S21話 覚悟
確かに才能はあった。
状況理解も申し分ない。
しかし、そもそもテスカトリポカに戦いで勝つことなど人間の身では不可能だったのだ。
彼は幾つもの肩書きを持っている。
その一つに戦闘神がある。
つまり、この神は戦に愛されている。
戦いにおいてテスカトリポカと張り合うなど、それこそ、かの蛇神だけではないだろうか。
だが、ここに一人、人間の身で挑もうとする者がいた。
ロッセルは地べたに這いながら、笑みをこぼしていた。
「やっぱり、僕の『真眼』は嘘をつかない」
ロッセルは貫かれた胸に手をあて、塞がっていることを確認する。
「あの旅も無駄じゃなかったって事か」
呟きながら、ロッセルは足や身体を叩きながら、立ち上がった。
そんなロッセルに気づき、キミシマユウキの方へ向けていた足を止めた。
「確かに俺はお前の胸を貫いたぞ?」
その声には表情が分からずとも驚きが含まれていることが理解できた。
「ははっ! どうだい、僕の擬似胸部の感触は! 使うことはないと思ってた生活魔法が役に立ったよ!」
彼が旅して蒐集していた魔法の数々。
その大半は人々の生活に根ざした、とても地味な魔法ばかりだった。
そんな生活魔法の中に、物の感触、食感を変化させる魔法があった。
例えば、肉を買えない家庭などでは雑草を肉の食感に変え、そして味付けをどうにか工夫することによって、肉を食っているように錯覚させたりしているらしい。
これはその応用だった。
この生活魔法の対象は物だけでなく、魔法という概念にも適用できないか。
そう考えたロッセルは一つの成果を生み出した。
ロッセルはまず最初に胸の辺りの一部を『異空間』に収納した。
と同時に、瞬時にそこを何重にも重ね、複雑に編み込ませた『防御』を埋め込んだ。
そして、その『防御』を肉の感触に変え、手応えとしては、さも胸を串刺しにしたかのように騙したのである。
ロッセルは事前に『真眼』によって、テスカトリポカが自身の胸を貫くことを予見していた。
だからこそ、自身の身体のどの部分に『防御』を展開すればいいのか分かっていたのである。
懇切丁寧に説明したロッセル。
そんなロッセルの言葉を聞き終えた、テスカトリポカは首を振って、その発言に対して叫び、否定した。
「それはあり得ない! お前の魔眼は嘘を見抜くもののはずだ! 未来予知など高次元の魔術は不可能なはずだ!」
「どうして僕の『真眼』について、知ってるのか、気になるけど……その認識は合っているけど間違っているよ」
一、対象者の発言が真実か否かを判定する。
二、発言が嘘と断定された場合、真実を話すよう強制する。
以上がロッセルの『真眼』の能力だと思われていた。
いや、実際、それは間違っていない。
第一段階においてはその能力に制限される。
「そう、つまり、僕の『真眼』にはもっと先の能力があるんだ」
彼は無意識的に『真眼』に制限をしていた。
それを意識できるように修行を手伝ってくれたのが彼の師、ベルトリスだった。
その結果、ロッセルは『真眼』を段階ごとに能力制限させることに成功したのである。
「それが予見ということか? 未来予知……本当だとしたらお前の評価を改める必要があるな」
テスカトリポカは槍を構え、ロッセルを睨む。
「未来予知……か。それも『真眼』の真実じゃないんだけどね」
ロッセルは聞こえないほど小さな声で呟いた。
そして、微笑しながら、しかして瞳ーー『真眼』は覚悟を持った眼差しでテスカトリポカを見据える。
「それじゃあ、第二ラウンドといこうか!」
ロッセルは先程同様に火球を生み出し、テスカトリポカの元へ飛ばす。
しかし、それだけではない。
先程とは違うものが混じっていた。
光球、黒球、水球。
「こんなに多様な魔術を使えるのか。やはり評価を改めるべきか」
テスカトリポカは槍を振り回して、構え直す。
「けれど、さっきと同じだな」
その声は落胆としたものだった。
テスカトリポカは槍を床に突き刺し、先と同じ煙を発生させた。
「残念だ。新しい系統の魔術を加えようが、同じ結果だ」
