S23話 天臨
どうして自分は勇者と一緒にいるのか。
使命だからか?
最初はそうだった。
けれど、今は……。
ピオネロとの戦い。
エミリスは何も出来なかった。
正直言って、無力だった。
自分の存在意義について考えてしまう。
そんなものに意味はないのに。
ただ一緒にいればいい。
勇者一行の一員になれれば、それでいい。
それがエミリスの使命だった。
それ以上もそれ以下も望まれていない。
だからこそ、存在意義など考える必要はないのだ。
しかしーー
このままではいけない。
自然とそう思った。
彼らの隣にいても……ルクスの隣にいても大丈夫な存在になりたい。
ルクスに相応しい、そんな存在になりたい。
そのためにも……。
(私はやらなくてはいけない。私がやらなくてはいけない)
そうして、彼女は一歩、足を前に踏み出した。
――――――――――――
無尽蔵とも言える幾つもの黒い手がエミリスを襲う。
エミリスはそんな黒い手が迫るのも無視して、リゼルから受け取った短剣を両手で持ち、剣身を上に向け、胸の前に構えた。
そして、瞳を閉じ、祈りを捧げる。
「天よ、光ある天よ、今、地より祈祷せんと指を交わらせ、両の手を握るは、涙を願いに変えたいと血涙を流す者。輝きを私にお与え下さい。片鱗を賜りたく、願いを手に、足に、この身体に、聖なる温もりを、神秘なる熱さを、ここに今、私はーー今! 囁きよ、天使の、神の囁きよ。この地に裁定を! 審判を! ああ、今こそ、私は、その憑代として、この身を捧げます」
黒い泥と手をその一身に受けながらも、それらを意に返さず、我慢して、エミリスは詠唱をした。
「私の願いはただ小さな幸せをーー平和を享受したい! 今この時は宿命も使命も、切り捨てて、私は! 私はただ この一瞬に全てを賭ける!」
突如としてエミリスに光が堕ちる。
天井から……それは空から、天から堕ちる神託。
時空という概念を超え、天から堕ちる光の柱を全身で受けるエミリス。
「さあ、私にひとときの力を!」
光が止む。
そこに佇む、一人の女。
女は身体の表面に淡い光を纏わせて、そこに立っている。
それはオーラのように彼女の周りを囲っている。
女の瞳は神聖な光によって、靄がかかったように、薄く光っている。
その瞳はどこか人間離れした、どこか虚ろなように見えて、しかして、はっきりと景色を映しているようにも見える、くっきりとした目つき。
そこにいるのは、果たして、エミリス・ライゼン・リューメルヘンその人なのだろうか。
彼女を知っている人物こそ、その疑問を頭に思い浮かべるだろう。
光を纏う彼女は、人智の領域から逸脱した、それこそ天に使えし、天使……いや、そのような存在でも足りない。
彼女はーー神。
そうだ。
神のような神聖さを携えて、彼女は今、この地に降臨……。
いやーー
ーー天臨された。
「リゼル」
突然の呼び声。
リゼルは一部始終を目の当たりにして、口を開けて、呆けていた。
「その壁の後ろから動かないでくださいね」
「あ、ああ」
リゼルはただ頷くしか出来なかった。
今や、この領域は地上の者には隙間も入る場所はない。
「それじゃあ、行きます。時間も無いので……」
エミリスは手に持つ短剣の剣先を相手に向け、目を細めた。
「ーー『天礼神凸』」
短剣の先に光が収束し、輝きが増す。
そして、二秒後、短剣から光線が放射された。
それは魔法の『光線放射』とは比べるのもおこがましく、何もかもが違った。
短剣から放たれた光の線は布を纏う謎の存在目掛けて一直線に中空を進んだ。
それを阻むように黒い手が光線を掴もうとして、その全てが光の熱によって消滅させられていく。
