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異世界イヌ  作者: 双葉うみ
古国 ガルチュア編
51/57

S19話 降臨

 キミシマユウキは五歳を境に牢の中で暮らすようになった。


 薄暗い場所だった。

 本邸の外れに位置する廃屋と言って差し支えない家屋の地下に彼女は幽閉されていた。

 

 何故こんなことになったのか?

 当初、幼い彼女は理解できなかったが、そこで過ごすうちに、理由に関しては何となく想像できる様になった。


 詰まるところ、彼女の姉が自分よりも優秀だったからだ。

 

(私は必要なくなった? いてはいけない存在になった?)


 真実は分からない。

 けれど、それ以外に理由は思い付かなかった。


 姉はユウキの五つ上で、牢に入る前はとても可愛がられた記憶があるが、牢に入ってからは一度も会いにきてくれない。


 結局、姉にとって自分とはその程度の存在だったのだとユウキは結論付けた。


 ユウキの魔術師としての素質はそれなりに良かったと自評している。

 君島家で受け継がれている術式『雨ノ時空傷(カンナヅキ)』に関しては姉ほど上手く扱えないが、彼女には彼女だけの特別の術式があった。


 その術式は先天的に、遺伝においては特異的に発現したものであり、その性能は魔術界において、とても稀有なものとして評されていた。



 牢に入れられて、十年の歳月が経った。

 キミシマユウキは十五歳になった……と思う。

 実際には時間感覚はないに等しい。


 牢の中には時計はなく、朝昼晩、食事を持ってくる女中が来ることで、大体の時間を把握していた。


 だからこそ、自分の年齢に自信はない。

 おおよそでしか、それを認識できなかった。


 そんな自分に絶望することもある。

 誰もが知り得る常識を自分は何も知らない。

 この牢の外では自由に走り回る同年代がいっぱい、いるのだろう。

 そんなことを想像すると、とてつもなく絶望してしまう。


「ユウキ……」


 あの女が初めて牢にやって来たのは何の前振りもなく、突然のことだった。

 

 ユウキは何も喋れなかった。

 言葉は理解していた。

 そもそも学は与えられた本から得ていた。

 どのような意図があるかは分からないが最低限の知識は与えられていたのだ。


「もう少しだから」


 女は突然、話し始めた。

 ユウキの反応を待たずに女は訥々と話し始めた。

 独り言なのか……いや、その言葉はユウキに対するもののはずだ。


 ここには女と自分しかいない。


「あともう少しで、私が当主になる……そしたら……」


 女の言葉はよく分からなかった。

 言葉の意味は分かる。

 しかし、内容の意味が分からなかった。


「何を……言っている……の」


 ユウキは掠れた声で問いかけた。

 声を出すことなんて、そんな状況、この牢の中で一切としてなかったので、上手く声が出なかった。


 そんな彼女の掠れた声を聞いて、姉は悲しそうに眉を下げながらも、口元は笑みを作っていた。

 どういう表情なのかユウキには判断できなかった。


 こいつは薄情な奴なんだと思い続けた。

 こいつに対する怨念、復讐心めいた恨みによって、この十年を生き続けた。


 だと言うのに、なんだ?

 今のこいつは。


 こんな奴が今まで恨み続けた相手だと言うのか?


 認めたくなかった。

 信じたくなかった。



 姉が死んだというのはその数ヶ月後に知った。

 女中が知らせてくれた。


 それからの君島家は慌ただしかったーーらしい。

 女中からの又聞きなので実際どうだったかは分からないが、次期当主が亡くなった被害は甚大で、家はその後始末や今後の対応に忙殺しているらしい。


 姉は魔王と神の抗争に参加して、死んだ。

 姉は魔王側に付いていたらしい。

 しかし、姉を殺したのはどうにも神側の者ではない、とのことだった。


 姉は鎌倉で死んだ。

 魔王は鎌倉の地で一番最初の大規模戦闘を行った。

 その次に京都、そして決戦は横浜だったらしい。


 姉の死を知って数日ーー君島家は滅んだ。


 そして、今、目の前ーー牢の外側からユウキを覗く影。

 それがユウキをこの牢から解き放ってくれた恩人ーー名を明智恭介(あけちきょうすけ)といった。


 彼が君島家を滅ぼしたらしい。

 それは文字通り、何の比喩でもなく。

 

 没落させたとか、そういう意味合いではなく、君島家の者をユウキを除いた全員を皆殺しにしたらしい。

 

 なぜこんな事をしたのか?