煙はテスカトリポカの姿を隠し、そして……テスカトリポカの姿を消した。
「それはこっちの台詞だよ。同じことの繰り返しかい? その絡繰りはもう解かれてるって考えないのかな?」
ロッセルは『真眼』を使い、テスカトリポカの居場所を探る。
しかし結果は同じ。
煙の内にも外にもいない。
何処にもいない。
「いや、ということは……」
ロッセルは指を鳴らした。
それと同時に球状だったそれぞれの系統の魔法が新たな魔法へと転じた。
ーー『火の一線』、『光線放射』、『黒線放射』、『水の一線』
それらの魔法は煙の中を縦横無尽に乱射した。
所構わず、目標があるようには見えず、煙の中を様々な色の放射線が暴れる。
狙いを定めている訳でもなく、出鱈目な攻撃が相手に当たるはずもない。
自棄になったのか、側から見れば、そう映るかもしれない。
しかしーー
「どうしてだ! 何故、俺に当たる!」
悲痛な叫び声と共に、テスカトリポカの言葉がこだまする。
姿は見えない。
だが、声だけが聞こえた。
「どうだい、出てきたらどうだい?」
ロッセルは「ふふっ」と笑みをこぼして、魔法を放ち続ける。
魔法を放ったと同じくして、テスカトリポカの叫び声も大きくなる。
「くっ! どうしてだ! どういう事だ!」
「ははっ! だからさ、もうやめた方がいいと思うよ! だって、今のままだと、的がでかいんだもの!」
笑いながら、あらゆる魔法の放射線を乱射する。
同時にテスカトリポカの叫びはより一層、大きくなっていく。
「やめろ! 何故だ! 糞が!」
そんな最後の叫びを残して、煙が瞬く間に消えていった。
そして、煙が晴れた後、そこには火傷の痕と至る所に穴を空けた身体で肩をぜえぜえと激しく上下し、呼吸するテスカトリポカがいた。
「ようやく、姿を見せたのか」
「何をした! どうして魔術が当たる!」
ロッセルは口の端を上げて、自身の瞳を指差す。
「君の煙の謎は解けてるよ。煙の内にも外にもいない。つまり、君は煙そのものに変化したんだろ」
「だとしてもだ! 俺が煙になったと分かったところで、煙に魔術が当たるわけがない。魔術だけじゃない。もちろん物理攻撃も効かない!」
「そっか、そういうこと。君の世界にはこの力はないのかな?」
「力……? 何を隠している!」
テスカトリポカはキミシマユウキからこの異世界の魔術……魔法に関する知識を共有していた。
およそ知らない知識はない。
「この世界の魔法は俺たちの魔術の下位互換に過ぎない。そう俺もユウキも結論づけた。まさか、俺たちの知らない常識があるのか?」
「さてね? それは自分で確かめてみるといいよ!」
ロッセルは指を鳴らして、魔法を放った。
その魔法はーー
ーー『灼雷』
雷を纏う炎の廻廊が一直線にテスカトリポカの元へ凄まじい速度で向かった。
「くっ! 凄い威力の魔術だ。しかし、規模など関係ない!」
テスカトリポカは目の前に『黒曜鏡』を出現させ、ロッセルが放った『灼雷』を吸収せんとした。
しかしーー
「鏡に吸収……されない⁉︎」
炎の廻廊は『黒曜鏡』に吸収されることはなく、テスカトリポカにそのまま放射された。
それを一身に受けたテスカトリポカはまたも痛苦の叫びを上げる。
「グアアアアァァァァァァ!!!!」
ロッセルの『灼雷』が途切れ、ようやく炎地獄から解放されたテスカトリポカ。
その身は黒焦げに焼かれ、炭化していた。
「どうだい、雷と炎を組み合わせた魔法は? と言っても、この魔法は二系統の混合魔法って訳ではないけど」
『灼雷』は火の系統の魔法に属している。
雷は副次的なもので、その効果はほとんどない。
「だけれど、それを要素に雷の魔法に転化させることは可能だけどね」
ビリビリ、と火花が散ったように、雷の残り香が弾ける。
そして、その魔法は雷に成長する。
「雷の鉄槌とか、雷が落ちるとか言うよね。でもね、魔法はそんな常識さえ、無視して雷を生み出せるんだ」
ロッセルは床で弾けていた雷をテスカトリポカに収束させる。
そして、雷を生み出す。
「ーー『雷喝采』」
焼け焦げた身体に電流、いや雷が走り、弾ける。
