかかれるのは面倒だ。正直、邪魔でしかないし、ついてこないでほしいのだけど、
「あんな道を女の子一人で行かせるなんて!」
と先輩が妙なフェミニストっぷりを発揮して、必ず付き添わせるからたまらない。
「あのさ、こんなスーパーに、毒性のあるものなんて売ってるはずないでしょ?」
どうしてだか知らないが、彼は私が、先輩に「変な物」を食べさせないかと心配しているらしい。
クッキー焦がしちゃったとか、砂糖と塩間違えた、とかならわかるけど、わざと異物混入させて害するとか、どこのスパイだよ、私。
「…………そうだけど、俺が見張ってなかったら、先輩が嫌いなピーマンとかニンジンとか買うかもしれない」
「先輩、ピーマンとニンジン、嫌いなの? 子供舌だねえ」
呆れながらそう言うと、
「先輩を馬鹿にするな!」
と、怒られた。
イエスマンすぎる彼からすれば、時に先輩に反抗する私は「敵」として認識すべき存在なのかもしれないけど、わざわざ害してやろうなんて考えるような、邪悪な女に見られるほどのふるまいをした覚えはない。
はあ、と大きなため息を一つ。
「ねえ、私のこと、どうしてそんなに疑ってるの?」
和歌山くんは私をじっと見た後、
「先輩が、執着してるから」
ぼそりとそう言った。
「は?」
わけがわからず首を傾げると、和歌山くんはため息交じりに呟く。
「先輩が、お前なんかに執着するのはおかしい。あの人はもう、そういう気持ちを捨てたんだから。……お前を部活に迎え入れた時、何かの気まぐれかと思ったのに、一週間たっても、大事にしてる。お前が、何かしたとしか……思えない」
ぼそぼそと言われた言葉は、一応、全部聞き取れたけど、正直、さっぱりだ。
執着って、そういう気持ちって、何?
大事にしてるって?
私が何したって、どういうこと?
しばらく悶々と考えた後、
「つまり、可愛い後輩の座を奪われないか、心配ってこと?」
私が出したのは、こういう結論だった。
和歌山くんは、大好きな久世先輩のお気に入り一年生が私になるのではないかとひやひやしている。
つまり、やきもちだ。
「大丈夫、大丈夫。傍から見ててわかるけど、先輩、私よりずーっと、和歌山くんの方が好きだから」
これは私の本音だ。
先輩の中の優先順位は明らかで、一番大事にしてるのが友達、和歌山くん(後輩だけど)や毛利先輩、結城くんもこのポジションだ。
次点で、私。これは単に、お菓子要因として。
そして、片手間に口説いては、都合よく利用したり、イチャイチャしている女子たち。
最後に、その他大勢。
一週間、近くにいただけの私でもはっきりわかるくらいだから、和歌山くんが心配する必要はない。そう告げたかったのだけど、
「そんなの、当たり前だ」
ぶすっとして、言い切られてしまった。
あ、そう。わかってるんだ。
じゃあ、どうして?
尋ねるように視線を投げたが、彼はふん、と顔を逸らしたきり、何も喋らない。
その後、無言で買い物を続けた後、和歌山くんは一応、荷物持ちはしてくれたが、それでも居心地が悪いまま、私たちは学校に戻ったのだった。




