S17話 激突
ルクスは『謁見の間』の様子を再度確認した。
扉の近くの壁に背中を預けるは首なしの身体。
そして、首は床に転がっていた。
(あの顔はこの国の宰相だったか?)
次に玉座の方に視線を向ける。
そこに座るのはこの国の姫と呼ばれていた人物。
だが、それは違っていたようだ。
セーラー服を着こなす姿。
あれはこの世界の住人ではない。
ルクスと同じ世界から来た異世界人だ。
そしてその玉座の後ろに横たわるもう一つの死体。
あれは――
「国王か」
ルクスの呟きにエミリスが眉間を狭める。
国王は宰相と同じく、首を切断されており、その有り様は無惨という他なかった。
「これはどう言うことですか?」
エミリスは警戒しながらも、キミシマユウキに問いを投げかけた。
「見たまんまだと思うけど」
そう言って彼女は両手を広げて、『謁見の間』の惨状を見せた。
彼女の笑顔はこの凄惨な場所とは不釣り合いなほど、楽しそうだった。
「異世界から来たのか?」
ルクスの言葉にエミリスとリゼル、ロッセルは首を傾げた。
彼の言葉が聞き取れなかったのだ。
正確に言えば、何を言っているのか理解出来なかった。
それは自分たちの知っている言語ではない。
唯一、質問されたキミシマユウキだけが、驚きの表情を露わにした。
「日本語? まさか同郷?」
ルクスはこの世界に転生して、再度、新たに言語を習得する必要はなかった。
そもそもこの世界の交流方法は『思念の伝達』というスキルが基本にある。
そのスキルを利用し、口や喉を使って普遍的にしたものを、この世界では言語と呼ぶ。
つまり『思念の伝達』と言うスキルを獲得すれば、この世界の言語は自ずと理解できると言うことである。
またそのスキルの熟練度は個々人で差があり、スキルを使いこなす者には言葉を介さず、思念だけで意思疎通する者もいるらしい。
異世界人は召喚の恩恵の一つとしてこの『思念の伝達』を備わった状態でこの世界に舞い降りる。
なので特に言語習得に苦労することはない。
だが、だからと言って元の世界の言語を話せない訳ではない。
知識としてはちゃんと残っており、感覚も消えてはいない。
現にルクスは今、日本語を話していた。
「その反応、やっぱりお前もか」
「そうね……。同じ世界ってだけじゃなくて、日本……魔王と神が戦った地ってのも関係してるのかしら」
「魔王……?」
「あれ、知らないの?」
そこで初めてキミシマユウキはずっと保っていた微笑みを消した。
その表情は少し苛立ちが含まれているように見える。
「知らないんだ。もしかして魔術についても?」
「魔法じゃなくてか?」
「はっ! そう言うこと」
キミシマユウキは大きな声で笑った直後に真顔になってルクスを見つめた。
「なんだよ。何も知らないの? 舐めてるの?」
「何も舐めてない」
「舐めてるわよ……。一般人が出しゃばらないでよ。なんでそんな奴が勇者とかやってんの?」
「俺はなりたくてなった訳じゃない」
「んだよ。うぜぇーなぁ!!!!」
キミシマユウキは五つの『炎の矢』を生み出した。
それを見たロッセルは目を見開き、仲間に警告する。
「気をつけろ! あの魔法の矢、それぞれに尋常じゃない魔力が練り上げられているよ!」
そう言って、同時にロッセルは防御魔法を展開させた。
「ーー『重複防御』」
この魔法は単純に『防御』を重ねているのではなく、まったく同じ位置に『防御』を展開することによって生じる魔法の重複現象を利用したものだ。
その結果、『防御』を重ねて展開するよりも魔力が少なく、発動時間も短縮でき、その上で同等の防御力を誇る魔法を展開できるのである。
しかし、それを可能とするにはそれ相応の魔力操作が必要となる。
