表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界イヌ  作者: 双葉うみ
地下迷宮 探索編
6/57

005話 ユニークスキル

『火の一線』によってケリュネフロガを絶命させたことを確認したサリユはその場で力尽きて倒れてしまった。

 レムスが急いでサリユに駆け寄り、すぐさま『中位回復(ヒール)』を施して、サリユの傷付いた身体を治す。

 見る見るうちに表面の傷――火傷や痣――が治っていくが、内部の器官負傷に関しては少し時間がかかる。未だサリユの呼吸は浅く、苦しそうに間隔の短い呼吸を続けていた。

 レムスは必死に自分の魔力を精一杯使って『中位回復』を施し続ける。

 そして、自身の魔力量が丁度尽きるタイミング――約十分ほど経過――でサリユはやっと元の状態に回復した。


「おお、やっと……大丈夫そうだな……」

「ありがとう、レムス。お陰で傷が治った」


 回復魔法の一つ『中位回復』は自身の魔力量を対価に身体負傷を回復する魔法である。

 その対象はあくまでも裂傷や刺傷など物理的な負傷に限り、病や状態異常に関しては、他の回復魔法に頼らなければいけない。

 また、魔力の回復に関しては回復魔法では不可能である。そもそも前提として魔力を対価に回復魔法を使用するので、その対価を回復するのは本末転倒である。


 しかし、それでは魔力の回復はどうするのか、と言う疑問が浮かぶが……。

 まず最初に挙げられる回復手段としてはサリユたちが行っているように薬草や鉱物、そして魔物から魔力を補給する方法。

 これが一般的に認知されている魔力供給の手段であり、一番シンプルで手っ取り早い。


 それ以外に魔力の回復方法はスキルによるものである。

 魔法の一種と言われるスキルだが、その実は魔法の上位概念である。

 魔法は発動時に基本、詠唱を行わなければいけない。

 魔法の言語化によって脳では理解できない叡智までも具現化することが可能となる、という法則から、詠唱は限界を超える手助けをしているのである。

 下位魔法であれば詠唱を破棄して使用することも出来るが、中位になると途端に脳への負担が一気に跳ね上がり、まずもって詠唱破棄は不可能だ。


 しかし対してスキルはその魔法のような力の行使を詠唱などというプロセスを飛び越えて、ごく自然に、呼吸するように発動させることが出来るのである。

 つまり、このスキルならば魔力を回復する――そういったスキルも存在するかもしれない。

 スキルの能力は人や獣、種族間によってそれぞれに相違する。

 種族単位でスキルが同一の場合が一般的だが、中には同種族の中に特殊なスキルを所持するユニークスキル所持者も存在する。

 そういったものを人間界では『個性発動者』や『個性顕現者』などと呼ばれているらしいが、魔物界隈では特にこれと言って決まった呼称は無い。

 しかし、そういったユニークスキル所持者の魔物はほとんどが群れの長になるか、単独行動の魔物であれば、他種族を束ねて、どちらにしても長のような立場に押し上げられる。


 しかし、レムス曰く――いやこれも長老様の言らしいが――そういった魔物は『権獣』と呼ばれているらしい。

 これは古い呼称であり、今現在、魔物の間でそういった呼び方は認知されていないが――そもそも知能がある魔物が少ない――魔物の地位も一応、決まっているらしい。

 そしてこの話の結論として言いたいのは、レムスが考えるにサリユはそのユニークスキル所持者ではないか、ということだった。


「俺がユニークスキルを持っている?」

「ああ、さっきの『毒霧』、あとは俺が使っている『火の一線』も、サリユの実力じゃ使えない魔法だ。いや、『毒霧』に関しては俺たち魔狼族が一生かけても使えない魔法なんだよ」


