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異世界イヌ  作者: 双葉うみ
地下迷宮 探索編
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008話 話は逸れて

 一時間ほど眠っていたサリユは、起きた瞬間に目を見開いて、傍らで同じく眠っていたレムスを見つめた。


(こんなダンジョンの真ん中で寝るなんて、正気の沙汰じゃないな……)


 疲労が蓄積して仕方のないことではあったが、二匹ともども魔物がうろつく空間で眠ってしまったのは危機管理能力が無いと言われても仕方ない。


「ん? おお、起きたのかサリュ!」


 眠気眼を瞬かせてサリユが無事なことを確認するとレムスは笑顔で尻尾を振った。


「ああ、おはよう、レムス。どうやら傷は治ったようだな。……けれど、ダンジョンのど真ん中で眠るのは、えっと……どうなんだ?」


 サリユが倒れるように眠ってしまったのが原因ではあるが、ならば無理やりにでも起こすか、もしくはサリユを引きずってでも、もう少し安全な場所に移動できたのではないだろうか。

 そう疑問を問い掛ければレムスは「大丈夫、大丈夫」と呑気に返答した。


「ちゃんと魔法陣を組んで、結界を張ってるから心配しなくても大丈夫だぜ、サリュ」

「結界……?」


(なんだ、初耳だぞ? 結界ってなんだよ)


 そんなサリユの疑問にレムスが答えた。

 数ある魔法の中に結界術と言う種類の魔法があるらしい。

 しかしこれは詠唱は無いが魔法陣を展開した上で、その魔法陣から半球状に広がる結界内でしか効果がない魔法となっている。


 それとまた、結界術を発動する際の魔力量は効果と比べても高くつく。

 つまりコスパが悪い。

 まずもって戦闘時には魔法陣を展開する労力などから使い物にならない魔法だが、拠点防御や家の安全などで人間たちにはよく使われる魔法でもあるらしい。

 そしてレムスにとっても、安全な場所などないダンジョン内では重宝している魔法の一つということだ。

 例えば、今のようにやむなくダンジョンの中心で眠らなくてはいけない場面などで使われる。


「なるほど、だから寝てても大丈夫ってことだったのか」

「そうそう、この結界内なら物理攻撃、魔法攻撃は一定時間、完全に無効だから安心ってこと」


 しかしそんな万能にも見える結界――いや、先述したようなデメリットはあるが――だが、やはり、それを貫通してくる強者も中には存在するということだった。

 だが、流石に第四階層にはそこまでの魔物はいない、ということでレムスは結界を張ることにしたらしい。

 しかし、もしも人間が……ということになったらどうしたのだろうか?

 この問いにレムスはあっけらかんと「それは、まあ、その時だな」と答えた。


「いやいやいや、俺たちあと一歩で人間に殺されかけたのかよ!」


 そうだ、人間ならば、もしかしたら結界を破る術を持っているかもしれない。

 人間は第五階層まで行き来しているという。この第四階層にも来ている可能性は十分にあるということではないか。

 しかし、そんな懸念はレムスも承知の上で、口をすぼめながらサリユに抗議する。


「仕方ないだろ、サリュは俺を回復させてすぐ倒れちゃうし、俺だって回復したからってすぐに完全復活する訳じゃない。精神の摩耗は回復しないんだしさ」

「そう言われたら、そうだけど……」


 そうだ、レムスだってこんなところで眠りたくて眠った訳ではない。

 現状ではこれが最善策だったのだ。


(それなのに、俺は……。結果的には五体満足で今生きているんだ。それで良いじゃないか)


 サリユはしばし沈黙した後、レムスに向けて頭を下げた。


「ごめん、勝手に焦ってた。レムスは俺の為に結界を張ってくれたのに……」

「いいよ。危ないのは事実さ。サリュの言ってることは間違ってない」


 レムスは笑顔で首を振る。

 この狼はどこまでもサリユに優しい。

 サリユもそんなレムスの優しさに感謝しながら、二匹は改めてお互いに生き残ったことを健闘し合った。


「それにしても魔法は便利だな。レムスの『収納』とか結界も……。なんでも出来そうだ」

「いいや、そういった考えは危険かもしれないぜ。魔法は万能じゃない。その過信で身を滅ぼした人間が昔はいっぱいいたらしい。人間同士で争って、世界中が血の海だったって俺も長老様から聞いただけなんだけどな」