いや、弾けると言うより、それは爆ぜると言った方が適当かもしれない。
「ぐっ! やめろ! くそ! 人間が、俺を……」
最後はもう言葉になっていない。
テスカトリポカは朦朧とした意識の中、ロッセルの魔法を甘んじて受けた。
「おや、これでもまだ形を保って生きてるなんて、流石は神か」
元から薄く灰を被ったような肌の色だったが、それすらも見る影なく、今は全身、真っ黒く焦げていた。
テスカトリポカは満身創痍といった感じで、虚ろな瞳をロッセルに向ける。
「どうだい? まだやるかい?」
「何を言っている? 俺が負ける? 勝ったつもりか! 人間が、人間が俺を……!」
仮面を外す。
カランと仮面が落ちる音がして、神の尊顔が露わになる。
そこには切れ長の目に、赤髪の長髪、端正に整えられた顔つきの美丈夫がいた。
「ここから本気でお前に天罰を与える」
「天罰……ね」
両者睨み合う。
テスカトリポカは獰猛な獣の如く。
ロッセルはか弱い人間として、それでも覚悟を持った強い眼差しを向ける。
「君には感謝するよ。僕の弱さを自覚できた。自分がどんな人間なのか、何者なのか、気付けたような気がするよ」
「そりゃあ、よかった。けれど、残念だな。お前はここで、終わる! その自覚も気づきも、無意味と化す。俺が絶望を見せてやる!」
テスカトリポカは煙を発生させ、槍を投擲するかの如く、大きく振りかぶった。
いや、実際に投擲する気だ。
「いいのか? 自分の武器を手放して?」
「問題ない。これで終わらせる」
煙がテスカトリポカの姿を隠す。
そんな煙の中から、凄まじい速さで投げられた槍が飛んできた。
それは先程のテスカトリポカの疾駆と同様、火花を散らして、ロッセルの元へ、向かっていった。
だがーー
テスカトリポカはまだロッセルの『真眼』の能力を過小評価していた。
ロッセルは目にも止まらぬ槍の投擲をーー首を傾けて、すんでのところで躱した。
しかし、その回避はどうにもおかしなものだった。
ロッセルはあらかじめ、槍が投擲される場所が分かっていたかのように首を傾けていた。
「どう言うことだ! 俺は槍に時間差で動きを変える魔術を加えていた。しかし槍は俺の付加した魔術を無視して、真っ直ぐ飛んでいった」
「魔法の時間差発動は誤作動も起きうる。それじゃないかい?」
「違う! 俺がそんなヘマをするわけがない」
テスカトリポカは魔術の神とも呼ばれた。
誤作動も含めた上で何重にも魔術を加え、ミスは限りなくゼロに近づけた。
では、残り僅かな可能性の誤作動が起きたというのか?
「仮説としてそれがごく自然な可能性だ。しかし、俺の魂がそれを否定する! お前はまだ何か隠してるのか?」
「何も。僕は何も隠しちゃいないよ」
ロッセルは青く輝く瞳を指差し、テスカトリポカに言葉を投げる。
「『真眼』は真実を見通す目。いや……その目で見たものが真実になる」
「どう言う……? いや、そう言うことか。予見じゃない。未来予知じゃない。思い描いた未来を現実にする魔眼……だと?」
「正解!」
ロッセルは笑顔で頷く。
「ならば、煙に魔法が命中したのも……?」
「いいや、それは違うよ。『真眼』に性質を変質させる能力はない。あくまで事実を引き寄せるってだけ」
「まだ隠し事があるのか!」
これでは迂闊に手出しできない。
テスカトリポカは口から煙を吐き、その煙を身体中の至る所に点在する傷口に纏わせた。
そうすると不思議なことに、傷口がみるみる内に治っていった。
「なるほど、回復魔法っていうより、その煙も概念に干渉するのか」
「概念?」
「ありゃりゃ、少しヒントを出しすぎたかな?」
ロッセルは掌をテスカトリポカの方へ向け、魔法を発動させた。
一瞬の速度で水の放射線が放たれる。
その水の勢いは鉄をも穿つ破壊力を有している。
「くっ、どうする?」
テスカトリポカは判断に迷った。
回避するか、防御に徹するか。
防御を選んだ場合、選択肢は『黒曜鏡』か防御魔術を張るか。
先程の雷を纏った炎の攻撃は『黒曜鏡』に吸収されなかった。
この攻撃も同様に吸収されない可能性が高い。
ならば、防御魔術を……?