 魔物には種族ごとに取得できる魔法がそれぞれ違う。

 系統別に魔法が割り振られていると表現した方が分かりやすいだろうか。

 つまり、魔狼族には魔狼族が取得できる魔法の道筋が決まっており、その道筋以外の魔法はどれほど鍛錬を重ねても取得するのは叶わない。

 敢えて例外を上げれば、人間や知能ある亜人種の種族だけはその法則から外れている、と言ってもいいが、それは役職を魔法職に限定し、魔法詠唱者として一生を捧げた者――その中でも一握りの者が法則の例外者として存在するのみで、やはり人間や亜人種でも魔法の道筋を外れることは出来ない。


 しかし人間に関してはポテンシャルとして、ほぼ全ての魔法系統の素質を内在している。

 だが、幼少期にどれか一つの系統を選択する事で魔法の道筋をたどることが出来る仕組み――ということで、全系統の魔法を扱える魔法詠唱者は、かの大魔法使いと賢王しか存在しないと伝えられている。

 二つ以上の系統の魔法を使える者だけでも一握りなのだから、全系統の魔法使用者は前人未到の領域者である。

 また、大魔法使いも賢王も本当にこの世に存在するのかは、甚だおとぎ話のように語られている認識であり、その存在を確認したものはいない。


 このように魔法には系統があり、種族単位で道筋は決まっているのが通説だった。

 しかし、今ここにその通説を覆した存在がいる。

 そう、――サリユ・ギー・フェンリル。

 一匹の魔狼である。


「そして、お前はスネークリィの『毒霧』をどういう訳か使えた。俺たち魔狼族では使えない魔法だ。それじゃあ、この事実をどう説明すればいいのかって言うと、そこでユニークスキルの存在って訳なんだよ、兄弟」

「うーん、その魔法の系統? 道筋? に関しては何となく分かったけど、だからってなんでユニークスキル? スキルも種族単位で決まっているんじゃないのか?」

「だ・か・ら、ユニークスキルは違うんだよ。種族間を飛び越えた――それは個性だ。他の者は持っていない自分だけのスキル、それがユニークスキル。そしてサリュのユニークスキルは詳細は分からないが、恐らく魔法系統を無視して、魔法を扱えるスキル……って感じかな? いや、それとも一度見た魔法を自分でも使用できるスキル……? そっちの方が説明がつくかな……? いやぁー、分からん! うん、分からない」

「いや、分からないって投げ出されると俺にもさっぱりなんだが……」

「けど実際、俺も分かんねぇよ、兄弟。お前みたいな存在は俺も見たことも聞いたことも無い。今は暫定的に『観測者(ピタゴラス)』とかスキル名を付けておくぐらいしか出来ないなぁー。って、何となく名前を付けたけど、結構、良くないか、サリュ?」

「あぁ、うん、そうだな……」


 勝手にスキル名を決定されたが、具体的なことはあまり進展がなかった。


(というか勝手にスキル名、決められた!)


 色々と憶測や可能性は考えられるが、一旦はレムスの言うようにユニークスキルということで保留しておくしかないだろう。

 サリユは先ほどの死闘を思い出す。


 ケリュネフロガの獰猛さ、身の危険と死の境――

 そして、それを救った『毒霧』と『火の一線』――


 二つの魔法はごく自然に扱えるように感じた。

 元から手に馴染んだものとして、身体の一部のように、何の躊躇いなく使うことが出来た。

 これが自分の中に眠るユニークスキルの効果なのだろうか。

 答えてくれる者はいない。

 これがスライムとかに転生していたならば、自動音声みたいな声で返答してくれたんだろうけど、どうやらサリユにそういった能力は無いようだ。

 しかし、サリユにも異世界転生モノの定番、特別な力を持っていた。


(まだチート能力とか、そういうのは分からないけど、これで少しは安心したよ。……いや、それでもまだこの世界のことは何も分かっていない。ユニークスキルを持っていることに喜んでしまったけど、レムスの話を参考にすれば、絶対、俺以外にもそのユニークスキルを持っている奴がいるって言うじゃないか……。特別な力だ、なんて過信するのは禁物だ)