黒い手の壁を破り、浮遊する邪神にまで迫った。
全ての守りが無となる、その攻撃は邪神の黒い手はもちろん、黒い泥でさえ、全てを無視しして、そして遂に邪神の胸にまで届く。
「穿て!」
エミリスの叫びとともに、光線が邪神の胸に穴を開けた。
邪神の胸の穴からはドバドバと黒い泥が溢れ出てくる。
「グッ⁉︎ グガガガガガガガァァァァ!!!!」
邪神は塞がらない胸の穴を両手で押さえ、泥の流出を止めようとするが、叶わない。
「手応えあり、ですね」
彼女が手に持つ短剣は特別な代物ではない。
リゼルの所持品だけあって、そこそこ良いものだが、名刀、名剣、と呼ばれるほどのものではない。
しかし、今、エミリスが手に持つ短剣はまさしく神器と謳われるものだった。
果たして、あの短剣に隠された力があったのか。
いや、違う。
彼女が手に持つことで短剣は神器になったのだ。
短剣は一時的に神力を刻まれた。
そして、神気を纏い、短剣はまごうことない神器になったのだ。
「それじゃあ、まだまだ、いきますよ!」
エミリスは黒い泥に浸かっていた足を上げ、靴の底を泥の表面に乗せた。
そして、両足を黒い泥の表面に乗せ、泥の上に立った。
足に一定の魔力を流し込み、黒い泥との均衡を保つ。
同時に、邪神を見据え、泥の上を走る。
短剣を横に振りかぶり、構える。
邪神はそれを見て、黒い手を棘状に変形させ、エミリスに向けて、放った。
しかし、エミリスはそれを無動作で発動させた『聖なる壁』によって防ぐ。
そして、黒い棘を防ぎ切ったのを見計らい、『聖なる壁』を解除。
と同時に短剣を勢いよく横一線に振り切る。
短剣から天の川が広がっていく。
光の粒がキラキラと星のカーテンのように空中に飛び散る。
それはただの残滓。
短剣を振った影響による、斬撃の残滓である。
エミリスが放った斬撃は横一線を描き、浮遊する邪神に向かった。
その斬撃はどこまでも神秘的で、静謐すら感じる美しいものだった。
その斬撃こそ、神の力の体現。
美麗に、流麗に、礼節を持って、恭しく。
それこそ摂理の極限。
論理の頂上。
神はそこにいるーー
ーー『変聖光讃』
斬撃は邪神を真っ二つに両断する。
上半身と下半身に分かれた邪神は浮遊する力を失い、黒い泥に落ちた。
足首ほどの泥に浸かった邪神は微動だにせず、死んだように床に伏している。
「やりましたか?」
エミリスの声は荒い呼吸とともに発せられた。
肩を上下させ、ぜえぜえ、と息を吐く。
今の状態は普通の人間では耐えることなどまず不可能なものだ。
エミリスに適性はあれど、耐性は低かった。
神の力の拝借。
多少の力の行使は出来るが、それは永遠ではない。
もって三分と言ったところか。
だからこそ、先の攻撃で仕留めておきたかった。
しかし、エミリスの望みは叶わなかった。
邪神の様子に変化が起きた。
「グガガガガガガガァァァァ!!!」
叫びを上げながら、地に横たわる邪神の上半身と下半身に黒い泥が集まっていく。
収束していく黒い泥は邪神の身体に吸い込まれていき、瞬く間に両断されていた身体を繋げてしまった。
そして、両断される以前の身体に修復される。
「ギギャアアアアアアアァァァァ!!!!!!」
またも叫び声を上げて、空中に浮遊する邪神。
それは先よりもより一層凶暴性を強化させているように見えた。
「しぶといですね」
息を切らせながら、邪神を見上げる。
もう少しでタイムリミット。
一気に畳み掛けなければ。
エミリスは透き通った翼を生み出し、背中に携える。
透明な糸を紡ぎ、翼を編む。
一見して、その翼は視覚できない。