「お、おう、そうか。そういう意味で言った訳じゃなったんだけど……肝には銘じておくよ」

「うん、そうしとけ、兄弟」


 魔法は万能ではない。確かにその言葉は間違いではない。

 かの神話、おとぎ話に登場する人知を超えた未踏領域者――森羅万象を司る者たちは傍から見れば狂っているほどに魔法の探求に執着していたらしい。

 その者たちがあの有名な大魔法使いと賢王である。

 魔法の話と言えば、まず第一にこの二人が挙げられる。

 しかし誰もがその存在を確認していない。そもそもこの世に本当に存在していたのかさえ怪しいと現代に生きる者たちは懐疑的だ。

 つまり、彼らの存在は想像上の人物というのが人間界の常識となっている。


 しかし、そんな神話の魔法師でさえ自身が望んだ願いには辿り着けなかった。

 決してこの者たちは上だけを見ていたのではない。

 下位の魔法でさえ丹念にあらゆる利用方法を探り、どんな魔法も不要なものなどない、とその探求心を持って深淵を覗こうとした。

 しかし、やはり辿り着けなかった。

 と、どのような物語でも語り継がれていた。


 大魔法使いは全ての魔法を極め、その先にある叡智、原初の魔法に至ろうとした。

 賢王は全ての者が救われる世界の創造。

 そして――もう一つの真の狙いがあったとまことしやかに語り継がれているが、しかし、その事実は、どの文献にも具体的な記述は無い。


 話を戻して、詰まる所――この二人の英雄の話から言える訓言は魔法を極めても、自身の本当の願いは叶わない、というものだ。

 そして『魔法大学』の教師や魔法師の師などは生徒や徒弟にまずこの教えを説くという。


「魔法は万能にしてあらず。魔法はあくまで生の助力である。それ以上も以下も無し」


 その教えから道を外れて、自身の力を特別視し、魔法師によるクーデターなどが起きたりもするが、一般的にはこの教えをまず最初にとことん教え込まれるので、自身を選ばれし者などと勘違いする愚者はそうそう現れない。

 また、魔法師は接近戦では剣士には歯が立たない、と言う事実も影響している。

 剣術は太古から受け継がれ、そして進化している。

 それぞれに流派が存在し、その元を辿ると三つの存在――剣士に至る。


 剣龍――

 剣聖――

 剣鬼――


 その頂点に座すのが剣帝である。

 原初の剣士。剣術の始原。

 そんな剣術が現代にまで受け継がれ、基本の三つの流派からあらゆる流派に派生した現在、進化と劣化を繰り返した剣士は魔法を利用した戦闘スタイルさえ編み出した。

 それが果たして剣を扱った戦いの最適な戦術なのかは甚だ疑問だが、やはり魔法師との戦闘では接近戦は間違いなく有利であり、中距離戦においても、その魔法との混合スタイルによって何とか戦えるにまでなった。

 しかし長距離戦となればやはり魔法師の有利は変わらないだろう。

 また広範囲攻撃も得意とすることから、大規模戦闘に関してはやはり魔法師に分がある。

 だが、約百年前から平和を獲得した現在においてはそんな事態はまず起こり得ないが。


 現代における魔法師は魔物退治など冒険者として活躍する者。

 神殿にて、回復魔法を極め、神官として勤める者。

 あとは――これが一番、魔法師の進む道としては一般的であり、しかして一番、困難な道である――魔法を勉強し、魔法技術者として生きる者。

 その道筋は『魔法大学』に進み、卒業することが最低限である。

 だが、この『魔法大学』の入学、そして卒業が何よりも難しい。入学倍率はもちろん高く、卒業難度でさえも高い。

 評議国によって『魔法大学』が設立され、世界各国に評議国の本部を除いて『魔法大学』は三つ存在する。

 魔法師にとっては『魔法大学』に通え、尚且つ卒業できたものはまさしく世界に認められた魔法師なのである。


 と、レムスの長い話を聞かされながらも、魔醒石(ナイトメア・ストーン)を集めて、集めて……集めまくった。

 そして集め終えて魔醒石をレムスのスキル『収納』によって蓄え、今は保存していたケリュネフロガの肉を食べて一休みしていた。


 レムスの話は興味深かったが、やはり――長い。

 まさか、魔法は万能ではない、という話から剣術の歴史、魔法師の歴史、そして現代の魔法師についてまで話が進むとは、サリユも想像していなかった。

 どうにもレムスは話したがり、語りたがり、そういう癖があるように思える。

 世界の話は何も知らないサリユにとっては有難くも、面白く、興奮する話ではあるので、つまらないとか飽きたということは無いのだが……どうにも重要な事実をサラッと説明されているように思えるのはサリユの考えすぎだろうか……?