 彼曰くーー


「君のお姉さんに頼まれたんだ」


 らしい。


 姉は自分が死んだ際に明智に君島家の滅亡とユウキの救出を頼んでいた。

 それがどういった内情、意図があったかはもう一生分からない。

 けれど、姉はユウキを想っていたのだ。


「これからどうする?」


 明智は首を傾けて、笑顔で問い掛けた。

 彼の背後には大量の死体が積まれていた。


 そこにはもう顔を忘れたユウキの父と母の姿もあるらしい。

 しかし、そう言われてもよく分からなかった。


「あなたに付いて行ってもいい?」


 彼はユウキの返答に変わらず笑顔で頷いた。


「いいとも」


 そうして、それから数年、ユウキは明智とともにあらゆる地を旅した。

 各地で様々な事件に巻き込まれては、探偵である明智が解決する、そんな旅だった。


 彼は不思議な男だった。

 そもそもどうして姉と知り合いだったのか、分からない。

 それに関してはわざわざユウキからも聞くことはなかったので、知りようもなかったのだが。


 けれど、疑問は山積していく一方だった。

 何故、姉はユウキを助けたのか。

 姉はユウキのことをどう思っていたのか。

 どうして君島家を滅ぼして欲しいなどと明智に頼んだのか。

 姉は何を企んでいたのか。

 どうして魔王と神の抗争に参加したのか。


 ーーどうして私を置いていって死んだのか?


 分からない。分からない。分からない。


 気付けば姉のことばかり考えていた。

 あいつの顔が頭から離れない。

 最後に会った時のあの表情がこびりつく。


 胸のもやもや。

 胸の奥に膨らんでは縮んで、それを繰り返す、謎の感情。


 イライラする。

 どうしてこんなにも悩まないといけないのか。


 勝手に一人にして。

 勝手に孤独にして。


 どうして冷徹に、残酷に別れてくれなかった。


(どうすればいいのよ。私は……これから……)


 無力だった。

 何も出来なかった。


 今の自分では夢を持ったところで、それを可能とする力がなかった。


 そんな風に悩む夜。

 そうして毎夜、悶々としながら眠りにつく。


 ユウキは枕に頭を預けて、顔を横に向けた。

 枕元には小さな神様がいる。

 

 名前はテスカトリポカ。

 仮面に小さな身体はぷかぷかと浮かんでいる。

 神様というよりかは妖精やいわゆるマスコットキャラクターのような可愛らしさがあった。


 彼女の含有魔力ではこれが限界だった。

 本来ならば、もっと大きな身体なのだろう。


 テスカトリポカは彼女の顔の近くで同じく横になって眠りのポーズをした。

 ユウキも同様に眠りにつく。

 瞼がだんだんと重たくなって……


 いつものように、眠った。


 そうして次、目を覚ましたときには異世界に来ていた。


 ーー彼女は力を手に入れた。



――――――――――――



 その門は窮極に繋がっている。

 かの外なる神が(おわ)すその場所は選ばれし者だけが行き着ける。


 彼女ーーキミシマユウキは今、正式な手続きではないにしろ、その門ーー『窮極の門』を開いた。


「巨人? あれはこの門の番人? 導き手? それにしては俺の知識と違う……」


 ルクスの前世での知識によれば『窮極の門』の導き手は人並み、いやそれよりも小さな背丈だったと記憶している。

 

 しかし、目の前に現れたのはどう見ても巨人だった。

 全長10メートルはゆうに超えている。

 それはどう見ても、巨人と呼称して過言ではない大きさ。


「あれは……?」


 ルクスの疑問にキミシマユウキが笑いながら答える。


「いつだって例外はつきもの。そもそもフィクションの神話が真実に繋がること自体、奇跡に等しいのよ? 多少の差異は想定して然るべきじゃない?」


 ルクスは眉間を狭めて、彼女の答えを聞いた。


「俺たちにとっては不利になる差異だな」

「私は運がいいの。この異世界に来たのだって私の幸運が運んでくれた!」


 前の世界にいた、とある小説家。

 彼は新たな神話を創造した。

 そして、それは全く別次元の畏怖を持って神を創り上げた。


 ーー宇宙的恐怖(コズミックホラー)


 その概念はただの想像上のものだったはず。

 しかし、そのフィクションの神話はどういうエラーが起きたのか、真実として、ここに定説された。

 

 多少の差異はあれど、かの神話は世界に舞い降りたのだ。

 つまりはーー降臨。


 神話は今、降臨された。


「真実がどうであれ、現状は変わらない。さあ、どうするか……」


 目の前に立ち塞がるキミシマユウキと邪神。

 そして『窮極の門』から現れた門の番人とその奥にいる絶対に現界させてはいけない存在。

 最後に、もう一柱、アステカ神話の闇と月を司る戦闘の神にして、魔術の神とも称されるーーテスカトリポカ。


 どれを相手にしても手強い。

 しかし、ルクス一人で全員と相手することは不可能。

 仲間それぞれに相手取ってもらう他、選択肢はない。


 では、どうするか?

 誰を誰と相手させるか?


