S25話 表裏
古国の首都が崩壊して数日。
評議国の者たちが事後処理にやって来た。
結論から言えば、古国の首都の住民は誰一人として生き残りがいなかった。
王城での決戦を終え、すぐには身体が動かせなかったルクスたちは、王城で一日、休眠をした。
そのおかげでどうにか翌日には皆、少しは身体を動かせる程度には回復した。
しかし、キミシマユウキとの戦いが終わっても、ルクスたちは未だ危険と隣り合わせの状態だった。
と言うのも、魔物たちである。
魔物がいることでゆっくり休めない。
しかし、魔物が至る所で跋扈しているとは言え、籠城すれば、対処できないことはなかった。
また、悪いとは思いつつ、王城にあったポーションなども勝手に使わせてもらい、魔力を回復させ、傷も完治させた。
全快とはいかないまでも軽く走れるまで回復したところでルクスたちは安否者の捜索に乗り出した。
しかし、その結果は芳しくなかった。
そして、評議国の面々も合流し、大規模な捜索が行われたが、結果は変わらず、生存者は一人もいなかった。
いや、生存者という言葉が適切かは分からない。
つまり、正確に言えば国民は全員一人残らず魔物に変えられたのだ。
そして、その魔物をルクス含め、評議国で掃討した。
だから実質、殺したのはルクスたちと言うことになる。
だが、元は人間とは言え、魔物を野放しにするわけにはいかない。
そうして、ルクスたちは元人間と思しき魔物たちを狩った。
同時に一つの国が地図上から消えた。
評議国の話によると首都だけでなく、周辺の村や町も同様の有様だったらしい。
どのような魔法を用いたかは分からないが、人間を魔物に変えた。
その結果、古国ガルチュアは一瞬にして国民を失ったのである。
「やはりピオネロを生捕りにすべきだったか」
と呟いてみたが、そんな生易しい相手でなかったことはルクス自身がよく理解していた。
だが、やはりそれでも、無理にでも生捕りにすべきだったのかもしれないとルクスは少し後悔していた。
それと言うのも……。
「ピオネロは神龍のことを知っていた」
何故か分からない。
評議国の使者を通してベルトリスから神龍に質問の手紙を送ったものの、その返答は「分からない」というものだった。
つまりピオネロが一方的に神龍について知っていたと言うことである。
「いや、まあ、神龍を知っていること自体は問題じゃない」
そう神龍は創世記に登場する神獣として有名である。
しかしピオネロの話ぶりからして、そんなフィクションと同義の存在を今も実際に存在しているような雰囲気だったのだ。
やはり、殺すべきではなかった。
しかしーー
「殺してしまった」
因みにピオネロの遺体は発見できなかった。
そもそもシロエ遺跡は崩落し、入り口は塞がれて、中には入れない状態である。
まあ、どちらにせよ、あの崩落の中、遺体が無事とも思えない。
「それにしても……これで終わりなのか」
ルクスは王城から半壊した家屋が立ち並ぶ街を見下ろし、この国の終着を憂いた。
結果にしてみれば、後味は最悪の幕引きである。
誰も助けられず、何も成し遂げられなかった。
これが勇者……か。
いや、出来ることはした。
結局、自分の実力以上のことは出来ない。
出来る範囲で頑張った結果がこれだったのだ。
ルクスは理想主義者ではない。
どこまでも現実主義者だ。
それは前世に由来する。
前世ではどこまでも現実を突きつけられた。
そして、理想がどれほど役に立たないかを嫌と言うほど理解していた。
だから仕方ない。
仕方ないのだ。
なのに……。
頭から離れない。
キミシマユウキの最後の声が反響する。
「俺の選択は正しかったのか……?」
――――――――――――
崩落した遺跡内の上層は瓦礫に埋もれ、立ち入ることはまず不可能な有り様だった。
しかし、その奥、下層に関しては幸いにも被害は軽微に抑えられ、崩れることはなかった。
「ご無事でしたか……隊長」
「おやおや、あなたは相当酷い状態ですね」
ダスカロイは腕を欠損させ、片目、頭をひしゃげさせていた。
対して、ピオネロは無傷と言っていい、欠損の見られない五体満足の状態で微笑んでいた。
「流石、隊長ですね」