その難しさから、わざわざやろうとする魔法師はいない。
だが、どちらが効率的かと問われれば当然、『重複防御』である。
キミシマユウキが放った五つに『炎の矢』がロッセルが展開する『重複防御』と激突する。
それはただの魔法の域を超えていた。
灼熱のーー燃え上がる炎は誰もが知る炎ではない。
それはもうーー恐怖を駆り立てる概念と化している。
「この魔法を破るって言うのかい?」
ロッセルの額に冷や汗が浮かぶ。
今日というこの日は彼にとって予想外の連続だった。
自分と同等ーーいや、それ以上と目される魔力操作を可能とする剣士と出会い、そして今はーー
「僕以上の魔力量に魔法精度……」
慢心はしてこなかったつもりだったが、ここまで自信を喪失させられるとは思わなかった。
もしかしたら、無意識のうちにどこかで、自分が特別な人間だと驕っていたのかもしれない。
いや、実際、ロッセルは現代、稀に見る天才だった。
全系統の魔法を扱える時点でその実力は規格外であり、その魔法技術は神話に名高い大魔法使いや賢王と肩を並べるほどだと言われている。
だから、ロッセルは決して、驕っていたわけではなかった。
それは相応の自信というものだった。
だが、目の前にいる存在はその事実さえも覆す、領域外の人物なのである。
そもそも彼女は異世界人だ。
この世界の尺度で語る方がおかしい。
そうーー彼女は特別だ。
しかし、だとしてもだ。
ロッセルは唇を噛む。
目前に迫る『炎の矢』を睨み、食いしばる。
周りを見る。
エミリス、リゼル……そして、ルクス。
このパーティの中で自分は中途半端だ。
エミリスほどの統率力はない。
リゼルほどの豪胆さはない。
そしてーー
ルクスほどの狂気さをロッセルは持ち合わせていない。
特別とはああいう存在のことを言うのだと彼に出会って初めて認識した。
自分は何も理解していなかった。
ただなんとなく特別に憧れ、自分を特別だと勝手に思い込んだ。
しかし、違う。
ルクスに視線を向ける。
あれが特別だ。
あれが何者でもない、彼だけという存在だ。
対して自分はなんと中途半端だというのか。
あーあ、とため息を何度吐いたことだろう。
だけれど、同時に何故だろうか?
嬉しさが胸を満たしているのである。
自分よりも凄い。
自分よりも優れている。
そんな存在が仲間なんて、誇らしいじゃないか。
誰に自慢する訳じゃない。
勇者一行というものを自慢したいわけでもない。
ただ、誇らしいんだーー自分に。
ロッセルの唇が緩む。
依然、『炎の矢』の脅威は変わらない。
だが、ロッセルは自然と微笑してしまった。
何故か?
それは恐らく……。
再度周りを見渡す。
そうだーー自分には……。
「仲間がいる!」
ロッセルは指を鳴らして、その魔法を発動させた。
それはキミシマユウキと同じく『炎の矢』だった。
数も同じく五つ。
展開している『重複防御』を解いた瞬間に、『炎の矢』を放ち、相手の『炎の矢』と衝突させる。
ロッセルはそのイメージを明確にした上でそのタイミングを見計らっていた。
一瞬でも手順を間違え、一瞬でもタイミングを誤れば、相手の『炎の矢』はロッセルたちに直撃し、死なないにしても致命傷になり得るだろう。
だからこそ慎重に……。
しかし時間に余裕はない。
ロッセルは覚悟を決め、『重複防御』を解除した。
そのすぐ後に意識を『炎の矢』に向け、一瞬のうちに全神経を魔力操作に注ぎ、『炎の矢』を放った。
時間にして1秒にも満たない、そんな瞬間的な速さでその出来事は起きた。
キミシマユウキの『炎の矢』はロッセルの『重複防御』と衝突した影響で威力をだいぶ削がれていた。
しかし、その上で今現在、ロッセルの『炎の矢』と拮抗していた。
