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異世界イヌ  作者: 双葉うみ
地下迷宮 探索編
5/57

004話 戦闘/狩猟

 レムスとの日々は壮絶なものだった。

 寝床は冷たい地面で、食料は自分たちで調達する。

 これが本当に辛かった。

 そして――大変だった。

 食料は地下迷宮に棲息する魔物たちが大半である。つまり食糧確保のため、その都度、魔物を狩猟しなければならない。

 魔物以外にも迷宮内に生えている薬草や鉱石を食べる事もあるが、これは体力が回復する訳ではなく、体内の魔力量が回復するのみ。

 やはり魔物の狩猟は必須ということだ。


 また、魔物であれば体力だけでなく魔力量も回復することから、効率的にも魔物の方がコスパが良い。

 しかし、この魔物の狩猟が想像以上に大変だった。

 そもそも時間になったら自動的にドッグフードを与えられる生活を送っていた飼い犬が突然、自分で食料を取ってくるのは至難の業どころではなく無理ゲーも甚だしい。

 そのほとんどをレムスの手を借りながら――いや、正直、全てをレムス主体の攻撃によって相手の魔物を狩っていた。


「えっ? 毒霧?」


 額には一本の尖った角に口の奥から外にまで生え伸びている鋭い牙が二つ。

 その魔物は蛇のような姿をしていたが、当然サリユが知っている蛇の姿とは異なる。


「俺の後ろに下がれ、サリュ!」


 頷いて、レムスの後ろにまわる。

 それを確認したレムスは小さく顎を下げて、目の前の蛇の魔物へ視線を向けた。

 そして、蛇が口から放った『毒霧』を、こちらも口から放出した炎の放射線によって掻き消す。


 ――『火の一線(ファイアライン)』:『火球』の上位互換の魔法。火球は球状の火の塊を放出するのに対して、この魔法は一種のレーザービームのように一瞬の速度で『火球』よりも 広範囲に炎魔法を展開することが可能となる。


 レムスが放った『火の一線』は『毒霧』を切り払い、そのまま一直線に蛇の魔物を捉えた。蛇の口から炎の放射線が入り、後頭部を貫く。『火の一線』による串刺し状態だ。

 白目を剥き、蛇はドサリ、と倒れ込んだ。

 痙攣する暇もなく、蛇の魔物は――死んだ。


「よし」

「おっ、おお!」


 彼と一緒に居て分かったことだが、レムスは結構――強い。

 遭遇する魔物は全てレムス一匹で撃退することが出来るし、且つ、そのほとんどが魔法一撃で倒してしまう。

 サリユが扱える魔法の数に比べてレムスの所持魔法は両前足では数えられない程に多くの魔法を使用できる。

 何故そんなに強いのか、とサリユが訊けば――返ってきた答えは、


「魔法のほとんどは長老様に教えてもらったんだ。あとは立ち回りに関しては場慣れかな。何回も何回も戦いの数をこなして、慣れていくしかないな」


 と、いうことらしい。


(うーん。正論ではあるけど……、やっぱり抜け道とかは無いか……)


 こういった異世界転生ものの定番は、何か一つのチート能力を持っていることなのだが、残念なことにサリユにはそういった能力は付与されていない。

 この世界の神はそこまで優しくないらしい……。


 しょんぼりと首を垂れるサリユ。

 現実の異世界転生は全然、厳しいものだ。

 しかし、この現実を受け入れるしかない。

 何の加護も贈り物も無いサリユだが、だからと言って駄々をこねても仕方がないのだ。


 ――生きよう。

 ――そして生き残ろう。


 けれど悪いことだけでもない。

 今、隣にいるレムスと会えたことは何よりも幸運だった。

 彼と出会わなければ、自分が何者か、どこにいるのか、そしてどういう境遇なのかも分からずに今も暗中模索で洞窟を彷徨っていただろう。

 いや、魔物に襲われ、すぐに死んでいる可能性の方が高いかもしれない。


 それと簡単なものだけだが、二つの魔法も最低限、教えてもらった。

 まさしく恩人――恩犬。

 感謝してもし足りない。

 しかし、だからこそ、ここまでの道中のようにレムスに頼り切りではいけない。

 食料の一つくらい自分の力だけで確保しなければ……。


「どうした兄弟? ぼーっとして?」

「あっ、ああ、ごめん。少し考え事してた」


 頭を振って自分の不安と弱さを払拭する。

 悩んでいても仕方ない。

 今は目の前のことだ。

 そしてそんな目の前にはレムスが倒した蛇の魔物が横たわっている。

 ゴクリ、と喉が鳴ったが、これは食欲のせいではなく、その逆、あまりにも不味そうな今回の食料に緊張感で喉が鳴ったのだ。

 空腹感は感じるのに、腹の虫でさえ拒否感を覚えている。


(これを……食うのか……)