「いや、ここは回避を……」
と判断した瞬間、回避しようとした先に光り輝く球体が出現した。
「だから、君の動きは読めてるよ」
「くそ!」
テスカトリポカは反射的に自身の身体を煙に変えた。
先程、魔法攻撃を与えられたものの、長年の経験で反射的にその行動を移してしまったのだ。
光球から放射線が放たれる。
そして、放射線は煙をーー
しかし、放射線は煙をすり抜け、煙の奥へ消えていった。
「何⁉︎ どういうことだ?」
何が起きたのか分からない。
しかし、これは絶好の機会だった。
今、討たねば、いつ討つか。
テスカトリポカは煙のままロッセルの元へ向かい、そのまま煙を吸い込ませ、内から攻撃、もしくは窒息死させようとした。
その行動を見て、ロッセルは指を鳴らした。
音は煙の中でもよく響き、魔法を発動する合図となった。
ロッセルの『光線放射』がテスカトリポカを襲う。
煙になったテスカトリポカにはそんな魔法、食らうはずがなかった。
通常ならば……。
「ぐぅっ! これは当たるのか」
ロッセルの『光線放射』は見事、煙となったテスカトリポカに命中した。
「だが! わかったぞ! どういう理屈かは知らないが、お前が指を鳴らして発動させた魔法は煙に当たり、それ以外は当たらなかった! そう言うことだろ!」
「お見事。正解だよ。でも、判別できるからって、何か変わるのかな?」
それは合図だった。
世界に対する、摂理に対する合図だった。
指を鳴らす。
それが合図だ。
魔法を発動する。
その意味もある。
しかし、この場においては別の意味を定義している。
「印相のようなものだと思っていたが……?」
「印相? よく分からないけど」
これはつまり、魔法に『概念強化』を付与したのである。
指を鳴らす、と言うのは他の魔法と区別するためのもの。
『概念強化』にはそれ相応の意識が重要で、脳内だけでなく、具体的なアクションで区別することで整理する意味合いがある。
フィンガースナップなしで『概念強化』を付与させた魔法を繰り出すことも理論上は可能だが、人間の身では限界を超えている。
脳への負担が大きいのだ。
「詠唱ありだったり、斬撃への付与だったらまた別なんだろうけどね」
いかんせん、魔法というものはデリケートだ。
無詠唱で魔法を発動させるのも繊細な魔法イメージや魔力操作が必要だというのに、そこに『概念強化』まで付与するとなると、人間の脳ではありえない負担になる。
ロッセルが異常なのだ。
エミリスなどが使用する光ーー神聖魔法ならともかく、通常の魔法に『概念強化』を付与するのは普通ありえない所業なのだ。
そもそも『概念強化』という要素を知る者が少ないのだが。
「指を鳴らした魔法にだけ注意すればいい。それだけで俺には十分だ。それにお前は接近戦は不得意だろう! その証拠に今まで遠距離攻撃しかなかった!」
「ふーん。中々、見てるじゃないか。そうだよ、僕は接近戦は苦手としてるよ」
特にルクス率いるあのパーティの中で接近戦が得意とはとてもじゃないが言えない。
だけれど……。
「自分の弱点をそのままにしておくほど、僕も慢心してないよ!」
接近したテスカトリポカは槍を刺突し、ロッセルの胸を目掛けた。
しかし、その槍の攻撃をロッセルは弾いた。
「何⁉︎」
ロッセルの手には虹色に輝き、回転する、剣のような形の光があった。
「ーー『擬似七天』」
それは『七天』を模したもの。
贋作。
しかして、その威力は本物に勝るとも劣らない。
「いや、流石に本物よりは劣るかな。けど、子供の頃からこの目で見てたからね。精巧に作った自信作さ」
剣が回転する。
円環。
それは永遠を意味する。