「これでも尚、僕の魔法と互角なのかい? ますます自信がなくなる!」
ロッセルは腕を伸ばし、掌を『炎の矢』に向けて魔法を発動させた。
「ーー『加速』」
その魔法は魔泥人形が扱うことで有名だが、自身にだけでなく、他の対象にも付加できることを多くの者は認識していない。
そしてその対象は人を含め、生物だけでなく魔法という事象に対しても付加可能なのである。
しかし、当然のことだが具体的でない対象ーー魔法に付加できる魔法師は滅多にいない。
いや、そもそも存在しているのかさえ懐疑的だ。
だが、彼はできた。
彼の魔法センスは本物だった。
ロッセルの『炎の矢』の勢いが増した。
速度が上がれば、威力が上がる。
両者の『炎の矢』の拮抗はその瞬間に崩れた。
「やるじゃん。この世界でも魔術の洗練さを見れるなんてね! でも、それって私にとっては普通なのよ!」
キミシマユウキの元に『炎の矢』が向かう。
加速された『炎の矢』を視認することは至難の業。
まずもって避けることは出来ないだろう。
ロッセルは『炎の矢』の直撃を確信した。
今更、防御魔法を放ったところで間に合わない。
そもそも展開位置をどうするかが問題だ。
広範囲で魔法を展開してもいいが、その場合は防御力も低くなるは必定。
「魔法勝負は僕の勝ちだ!」
ロッセルの言葉が『謁見の間』に響く。
だが、その自信に満ちた声音は次の瞬間に消え去ってしまう。
「ーー『黒曜鏡』」
キミシマユウキの周りに白い煙が漂う。
その煙はどこから出てきたものか、誰もが首を傾げる。
それは突然の出来事だった。
そして、彼女の目の前に突如として真っ黒に反射する鏡が現れた。
その鏡は美しく曲線を描く、完璧な円形をしていた。
そのカタチは超自然的な力によって描かれたカタチだった。
人の手では一生として描かれない。
人智を超えた美しい円。
まさしく神秘とはそれを言うのかもしれない。
ロッセルの『炎の矢』が『黒曜鏡』に直撃する。
いや、吸い込まれたーーと言うべきだ。
五つの『炎の矢』全てが一箇所にーー『黒曜鏡』に吸い込まれていった。
吸い込まれた後、爆ぜることもなく、燃え上がることもなく、何もないまま無音が場を支配した。
「なんだい、その魔法は?」
ロッセルの声は震えていた。
知らない魔法。
無知という恐怖もある。
しかし、それ以上に自身の魔法が阻まれたーーというよりも吸い込まれた、という事実に驚きを禁じ得なかった。
「ヒントをあげる魔法じゃないわ」
キミシマユウキの言葉に眉間を狭める。
魔法でないとすれば、ユニークスキルということなる。
しかし、だとしてもそんなスキルもロッセルは知らなかった。
ユニークスキルとは魔法と同質の事象結果を起こすのだが、そこには魔力干渉の違いがある。
魔法とは世界に漂う魔力に干渉することで事象を起こすのだが、対してユニークスキルは自身に内在する魔力だけで、外界の魔力に適応させることをせずに魔法を行使することで発生する事象のことを言う。
その仕組みからユニークスキルのことを『個人世界』と呼ぶこともある。
ユニークスキルは外界の魔力に適応させないため、それを意図的に行うことは不可能に近い。
そのためユニークスキルを持つ者は限られており、また所持していたとしてもその数は一つのみ、というのが定説である。
それぞれに適するユニークスキルは一つが限界と言われており、それは一種、分かりやすく、才能と称されることもしばしば。
つまり、ユニークスキルとは先天的なものなのである。
通常のプロセスで行使する魔法ではないのだ。
それは無意識で理解する魔法。
だから意図的に可能とする方法はないのである。
あれが、彼女のユニークスキルというのだろうか?