 これまでの食事もそうだったが、基本、魔物は――まずい。

 いや、生のまま食っているから不味いのかもしれない。

 炎魔法で焼いたり、炙ったりした方が少しは食べやすくなるのでは、とサリユは考えたが、しかし今の今までレムスはそんな方法で魔物を食していない。もしかしたら、焼いたところでこの不味さは変わらないのかもしれない。


(うーん……。けれど、またあの不味い食事をしなければいけないのか……)


 それは嫌だ、とサリユは絶対的な拒否感をもって首を振った。

 ここは一応、確認と言う意味でレムスに尋ねた方が良いだろう。


「えっと……。レムス、一つ訊いていいか?」

「うん? ああ、いいけど……、腐る前に早く食わないか?」


 レムスは首を傾げてサリユを見つめる。


「その食事についてなんだけど、炎魔法を使って焼いて食べたりとかはしないのか? そうした方が少しは味もマシになると思うんだけど……」

「獲物を焼いて食べる……? そんなことをしたら灰にならないか? もしくは真っ黒こげになったり……」

「いや、火力を調整して、良い感じに焼くんだよ」

「火力の調整か……。いやけど、そもそも焼いたところで美味しくなるのか? 味なんか気にしたことないからよく分からないなぁ」


 その話を聞いてサリユは目を見開いた。


(まさか、この世界には料理って概念が無いのか? ……いや、そうか獣にとってはそもそも料理の概念がない……。犬のキャラクターが二足歩行で料理をしているアニメがあったが、考えてみれば俺たち獣にそんな考えはない。与えられ、施されて……。それが出来なければ今みたいに自分で食料を確保する。食えればいい――。生きる為にエネルギーを補給するだけ。獣にとってはその日を生きられるかどうか。人間みたいな余裕がある訳じゃないしな……。獣はいつだって――目の前の生を繋ぐのに精一杯だ)


 サリユはレムスに教えてもらった炎魔法の基礎技、『火球』で蛇の魔物――スネークリィというらしい――を程よい火加減で焼いた。


「ほら、焼いた魔物の肉だ。食べてみろよ」


 サリユはそう言ってレムスに焼いた肉を勧めた。

 レムスは恐る恐る肉に近づき鼻を突きだす。

 彼は視覚、聴覚、触覚、そして魔力感知と言った様々な感覚が鋭敏であり、もちろん――嗅覚も敏感である。

 レムスはその敏感な嗅覚で差し出された肉の匂いを嗅いだ。

 そしてその匂いは――


「な、なんだ! スゲェー良い匂いだ!」


 肉の匂いを嗅ぎ取ったレムスはすぐさま肉に食らいつく。

 生の時よりも食べやすく、牙がすんなり肉に通る。

 そしてその肉の味は――今まで食ったことのない、その経験したことがない味にレムスは驚愕しつつ、食らいつく勢いが止まらない。


「これは、すごい美味い! すごく美味いぞ、サリュ!」


 絶品だった。

 ただ焼いただけでこの美味しさ――


「まあ、本当は血抜きとか、皮とかも剥ぎ取って、その上で肉の部位を切り分けるらしいんだけど、俺もそんなに詳しいわけじゃないからなぁー」


 サリユの知識はアキラから聞かされた話と、あとは休日にアキラの母が台所で料理をしている姿を見た時の光景から得たものだけなので、専門的なこととなるとサリユにはさっぱりだった。


「ああ、美味い! 美味すぎる!」

「お、おう……それなら良かった」


 どうやらサリユの見立ては正しかったようだ。

 彼もレムスに続いて焼いた肉を口につける。


(う~ん! やっぱり生肉よりも全然マシだな。けど、まだまだ改良の余地がありそうだ。この世界にも人間はいるようだけど、地上に出れば会えるのかな? 人間なら料理も出来るだろうし……。ああ、けれどレムスに地上は危険って言われてたな。魔物が地上に出れば問答無用で殺されるって……)

