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異世界イヌ  作者: 双葉うみ
古国 ガルチュア編
52/57

S20話 天才

 彼ーーロッセル・チレットは天才だった。

 魔法大学においては創設以来の天才として教師陣の間では有名だった。

 しかし、その天性の才能は世界の均衡を崩すほどと判断され、彼の情報は一部の者に限定された。

 

 ロッセルの魔法技術は入学早々、教師陣では手に余り、彼は大学に籍を置きながらも、ほとんど学園には足を運ばなかった。


 その間、ロッセルは旅をしていた。

 魔法大学に入学して一ヶ月、彼は大学の図書館に篭り、蔵書を全て読み終えた。

 そして、もうここで得られる魔法はない、と判断したロッセルは学園を出て、世界を旅することに決めたのである。


 彼は様々な土地へ足を向けた。

 森の奥地に住んでいる部族集落。

 どの国にも属さない海上都市。

 一番空に近いと言われる、山の上にある天文台。


 彼はそんな各地で魔法を蒐集して、魔法の知識を蓄えていった。

 どんなに地味な魔法でも良い。

 自分の知らない魔法を集めて、無知を埋めていく。

 それを生き甲斐としていた。


 ロッセルには特に夢がなかった。

 実家を出奔して、自由に生きると決めたは良いが、これと言って目的は何もなかった。

 そこで初めてロッセルは自由がとても難しいことを知った。


 それでも生きるためには屋根のある場所が必要だった。

 そこで目についたのが魔法大学の特待生制度だった。

 特待生になれば入学料や授業料、その他諸々を免除してもらえる上、大学寮にも住める、とのことだった。


 ロッセルは魔法の知識に関してはほとんど知っていたが、魔法大学ならば自分の知らない魔法もあるかもしれない、と言う興味もあって、彼は魔法大学に入学したのである。


 しかし、魔法大学は彼にとって暇潰しにもならなかった。

 一ヶ月でこの学園にいるのも飽きてしまった。


 結果、彼は旅に出ることに決めたのだが……それも特に面白みがあって行っている訳ではない。

 結局、彼には生きる目的がなかった。

 旅に出る際、大学からは研究費という名目で路銀を貰った。

 それに旅で赴いた各地でちょっとした魔法の手伝いで駄賃も貰える。

 生きるための必要な金に困ることはなかった。


 彼の魔法の師はベルトリス・カリルール・ベンサリア。

 師と出会ったのは世界で一番空にーー天国に近いと言われるウトピア山の頂、シュテルン天文台だった。


「やっと出会えました。まさか、こんな北の地まで来ていたのですね」

「ん? あなたは誰かな?」


 ロッセルは天文台のドーム上の屋根の縁に腰掛けて、夜空を眺めていた。

 ベルトリスはそんなロッセルの元へ、浮遊魔法で飛んで近づいてきた。


「私はベルトリス・カリルール・ベンサリア。一応、評議国で魔法顧問を務めています。よろしくお願いします」

「へえ」


 ロッセルは魔法顧問と言う単語に少しだけ反応するものの、夜空を眺める以上の興味は見出せなかった。


「お隣、よろしいですか?」


 ベルトリスの言葉にロッセルは黙って頷いた。


 シュテルン天文台からの夜空の眺望は絶景だった。

 真っ黒な空に煌めく幾つもの星々。

 その色は様々で妖しくも美しく、空を彩っていた。

 