「ユウキの術式に似ている。それは、まさか、永久機関か!」
「さあ、どうだろう……ね!」
ロッセルの『擬似七天』が槍を弾く。
テスカトリポカの槍には闇の呪いーー対象を腐敗させる魔術が付与されてた。
しかしーー『擬似七天』は朽ちることはない。
「その虹色の輝き……聖なる力か?」
「神聖魔法に近しいものだとは思うよ」
しかし、『七天』は神の力は付与されていない。
それよりも人間としての矜持が力となっている。
「まったく、英雄も大変だよね……。まあ、僕はそんなものに興味はないんだけどね」
ロッセルは『擬似七天』を振るう。
振った瞬間、描いた剣筋には虹色の輝きが残像のように残った。
そして、その威力はーー
「何だ? この力は! 魔力? いや、それだけでは説明が……!」
テスカトリポカは煙に変化して、『擬似七天』の攻撃を受け流そうとした。
だが、それは叶わない。
「ごめんね。これはそもそも『概念強化』されてるよ。そういう作りなんだ」
「なるほどな」
テスカトリポカは煙化を解き、代わりに口から煙を吐き出し、自身の目の前に壁のように展開させた。
『擬似七天』の斬撃は凄まじい破壊力と輝きを持ってテスカトリポカを襲おうと迫るが、すんでのところで煙の壁によって阻まれた。
「さっきの傷を治した煙といい、結構、応用が効くのかな? へえ」
煙の多彩な応用力に感心しつつ、またも『擬似七天』を振るって七色の斬撃を放った。
「同じ攻撃……舐めるなよ!」
テスカトリポカは空間に魔術の陣を浮き出し、魔術を発動させた。
「ーー『夜の風』」
突如として、肌寒い風が吹いた。
それはまさしく、寂しい夜に吹く風のよう。
「何だい、これは? ただの風?」
「いいや、これは……」
これはーー舞台である。
テスカトリポカがテスカトリポカであるための舞台。
この風がーー夜の風が吹く地でテスカトリポカは神性を強化させる。
信奉されず、知っている者すらいない世界でおいても、この風が吹けば、テスカトリポカは本来の力を発揮する。
「お前を本気を出すに値する敵と認定する。俺がここまでやるのはあの糞野郎以来だ!」
テスカトリポカの身体と顔に赤く光る呪印が広がる。
その紋様は怪しくも、美しくテスカトリポカの身体を彩った。
そして、背中からは緑色に輝く光粒子で構成された翼が生える。
「少しは神っぽいかもね」
「そりゃあ、ありがと……な!」
テスカトリポカは姿を変え終わったのと同時に、槍を複数に増やして、ロッセルに放った。
それはテスカトリポカ本来の能力というより、キミシマユウキの術式を少々、拝借したものだった。
そして、槍にはそれぞれ呪いが付与されている。
それは神をも腐敗させる呪いだ。
先程の腐敗の呪いとは規模が違う。
「お前のそれもタダじゃ済まないだろ!」
「なるほど。さっきとは訳が違うのか」
七色の斬撃を腐敗させ、槍はロッセル目掛けて、直進する。
ロッセルは『真眼』を使って、全ての槍をギリギリで回避した。
いくら『真眼』が優秀な能力だとしても、実際に回避行動をするのはロッセル自身である。
ある程度魔力で身体能力を強化しても今のロッセルではギリギリで躱すのが限界だった。
「まあ、躱せれば、結果は同じだけどね」
「減らず口を叩いてるようだが、息が上ってるぞ?」
「やっぱり僕は後方支援が本業だからね!」
テスカトリポカの槍とロッセルの『擬似七天』が激突する。
二人は凄まじい応酬を繰り広げた。
槍と『擬似七天』が交わる音。
甲高い金属音が響き渡る。
『擬似七天』は魔力で構成されているものの、その硬度、材質は変化させることが可能だ。
今は金属に似た材質に変化させている。