しかし、煌めく短剣の光が微かに当たると、僅かながらにその翼を視認することができる。
エミリスは翼を羽ばたかせ、浮遊する邪神と同じ高さに飛ぶ。
「空中戦といきましょうか」
エミリスは光の球を複数、生み出した。
「これは魔法とは違いますよ」
その言葉とともに、エミリスは腕を掲げ、その手を振り下ろした。
と同時に光球が凄まじい速度で邪神の元へ放たれた。
光球を目で捉えることは不可能。
その速度は音速に匹敵する。
邪神はそれを察知し、黒い手で防衛する。
しかし、黒い手はそのことごとくを光球によって消滅させられた。
「私の勝ちです」
光球が遂に邪神の身体に被弾する。
邪神の身体は光球によって蜂の巣状態にさせられる。
点在する幾つもの穴からは、またも黒い泥が流れ出ていた。
「これで……!」
流石にこの状態ならば死は免れない。
今度こそ勝利を確信したエミリスは肩の力を抜いた。
「えっ⁉︎」
しかし、邪神はまたも再生した。
床の黒い泥を空中から吸い出し、身体に吸収していく。
そして瞬く間に穴を塞ぎ、身体を元の状態に戻した。
その邪神こそ、生命長き者。
死とは最も遠い位置にいる。
死を拒絶する。
生きるという祝福……もとい呪いを享受する。
さあ、次元の中心よ。
宇宙の混沌よ。
外なる神よ。
あともう少しだ。
あともう少しで門の奥から現界される。
古るぶしきもの。
さあ、超えろ。
さあ、挑め。
その先を見たいか。
その先が怖いか。
「関係ない! 再生すると言っても、絶対に限界はあるはず!」
エミリスは短剣を縦横無尽に振っていく。
短剣から放たれる斬撃は神聖な光を纏い、輝きとともに邪神を襲った。
しかし、その全ての斬撃を身に受けた邪神は粉微塵になりながらも、またも黒い泥を吸収して、再生した。
「ダメ……なのですか?」
苦虫を噛み潰して、目を細めるエミリス。
残り時間は少ない。
刻一刻とその時間が迫るとともに、焦燥感が自身を支配していく。
「これで……どうですか!」
短剣を掲げ、天高く、その言霊を響かせる。
エミリスは詠唱を始めた。
「堕ちる、堕ちる。万象一切を救済する神々しい光よ。我らにあまねく平和を。幸福よ、喜びよ。これこそ、美しき花束とともに、華麗に舞踏する天使の祝福。さあ、来れーー!」
天から堕ちるは神々しくも、恐怖を体現した雷の祖。
それこそはーー
「ーー『光堕』」
時空を超え、超克の先。
天空より堕ちるは圧縮された光。
そこに生まれるは光の柱。
邪神は『光堕』を直撃し、身体を一瞬の内に消滅させられた。
そう、それは本当に一瞬の出来事。
抗う余地もなく、苦しむ暇すらなく、全てを否定し、天罰は下された。
恩寵が如く、それを受け取りなさい。
清廉のまま、それを受け止めなさい。
潔白だと証明した上で、それを受け入れなさい。
しかして、貴方では無理でしょう。
邪悪な存在ではそれ受け取れない。
邪悪な存在ではそれを受け止めきれない。
邪悪な存在ではそれを受け入れようとも思えない。
邪神の姿形は跡形もなく……もうここには存在しない。
この世界にはいない。
どこにもいない。
そのーーはずだった。
何もない空中に黒い泥が集まっていく。
何度目かの光景。
再演されるその現象にエミリスは目を見開き、驚きを隠せなかった。
「もう、やめてくださいよ」
落胆の声は自分の感情をよく表していた。
残り時間は一分を切った。
もう何十秒かで、この敵を倒せと?
攻撃はさほど強力なものではない。
しかし、その攻撃を受け続ければ、倒れるのはこちらが先。
持久戦ではどう足掻いても、この邪神には勝つことが出来ないだろう。
では、どうする?
何か方法があるか?