「星がお好きなのですか?」


 ベルトリスの問いにロッセルは無表情で夜空を眺め続けながら答えた。


「いいや、特に」


 ロッセルは天体観測が趣味と言うわけではない。

 とりわけ星が好きと言うわけでもなかった。


 ただ何となく見ている。

 特にすることもなく、これも暇潰しだ。


「おや、そうなのですか? この夜空に幾人の英雄が魅入られたのですがね?」

「英雄……?」

「ええ、数多の英雄がこの夜空に恋焦がれ、目指した。いや、今も目指しているのですかね」


 ベルトリスの話に少し興味が湧いた。

 普段ならば聞き流すのだが、どうしてかその時は聞く耳を立てていた。


「英雄ってのは、誰なのかな?」

「そうですね……有名なところで言えば、剣帝でしょうか?」

「剣帝だって?」

「ええ」


 剣帝といえば知っている。

 剣士でなくともその名を知らぬ者はいないだろう。

 だが、その存在はまことしやかに語り継がれているに過ぎない。

 剣聖や剣鬼、剣龍ならば、それぞれ現代においてもその剣術が受け継がれ、広まっているので、その存在も現実を帯びている。

 しかし、剣帝に関しては何も分かっていない。

 ただ三剣の上に立つ剣の頂としか知られていない。


 その存在の証拠は何もない。

 誰もが知っている名、しかして実在するかは誰も知らない。


 横の男はそんな名を実例に出した。

 彼は剣帝に会った事でもあるというのだろうか。


「あなたは剣帝と……」


 ロッセルが問いかける途中でベルトリスが答える。


「知り合いですよ」


 何を馬鹿なことーーと言い掛けて、止めた。

 問いに答えるベルトリスの目は真っ直ぐにロッセルを見つめていた。

 そしてーーロッセルに嘘は通用しない。

 ロッセルはベルトリスの言が真実だということに気付いたのだ。


「剣には詳しいですか?」


 突然のベルトリスの問いにロッセルは目を瞬かせた。

 未だ、剣帝の件で驚きを隠せない状態だったので意識が削がれていた。


「剣? いや、僕は魔法師だからね。剣はさっぱりだ」

「そうですか。まあ、聞いておいてなんですが、私も人生の大半を魔法の研鑽に費やしたくちです。けれど、これは常識として知っておいて損はないと思います。剣はーー夜空を体現するために生まれた、と言うことを」

「夜空?」

「はい」


 そうして二人は同時に夜空を見上げた。

 綺麗な夜空。

 寂しい夜空。

 

 ーー剣と夜空?


「すまないが、どうして夜空なんだい? 剣と夜空、繋がりが見えない」


 そんなロッセルの質問にベルトリスはあっけらかんと肩をすくませて首を傾げた。


「さあ、どうしてでしょうね。それは本人に聞かなくては分かりません。けれど、そんな深い意味はないのかもしれません」

「そんなものなのかい?」

「そんなものだと思います」


 そうして二人は夜空を眺め続けた。

 これといった話題もない。


「あなたは……夜空を見に?」


 おそらく違うだろう、と思いながらも問い掛けた。

 本当の目的、それはたぶんーー


「いいえ、私はあなたに会いに来たのですよ」


 そう最初に言っていた通り、ロッセルに会いに来たのだ。

 しかし、だとしたら何の用だと言うのだろうか。


「ロッセル君、私はあなたを勧誘に来たのですよ」

「勧誘……何の?」


 勧誘に碌なものはない。

 ロッセルは邪険な眼差しでベルトリスを見つめた。


「それは秘密です。けれど、あなたを楽しませることは保証しましょう」

「ん?」


 内容を知らずに受ける依頼があるだろうか?