 そんな微かな疑問を抱きながらもケリュネフロガの肉を食らった。


 さて、第四階層で出来ることは一通りしただろうか。

 この階層での狙いはとことん魔醒石を集めること。そうすることで、いつでも魔力が回復できるようになった。

 また、泥人形(ゴーレム)魔泥人形(マジックゴーレム)ともあらかた戦った。

 ゴーレムに関してはあのマジックゴーレムとの死闘に比べれば存外、容易いものだった。

 そしてマジックゴーレムに関しても、初戦の経験を活かして難なく倒すことが可能となった。

 確実にサリユたちは強くなっており、サリユも戦闘に慣れてきていた。


 レムスは最低限のことしか教えていない。

 魔法に関しても最初の『狼の遠吠え』と『火球』しか教えておらず、あとはサリユの思うままに任せている。

 また、サリユのユニークスキルと思しき『観測者』の効果によって次々に魔法を覚えるのも相まって、サリユの戦闘能力は向上している。

 そして、レムスのスキル『収納』に関してもサリユは会得した。これにはレムスも驚きの一言「マジか!」と呆気にとられていた。


「サリユの『観測者』はスキルさえコピーするのか? ちょっとヤバくない?」

「ヤバいの?」

「ヤバい、ヤバい」


 レムスはサリユの能力の凄さに驚いているが、サリユ自身はどうにもその評価に懐疑な目を向けている。

 というのも、能力の詳細が分からないという一言に尽きる。

 分からないものは――怖い。それだけだ。

 得体のしれない自分の能力。

 当初は自分にも特別な力が!――と喜んだものの先程の「魔法は万能ではない」の話もある。過信はいけない。


 どうにか自分のユニークスキルについて理解できればいいのだが……鑑定や解析などに特化した魔法やスキルがあるのだろうか、とサリユは考える。

 もしそのような魔法があればすぐさま欲しいところだ。

 そうして、サリユがスキルもコピーできることが分かり――分かったならば利用する。でなければ宝の持ち腐れだろう。

 早速、サリユは覚えたての『収納』を使ってレムス同様に魔醒石を蓄え、レムスの助力をした。


「で、どうする? もう、ここには特に用は無いと思うが……?」

「そうだな、あらかた魔醒石も集めたし、そろそろ第五階層に行くか。けど、唯一の気掛かりは魔物の食料が心許ないってところか?」


 ここ第四階層に居る魔物はゴーレム、マジックゴーレムだけである。それらだけでは腹は一向に膨れない。

 なので、現在ストックしているのは第三階層で狩ったケリュネフロガの肉だけである。

 しかしそれだけで進まない理由にはならないだろう。

 ここに滞在したところで食料が増える訳でもないのだから。

 二匹は第四階層を後にすることに決めた。

 

「次の第五階層はどういうところなんだ?」


 隠れ通路を進みながら次の階層について思いを馳せる。

 さて、次はどういうところか。

 怪しい光に輝くこの第四階層も初めて見たときは驚いた。

 次の階層もさぞかし特徴のある空間なのだろう。いや、第三階層はどうと言うことも無いただの洞窟ではあったが……。

 うーむ、と唸っても答えは出ない。

 そんなサリユの疑問にレムスが答える。


「至って普通。この第四階層が見た目的に派手なだけなんだよ。他の階層は第三階層と同じで特に特徴は無いな」

「なんだ、そうなのか……」


 少々がっかりした面持ちになったサリユだが、ここには旅行しに来たのではない――自身の好奇心に鞭を撃ってサリユは気持ちを切り替えた。


 そして遂に次の階層への穴に到着する。

 前回のと同じく小さな穴だ。


 第五階層――人間が踏み入る最深部、つまり人間の限界。

 その程度には強力な魔物が跋扈する。


 唾を飲み込みサリユは暗闇を覗く小さな穴に歩を進めた。

 