 

 まず最初に地上は危険だ、とレムスに忠告された。

 それほどに魔物と人間の壁は厚く、交渉すら出来ないらしい。

 そもそもサリユたちのように『思念伝達』ができる魔物が珍しいらしく、それ以外のほとんどは言葉を介さない化け物に過ぎない。

 なので、人間側からすれば魔物とは言葉の通じない――敵ということだ。


(けれど、いつかは人間とも対話出来ればなぁ……)


 サリユは前世でのアキラとその両親のことを思い出す。

 サリユにとって人間は悪者ではない。

 何故なら、サリユ自身、その人間に可愛がられ、愛されて、大切に育てられてきたのだから。だからこそ、前世とは違う世界だからと言ってすぐに人間を憎むことは出来なかった。


 ならばその考えを信じて、レムスの忠告を無視し、人間に会おう、なんてそこまでサリユは能天気でもない。

 今は、レムスの言うことを聞くのが正しいだろう。何より、情報がない。それが一番怖いのだ。

 人間との対話は先延ばしとして、目下の目標はレムスの手を借りずに自分一人で魔物を狩ること。

 いつまでもレムスに頼り切りではいけないと流石にサリユは自覚していた。


 そうしてやって来た本日、二戦目。

 今回はレムスにお願いしてサリユ一匹で戦わせてもらい、危険になった時は助力をよろしくした。

 正面、三十メートルほどの距離に睨み合っているのは角が青い炎で燃えている厳つい鹿。


 ――ケリュネフロガ


 大きな身体は程よい肉付き、しかして脚は筋骨隆々で筋肉が硬く盛り上がっている。

 そして一番、目を引き付けるのは何と言っても、幾重に枝分かれした大きな角。角は青い炎を纏わせて、神秘的な雰囲気の中に力強い迫力を醸し出している。

 そして、こちらを睨みつける瞳は紅色に光り、鋭く吊り上げられていた。


 畳んでいた脚を立ち上げて、戦闘態勢に移行する。

 ケリュネフロガはサリユを睨みながら毛先を立てて身構えていた。

 身体能力、魔法の威力は、ほぼ拮抗している。

 同じレベル。

 相手にとって不足なし。


 まずアクションを起こしたのはケリュネフロガだった。

 一直線にサリユに突進し、角をこちらに向ける。

 青い炎を纏った角がサリユ目がけて凄まじい速度で接近した。

 単純明快でありながら、もっとも効果的な攻撃である。

 この狭い洞窟内では横に避けることは出来ない。また上も同じで、跳んでも低い天井が邪魔をして攻撃は避けられない。

 つまり、この空間では攻撃を受けるしかないのだ。


 ケリュネフロガの健脚が繰り出す突進は速度も相まって、まともに食らったらただでは済まない。

 サリユは額に一筋、汗を流しながら、ゴクリ、と唾を飲み込んだ。

 ケリュネフロガとは以前も一回だけ戦ったことはあったが――


(レムスの後ろで見ていた時以上の迫力だ。これが緊張感か……)


 サリユは魔法『狼の遠吠え』を発動させる。

『狼の遠吠え』の効果によってケリュネフロガの突進速度が僅かに減少した。

 その一瞬、速度を落とした瞬間の隙を狙ってサリユは続けてこちらも同じく前進して距離を縮める。そして、ケリュネフロガの角の手前まで近づき、その角の隙間を下から潜り抜けて、そのまま丸出しの腹に噛みついた。


「グガァァァァ、ギィ、グゥゥゥ!」


 野太い声で唸り、呻くケリュネフロガ。

 サリユはその声を聞いて、より一層噛みつく力を強めた。

 牙が表皮を切り裂き、その中で隠されていた肉を貫く。口の端からケリュネフロガの血が、ダクダクと滴り、鼻を押さえたくなるほどの血液の激臭が周囲に広がっていく。

 しかし、それも必死に我慢して、噛みつきながら、そのまま『火球』を発動する。皮を剥ぎ取り、傷ついた生肉に直接『火球』が炸裂する。

 先程よりも藻掻き、苦しむケリュネフロガ――


(これで……どうだ!)