それに関してロッセルは疑問を頭に浮かべる。
どうにも納得できない。
それは本能的に。
今までの魔法師としての経験から培った勘が否定する。
魔法とは違う何か。
ユニークスキルとも違う事象。
疑問を頭の中で散々に巡らしているロッセル。
そんな彼はキミシマユウキから視線を動かさず、じっと見つめていた。
しかし、次の瞬間、その光景に目を瞬いた。
視線は動かさなかった。
そのはずなのだが、突如としてキミシマユウキの隣に謎の存在が現れた。
その存在は奇妙な仮面を被る、不気味な奴だった。
それは男か女か判断つかない。
身長は2mほど。
身体つきは痩せ気味で胸骨が浮き出ている。
服装は肌が良く見える、というか上半身は裸。
下半身は藁か葉っぱで編まれたスカートのようなものを穿いている。
「あれは……」
「ええ、ロッセル、目を離しはしませんでしたね?」
ロッセルの呟きにエミリスが言葉を乗せ、質問した。
ロッセルはゆっくりと頷く。
「あれは何者か?」
ロッセルの問いに相手からの答えはなかった。
しかしロッセルの『真眼』は嘘を許さない。
それは黙秘でさえも。
「な、なんだい、あの存在は!」
ロッセルは『真眼』で知った情報にまたも驚く。
詳細な意味は理解できなかった。
しかしその言葉だけは理解でき、そして同時に信じられなかった。
ロッセルはわかっている。
自身の『真眼』の性能を。
その性能の正確さと絶対を。
だからこそ、その情報は真実なのだ。
しかし、ロッセルは信じられずにいた。
それはーーかの存在が……
ーー神
そういう存在であるというものだった。
「神⁉︎ それはどういう冗談ですか!」
エミリスの言葉も、もっともだった。
意味が分からない。
何を言っているのか?
この世界にも神というものは認知されている。
しかしその存在は、ルクスたちの世界とは一層、具体的でより恐怖をもって認識されている。
この世界での神という存在は様々に考えられる。
第一にこの世界を創造した四柱ーー四匹の神獣である。
まずこの神獣を思い浮かべる者が大半かもしれない。
しかし、これは神話よりも前、創世記の話であり、半ばフィクションとして認識されている。
そして第二に人種の最終進化先として神というものがあると言われている。
この神は人々に恐怖を与えている。
神は大地を砕き、海を干上がらせ、空を裂いたと言われている。
その話は百年前ーーあの戦争の時のものである。
だからこそ、この話は未だ新鮮な恐怖を持って人々を支配していた。
しかし、その神の存在は正確に言うと『聖人』と呼ばれる人々、英導王国イデアの国民のことを指す。
だが、何故にここまで神と呼ばれて恐れられているのかと言えば、それは百年前の戦争での活躍もあるが、英導王国は評議会に加盟しておらず、現在、世界の大半の評議会加盟国からすれば、その一切の情報が分からない国民に対して、様々な尾ひれがついてここまでの恐怖の対象となってしまったのではないかと思われている。
そして第三に恐怖の対象を神と崇める民間伝承から生まれた神である。
これは第二の『聖人』にも言えることだが、人々は恐怖ーー怨霊のような存在に対し、逆に崇めることで災厄を鎮めてもらおうと考えた。
そうして通常では全く正反対の存在である神として崇拝するに至ったのである。
現代において神と言えば、この民間伝承の神ーー土地神が親近的に認知されている。
神獣たちはそもそも実際に存在するか信じられておらず、『聖人』に関しては一国の国民であり、神と言うのも通称に近い。
対して土地神は実際に存在する。
その最たる例に『王獣』がいる。
神獣と同じく王獣も一般的には知られていない存在だが、王獣が生息する土地に住む者たちには絶対的に認識されている。
というか何故、王獣の存在が世間的には認知されていないかと言われれば、その土地の者たちが一切として外聞しないからである。
その土地に信仰が固定され、信仰心が強ければ強いほど、神格の力は増大する。
土地の者たちはその信仰が報われる恩恵を享受する。
だからこそ、また王獣を信仰し、これ以上の恩恵の分散を恐れ、外聞もしない。
土地神は局所的なものだ。
しかし、その神の力は絶対であり、その土地でしか力は発揮しないもののーーそもそも土地神は根ざす土地から出ることができないーーまずもって人が神に敵うことは不可能と言われている。