 今回のユニークスキルに関しては僅かな恩恵程度に考えて、次からも気を引き締めて、敵と相対しなければいけないだろう。

 事実として、ケリュネフロガとの戦闘はギリギリの勝負だった。

 いや、少しでも選択を間違えていたら、今ここで死に絶えていたのはサリユの方だったはずだ。

 横たわるケリュネフロガを見つめる。


 ――強かった。


 お世辞抜きにして、今のサリユよりもポテンシャル且つ、立ち回りが慣れているそれだった。こいつも幾つもの相手と戦い、今日まで生きてきたのだ。

 敵と敵であり、今は勝者と敗者で生者と死者でもある。

 けれどサリユは横たわったケリュネフロガに深く頭を下げて尊敬の念を表した。


 死の淵を体験させてくれた――

 そしてその死の淵を――、限界を超えさせてくれた――

 サリユは心の中で感謝の言葉を告げて、ケリュネフロガの亡骸に近づき、覚えたばかりの『火の一線』で部位ごとに切り分けた。

 レムスはそんなサリユの姿を静かに見守っている。

 そういえば、とサリユは今になって思い至った。


(俺は初めて、一つの生命を摘んだのか……)


 前世では考えられない体験だ。

 実感はない。

 感動もない。

 恐怖も無い。

 凪のように地平線にまで続く水面――そんな感情に満たされている。

 サリユは少しだけ自分自身のその感情に疑問を抱いたが――すぐさまどうでもいい、と放置した。


(今は目の前のケリュネフロガの死体――食料に目を向けよう)


 スネークリィ――蛇の魔物の時のように程よい火加減で生肉を焼いていき、こんがりと中まで火が通るのを確認して、レムスと一緒に肉を食らった。

 食べた部位は戦闘時に噛み千切った腹部。非常に軟らかく、舌に転がして数秒で消えてしまうほどだ。

 鹿肉は歯応えがあると聞いたことがあったが、その印象とは真逆の軟らかさに目を瞬いた。


 しかし、二匹でこの大きなケリュネフロガの肉を全て食い切るのは無理そうだ。

 さて、残った肉はどうしたものか、と考えていたサリユだがその問題はあっさりと解決した。

 レムスのスキルの一つに『収納』というものがあるのだそうだ。

 ケリュネフロガの亡骸に開けた口を向けて、その口の中に次々と切り分けた肉たちが吸い込まれていく。

 数秒で吸引は完了して、ケリュネフロガの亡骸があった場所は何の変哲もない地面だけが、ただそこに存在していた。


「それって、取り出すときはどうするんだ?」


 吸い込むときは口、その場合、順当に考えれば吐き出す……取り出す時も口からということになるが、口から出たものを食べるというのは、衛生的にどうの、という問題よりも気持ち的に無理だ。

 しかして返ってきた答えは――


「口から吐き出すんだぜ、兄弟!」

「やっぱり!」


 せっかく狩猟した獲物なのだから残すのは勿体ない。

 だから如何なる方法でも保存できるのは嬉しい、嬉しいけれど……!