 続けざまに『火球』を繰り出す。一回、二回、三回……。

 その度に苦しみ、呻き声をあげるケリュネフロガ……だが……。


(このまま……このまま……いけば……!)


 サリユの連続攻撃が炸裂し、確実にケリュネフロガを苦しめていた……。


 ――しかし、ケリュネフロガは赤く光る瞳を大きく開いて、自身の腹に噛みついているサリユを鋭く睨みつけた。

 その瞬間、激しく身体を振り回し、ジタバタと動き始めた。その勢いによって角に纏わる青い炎が周囲に飛び散り、サリユの身体を傷つける。


(うっ、うぁぁぁぁぁぁーーーー! やばい、やばい、なんだ、これ⁉)


 初めての痛み――

 初めての苦しみ――


 激しい痛苦に耐えられず、同時に振り回される勢いも相まって、噛みついていた口を放してしまう。

 その瞬間を狙って、今度はケリュネフロガの番とでも言うように力強い後ろ蹴りが繰り出された。


「ふがぁぁぁぁ‼ ゲボォ、オォォ」


 鈍痛が胸を中心に広がっていき、身体全体が痙攣する。


(肺を潰された? 息が出来ない! 苦しい……!)


 形勢は一気に逆転。

 倒れ込むサリユを見下ろして、ケリュネフロガはゆっくりと歩み寄った。

 決着はついた、と鼻息を吐いて言外に示すケリュネフロガ。

 サリユの方は呼吸は戻ったものの、未だ浅い呼吸を続けており、立つのがやっとだった。


「サリュ! 今行く! もう立つな!」


 レムスは叫び、魔法を放とうと口を開けようとしていた。

 しかし、それを――


「ダメだ! こいつは俺が倒す!」


 吠えてレムスを止める。

 サリユは「ガルルルル」と喉の奥を震わせて威嚇するが、ケリュネフロガはその程度では意に返さず、止めを刺そうと、前脚を高く掲げた。

 そのままサリユ目がけて前脚を踏みつける――


 しかし――その瞬間――


 ――『毒霧』


 サリユの口から紫がかった黒色の煙が放出され、辺り一面を覆いつくしていく。

 その突然の事態に一瞬、ケリュネフロガは硬直してしまうが、すぐさま煙から逃げるように後ろに下がろうとして――身体が動かなかった。


 これは『毒霧』の効果である。

 ケリュネフロガの身体の表面には不気味な斑点模様が浮かび上がり、その麻疹の広がる速度は一向に治まる気配がない。現在、ケリュネフロガは毒状態、行動不能状態を数分間、味わうことになっている。

 そして――その状態のケリュネフロガをサリユが見逃すはずがなかった。

 行動を停止したケリュネフロガに対して自身が持っている唯一の攻撃魔法――『火球』を繰り出そうとして――


 ――いや、それは『火球』ではなかった。

 口の中で『火球』を集中させて、エネルギーを溜め込んでいる。

 これは――


 ――『火の一線(ファイアライン)


 瞬間、炎の放射線がケリュネフロガの身体を貫いた。

 声も上げずにバタンと倒れるケリュネフロガ。


 勝負の決着は呆気ないものだった。

 激しさも、輝きも、感慨も――ない。


『火の一線』によって生み出された閃光は一瞬にして消える。

 暗かった洞窟内に眩い光が照らし出されたと思いきや、一瞬にして元の暗闇が支配し、鮮烈な閃光の光景は嘘のように消失して――静寂が場を満たした。

 静かに、静かに――戦闘は終了する。


 サリユは一匹で敵を倒した――





  名前:サリユ・ギー・フェンリル

  種族:魔狼族

  魔法:『狼の遠吠え』

     『火球』

     『毒霧?』

     『火の一線?』

 スキル:『思念伝達』

     『?』


  名前:レムス・ギー・フェンリル

  種族:魔狼族

  魔法:『火の一線』

      ?

 スキル:『思念伝達』

      ?

 

  種族:スネークリィ

  魔法:『毒霧』


  種族:ケリュネフロガ

 スキル:『青炎の豊穣(ブルー・コルヌコピア)

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