「魔術師にしては良い剣捌きだな」
「近くでお手本が二人もいたからね」
ロッセルは『真眼』で見た動きなどはトレースできる。
と言っても、それに似合った肉体でない限り、動きを覚えていても、肝心の身体が付いてこない。
今は魔力の身体強化で補っているものの、やはりルクスやリゼルが扱う剣術は使えない。
「基本的な動きだけ。でもそれで十分なんだよ!」
それほどに『擬似七天』は劣る肉体を補って余りある力を有している。
これが本物の『七天』ならば、言わずもがな。
贋作である『擬似七天』でこの力なのである。
「確かにその剣は特別だ」
テスカトリポカの目から見ても、『擬似七天』は脅威だった。
おそらく、その剣に触れた瞬間に、自分の存在に影響を及ぼす、と直感が教えてくれる。
先程と同じように煙の壁で防ぐ方法もあるが……。
いや、おそらくだが対策は取られているだろう、とテスカトリポカは考える。
ならば、遠距離からの攻撃に移る。
あの『擬似七天』の魔力消費は大きいはずだ。
どういう理屈かは知らないが、剣に流れる魔力は循環している。
しかし、あの剣を維持するのはロッセル自身の魔力に頼っているように見える。
だとすれば、他の魔術を発動する余力はないはずだ。
接近戦が苦手と踏んで近づいたものの、今度は離れて、遠距離での戦いに移行するとは。
こうも状況が変わる、というのはまさしく戦いの醍醐味と呼ぶべきか。
テスカトリポカは距離を離して、槍を投擲するポーズを取った。
その速度は先の複数の槍の放射の比ではない。
「判断が早いね」
ロッセルは迷いなく判断するテスカトリポカに正直に称賛を送りつつ、『擬似七天』を回転させる。
「けれど、何度も言うようだけど、僕の『真眼』を忘れてるんじゃ……」
「お前が反応できない速度で投擲すれば良いだけだろ」
「本当に……判断が早くて、良いね」
その通りだった。
事前に事象を真実として決定させることは可能だ。
しかし、そのためにはそれ相応の魔力が必要なのだ。
そもそも、『真眼』を所有すること自体、使用に関してはそれ以上の魔力が必要だ。
現時点でロッセルはかなりの魔力を消費している。
ここまで耐えているロッセルがおかしいのだ。
『真眼』を使用して戦闘出来るのはロッセルだからこそのものである。
通常の魔力量の者であったらば、『真眼』を使う前に、所持している時点で魔力が尽きて生き絶える。
「これで……どうだ!」
腕の筋肉を隆起させ、勢いよく槍を投擲する。
槍が放たれた瞬間、凄まじい轟音とともに地面が抉れた。
「回転を加速させるよ」
虹の輝きがより一層、増す。
眩しく光る『擬似七天』は回転させることで魔力を生み出し続ける。
そして、溜め続けた魔力が解放される時、その破壊力は想像を超える、激甚としたものとなる。
「いくよ」
ロッセルの呟きとともに放たれるは弩級の斬撃。
眩い光とともに斬撃は進む先の全てを破壊する。
テスカトリポカは瞬時にその斬撃が危ないものだと察知した。
回避しなければ、自分の身は滅ぶ、と。
だがーー
後ろを振り返る。
そこにはキミシマユウキがいた。
そして彼女と戦う勇者の姿も。
「仲間諸共、消し炭にする気か!」
テスカトリポカは反射的に叫んだ。
しかし、その叫びにロッセルは覚悟を決めた顔で、テスカトリポカを見つめる。
「大丈夫。ルクス君なら何とかする」
それは信頼の度を超えていた。
もはや信奉……いや、それは『真眼』によって確定された未来があるからこその確信なのか。
「何が見えている! お前の目には何が見えているんだ!」
汗が止まらない。
思考が止まない。
どうすれば良い?
どうするのが正解だ!