 ルクスはキミシマユウキと邪神の攻撃を受けつつ、瞬時に思考した。

 その思考時間はわずか1秒にも満たない。

 しかしルクスの脳内時間は10分は超えていた。

 

 ルクスは龍剣解放の効果により、身体を創り変えられる。

 その恩恵で、今現在のルクスの身体ーー脳はそれが可能だった。


「リゼル! 一旦そいつの相手をやめて、エミリスと合流! そして、あの門から出ようとしてる巨人と戦ってくれ!」


 それを聞いてリゼルは頷くこともなく、ルクスの言う通り瞬時に現在の戦闘から離脱し、門の方へ向かった。

 エミリスも緊張した面持ちで無言で頷き、リゼルの後を追った。


 そして、最後にーー


「ロッセル! その仮面野郎の相手はお前だ!」


 ロッセルは目を見開いて、焦燥の顔をルクスに向ける。

 ルクスはそれを真剣な面持ちで受け止め、小さく呟いた。


「ロッセル、任せた」


 その言葉を聞いて、ロッセルは焦りや緊張、不安、そして、恐怖を押し込め、覚悟して神と対峙する。


 配役は終わった。

 あとは自分も自分の仕事をするだけ。

 

 ルクスは深呼吸をして、目の前の敵を見据えた。


「んじゃあ、心置きなく、やり合うか」


 ルクスの言葉にキミシマユウキは笑いながら、答える。


「一方的になるだろうけどね!」


 キミシマユウキは叫びとともに、あらゆる空間に傷を刻み、空間の歪みから邪神の触手を生え出していく。

 そして触手は一直線にルクスを襲う。


 四方八方、上下左右、あらゆる位置からの攻撃にルクスは瞳を閉じて、それを迎え撃つ。


 視覚を自ら封じながらも、ルクスはそのすべての触手を知覚していた。

 魔力感知。

 研ぎ澄ませば、それは第六感の域まで至ることが出来る。


 ルクスは知覚した触手を認識して、その全てに斬撃を与えるイメージをする。

 そして、それを完了した後、イメージを現実のものへと実現させる。


 その斬術は世界の始まりを意味する。


 世界が始まるとはなんだろうか?

 一つ解釈を述べるのであれば……。

 人にとって世界の始まりとは朝を迎える、と言うことではないだろうか。


 朝ーー

 それは世界に光を与える時間を言う。

 それは世界の輝きを証明する事実である。

 

 幸福の象徴。

 至福の一時。

 恵みの瞬間。


 その剣技は朝日を体現した、龍が天を舞う、空に光差す、最も長い一瞬。


「ーー『(リュウ)(アサヒ)』」


 その瞬間、ルクスを襲う触手は一斉に散り散りに細切れにされた。

 細切れにされた触手はもはや塵。

 切断された触手は切断面から先を失ったことでだらんと脱力していた。


「くっ!」


 キミシマユウキはその光景を見て苦虫を噛み潰したように歯を食いしばった。

 何度、驚かされるのか。

 この男は未だ何を秘めていると言うのか。

 

 けれど、負けられない。

 自分は何も背負っていない。

 何も抱えていない。


 だが、叶えなくてはいけない望みがある。

 成し遂げなければいけない願いがある。


 見ているだろうか、あの女は。


 キミシマユウキは一瞬、曇った表情をすぐさま笑顔に変えて、意識を戦闘に戻す。


「ここで立ち止まれない。ここで立ち止まっていられない!」


 再起の叫びとともにキミシマユウキは疾駆した。

 その走りは疾風と表現して過言ではない。

 足に身体強化の魔術を加え、同時に風も操っている。

 その姿は本当に疾風だった。


「来たか」


 それを見てルクスも地面を蹴って走った。

 向かうは当然、キミシマユウキの元へ。


 二人の距離はどんどんと近づいていく。

 そして、その距離がゼロに等しくなる直前、二人は同時に剣を振りかぶり、薙刀を大きく振り上げた。


 二人の得物は衝突した。

 ルクスは聖典流『心斬(へロス)』を繰り出し、キミシマユウキは薙刀の平行線上に二つの時空の傷を生み出し、そこから重複事象を使い、刀を三本、同時に繰り出した。


 二人の攻撃は互角だった。

 どちらも凄まじい攻撃だったが、その二つが衝突した結果は、エネルギーの暴発や爆発などではなく、ただ凪のように静かだった。


「二つの余波が重なり合って、同調するなんて……珍しい現象ね」


 キミシマユウキはその現象に僅かに瞼を開けて、興味深げにそれを見た。

 ルクスも同様にその結果に驚いた。

 しかし、ルクスにおいては単純にその現象に、と言うよりは相手が自分と同等の攻撃を放ったことに驚いた。


 相手を侮ってはいない。

 以前、状況は切迫している。

 ギリギリである。

 だが、ほんの少しだけ余裕を残していたのかもしれない。

 それは無意識的に。

 潜在的に。


 ルクスはキミシマユウキの脅威度をもう一度、上方修正する。

 つまりーー


《龍剣解放》


 ルクスは何度目かの変化を遂げる。


 相手が強ければ強いほど、彼は強くなる。

 それは摂理によって。

 真理によって。

 世界のシステムは彼を祝福している。


「この化け物が……!」


 キミシマユウキは悪態をつく。

 戦いの最中に成長……いや、変貌するなど辟易せざるを得ない。


 ルクスは瞳を青色に輝かせる。

 

《天仙修羅ーーコード672、解除》


「楽しくなってくるぞ! もっと!」


 ハイになるのを自覚する。

 テンションが上がる。

 気分が良い。

 全能感に支配される。


 先端は切り開かれた。


 ルクスとキミシマユウキ。

 ロッセルとテスカトリポカ。

 リゼル、エミリスと門の番人。


 そうして、古国での決戦が始まった。


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