何故かと問われれば、それは人がそういう存在として崇拝してしまったからである。
願いとはそれだけで大きな力を生み出してしまう。
そう望めば、対象はそういう存在になってしまう。
だから人は神に敵わない。
目の前の仮面の存在。
その正体を知って、ロッセルとエミリスは愕然としていた。
勝てるわけがない。
そもそも戦うこと自体が間違いだ。
ーーそういう摂理なんだ。
二人が戦意を消失しそうになっていた。
だが、他二人、ルクスとリゼルは未だその瞳に戦いの炎を燃え上がらせていた。
リゼルの関しては神と戦えることに喜んでいた。
彼は戦闘狂だ。
それはどんな相手でも変わらない。
それが神であっても。
そしてルクス。
彼はリゼルと同様に神と戦えることに喜びもあった。
しかし、それだけではない。
ルクスは疑問だった。
あの神と呼ばれる存在。
あれはーー
「ロッセル、あの神の名前は分かるのか?」
「えっ?」
突然の問いにロッセルは混乱しながらも、答えた。
「ああ、あの神の名はーー」
ーーテスカトリポカ
その名前を聞いてルクスは瞠目した。
ルクスはその名前を知っていた。
伊達に前世で引き篭もりをしていた訳ではない。
前世で読み漁った本ーー神話にその名が載っていた。
「そうか、この世界の神じゃない」
ルクスの言葉にエミリスたちが首を傾げる。
言っている意味が分からなかった。
しかし唯一、相手であるキミシマユウキだけはその言葉に首肯した。
「正解。へぇー、ある程度は教養あるんだ」
「ほとんど学校に行ってなかったけどな」
「えっ? 何それ。不登校だったの?」
「まあ、そんなところだ」
ルクスは目を細めて彼女を見据える。
剣の柄を握り、構えた。
「やっと、やる気? 見せてよ、勇者さん。あんたの力をさ!」
キミシマユウキは異空間から薙刀を取り出し、構えた。
そして、そんな彼女にテスカトリポカが立ち塞がる形で前に出た。
「リゼル、あいつを任せていいか?」
ルクスの声にリゼルが喜色ある声音で返す。
「つーか、俺にやらせろ。手出しはすんじゃねぇぞ」
「分かってる。エミリス! ロッセル! お前たちは俺たちの援護を頼む! ロッセルはエミリスを守りながらな!」
「分かりました」
「ああ、了解した」
普段ならばエミリスが指揮するところだが、あの神と呼ばれる存在を目の前にした彼女では、未だ冷静さに欠けるだろう。
落ち着く時間が必要だ。
そういう時にルクスはエミリスに代わってパーティを指揮する。
彼には良くも悪くも迷いがない。
そして今はそれが長所として機能している。
「それじゃあ、せーの、で行くぞ」
「ああ!」
ルクスの掛け声と同時に二人が走った。
向かうは玉座に座るキミシマユウキ、そしてその前に立ち塞がるテスカトリポカ。
まず先行したのはリゼル。
テスカトリポカに大剣を振り下ろし、釘付けにする。
その間にルクスが横を通り抜け、キミシマユウキの元へ突進した。
抜剣し、剣技を放つ。
「剣、か。魔術は理解できるけど、その剣術に関してはこの世界独特のものなのよね」
余裕そうな口振りで感想を口にしながらもキミシマユウキの表情は真剣そのものだった。
ーー『雨ノ時空傷』
ルクスは剣を上段に構え、振り下ろす。
聖典流、破約が一つ、『空斬』を放つ。
「やっぱり魔術じゃない」
キミシマユウキはそんな独り言とともに薙刀に魔力を纏わせた。
そして、術式『雨ノ時空傷』で薙刀を時空間に突っ込む。
その薙刀は数を増やして、ルクスの元に現れた。
その数は五つ。
下から二つ。
左右に一つずつ。
そして上から一つ。
ルクスの『空斬』は魔力を纏う薙刀によって止められた。
「不思議な魔法だな」
「魔法じゃない。私のは魔術……って言っても分かんないか」
キミシマユウキは受け止めていたルクスの剣を弾き返した。
「知識はないくせに、その力、ただの異世界召喚じゃない」
そもそも、ルクスの顔立ちからして日本人のそれとは大きく異なるものだった。
それにルクスという名前。
これも一般的な日本人の名前とは異なるように思える。
「お前は前の世界からそのままやって来たのか。異世界転移ってやつか」
「ん? あんたは違うの? まさか異世界転生?」