 暇潰しを探し続けているロッセルでさえも、流石にそんな怪しい勧誘は受けない。

 ロッセルは首を振って、ベルトリスの勧めを遠慮した。

 しかし、ベルトリスは引き下がらない。


「あなたは生きる意味を見出していないのでしょう?」

「それは……」


 どうして、そんな自分の真意を知っているのか。

 ロッセルは『真眼』を使って、ベルトリスの内に潜む心を読もうとした。

 しかし、答えは返ってこなかった。


「あんた、何者だ?」


 そこでようやく、目の前の人物が只者ではないことを理解した。

 ベルトリスはロッセルの問いに自身の瞳を指差し答えとした。


「これが分かりますか?」

「そうか……あんたも魔眼持ちなのか」

「そうです」


 ベルトリスの瞳は紫色に薄く光っているように見えた。

 その魔眼の名はーー


「あなたには特別に教えます。この魔眼の名は『虚眼(ヴィオレ)』と言うのです」


 魔眼の性能に関してまでは教えてくれなかったが、彼が特異な存在だと言うことは分かった。


「その眼……僕よりも上の階級なのかな?」

「いえ、あなたの眼も特別なものとお見受けしますが」

「僕の眼なんて、ただ人の心を読めるだけ。読みたくもないのにね。欠陥品だよ」

「おや? それは……少々、勿体無い認識ですね」

「うん? それはどう言う意味だい?」


 ベルトリスは微笑みを向けて口を開いた。


「どうでしょう? それを含めて、私について来てくれませんか?」


 そう言うことか。

 当初よりは幾分か興味を抱いているのは事実だ。

 このベルトリスという人物は今までのロッセルの人生でも会ったことのない特別な存在だろう。


 しかしーー


「いや……」


 ロッセルはとうに諦観していた。

 心が躍らない。

 躍動しない。

 ワクワク、という感情はもう自分の中にはないのだと諦めている。


 だから、ベルトリスの提案を反故にする。

 何も変わらないかもしれない。

 そんな可能性を突きつけられる、可能性が事実に変わる時ほど絶望することはない。

 だったら、最初から諦めていたほうがいい。

 

 そう思って今回も、行動に移すことはなかった。

 これからもただ何となく、旅をして生きて死ぬ。

 それでもう十分かもしれない。


 そうだ、それでいい。


 だが、この瞬間、ロッセルの人生観が一変する、その契機となった。


「ならば、最後に私の力をお見せしましょう。本当にこれで最後です。これでダメだったら、潔く諦めましょう」


 そう言って、ベルトリスは浮遊した。

 

「派手な方がよろしいですかね? では、これが私の魔法です」


 ロッセルはその光景に瞼が閉じれなかった。

 瞼を閉じることが惜しいと思ってしまった。


「なんだい……これは?」


 ロッセルの口から漏れ出た疑問。

 それは魔法が引き起こした現象についてか、それともその魔法そのものに関してか。


 ーー夜空が消えた。


 天文台の周辺の空だけがぽっかりと穴を開けたように、夜空が消えたのだ。

 その代わりにそこには青空が広がっていた。


 ーー紫虚、碧霄、蒼穹


「ああ、これはすごいや」


 ロッセルはいつ振りかの心の底からの笑みを見せた。

 そんなロッセルを見て浮遊するベルトリスは同じく笑みを浮かべて、先程と同様の勧誘をする。


「どうですか? 一緒について来てくれませんか?」


 その誘いにロッセルは青空を見上げながら、小さく呟いた。


「うん、いいよ」


 それからロッセルはベルトリスについていき、評議国に向かった。

 その道中、ベルトリスからは様々な魔法を学んだ。

 その魔法の数々はロッセルの知らないものばかりだった。

 

 ロッセルは驚いた。

 現存するこの世の魔法はほとんど知っていると思っていた。

 マイナーな生活魔法ならともかく、ベルトリスの教える魔法はどれも有名になり得る内容の魔法だった。


 彼は何者なのか?

 その実力はそれこそ、神話に名高い大魔法使いや賢王に並ぶのではないかと、現代最優の魔法師は思った。


 ベルトリスと旅をして一年、ようやく評議国に到着した二人は、早々に都市の中心に位置する神殿に向かった。

 そして、神殿の中の一室に通され、そこで待っているように言われる。


 その部屋には先客が二名いた。

 活気ある少年と清楚な少女。


「よお」


 少年が気安く話しかけてくれる。

 少女は無言で会釈するのみ。


「ああ、やあ」


 ロッセルは多少、状況に困惑しながらも、成り行きに任せた。

 待っている間、快活な少年と少しの間、話した。

 何も聞かせられていないロッセルと違い、少年は少しばかり事情を知っているらしい。

 聞くところによると、ロッセルたちは今、勇者の到着を待っている、とのことだった。

 そうして待つこと一時間ほど。


 ようやくベルトリスが戻ってくる。

 そして、同じく部屋に入ってくる人物がいた。


 それが、彼の人生をひっくり返してくれた存在。


 勇者ーールクス=リヴァルサン


 ロッセルは彼から目が離せなかった。



――――――――――――



 懐かしいことを思い出していた。

 そういえば自分は無気力に生きていたのだっけ。


 けれど、そんな人生は一変した。

 勇者と出会ってから、ロッセルの瞳に映る世界は輝いた。


「って、懐古に浸っている場合じゃない」


 目の前の敵。

 彼の『真眼』はその敵を神だと断定した。


「神……神かあ……」


 この国に来てから、というか今日というこの日はどうにもロッセルにとってイレギュラー過ぎるものだった。

 無味乾燥とした毎日に退屈を感じていた自分が今日に限っては、良くも悪くも人間らしく感情を露出させている。


 自分を超える実力者に幾年振りかの冷や汗を浮かべ、そして、国民が消えた状況に対しては焦りを見せた。

 そして目の前の神については、もう絶望していた。

 