――――――――――――



 ガレス・ウェルナーのパーティは第三階層に足を踏み入れていた。

 第一、第二階層よりも強力な魔物が襲い掛かり、それなりに苦戦する戦闘が続いている。

 流石、第三階層と言えばいいだろうか。

 しかし、ここで足を止めている暇はない。

 この先、第四階層、第五階層は此処よりもさらに強力な魔物が棲息しているのだ。

 神官の『下位回復(ニア・ヒール)』で傷を癒し、魔法師の身体強化の魔法で支援を受けつつ、蛇の魔物――スネークリィに切り掛かる。

 縦に一直線、剣を振り下ろしてスネークリィを一刀両断した。

 この魔物は『毒霧』が厄介だ。

 まずもって、『毒霧』を吐かれたら人間では対処が難しい。なので手っ取り早く、効率的な方法は、単純明快――『毒霧』を吐く前に殺してしまえばいいのだ。


「おお、見事な両断じゃ!」


 毛むくじゃらの髭を蓄えた石小人(ドワーフ)がガレスの剣裁きを絶賛する。

 ドワーフの名はドリグネ・ドロンゴ――タンク職である。

 洞窟内ということもあり、いつもの大盾ではなく、小ぶりの盾を腕に嵌め、もう片方の手にはナイフよりは長い短剣を装備している。


「そこは褒めるところじゃないでしょ! 勝手に陣形を崩さないでよ!」


 そう言うのは真っ白い祭服に身を包む神官――名をセルティネ・メルマーノ。

 セルティネは腰に手をやり困ったような顔でガレスを注意した。


「まあまあ、倒したんですし結果オーライですよ」


 そんな神官を宥めるのは魔法師のテンル・ミーミア。エルフ族である。

 容姿はあどけない青年――少年と言っても不思議でない――の姿をしているが、その実年齢は六十を超えている。

 この中では最年長ではあるが、やはり見た目もあって貫禄がない。


「いいだろ、殺したんだ。その結果だけが大事で後はどうでもいい」


 ガレスはセルティネの注意には聞く耳持たずといった感じで先を進んだ。

 ドリグネは「ほほう、強き者だからこその物言いじゃ」と髭を梳いている。

 セルティネは「あんたねぇ!」と声を上げる。

 テンルは「ははは」と苦笑である。


 一見してちぐはぐのように見えるパーティだが、しかしこのパーティは組んで長い。

 それぞれの動きも癖も熟知しており、その連携は老練と呼べるほどの見事さだ。

 セルティネが落ちぶれたガレスを気にかけ、そうして集まってできたのがこのパーティ。

 冒険者組合ではよく名の知れたパーティであり、大抵の依頼(クエスト)はこのパーティに頼めば何とかなる、それが冒険者の間では周知の事実だった。


 そんな熟練のパーティが今回挑戦するのが地下迷宮――終末塔(ヴィグリス)である。

 地上の魔物は全てこの地下迷宮から出てきた、と考えられている。

 つまりは魔物の巣窟である。

 今回の依頼は王国直接の依頼、「第五階層以降の調査」となっている。

 この地下迷宮はどの国の領地にも属していない、いわば不可侵領域。なので、このダンジョンに入るのも各国の許可などを確認した上でやっと入ることが出来る。

 ガレスが今まで地下迷宮の魔物を野放していた理由はこの縛りによるものだ。

 それがなければ一目散にも単独で乗り込んでいたのだが……ガレスはそこまで狂気には支配されていなかったようだ。


 何年も待って遂に今回、王国直下の依頼がこのパーティにもたらされた。

 王国側もガレスの実力を知った上での依頼である。そして他国に関しても五階層以降の調査は興味深いものだった。

 だからこそ成しえた依頼なのだが、ガレスにとってそんな内実はどうでもいい。

 彼はただ魔物を殺す。

 それだけの為にこの依頼を受けた。

 その他のメンバーはそれに付き合わされているという感じだ。

 しかし、これもいつものこと。

 ため息を吐きつつ、何だかんだで付き合ってくれる、それ程に彼を信頼し、ほっとけないのである。


 そうして難なくスネークリィに続き、ケリュネフロガも倒していく。

 ケリュネフロガの突進はこの狭い洞窟内では厄介な攻撃だが、ガレスの力で押し切る戦法にケリュネフロガは根負けした形で殺された。

 迫りくる魔物たちを退治していき、一行は第四階層への両扉に辿り着いた。

 この先は魔醒石が散らばるエリア。

 敵としてはゴーレムたちだ。

 これまた厄介な敵である。

 しかしガレスは立ち止まらない。

 迷いなく彼の足は扉の向こうへ進んでいく。

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