「口から吐き出したものを食うのか……」


 それが正直な感想だった。

 対してレムスはサリユの呟きに少し笑って首を振った。


「兄弟が初めて一人で狩った獲物だ。そもそも残すのは選択肢に入ってないし、それ以外の獲物だって、勿体ないだろ? 明日、目ぼしい魔物に会えるとも限らないしな」

「いや、まあ、そう言われたら何も言い返せないんだけど……」

「…………」


 口を窄めるサリユにレムスは静かに微笑を浮かべる。


「もし俺が死んだときも、人間みたいに埋葬なんかするなよ? その時は綺麗さっぱり俺を食ってくれ……」

「えっ⁉」


 レムスの口調はどこかいつもの元気なレムスとは違い、遠くを見るような瞳で静かに語っていた。

 そんなレムスの雰囲気にサリユは突然のことで目を白黒させてしまう。


「それは……どういうことだ?」

「そのまんまの意味だぜ。考えたくないが俺だって殺されることがあるだろうさ。その時はって話だ」

「いや、レムスが殺されるような敵だったら俺なんて即死だろうよ」

「……まあ、今のところはな。サリュなら俺なんかすぐに超えられるだろうけど……」

「うーん、そうかな……?」


 今のところ、レムスを実力で越えられるとは微塵も考えられない。

 それほどにサリユにとってレムスは強いのだ。

 だからこそ、レムスが死んでサリユが生き残る――そんな事態は起こるはずがない、とサリユは確信をもって言うことが出来るのだが――しかし、もしも……。

 サリユは目を瞑った。


 そんな仮の話は――残酷だ。


 アキラを失ったときのことを思い出す。

 喪失感、悲壮感、絶望感……、それらの感情が一週間ほどは続くが――当時は老いていたと言うこともあったが――すぐさまアキラのいない現実も日常と化してしまう。

 あらゆる負の感情も、いつかは治まってしまう。

 それも案外、簡単に、それも手短に、だ。

 今のサリユにとってレムスは――


「その時は、その時になったら考えるよ……」


 サリユの返答にレムスはやはり微笑を浮かべて、小さく頷いた。


「その時はよろしくな」


 レムスが何故そんなことを突然、話し始めたのか、その真意は分からないが、しかしいつかはそんな状況に直面してしまうかもしれない。

 そんな予感を感じてしまうのは、やはりそんな可能性が少なからずあるかもしれない、と頭の片隅で考えてしまっているからだろうか。


 黙って二匹は先を急いだ。

 ケリュネフロガを倒した先――

 第三階層もそろそろ終わり、次は第四階層。

 今までの道程はレムスが長老様に教えてもらった隠し通路を通って、食料の確保のためにその都度、隠し通路から抜けて魔物と戦闘、それの繰り返しだった。


 こういった隠し通路は第五階層まではあるそうだ。

 そもそもこの隠し通路は昔、長老様が、知能がありながらも弱い魔物が人間の目から隠れて生活するために作ったらしい。

 つまり、用途としては人間から身を隠す為。人間が立ち入らない第五階層以降は作っていないということだ。


 しかし、第五階層以降、何故、人間が立ち入らないかと言えば、もちろん人間では太刀打ちできない危険な魔物がいるからであり、それでは弱い魔物を守るという目的と矛盾していないだろうか、とサリユが訊けばレムスは「人間に殺されるのが問題。魔物同士ならばそれは魔物の摂理に反さない、って言うことらしいぜ」と答えてくれた。

 つまり、人間に殺されるのは駄目で魔物なら大丈夫、ということだろうか……?

 どうにもそこら辺の魔物特有の考えが理解できないが……サリユは一旦それで納得した。


 そうして第三階層の終わりを告げる小さな穴に辿り着く。


「この穴から第四階層に行くぜ。正式の――、って言うか人間が作った通路にはちゃんとした両扉の入り口があるんだけどな。俺たちがその扉から行けば流石に人間に見つかるからな」

「なるほど、その為の穴って言うことか」

「そういうこと。それじゃあ、いくぜ、サリュ? 準備は良いか?」


 準備も何もある訳ないが、こういうのは雰囲気、ということだろう。

 サリユは口の端を上げ、不敵に笑って頷いた。


「ああ、大丈夫。行こう、第四階層へ!」


 正直、サリユは興奮していた。

 まさしくアキラが話していた妄想話のような冒険を今、サリユは体験している。

 これを興奮と言わずなんと言おうか。

 真っ暗闇を内包する小さな穴に片足を突っ込み、そして――全身を闇に飛び込ませた。

 そうして二匹は闇を進む――





  名前:サリユ・ギー・フェンリル

  種族:魔狼族

  魔法:『狼の遠吠え』

     『毒霧』

     『火の一線』――『火球』は統廃合されました。

 スキル:『思念伝達』

     『観測者?』


  名前:レムス・ギー・フェンリル

  種族:魔狼族

  魔法:『火の一線』

     『中位回復』

      ?

 スキル:『思念伝達』

     『収納』

      ?

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