「いえいえ。私に破損という概念は存在しませんからね。ああ、それと……隊長はもうやめなさい。役目は終わりました」
「そうですね」
ピオネロはダスカロイに向け、回復魔法をかけた。
傷口は塞がったものの、破損した部位は再生しない。
「今はこれが限界ですね。我慢できますか?」
「ええ、ありがとうございます、ピオネロ様」
そうして、お互いに生き残ったことを確認し合っていると、奥の方から、カツン、カツン、と高らかな靴音が響いて、こちらに迫って来ていた。
「来られましたか」
「はい」
二人は跪き、奥から現れる存在を待った。
そして遂に、その存在がピオネロたちの前に現れた。
暗闇でその顔は隠れているが、ピオネロたちには関係ない。
彼らは暗闇の中で生きてきたのだ。
今更、こんな暗闇に動揺はなく、そもそも彼らにはこれが平時の世界なのだ。
「アリス様。ご無沙汰しております」
ピオネロに呼ばれた存在ーー彼女はそれを聞くと小さく頷いた。
「今回はご苦労だったな、ピオネロ、ダスカロイ」
「いえ、とんでもない。それに完璧な成功とはいかず……」
「いい。許容範囲だ。私たちの存在は気付かれていないからな」
「ですね。それに人間の魔物化。この研究成果も素晴らしいものとなりました」
「だな……魔王様も大変喜んでいる」
「おお! それは、それは! 直接、お褒めの言葉を承りたいのですが!」
「…………まあ、ちょっとぐらいなら」
アリスは小さな声で呟いた。
そんな彼女とは対照的にピオネロは満面の笑みを浮かべて、恍惚に顔を歪めていた。
「はあ、お前も大概だな。私も他人のことは言えないが」
「何を仰っているんですか? あの方を尊敬……いや、信奉しない者などこの世にはいませんよ。いるとしたら、それは獣です。獣には知性がありませんから」
「そうだな。その意見には賛成だよ。私もそう思う」
彼らは暗に人間を獣と言っていた。
ダスカロイにはそれが理解できた。
「それでは帰るとするか。後始末は済ませてあるな?」
「ええ、勿論。発掘隊は私たちを除いて死亡もしくは魔物化しました。そして、私たちに関する書類は違和感がない程度に処分しました」
「よし、問題ないな。それじゃあ、行こうか」
遺跡の奥には巨大な空間が広がっていた。
そこで一時期、王獣を隠し、調べていた。
王獣のデータは全てあっち側に移してある。
「しかし、それにしても……あの人間の女だけは惜しかったな」
アリスは振り返らずに後ろに控えるピオネロたちに話しかけた。
「そうですね。異世界の魔法。中々に興味がありました」
それに仲間として加えるのもやぶさかではなかった。
「彼女は偏見がなかった。おそらく異世界人だからだろうな」
「はい。神龍の影響がないのでしょう」
「ああ、魔王様もそう仰っていた」
「そうですか」
そんな会話を続けていると、遺跡の最下層にして最奥に辿り着いた。
そこには時空の捩れが発生していた。
「このゲートも、もう用済みですか」
「そうだな。あっちに戻ったら、こことのパスを切る」
それを最後にこことの繋がりは完全に途切れる。
ピオネロは少しばかりの感慨に耽りながらも、それも一瞬で、すぐに気を取り直した。
「それでは戻りますか」
そうしてピオネロはゲートの向こうへと進んでいき、消えていった。
彼こそが地下迷宮ーー終末塔に君臨する七つの魔を統べる存在。
ーー『七大魔境』が一人。
混沌粘体ーーピオネロ・タイムリット・ズーハー。
そして、それに付き従うのが不死者のダスカロイ・フォルゲンだった。
そうして、遺跡から三人の姿は消えた。
遺跡は静寂を取り戻し、そして、この空洞は一生誰にも見つからない。
シロエ遺跡を探索する者はこの国にはもういないのだから。
人類の故郷。
その中心のシロエ遺跡は人の温もりを忘れ、何百年ぶりの眠りについた。
瞼を閉じるように遺跡は暗闇に覆われる。
そうして古国ガルチュアの歴史に幕が下ろされた。
三代の王族が続き、決して長い歴史を要した国ではなかったものの、国という大きな何かが消えたのだ。
人々の平和や願いはどうすることも出来ない厄災によって、消え去った。
そう、これは応報……。
いや、国民にしてみれば、それはーー地獄。
それだけだった。
それだけのーー地獄だった。
古国 ガルチュア編 ‐完‐