一発逆転でもう一度強力な攻撃を放つか。
おそらく次がラストチャンスだ。
最後の攻撃。
出来るわけがない。
これまでの攻撃はどれも一撃必殺。
大抵の敵ならば、それぞれの攻撃一つで屠ることが出来る。
そんな攻撃がどれも通じなかったのだ。
しかし、何もせずに時間を待つのはそれこそ愚行。
何かを起こすには何かをしなければ始まらない。
けれど……。
「何をすればいい? どうすれば……!」
最後の攻撃。
この一撃で終わらせなければ、攻勢は一気に逆転状態になる。
「でも! でも、何をすれば!」
力はあれど、敵を殺せない。
その力は果たして意味があるのか。
それは無力となんら変わりないのではないか。
「やっぱり私では、ダメなんですか?」
目尻に涙を溜め、視界が若干ぼやける。
今もこうして悩んでいる間も、時間は進んでいく。
敵も馬鹿正直に待っている訳ではない。
決断しなければいけない。
「私は! 私は……!」
(皆さん……ルクス様……! 私は結局、変われない。私は結局、あなたたちのようには……)
目を伏せる。
諦念が頭に広がっていく。
(もう、無理だ)
そうして、エミリスは変化の希望を胸の内に押し込め、何もかもを諦めた。
しかし、その時ーー
「なに……勝手に勝負を投げてんだよ!」
エミリスの後ろから現れたのは大剣を高く掲げるリゼルだった。
どうやってここまで飛んだのか。
まず、そんな疑問が頭を過ぎる。
床には大きな抉れた跡が確認できた。
それはリゼルによるものなのか。
しかし、今、空中に現れたリゼルは本物。その光景は事実としてこの世界に刻まれている。
「ーー『森羅激震』」
その剣技は鬼想流が一つ、全ての事象を揺るがす、畏怖の体現。
リゼルの斬術は邪神を真っ二つにした。
だが、当然のように邪神はまたも再生する。
エミリスはその光景を見て、ため息を吐いた。
「やっぱりダメです。何度やっても再生する」
斬撃を放ったリゼルはそのまま重力によって空中を落下する。
空中を飛翔するエミリスを見上げ、リゼルは落ちながら、叫んだ。
「諦めんな! 考えろ! 必死に考えて、死に物狂いで行動して、それでダメだったら、その時初めて後悔しろ!」
リゼルの顔を見下ろす。
彼の顔はこんな状況でさえ、まだ諦めていない、やる気に満ちた表情だった。
そんなリゼルを見て、エミリスは歯を食いしばって、邪神に視線を戻した。
そうだ。
諦めるにはまだ早い。
今はただ勝つための思考を続ける。
それだけだ。
エミリスの瞳に再度、意志が再燃する。
そんな彼女を見送るリゼルは目を細めて、口の端を上げた。
「再生するならば、身体を傷つけなければ良い? けれど、それだと倒すことは出来ない。いや、そもそも、その認識が間違っている?」
エミリスは思考を開始した。
残り時間は僅か。
思考に割く時間もそう長くできない。
「倒す? どうすれば“倒す”という事になる? 戦闘不能にする。戦闘不能とはどういう状態のことを言う? 戦意喪失? 身体の機能を止める? その為にはやはり、相手を殺さなければいけない? いや、違う。そうだ、殺さなくたっていいんだ」
そこで思考を止める。
あとは行動に移すのみ。
しかし、その為にはリゼルの協力が必要だ。
だが、今からリゼルにそれを伝える暇はない。
ここは一か八か、リゼルを信じるしかない。
それに自分だって、これから行おうとしていることが成功する保証はない。
確証なく、それに賭けようとしているのだ。
「でも、やるしかありません」
エミリスは決心して、その魔法を発動する。
「やったことはありませんが……!」
見よう見真似でその場で魔法を展開する。
使用したことのない魔法。
しかし、魔法センスがあれば構造を理解していなくとも、天臨状態の魔力、神力を合わせて再現できるはずだ。
そう、あの魔法が必要だ。
ピオネロ・タイムリット・ズーハーが使っていたあの魔法が必要なのだ。
光の粒子が形を変える。
線が重なり面となり、それらが合わさり、箱になる。
そういえば、ピオネロはこれを『檻』と言っていたか。