 お腹いっぱいもいいところだ。

 自分がここまで感情豊かになれることに驚きすら感じる。


 けれど、そうして怯えて、不安して、焦燥感に苛まれるばかりではいけない。

 こいつとは戦う選択肢以外はもうないのだ。


「覚悟を決めるしかない」


 それにルクスに頼まれた。

 あのルクスに。


(僕の世界を変えてくれた恩人に頼まれたんだ。頑張らないとね)


 ロッセルは冷や汗を浮かべながらも、笑みを作って敵に対する。

 敵ーーテスカトリポカは槍を構えて、ロッセルの動きに注意していた。


「それじゃあ、始めようか!」


 ロッセルは火球を四つ生み出して、空中に浮かべる。

 火球は素早い動きで空中を飛び回り、テスカトリポカの周りを忙しなく動く。


 テスカトリポカはその火球を目で追おうとするも、その速さに段々と遅れをとる。

 その瞬間、ロッセルは小さな声で呟いた。


「君は今、火球を目で追えないのかな?」


 その声は聞こえない。

 テスカトリポカは呟きに気付かずに、目の前の火球に必死だった。


 だが、ロッセルにはその質問に答えてもらう必要はなかった。

 彼の『真眼』は勝手にその真実を解き明かす。


「なるほど。それじゃあ、いこうか」


 そう言って、ロッセルは指を鳴らして、火球に変化を加える。


 火球から一本の線が生み出された。

 放射線が放たれる。

 その魔法の名はーー


 ーー『火の一線(ファイアライン)