キミシマユウキは自分でその単語を言って馬鹿々々しいと思った。
異世界転生などそれこそフィクション上の話。
しかし、実際に自分もそれと似た体験をしている。
前の世界ーー魔術界においても召喚魔術はあった。
理論的にはそれを追究すれば、異世界召喚というものも可能だと言われていた。
しかし、その為には元の世界には圧倒的に魔力が無く、同じくそれほどの魔力を有する魔術師は存在しなかった。
また、異世界召喚には召喚魔術だけでなく、他の世界と繋ぐ、次元魔術も関係してくる。
一つの魔術を追究するだけで精一杯の魔術師が大半だというのに、二つの魔術を追究するなど……。
そんな魔術師はいなかった。
だからこそ異世界召喚は魔術界においても空想上の理論、不可能事象として知られていたのだ。
しかし、この世界ではそれが可能だった。
そして、転生に関してはまた話が変わってくる。
百歩譲って転移ならば理論として納得できるかもしれない。
しかし転生ーーしかも異世界転生は死霊魔術に次元魔術、そして召喚魔術……もしかしたらそれ以外の魔術も必要になるかもしれない。
そもそも人間の魂は次元を渡るほど強靭だとは思えない。
肉体と一緒ならばーーそれも可能性は万に一つもないのだがーーこれも百歩譲って頷ける。
しかし魂だけは難しい。
それほどに魂というものは脆い。
だからこそ魂は肉体の中に納め、守られているのである。
目の前の彼はそれを行なったというのか。
その事実を受け入れ、キミシマユウキはより一層にルクスを危険視した。
先程のガンベルノ三世とは訳が違う。
(王族魔術もそりゃあ、危険だったけど、この男はそれ以上だ。出し惜しみはできない)
キミシマユウキは薙刀で背後の何もない空間に幾つもの“傷“をつけた。
「何をする気だ? ……いや、そもそもお前の目的は何だ?」
この国の民はどこに行ったのか?
そしてあの魔物たちは?
「あれ、まだ分かってなかったの?」
キミシマユウキは目を見開いて、驚きを見せていた。
彼らは未だ、気付いていないようだった。
「ピオネロから聞いてないの?」
「ああ」
「ふーん。口を割らなかったんだ。まあ、私はバレても全然良かったんだけど」
キミシマユウキは特に面白みもなく、表情を変えずに、口を開いた。
「人を魔物にする」
彼女の呟きにエミリスが「えっ⁉︎」と困惑の表情を見せた。
「ピオネロは人を魔物にする研究をしていた。そしてその最後の研究に大規模な魔術……魔法陣を使った人間の魔物化を行なった」
流石のルクスもエミリス同様に困惑していた。
しかし、困惑を胸に押し込み、冷静に問いを重ねる。
「それをして何が目的なんだ?」
ルクスの問いにキミシマユウキは首を傾けた。
「さあ? ピオネロの思惑は分からない。でも、私とピオネロは利害の一致で協力した。私には私の思惑がある」
「その思惑は?」
「ふふっ」
そこでキミシマユウキは表情を微かに崩し、綻んだ。
「魔物はね、人間よりも内在する魔力が多い。そしてそれを生贄にした場合、どんな凄い魔術ができると思う?」
「生贄?」
「そう贄にするの。人間のままでもそれなりの魔法は可能になる。いや、この都市の全ての民ならば、私も想像したことのない魔術が可能となるはず。でもね、私はそれ以上を望んだの! その先に私の魔術の深淵がある!」
ルクスは目を見開き、口を開く。
「何をする気だ?」
この世界に来て、久しぶりに緊張していた。
ルクスに恐怖はなかった。
二度目の人生だ。
今度は後悔なく生きようと決めていた。
だからこそ恐れている暇などなかったのだ。
しかし、ルクスの額には冷や汗が浮かんでいた。
「あんたらの目的は王獣だったわね……じゃあ、それ、叶えてあげる!」
キミシマユウキの後ろ、傷をつけられた空間より、ヌメヌメと這い出てくる触手が出現した。
それはーー
「王獣?」
エミリスの声は震えていた。
「そう! 私の目的も王獣にあった! そしてこの王獣はーー」
ーー神に近しい存在として定義づけられていた。
それは何故か?
何故だろうか?
「さあ、私たちに勝てる? 勇者さん!」
敵は彼女だけではない。
彼女が使役するテスカトリポカ、そしてーー
ーー王獣
五つの巨大な触手がルクスを襲う。
ルクスはーー