エミリスはそれを思い出し、新たにその魔法に名をつける。
「そうですね。言うなれば、これは……『牢』」
そう、これこそは罪人を閉じ込める脱出不可能の牢獄。
その名はーー
ーー『天牢光獄』
エミリスは全ての力を注ぎ、邪神の身体を光の牢で抑え込んだ。
しかし、邪神は閉じ込められて尚、内側から物凄い力で押し返してきた。
おそらく黒い手の力だろう。
ダンッ、ダンッ、と牢の中から何度も衝撃が発生していた。
その衝撃を全力で抑え込む。
そして、そのままその牢をーー
光の牢を門の奥へと移動させる。
「これでおしまい……です!」
エミリスの叫びがーー、祈りがーー、響く。
「リゼル!」
その呼び掛けにリゼルはエミリスを見上げた。
彼女の顔は苦悶に歪み、流れる汗も無視して、目の前だけに集中する必死なものだった。
それを見て、リゼルは理屈を追い越して、瞬時に理解する。
自分のすべきことを。
しなければいけないことを。
リゼルは猛ダッシュで門へと走った。
そして勢いそのままに大剣を振り切った。
ゴオォン、と低く重い音が鳴り響く。
リゼルの大剣によって片門が閉まった。
「あとは……もう片方だけ!」
しかし、門の半分、開いた片門から黒い手が這い出てきた。
その手は……。
「あの光の牢から出てきてる⁉︎」
未だ身体は囚われたまま。
だが、巨大な黒い手だけが光の牢から抜け出て、現世に繋がる門に必死にしがみついていた。
「これでもまだ!」
同時に門の奥から七色の輝きが増した。
何が起きるか?
現界する。
最悪の存在がーー
万象の中心がーー
「まだです! そうです! まだ終わっていない!」
声を枯らして、血管を浮き出し、限界を超えた力を注ぐ。
「ーー『煌嶺天覇』」
事象を変えろ。
事象を刻め。
それは事実としてそのページに記される。
命をもって、幸福をもって、涙をもって、今ここに覇道を敷く。
「僅な一時でいい。けれど、この瞬間だけでも私の願いを叶えて!」
エミリスの声に応えるように片門が閉まり始めた。
魔力も何の物理的な力も加わっていない。
その門は自ら動くように、閉まる。
「グギャアアアアアアアアアアアァァァァァ!!!」
門の奥より怨嗟の叫びが聞こえる。
果たして、その叫びにはどんな意味があるのか。
「これで終わりです!」
「いけえええぇぇぇぇ!!!!!」
門のそばで尻をつきながら、その光景を眺める。
リゼルは精一杯の声で喉を震わした。
「天地開闢にしてならず。今ここに審判はーー」
エミリスはゆっくりと下降しながら、門を眺めた。
神力はもう切れた。
今あるのはそれの残り滓に過ぎない。
羽を消失させ、僅かな魔力でゆっくりと地上に戻る。
門が閉まる重低音が響き渡る。
同時に邪神の叫びが鳴り止む。
これにて完全にーー
ーー閉門。
銀の鍵よ。
導き手は今、消えた。
『窮極の門』はここにーー閉門した。
かの存在との邂逅は果たされず、ここに縁は切られた。
門は消え、そこにはもう何もない。
「終わった……」
床に足をつけた瞬間、すぐに足の力が抜け、床に尻をついた。
もう、動けない。
文字通り、全ての力を使い果たした。
同じくリゼルも尻をついて呆然と門があった場所を眺めていた。
「リゼル!」
エミリスの声にリゼルが振り向く。
彼の顔にはいつもの精悍さはなく、緩んだその笑みは、まさしく全てを終えた、と言った感じだ。
しかし、戦いはまだ終わっていない。
「ルクス様……」
この場で未だ決着のついていない戦い。
自分たちにはもう助力できる力は残されていない。
祈ることぐらいしか出来ない。
結局、自分はーー変わっていない……。
「いや、まだ……」
エミリスは瞳を閉じ、両手を組んだ。
その祈りは誰に届くと言うのか。
否。
それは神に捧げる祈りではない。
それは信じている、という表れ。
この瞬間だけ、彼女は信徒を辞めた。
この瞬間だけ、彼女はただの仲間として……。
「いや、一人の……」
ーーとして彼女は彼を信じる。
そうして、エミリスとリゼルの戦いは終わり……。
ーー残されたのは“彼”の戦いである。