 レーザーのように放たれた『火の一線』はテスカトリポカを襲った。


 テスカトリポカはそれを回避しようとするが、一つを避けようとすれば、また別の『火の一線』が回避先に放たれる。

 そしてまた別の『火の一線』がテスカトリポカの死角から放たれ、もう一つも同じく死角を狙う。


 その魔法練度は相当なものだった。

 簡単なようでいて、この『火の一線』は通常のものとはかけ離れている。

 もはや、全く異なる魔法と言っていい。


 第一に火球を動かす魔力操作は瞠目に値する。

 これほどの魔力操作は早々お目にかかれない。

 ダスカロイ・フォルゲンという例外はいたものの……。


 そして第二に火球を『火の一線』という魔法に転ずる応用力、展開力は流石という他ない。

 そもそも別の魔法から別の魔法へ変化させることは難しい。

 それが同系統の魔法であっても、魔法というものはそれぞれ個別に独立している。

 だからこそ、魔法の変化という所業はそれだけで難易度が段違いに高いことが伺える。


 できる人間はいる。

 しかし、それも限られたものだけ。

 そしてこれほどまでに流麗に、そしてオンオフのように変化を切り替えられる魔法師は世界を見てもロッセルと他数名に過ぎないだろう。


「どうする? ここからどうやって防ぐかな?」


 テスカトリポカは防戦一方の形に追い込まれていた。

 避けることはほとんど叶わない。

 ならば防ぐしかない。

 しかし、一箇所だけならまだしも、全身を守る魔術はそれに集中する他なかった。


 先程、キミシマユウキが使った『黒曜鏡』で防ぐ選択肢もあった。

 だが、おそらく……。


 しかし、このままではジリ貧は自明。

 テスカトリポカは『黒曜鏡』を目の前に出現させ、『火の一線』を吸い込もうとした。

 けれどーー


「やっと、それを出したね。けど、それは……!」


 そう、『黒曜鏡』による『火の一線』の吸収は叶わなかった。


「やっぱりそうだ。火球を素早く動かし、発射地点を変えることでその黒い物体による吸収は間に合わなくなる!」


 ロッセルの推察は当たっていた。

 しかし、そうだとしても、それを可能と出来たのはロッセルの実力があってこそだった。


「やるな……」


 突然、声が聞こえた。

 その声は火球が飛び回る渦中の方から聞こえたように思える。


「まさか、喋れるのかい?」


 その声の主はテスカトリポカだった。

 今まで、意思疎通が取れていない、まさしく不気味な存在として認識していたのだが、まさか喋れるとは思いもよらなかった。


「この魔術の才覚。我々ーーユウキがいた世界にも数えるほどしかいなかった。見くびっていた」


 仮面を被る神の表情は分からない。

 しかし、何故か笑っているように見えた。


「だが、俺には勝てない。俺は魔術の神としても崇められていた。想像の力は絶対だ。人々がそう願えばーー畏れを抱けば、神は降臨し、力を手に入れる」

「話を聞く限り、君たちはルクス君と同郷ってことだろう? つまり、この世界の存在じゃない。神だと思って、焦ったけど、この世界に君の信仰はあるのかな? 信仰なき神が力があるとは思えないよ!」


 ロッセルは火球をもう一つ生み出して、テスカトリポカの周りで飛び回る火球たちに合流させる。

 そして、火球のスピードも加速させる。

 この均衡状態を崩そうとロッセルは動いた。


「なるほどな。もう一つ火の玉を増やせるのか。だがーー」


 テスカトリポカは手に持つ槍を地面に突き刺した。

 そして同時にテスカトリポカの周りに煙が立ち込める。


「どこから湧いた?」


 その煙は突然、どこからともなく現れて、テスカトリポカの姿を隠してしまった。


「見えないからって、関係ないよ」


 ロッセルは魔力感知を行う。

 視覚による確認が出来ずとも魔力を持つ者ならば魔力感知で特定できる。

 しかし、その魔力感知ではテスカトリポカの位置は確認できなかった。


 ならば、とロッセルは自身の『真眼』の力を使った。

 

「君は今、煙の中のそこにいる」


 そう言ってロッセルは煙のすべての位置を順番に脳内で指し示した。

 しかし、結果は……。


「どこにもいない?」


 ということは、まさかもう煙の中から脱出したということか?


 ロッセルは『真眼』を使って別の問いを投げかける。


「君はもう煙の外にいる」

 

 しかし、その結果はより一層、ロッセルを混乱させる。


「外にも……いない⁉︎」


 内にも外にもいない。

 テスカトリポカは何処にもいない。

 そんな結果が示されてしまった。


 どういう事か?

 何処に消えてしまったのか?


 ロッセルは一旦、火球を自身の元へ戻し、様子を伺った。

 しかし、それを待っていたと言わんばかりに、煙は晴れ、そして先程いた場所にテスカトリポカが現れた。

 一歩も動いていないように、そこに立っていた。


 そして、その事実に驚く暇もなく、テスカトリポカが一直線にロッセルに向けて槍を突き出し、突進した。

 テスカトリポカの足からは火花が散っていた。

 どれほどの速度で走っているというのか。

 ロッセルの目の前に迫るのに、そう時間は掛からなかった。

 

「どうして……⁉︎」


 疑問が口から出る。

 しかし、その答えを聞く前にーー『真眼』がその真実を特定する前に、ロッセルの胸に槍が突き刺さる。


 目を剥く。

 激痛が全身を襲う。

 刺されたのは胸だというのに、胸は不思議と痛くなかった。

 ただ脳が激痛を認識する。

 痛いという感覚だけがロッセルを苦しめた。


「くらえ……」


 ロッセルは途切れそうになる意識を保って、魔法を放った。

 自分の元へ戻した火球から『火の一線』を放つ。

 しかし、それはテスカトリポカの『黒曜鏡』によって全てを吸収されてしまった。


 そのタイミングでテスカトリポカは槍を引き抜き、と同時にロッセルの身体がドタンッと床に倒れ落ちた。

 ロッセルは虚ろな瞳で仮面の存在を見つめる。


「待て……」


 ロッセルの掠れた声が口から出る。

 しかし、その声は相手には届かない。


 テスカトリポカはそんな彼を一瞥することもなく、キミシマユウキの元へ足を向けた。

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