テスカトリポカは瞬間的にあらゆる可能性を審議し、そして、一つの解答を導き出した。
「これが結末か? この光景を最初から見ていたのか?」
疑問の答えはおそらく返ってこない。
しかしーー
「ああ、人間を甘く見ていた……」
テスカトリポカは腕を伸ばして、両手を前に翳した。
「詠唱する暇はない」
夜風を纏い、掌に魔力を集中する。
そして、魔力砲は完成する。
「ーー『ヨワリ・エエカトル』
先に投擲した槍は『擬似七天』の斬撃に呆気なく掻き消された。
そんな槍の後ろから、巨大な魔力砲が迫る。
「これで、どうだ! 今、出来る、俺の全力だ!」
ロッセルの斬撃とテスカトリポカの魔力砲が激突する。
一秒……その間、一瞬だけ両者の攻撃は均衡を保った。
しかし、一秒後、テスカトリポカの魔力砲は徐々に押し負け、最終的に飲み込まれてしまった。
「これ程とはな。舐めていたのか?」
避ける選択肢はない。
後ろには……。
「まだだ!」
テスカトリポカの目の前に巨大な漆黒の円が出現する。
「ーー『黒曜鏡』」
だが、それはーー
「効かない、って分かってるはずだよ」
その通りだ。
『概念強化』された『擬似七天』の斬撃に『黒曜鏡』はただの黒い石同然だ。
しかし、この短時間でテスカトリポカは『概念強化』を感覚的に理解していた。
流石は魔術の神、と言ったところか。
いや、それは守りたい相手がいたからこそ、努力とは無縁の神に死に物狂いという経験を与えたのだ。
これは神ゆえの力ではない。
神からもっとも遠い位置にある、それこそ人間的な必死さから生まれた限界突破であった。
それでも、『擬似七天』の魔力放出、全てを受け切ることはできなかった。
受け皿から溢れた魔力はついには、その皿すらも侵食する。
「せっかく吸収できたんだけどな……」
『黒曜鏡』はひび割れ、最終的には圧倒的な魔力量に耐えきれず、粉々に粉砕された。
「だが、これなら……」
テスカトリポカの身体が真っ黒に染め上がる。
その色はまさしく黒曜そのもの。
『擬似七天』の斬撃は『黒曜鏡』を粉砕した後、テスカトリポカ自身に吸収されるように向かっていった。
身体中から耐えきれずに噴出する血液。
この肉体ではもう原形を保つことが出来ない。
どうにか『擬似七天』の斬撃ーー魔力放出の全てを吸収したものの、その肉体はもはや、機能不全に陥っていた。
「天晴れ」
テスカトリポカの姿を見たロッセルは正直に賞賛を送った。
立ったままテスカトリポカは死を目前にしていた。
なんとか肉体の形は留めているものの、いつ崩れてもおかしくない。
「なあ……聞かせてくれ」
テスカトリポカの掠れた声がロッセルに届く。
ロッセルはゆっくりと距離を詰めながら、話を聞いた。
「お前は最初からこの結末が見えていたのか?」
テスカトリポカはロッセルの青く輝く瞳を見つめて、問うた。
それを聞いて、ロッセルはゆっくりと口を開けて、返答した。
「それはーー」
テスカトリポカは目を細めて、その答えを聞いた。
そして、この世界で最後の言葉を絞り出す。
「……すまない、ユウキ……最後まで一緒にいられなくて……」
賢王は『世界記憶』にて世界三大魔眼を定義し、記した。
一に『星眼』、二に『虚眼』、そして三つ目に……。
ーー『真眼』
ある一族で代々受け継がれる『真眼』は代を重ねるごとにその真価を発揮すると言われる。
そして、今代、それを受け継いだのが……。
「君のおかげで僕も覚悟を持つことが出来たよ。敵ながら、最大の感謝を」
息を引き取った一柱の神にロッセルは静かに囁く。
そして、戦いの余韻にも浸り終えると、次に別の戦いに視線を向ける。
「さて、戦いも佳境だね」
ロッセルは仲間を信じて、その戦いを見守る。
参戦する、と言う選択肢が一瞬、脳を掠めたが、しかし、今のロッセルでは逆に足手纏いになるだろう。
「あっはっは! 流石、別の世界と言っても、神は神か。魔力がすっからかんだ」
壁に背を預け、ドタンッと床に尻をついた。
もう一歩も動ける気がしない。
「頑張ってくれよ、みんな」
ロッセルの『真眼』は魔力不足で使い物にならない。
彼の瞳には今、未来は見えない。
未来はまだ、不確定に動き続けている。




